第26話
風が南から北に直線的に吹き渡り、春でも夏でもない太陽の光が頂点に達し、海の白と青をくっきりと輝かせ、海沿いの広い二車線の道路に照りつけていた。道路は背の低い崖と森に面して延々と緩いカーブを掛けて伸びていて、車道には一台の車の姿も無く、歩道は数メートルおきに等間隔に並んだ制服姿の警官に埋め尽くされていた。サミット会場のホテルからほど近い道路で、警官たちはやがてここを通り過ぎる要人たちの車に虫一匹近づけないようにするために立っているのだった。先行する白バイ隊が警官たちの前を通り過ぎ、最後の安全確認を行う。真っ直ぐに打ち下ろされた太陽の光に包まれ、誰もが警察帽の下に汗を掻いていた。
男は一人、その中にいた。警察帽を深く被り、防刃チョッキを着て、警棒を腰に下げ、その他制服一式を上から下まで着込んだその姿は、完全にごく普通の警官にしか見えなかった。表情も平静で、あるいは無表情すぎるくらいだった。
その男は実際には警官ではなかった。着こんだ分厚い防刃チョッキにはプラスチック爆弾が仕込まれていて、大統領とその娘が乗った車がやってきた瞬間、男は道路に飛び出して車に取りつき、爆弾のスイッチを押すつもりでいた。
男はもう何年も前から、この国に大規模な混乱がもたらされることを望んでいた。考え得る限り最も大規模で、致命的な混乱を。それだけが唯一、救い難く陰湿で不寛容なこの国を再生し、己が人生に意味を与える道だと信じ込んでいた。そのためには幾らでも代わりがいるこの国の要人をどれだけ殺したところで意味がない。最も効果が高いのは内と外に対して同時に決定的な恥をかかせることだ。サミットの誘致と開催地の詳細が決定した瞬間から、男は計画の準備に取り掛かった。
男の隣にいる警官も、その隣の者も、男の正体を知らなかった。警官の数が多すぎるのだ。このサミットの警護のために全国から動員された警官の人数は延べ2万になんなんとする。男はちょうど、所轄が異なるために互いの顔を知らない警官同士に挟まれて立っていた。
遂にこの場に立って、間もなく自分が起こす行動の意味を、男は静かに噛みしめた。これはこの国の全ての人にとって必要なことなのだ、と男は思った。死に対する恐れは無く、今日この時のために自分はいたのだと思った。
だが、何故か足が震えていた。
がくがくと振動し、頭まで伝わって、真っ直ぐ立っていることが難しくなるほどだった。男は唇を歪めて、自分の体を見下ろした。手でそっと足に触れてなんとかその震えを止めようとしたが、おさまらなかった。男は眉間にしわを寄せ、そのしわを汗が伝って落ちた。
落ちた汗の痕を見つめて、男は気が付いた。
地面が揺れている。
そして遠くから地鳴りのような音が聞こえてくる。
男が顔を上げると、道の向こうから黒塗りのトヨタ・レクサスがやって来るのが見えた。アメリカ合衆国大統領が乗った車を先導する警護車だ。だがおかしい。行列を白バイが先導してくるはずが、その姿が見えない。それにレクサスのスピードが速すぎる気がする。ざわめきが周囲の警官たちからも立ち上った。
しかしそんなことはどうでもいい。とにかくレクサスの後ろを走ってやって来る、キャデラックDTSリムジンが目標だ。大統領親子はそれに乗っている。それがやって来ることだけが重要なのだ。男は道の向こうに目を凝らした。
レクサスの後ろから、象が走って来る。
男は地面に目を伏せ、落ちた汗の痕がもうほとんど消えているのを確認した後、もう一度顔を上げて、道の向こうを見つめた。
レクサスの後ろから、象が走って来る。
男はもう一度目を逸らして見なおそうかと考えて、止めた。
間違いなく象だった。かつて彼が小学生だった時に動物園で見た、あの象だった。ざらざらで灰色の巨大な体に大きな耳と長い鼻をぶら下げて、どこでもないどこかを見つめていたあの動物だった。象の形をしたキャデラックリムジンでもキャデラックの形をした象でもなく、象の形をした象だった。だがそれでいて、それは過去の記憶と同じ姿には見えなかった。スピードが全く違う。灰色の体から立ち上り、切り裂いていく空気の色が全く違う。穏やかさのかけらもない巨大な質量が、激しく揺れながら高速で近付いてくる。
