第25話
はぐれメタルだ。
あの子ははぐれメタルだ。
僕の初めての友達だ。
プリウスは隅々まで汚れたスケッチブックを持ち、小さかった自分と、小さかったはぐれメタルが描かれた絵を、隅から隅まで見つめた。手が震えていて、呼吸が詰まった。
プリウスの全身を、血が物凄い勢いで駆け巡っていた。頭の中に様々な絵が浮かび上がり、無茶苦茶なスピードでシャッフルされた。丸い目で自分を睨みつける少女、慌てて携帯電話を後ろ手に隠す少女、灯台の天辺に立つ少女、黄色い着ぐるみの太った背中、怒りの炎に包まれた少女の大きな目、そして静かな川べりに立つ小さな少女。
全てがはぐれメタルの姿だった。トニーがさらわれてからずっと見えなかった彼女の顔が、今はっきりと目の前にあり、凄まじい勢いでプリウスの頭を埋め尽くした。
彼の正面に、完成したブライト・サイズ・オーシャンの絵が立っていた。
現実にこの街にやってきた、世界一巨大な旅客船。
プリウスの胸と頭が真っ赤に燃え上がった。その灼熱が全身を包み、言葉も感覚も何もかも弾け飛んだ。炎が体の中で渦を巻き、全身でばちばちと音楽のような轟音が鳴り響いた。見たことも無い炎で、聞いたことも無い音楽だった。炎と音楽は体の中でたった一つの感情になって結晶し、プリウスの目が限界まで開かれた。
彼女にもう一度会いたい。
プリウスは机の引き出しを開けた。そこにおさまっていた光り輝く青い巨大な宝石を取り上げ、ポケットに突っ込んで部屋を駆け出た。階段を駆け下り、スニーカーを履いて家の外に出た。突き抜けるような青空に、太陽が高く煌々と輝いている。
彼女はどこにいる?
プリウスが家の敷地外の道路に出て、右を見て、左を向いて、また右を向いた瞬間、自転車が角を曲がって猛烈な勢いで突っ込んできた。乗手がうわっ、と大声を上げ、自転車は急ブレーキをかけてプリウスのぎりぎり目の前で止まった。
ポカリだった。彼はプリウスの顔を見上げ、ぜいぜいと呼吸した。
プリウスは首を傾げた。
「プリウス」とポカリが言った、「タ、タタ、タカハシは?」
プリウスは首を傾げた。
「さ、さ、さっきタカハシに電話したんだ。急いでプリウスの家に来いって。まだ来てないか?」
プリウスは頷いた。
「ぜ、ぜ、ぜ」とポカリは言った。「全然終わってなんかない」
プリウスは首を傾げた。
「はぐれメタル。まだ終わってなかった。何も。これからが本番だったんだ」
ポカリは自転車から降りた。彼が尻ポケットからスマートフォンを取り出して操作していると、道の向こうからタカハシがやってきた。
タカハシは股を広げて欠伸しながら自転車を漕いできた。プリウスとポカリの前でブレーキを掛けて止まると、自転車から降りてスタンドを立てた。
「何なんだよ日曜の朝から」とタカハシは頭を掻きながら言った、「俺は穏やかにNHKの将棋トーナメント見てたんだぜ。八段が四間飛車をかまして相手がどう出るかってとこで家を出てきたんだ。当然それよりは重要な話なんだろうな」
「み、み、見れば分かる」
ポカリがスマートフォンの画面を操作し、プリウスとタカハシはそれを覗き込んだ。はぐれメタルのツイッターアカウントのホーム画面だった。
@spiritoftheair 45分前
彼にふさわしいのは世界一の女
私じゃない
私の代わりに彼のところに連れて行く
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そしてそのツイートには写真がセットになって貼られていた。青い目の、恐ろしく肌が白く透き通った女だった。赤いドレスを着て、豪奢なウエーブが掛かった金髪が肩に掛かり、カーペットの上で背筋をまっすぐ伸ばして立ち、穏やかに微笑んでいる。あらゆるパーツが光り輝き、じっと見つめていると目が痛くなりそうだった。
プリウスとタカハシは首を傾げた。
「いや、見ても良く分かんねえ」とタカハシは言った。「けど、物凄え美人じゃねえか。やったなプリウス。このツイートがまじなら、もうすぐお前ん家に美女が届けられるってことだぞ。届けてどうすんのか意味分かんねえけど、バッタとか亀とかハクビシンとかで部屋を埋め尽くされるよりはよっぽどいいだろ」
「二人とも、こ、こ、この女が誰だか知らないのか?」
プリウスは首を横に振った。
「知らん。有名人か?」とタカハシは言った。
「あ、あ、あ、アメリカ合衆国大統領の一人娘だ」
ポカリがそう言うと、タカハシは無表情になった。
ほう、とタカハシが言った。感想や相槌というよりも、息が詰まって漏れ出たような感じの声だった。
「17歳の時にミス・ティーンUSAで優勝。大学はプリンストンの経済学部を最優等で卒業。だ、大学在学中に立ちあげたweb動画と写真共有サービスの年商は15億ドル。だ、だ、大統領が数年前に奥さんを亡くして、か、彼女が現在のファーストレディだ。当然、大統領は彼女を溺愛している。毎年、『世界で最も影響力のある100人』と『世界で最も美しい顔ベスト100』に同時に選ばれてる。彼女自身が数十年後の大統領候補だ」
なるほど、とタカハシは言った、「凄まじい女のようだな」
「た、た、たぶん本当に世界一の女だ」
「で、はぐれメタルはその女をどうするって言うんだ?」とタカハシは言った、「この女がいるホワイトハウスに忍び込み、ダース・ベイダーに頼んで炭素冷凍装置に突っ込んでもらい、キンキンに冷えて固まったところを海の向こうからどんぶらこ運んでくる、というわけか? とんでもない作業だな」
「ち、ち、違う」とポカリは言った、「ついさっき、大統領専用機エアフォースワンが日本に到着した。彼女は、今、ここから5、60キロの、空港からホテルまでの道を大統領専用リムジンで移動中だ。明日からのサミットに参加するために、大統領とともにファーストレディとして日本にやってきた。い、い、今、俺たちのすぐ近くにいる」
「なるほど」とタカハシは言った。それ以上言葉が出なかった。
「や、や、やばい。まじでやばい」
「分からねえんだが」とタカハシは言った。「『代わり』って、一体どうするんだろうな? 箱に入れてリボンでくるんで宅急便で運んでくるのか