一頭だけではない。何頭いるのか数えようとしたが、六頭数えたところで輪郭が入り乱れて分からなくなった。それらが鼻を振り乱してまっしぐらにこちらに向かってくる。クラクションが破裂するような不吉で巨大な鳴き声が遠くから響き渡った。
男は自分の目と耳が狂ったとしか思えなかった。
男が茫然と立ち尽くしていると、周囲の警官たちが慌てて車道に走り出た。号令が掛かったのだ。男もヘッドセットを操作して、その音声を傍受した。通信が細切れに聞こえる。突如動物たちが現れた、原因は不明、大統領車をいかなる手段をもってしても防護し、ホテルまでの進路を確保しろ、先導の白バイ隊は…… 男も車道に足を踏み出した。象が迫って来る。そして気が付いた。走って来るのは黒塗りの車と象だけではなかった。その背後から、恐ろしく背が高く、薄茶色のまだら模様の長い首の群れが押し寄せてくる。キリンだ。巨大なフェリーの群れが一斉に汽笛を鳴らすような音が響き渡る。鳴き声が入り乱れて、メンバーの誰も調律していないオーケストラのファンファーレのようだ。地面が地震のようにがたがたと揺れている。どうやって象とキリンを止めるのだろう。大統領車の背後には武器を持った警護車をはじめ突発事案に対応するための車が何台も付き従っているはずだが、彼らは一体何をやっているのだろう。警官たちは即席の縦列陣を形成して動物たちと車を迎え撃つ態勢を取ったが、男も、本物の警官たちも、持っているのは警棒だけだ。暴徒鎮圧のためのシールドさえ、持つ者は限られている。男の脳内は完全にパニックに陥っていた。我に返ったのはレクサスの運転席から運転手が顔を出し、クラクションを鳴らしながら叫んだ時だった。
「お前ら道を空けろ! 大統領が来る! 動物たちを止めろ!」
矛盾したオーダーだった。確かに道を空けなければ車が通れないが、道を空ければ動物を止められない。警官たちはどう行動すればよいのか混乱した。だが一方、男はそれで思い出した。自分の目標はキャデラックだ。警護車がどうであろうと動物たちがどうなろうと知ったことではない。とにかくキャデラックを発見したらそれに己の体を密着させて爆弾のスイッチを押す、自分がやるべきことはそれだけだ。
男は道の向こうに目を凝らした。レクサスの後ろ、陰に隠れていて見えなかったキャデラックがその姿を現し、もう目前に迫っていた。
警官たちが一瞬陣形を解き、進路を空けた。車が通り過ぎたら再度陣形を立て直して動物たちを待ちうけろ、という指令がヘッドセットから伝わった。
男はポケットの中に仕込んだ起爆スイッチを握りしめた。
混乱した音声が再びヘッドセットから聞こえた。
「後方から虎の群れ!」と誰かが叫んだ。
背後から言葉にならない叫び声が響き渡る。激しい震動が足に伝わり、空気の流れが激しく乱れた。男はホテル側の道に振り返った。そして口を半開きにしてその光景を見つめた。
ヘッドセットから聞こえた情報は全く正確ではなかった。やって来るのは虎だけではない。だが何なのか分からなかった。最初の一瞬は虎だけではないということが分かっただけでそれ以上は全く見分けがつかず、男は必死で目を凝らした。たてがみを揺らすライオンが見える。一本角を掲げたサイが見える。数百メートル向こうから虎、ライオン、サイ、ウマ、オオカミ、シマウマ、それ以上はもうどれだけ眼を凝らしても見分けがつかない色も形も異なる動物たちが、学校の校庭一つ分くらいの汚れたペンキを思い切りぶちまけた滝のような光景になってまっしぐらにこちらに走ってくる。虎たちは道の反対側からやって来る象たちに呼応するかのごとく大声を上げて突進した。最早地面の揺れはまともには立っていられないほどだった。遠くで警官たちがなぎ倒され、叫び声を上げた。その波は不可避の雪崩の如く目前に迫っていた。
何だこれは、と男は思った。今日は自分とこの国の歴史的な一日のはずだ。間違いなく間もなく、大統領の乗ったキャデラックがやって来る。そこまでは完璧だ。しかしその背後から押し寄せてくる、この唐突で過剰で意味不明な光景は一体何なんだ?
再び振り返ると、レクサスがスピードを緩めずに突っ込んできて、男の体をギリギリかすめて走り抜けたところで急ブレーキを踏んだ。なんだありゃ、と運転手が前方から押し寄せる動物たちの波を睨みつけて叫んだ。その後ろ百メートルほど遅れて、キャデラックがこちらに近づいてくる。
男は頭を横に振って足を踏み出し、キャデラックの進路に立ち塞がった。前後を動物の群れに挟まれ、警官たちが道にスペースを空けてそれ以外を埋め尽くす中、その行動は唐突すぎて、誰も男を止められなかった。
男は最後の一瞬、この状況で大統領が死んでも自分が爆破で殺害したのではなく後世には象に踏み殺されて死んだと書かれるのではないか、と不安になった。しかし今更引き返すことはできない。男は起爆スイッチに指を添えた。
最後に男が見たのは、自分の足下に映る影だった。自分の影の大きさが、突然数倍に膨れ上がった。
男が上方を見上げようとした瞬間、空から飛来した何かが凄まじい勢いで男に衝突した。男は地面になぎ倒され、頭を打って気を失った。
男の体を踏みしめ、落ちてきた物体は、折り曲げた体を伸ばし、すっくとその場に立った。
飛来したのは人間だった。そして少女の体をしていた。数秒前に空中で少女の体から切り離されたパラシュートがふわふわと宙を舞い、海に落ちて行ったが、誰もそれに注意を払うことができなかった。その場にいた警官の誰もが、少女の風に揺れる髪と、彼女の顔を覆う仮面に目を奪われた。
その仮面は、スケッチブックの紙にクレヨンで描かれた顔だった。子供が描いたような乱雑で省略が激しい絵で、肌色の顔に太い眉毛が真っ直ぐに引かれ、頬は赤く染まり、にっこりと口が笑っていた。
大統領車のキャデラックが急ブレーキを踏んで、少女のぎりぎり手前で停車した。
運転手が窓を空けて顔を出し少女に向かって、そこをどけ、と英語で叫んだ。
そして少女に向かって拳銃を突きつけた。
その声と動作に反応して、周囲の警官たちが弾かれたように少女に向かって一斉に手を伸ばした。そしてその瞬間に彼らは爆風に吹っ飛ばされでもしたかのように後方に弾け飛んで倒れた。何が起こったのか誰も分からなかった。少女が一瞬天高く拳を突き上げた姿だけが見えた。だがその姿が残像だったかのように、次の瞬間にはもう少女はその場から消えていた。彼女はキャデラックの運転席のドアの前に立ち、運転手の腕と首根っこを捕まえて運転席から放り出そうとするところだった。警官たちがそれを制止しようとしたが、響き渡る悲鳴がその足を止めた。もはや目と鼻の先に到達した動物たちに警官たちが次々に弾き飛ばされ、何の鳴き声だか全く分からない無数の動物の雄叫びが周囲に響き渡った。道の脇の森から大量の猪が飛び出してきた。誰かが、大統領、と叫んだ。逃げろ、という声がした。象とキリンの群れと、虎を先頭にした肉食も草食も入り乱れた動物の群れが、キャデラックリムジンを中心に、正面衝突した。
キャデラックと警官たちは動物の波に飲み込まれ、何も見えなくなった。
一瞬にして状況が誰にも把握できなくなった。灰色と茶色とネイビー色の警官の制服がモザイク模様を描き、無数の足音と叫び声が入り混じり、意味のある形と音が消失した。混乱のるつぼの中で警官たちは完全に分断され、あらゆる場所で局所的な乱闘を強いられた。動物たちは警棒でどれだけ殴られてもひるまずに突進し続け、サイがシールドを構えた警官を弾き飛ばして走り抜けた後を無数の馬が駆け抜けていき、警官たちは熊に踏みつぶされ、降りかぶった警棒を振り下ろす前にカンガルーに殴り倒された。ライオンが跳躍して警官を突き飛ばし、空からワシやタカが飛来して警棒を奪い取った。遊園地のパレードを数百倍の早回しにしてディスクジョッキーがぐしゃぐしゃに掻き回したような光景だった。大統領とファーストレディをお守りしろ、最優先事項だ、という叫び声が警官たちのヘッドセットに伝わった。だが大統領がどこにいるのか誰にも分からなかった。
混乱の最中心部、キリンの足の隙間から飛び出すようにキャデラックDTSリムジンが走り出た。キャデラックはホテルに向かう道を逆走し、走り回る動物たちと警官たちを恐ろしく機敏な挙動で掻きわけて走り抜けていく。一人の警官が一瞬、すぐ傍を疾走していくキャデラックの窓の中を垣間見た。運転席には仮面の少女、後部座席には首を後ろに倒して口を開けた大統領とその娘。SPの姿が無く、他にも誰も乗っていない。キャデラックがエンジンの回転速度を上げた。
「誰かあのリムジンを止めろ!」
誰かがそう叫んだ。だが誰もが目前の動物に抜き差しならない対峙を強いられ、追いかけることができる者も止めることができる者もどこにもいなかった。キャデラックはぐんぐんスピードを上げ、なぎ倒された警護車両たちの間を駆け抜け、ありったけの混乱がそこらじゅうにぶちまけられて互いに衝突する中でただ一点の明白な意志となって道を駆け抜けた。
唐突に、道の先の低い崖の上からピンク色の巨大な塊が飛び出した。
森の中から空中に向かって途轍もなく大きなピンク色の花が弾きだされたように見えた。それは上方から凄まじいスピードで落下し、キャデラックのフロントに向かって真っ直ぐ突っ込んだ。キャデラックは急激に方向転換したが、間に合わず、轟音を立ててその物体と衝突した。
その物体はピンク色の、何かよく分からない無数の絵が描かれた、シボレー・カマロだった。カマロはキャデラックに弾かれ、ガードレールにぶつかって停止した。
カマロに乗った四人はマウンテンを除き、身を屈めていたが、それでも衝撃で車体に激しく打ちつけられた体を押さえ、うめき声を上げた。
「何だこりゃ」とタカハシは作動したエアバッグに埋もれながら叫んだ。「どこをどう走ったらこうなるんだよ?」
「俺の道案内のお陰で間に合ったようだな」とマウンテンが言った。
「どこが『道』だよ。ほとんど全部、ただの森を無理やり突っ切っただけじゃねえか」とタカハシは言った、「大体ここはどこだ? 何か知らんが思いっきり車踏みつぶしたんじゃねえのか?」
タカハシは周囲を見回して、目を細めた。
「て言うか何だこの光景は。第三次世界大戦は動物と人間の戦争だったのか?」
後部座席に座ったプリウスが、マウンテンとタカハシの顔の間から指を突き出した。二人が指の指し示す方向を見やると、衝突してフロント部分がぐしゃぐしゃになったキャデラックがあった。運転席に、妙な仮面を被った者がいて、こちらに顔を向けている。次の瞬間、その仮面の運転手はキャデラックのエンジンを再始動させた。運転手がハンドルを切って一旦バックし、走り出す間際にタカハシが訊いた。
「はぐれメタルか?」
プリウスが頷いた瞬間、タカハシはエンジンスイッチを押して起動すると同時にアクセルを踏んだ。高速でバックしてガードレールから車体を離し、キャデラックとほとんど同時に前方に向かって走り出した。
キャデラックとカマロは一気に加速し、幅広の二車線を併走した。警官たちが慌てて道を空ける。機動性能はカマロが上で、タカハシの障害物を掻きわけるステアリング操作は完璧だった。まるで豹のように俊敏に象の脇をかいくぐり、シマウマの体を避けて走った。しかしキャデラックは最小限の車体移動でほとんど真っ直ぐに進んでいく。動物が道を譲るかのようにぎりぎりでキャデラックを避けていくのだ。差が少しずつ開いていく。
「なめんな」とタカハシは細い目で小さく言った。
タカハシはハンドルを切り、カマロをキャデラックの真後ろにぴったり貼りつかせた。オランウータンや熊や乱闘する警官の波を掻きわけてぐんぐん加速するキャデラックと全く同じスピードに車速をコントロールし、タカハシは静かな目で前方を見つめた。タカハシはそのままほとんど動かなかった。キャデラックが障害物を避けるために僅かに車体を左右に振るとその動きを完全にトレースし、ぴったり10メートル後ろから離れなかった。動物たちの雄叫びと人間たちの怒号を引き裂いて、2台の車が空を切る音と激しいエンジン音が走り抜ける。前方で何かが宙を舞って輝いた。一匹のイノシシに弾き飛ばされた警官のシールドだった。それが回転しながら飛んできてキャデラックのフロントガラスに命中した。それでほんの僅かにキャデラックの動きがぐらついた。その瞬間タカハシはアクセルを限界まで踏みしめ、更に一瞬後にハンドルを切った。
カマロは急激に加速し、一気にキャデラックを抜き去って前方に躍り出た。タカハシは更に逆方向にハンドルを切り、完全にキャデラックをカマロの真後ろに従えた。
プリウスとタカハシは一瞬後ろを振り返り、向き直ってぱちぱちと拍手した。
「スリップストリームだ。前を走る車を風除けにして加速する。レースゲームの基本中の基本だ」
タカハシは静かな声でそう言って、思い切りブレーキを踏んだ。カマロのリアバンパーとキャデラックのフロントが高速で接近して、衝突した。ポカリが悲鳴を上げた。がりがりと凄まじい音を立て、二台の車は減速する。カマロのピンク色の車体が削られる。
「止まりやがれ」とタカハシは低い声で言った。
プリウスは背後に振り返った。ガタガタと激しく振動するガラスの向こうの目と鼻の先に仮面を着けたはぐれメタルがいる。仮面に開いた二つの穴をプリウスはじっと見つめた。ハンドルを握りしめた彼女は、プリウスを思い切り睨みつけている。プリウスはそう思った。彼女の目が見えたわけではない。ただ間違いなくそうだと感じた。
次の瞬間、はぐれメタルは思い切りハンドルを回した。キャデラックの黒く長い車体が波打つように回転する。ブレーキを踏んで体を押しつけて来るカマロの衝撃を吸収するように車体を斜めにして受け流す。カマロはバランスを失って、プリウスは体を振られてドアガラスに顔を押しつけられた。がりがりとドア部分をカマロに削られながら、キャデラックは再加速した。キャデラックがカマロを抜き去ろうとする前に、既にタカハシはアクセルを踏んでいた。2台の車は再びぴったり併走した。
タカハシは小さく舌打ちして、こいつ重すぎる、と言った。
「し、し、市街地に入る」
ポカリは膝の上にノートパソコンを開いていて、マップを見つめながらそう言った。その言葉通り、海岸沿いの道が終点を迎え、街が見えてきた。検問のバリケードが踏み倒されている。大量の猿を避け、のそのそ歩く鰐を避けるうち、2台の車は検問を突破して町に突入した。しかし基本的な光景はさっきまでの海岸沿いと全く変わらない。町の中まで動物たちが大量に闊歩していて、どの場所でも動物たちと警官が乱闘を繰り広げていて、背景が海かコンビニかスーパーか民家かの違いしかない。ホテルにほど近いこの町はもともとサミットの厳戒体制下で人がほとんど出歩いていなかったようで人間は警官たちしか見当たらない。キャデラックは道に置き去りにされたパトカーを弾き飛ばし、カマロはバス停を突き飛ばして町を駆け抜けた。キャデラックが交差点を曲がった瞬間、タカハシは凄まじい反射速度で同じ方向にステアリングを切った。再び直線に入るとキャデラックとカマロは互いに車体を衝突させ合い、一歩も譲らなかった。
カマロの車内に突然ゲーム音楽のメロディが響き渡った。「ポケットモンスター ダイヤモンド・パール」の戦闘BGMだった。
ポカリはポケットからスマートフォンを取り出した。着信を表示してぶるぶると震えている。
「もしもし」とポカリは電話を耳に押し当てて言った。「こ、こ、こんにちは」
ポカリはぺこぺこと頭を下げた。
「は、はい、日頃はた、た、大変お世話になっております」とポカリは言った。
「どこのジムリーダーだこのくそ忙しい時に」とタカハシは言った。
ポカリは、はい、はい、と言って何度も頷いた。そして、いいえ、いいえ、と何度も首を横に振った。
「い、い、いえいえ、滅相もありません、自分はただの付き添いで。――う、う、うまく行くといいですね。か、か、陰ながら応援しております。――そ、そんなことありません。大統領の娘さんがプレゼントだなんて、誰も想像もしないくらいとってもす、す、素敵だと思います。プリウスも大喜びすると思います」
ポカリ、とマウンテンが怒鳴った、「電話を全員に聞こえるようにしろ」
ポカリは震えるように頷いて、スマートフォンの画面を操作して、スピーカーモードに切り替え、3人に向かって差し出した。
《なんなの、あんたたちのその車は? ふざけてんの?》
はぐれメタルの鋭い声がスマートフォンのスピーカーから鳴り響いた。
その瞬間、プリウスはポカリの手から電話を取り上げた。そして通話中の表示画面と、右側を併走するキャデラックを交互に見つめた。
「文句があんならお前がストーカーしてる男の親父に言え」とタカハシはハンドルを握って正面を見つめたまま言った。
《あんたたちなんなの? 何で邪魔すんの?》
「てめえが俺のアポロを盗みやがったからだ」
《いちいち覚えてない。なんて小さい男なの》
「お前が俺をそう思うのは勝手だ。けどアポロのことまで舐めてんじゃねえぞ」
《どうでもいいからどいて。今忙しいの》
「どくのはお前を海に突き落としてからだ」
《あんたにも、誰にも、そんなことはできない》とはぐれメタルは言った、《その馬鹿馬鹿しい車を100台連れて来ても、戦車を何台連れて来ても、爆弾が落ちても、私は絶対に止まらない》
「はぐれメタル、爆弾が落ちる前に、今すぐ大統領親子を車から降ろして投降しろ」とマウンテンが言った。
《ゴリラ? またやられに来たの? あんたじゃ私に勝てないって、あれだけぼこぼこにされてまだ分からないの?》
「負けたくらいで諦めるようなら、初めから戦うものか」
《あんたが何回戦ったって無駄。おとなしく森に帰りなさい》
「ここにいるのはゴリラだけじゃない。ゲーマーも盗撮カメラマンも画家もいる」
《全員何の役にも立たないじゃない》
「そうだ。だからお前に勝てる」とマウンテンは言った。
《無理。あんたたちはもう終わる》とはぐれメタルが言った。
「やってみやがれ」とタカハシは言った。
キャデラックの運転席の窓が開き、はぐれメタルは窓の外に向かって何かを放り投げた。ごん、という重い音を立てて、カマロのボンネットにそれが落ちた。
鉛色のリンゴのようなものがボンネットの上で転がった。
え、え、M67グレネードだ、とポカリが叫び終わる前に、それを視認した瞬間、タカハシは思い切りハンドルを切った。物体はごろごろとボンネットから転がり落ち、タカハシはアクセルを全力で踏んだ。次の瞬間、カマロのすぐ後方で凄まじい爆発音が響き渡った。プリウスは目をきつく閉じ、ポカリが再び悲鳴を上げた。カマロは爆風にあおられ、バランスを失った。
野郎、とタカハシは吐き捨て、ステアリングを安定させながら正面を見据えた。一気に加速して遠ざかるキャデラックを追い、タカハシは再びアクセルをベタ踏みした。
プリウスは掌のスマートフォンの画面を見つめた。既に通話は切れている。
タカハシはアクセルを踏み続けた。しかしキャデラックはどんどん遠ざかって行く。キャデラックとカマロの進路に付き従うかのように動物たちが町で暴れまわっている。一体これまで何百頭の動物とすれ違ったのかプリウスには分からなかった。2台の車は既に繁華街に踏み込んでいて、動物たちと格闘するのは警官たちだけではなくなっていて、道を歩く人々が恐怖一色に血相を変えて逃げ惑っている。サミット会場のホテルから遠ざかれば遠ざかるほど、一般の車の通行が目立ち始め、ある車は立ち往生し、ある車は完全に目測を失って大きく蛇行した末に電信柱に衝突して停止した。後方、遠くからパトカーが迫って来るが、動物たちや通行人に阻まれて全く追いついてこない。しかしそれはカマロも同じだった。動物だけを避けていればよかったさっきまでと異なり、人の数の方が多く、動きが鈍くて避け辛く、キャデラックとの距離を縮めることができない。
「振り切られる」とマウンテンが言った。
タカハシは道の向こうで交差点に差し掛かるキャデラックの後ろ姿を睨みつけ、奥歯を噛みしめた。
どかん、という音が前方から轟いた。
前方、交差点のど真ん中で、キャデラックの黒い車体がいきなり停止した。
次の瞬間、更なる破壊音とともに、キャデラックの右側面に、ホンダ・フィットの車体がめり込んだ。
次々に乗用車が交差点に殺到し、キャデラックを中心に衝突した。ガラスが割れ、合金がへし折れ、バンパーが破壊される音が辺りに弾けた。停止した車たちの幾つかからサイレンやクラクションの音が響き渡った。途端に道を行く車の列が詰まり、カマロもそれ以上先に進めなくなった。
「何が起きた?」とブレーキを踏んだタカハシは目を細めて言った。
「も、もう絶対にやらない。こんなことは」とポカリが言った。
三人がポカリに振り向いた。ポカリは青い顔で、膝の上に開いたノートパソコンの画面を覗き込んでいた。
「交通管制システムに侵入して、無線制御されているこ、ここ、この町のし、し、信号を全部青にした」とポカリは言った。「もう一生絶対にやらない」
良くやった、とマウンテンとタカハシは言った。マウンテンとプリウスはカマロから降り交差点に向かって駆けだした。カマロはバックして再び発進し、別のルートから回り込むべく脇道に入って行った。
プリウスとマウンテンは衝突した車をかき分けながら、キャデラックに接近した。悲鳴や怒号が辺りを覆う中、事故を起こして車から降りて来る運転手たちの肩を押しのけ、二人はそれぞれ右側と左側の後方から車に近づき、同時にキャデラックの後部ドアを開けた。
大柄で金髪の白人の男が、口を開けて頭を後ろに倒して眠っていた。
「大統領だ」とマウンテンは言った。
プリウスは頷いた。車内にはそれ以外、誰の姿も見えない。
プリウスは顔を上げ、キャデラックの周囲を見回した。車と動物と警官が走り回り、何の規則性も無くあちこちに向かって誰もが逃げ惑う。象の鳴き声が聞こえ、どこかで何かが衝突する音が断続的に聞こえる。その群集と騒音の向こう、金髪と黒髪が交互に揺れる後ろ姿が微かに見えた。金髪は黒髪の人物に背負われて、どんどん遠ざかって行く。
はぐれメタルと大統領の娘だ。
プリウスは走り出そうとして、半歩踏み出したところで留まり、キャデラックの後部座席を今一度覗き込んだ。そしてポケットから、太陽の光を浴びて星の塊のように青く輝くスカイ・フル・オブ・スターズを取り出し、キャデラックの後部座席で眠っている大統領の、太腿に置かれた手の中にねじ込んだ。プリウスは一瞬だけ大統領に向かって頭を下げてから、走り出した。
はぐれメタルは路地に折れ、走り去って行く。プリウスは全力疾走した。絶対に追いつける、そう信じて走った。だがはぐれメタルは途轍もなく速い。背中は急速に小さくなってあっという間に見えなくなる。プリウスは歯を食いしばり、手足がちぎれそうな気がするほど思い切り走った。また一瞬だけ背中が見え、すぐに角を曲がって見えなくなる。プリウスの脳内を既視感が埋め尽くした。だがあまりにも多くの記憶が重なり過ぎていて、一つ一つがどの場面のフラッシュバックなのか全く見分けがつかなかった。
プリウスのすぐ隣を、一頭の馬が駆け抜けた。乗れ、と馬の上から声が聞こえた。
マウンテンだった。黒い巨大な馬にまたがったマウンテンは、片手で手綱を握りながらプリウスに向かって手を差し伸べた。プリウスが手を伸ばした瞬間、マウンテンはその二の腕を掴んで一気に引き上げ、自分の体と馬の首の間にプリウスの体を収め、掴まれ、とプリウスに叫んだ。
手綱を掴んで、足で馬の腹を打ち、マウンテンは真っ直ぐ全力で馬を走らせた。蹄がアスファルトを打つ音と衝撃がプリウスの脳天まで鳴り響く。プリウスが右方向を指差すと、マウンテンはそれに従ってコーナーを回った。店先から果物を盗む猿たちを蹴散らし、倒れた街路樹を飛び越えて、二人を乗せた黒い馬が通りを疾走した。
馬の上からプリウスは目を凝らした。警官が何か叫んでいる。シマウマがそこら中を走り回り、鳥が空を舞っている。子供の大きな泣き声と笑い声が同時に聞こえる。しかしはぐれメタルの姿がどこにも見えない。
空で何かが爆発した。びりびりと周囲の建物のガラスが揺れ、腹に音が響いた。周囲で悲鳴が上がり、誰もがその場に身を伏せ、動物たちは身震いした。爆発音は何発も何発も連続して轟いた。
爆弾か、と誰かが言った。
違う、と誰かが叫んだ。「花火だ」
そして空を指差した。真っ青な空の下、駅ビルの上で何発も巨大な花火が打ち上がった。光の中で微かな赤と黄色に染まった、幾つもの巨大な花が咲いた。
マウンテンとプリウスを載せた馬は通りを駆け抜け続けた。周囲の様子は既にテロや騒動や戦争というよりはただ単に統制が全く取れなくなった巨大な祭りのように見えた。プリウスは目を閉じた。はぐれメタルがどこにいるのか、プリウスにはもう全く分からなかった。それでも目の前で道が二手に分かれていて、どちらかを選ばなくてはならない。どちらも、その道を選ぶ根拠は全く無い。
プリウスは右を選択した。黒い馬が体を傾け、カーブを右に曲がった。
唐突に、目の前にバイクが現れた。バイクは細い路地から現れ、プリウス達に衝突しそうなぎりぎりで車体を傾けて、瞬間的に馬と併走した。
プリウスと、仮面を付けた黒髪の少女の目が、間近で交錯した。
ハンドルを握るのは仮面を付けたはぐれメタルだった。後部座席に脱力した金髪の女の体があって、はぐれメタルの背にもたれかかっている。そしてそのバイクは、盗まれたマウンテンのバイクだった。
はぐれメタルは一気に加速して、マウンテンが駆る馬を引き離そうとした。だがそのとき既に、マウンテンは手綱から手を離して鞍の上に片膝を曲げて立っていた。マウンテンは間髪なく跳躍した。一瞬の動作で、はぐれメタルですら反応ができなかった。
マウンテンはエンドゾーンに向かってタッチダウンを決めるアメフト選手のように、後部座席の金髪の女に向かってダイブした。女の腕を掴み、はぐれメタルの背中にもたれかかるその体を引き剥がして太い両腕にがっしりと抱え、その勢いのまま道を転がり街路樹に突っ込んだ。
馬にはプリウス、バイクにははぐれメタルだけを残して二者は走り続け、マウンテンと金髪の女はぐんぐん遠ざかって行った。
はぐれメタルが舌打ちする音は、花火の音に混じって聞こえなかった。
はぐれメタルは振り返った後で、プリウスを見上げて睨みつけた。そしてそのままバイクを加速させて走り去った。瞬く間に群衆に紛れてその背が見えなくなる。
一人馬上に残されたプリウスは、走り去ったバイクを追うべく加速しようと、見よう見まねで馬の腹を蹴り、手綱を引いた。黒い馬はしばらくの間走り続けたが、やがてその速度を落とし、無表情でてくてくと歩くだけになっていった。プリウスが馬の横顔をぱしぱし叩くと、鬱陶しそうに首を横に振って、最早全く進もうとしなかった。
プリウスは馬から転がり落ちるように降りて再び走り出した。何かから逃げだす人々に肩を突き飛ばされ、頭上を舞う鳥を振り払い、バイクに乗った彼女の背中を探した。しばらく走るうちに道端に転がった自転車を見つけ、跨って全力で漕ぎ始めた。
プリウスは周囲を見回し、耳を澄まし、目を閉じ、再び開き、はぐれメタルの気配を探した。だがどこにも見えない。騒音で何も聞こえない。花火が次々に打ち上げられて、辺りに火薬と煙の臭いが立ち込めていて、五感が削ぎ落されていくようだった。それでもプリウスは思い切り自転車を漕いだ。脇道から飛び出す車を間一髪で避け、突っ込んでくる豚を足で蹴飛ばしてその勢いで前方に加速した。プリウスと同じ方向に走る人々もいれば、逆走してくる人々もいる。誰もどちらに行ったらいいのか分からないのだ。
道に転がったブロックやガードレールの破片を乗り越え、思い切りペダルを踏みしめた瞬間、乾いた音を立ててそれが空回りした。チェーンが外れたのだった。視線を足下のタイヤに落とした瞬間、プリウスは道路に停まっていた軽トラックの荷台に衝突した。自転車から転がり落ち、したたか手と膝を打った。プリウスは歯を食いしばって直ちに立ち上がり、再び二本の足で走りだした。
プリウスの頭の中に、遥か昔の記憶が、映像となって克明に描かれた。自分は森の中にいる。走り回って誰かを探している。その誰かは決して見つからない。見つけられたことは一度だってない。全力を尽くしているつもりがいつもまるで見当違いで、同じところをぐるぐると回っているだけだ。結局は自分では何もできずに、いつもその誰かの方からその姿を現してくれるのを走りながら待っていた。自分はいつだって誰かに守られ、救われ、そして一人だった。たった一人で走り続けていた。森は濃く深く、どこまでも続いている。木漏れ日も通さぬほど緑が生い茂り、全ての色が消えていく。
気が付いた時、プリウスは駅前の交差点のど真ん中に突っ立っていた。
肩で息をするプリウスの傍を車が通り過ぎていく。血の気の引いた顔の人々が通り過ぎ、馬が走り抜ける。コヨーテの一群が道を駆け抜け、大量のカラスが空を飛んでいく。サイレンの音がそこらじゅうから響き渡り、動物も人間も分け隔てなく全ての生き物が叫んでいる。上下左右に風が吹き、埃が舞う。花火の音が鳴り続ける。この世のありとあらゆる何もかもが通り抜けていくように見える。世界が終って行くようにも始まって行くようにも見える。どこにも彼女の姿は見えない。どこにいるのか見当もつかない。
どうあがいても届かない。俺にできることは何一つない。
プリウスは首を横に振った。
そしてポケットの中に手を突っ込んだ。
ポカリから取り上げて借りっぱなしのスマートフォンが入っていた。
プリウスはスマートフォンのホームボタンを押した。パスワードは掛かっておらず、そのままホーム画面が立ち上がった。電話機のアイコンに触れ、履歴のタブを選択した。一番上の行に、最後に電話した相手先の電話番号を示す、11桁の数字が並んでいる。他の行は全てタカハシやその他の個人や店の名前が並んでいて、数字の羅列はその一行だけだった。
プリウスはその数字をじっと見つめた。
そして静かに息を吸い込んで、その電話番号に触れた。電話が発信を開始し、プリウスは目を閉じて耳に押し当てた。
コール音が鳴り響く。2回、3回。
4回目が鳴る瞬間に、その音は止まった。電話が相手に繋がったのが、不慣れなプリウスにも分かった。周囲の猥雑の極みの中、耳の向こうに、人の気配がする。
沈黙。
電話先の相手は完全に沈黙していた。耳を澄ますと、辺りがしんと静まり返ったような気がした。自分の心臓の音だけが聞こえる。そしてその向こう側に、微かに何かが聞こえる。彼女の呼吸する音が聞こえる。プリウスはその気配を感じた。すぐ目の前に彼女がいる気がした。森の中で、街角で、高校で、祭りのど真ん中で、プリウスとはぐれメタルだけがそこにいる。風に揺れる彼女の髪、彼女の丸く輝く瞳、強張った唇、鋭くしなる強靭な腕、真っ直ぐで折れそうにない背中、偉そうに伸びた長い足、それら全てがイメージできる。
でも、イメージだけでは、足りない。
プリウスは目を開いた。
「もう一度君の絵を描きたい。一時間でいいから傍にいて欲しい」
プリウスがそう言った瞬間、空に幾つもの花火が炸裂した。
スマートフォンを握りしめたまま、空いっぱいに広がる火花を見上げた。立ち尽くすプリウスの傍を、誰もが走り抜けた。止まっているのはプリウスだけだった。何発も花火が打ち上がり、炸裂して無数の炎が舞い降りて消えて行く。轟音がいつまでも耳と腹を打ち続け、地面が揺れ続ける。通話がいつ終了したのかプリウスには分からなかった。どれくらい時間が経ったのかも分からなかった。顔から引き剥がすように電話を離して画面を見つめると、それは既に真っ黒になって押し黙っていた。そしてまた空を見上げた。煙の向こうに、完璧な青空が輝いていて、プリウスはそれを目に映し続けた。
プリウスは永遠に近いほど長い時間そうして突っ立っていたような気がした。彼の左手を誰かが握っているのに気がつくまでにも、長い時間が掛かった。
プリウスが振り向くと、そこにはぐれメタルが立っていた。彼女はプリウスの手をそっと握っていて、やがてその手に力を込めた。彼女は仮面を外していて、その丸く大きな目でプリウスを真っ直ぐに見つめていた。
「いいよ」とはぐれメタルは言った。
小さな声だった。
プリウスは笑った。
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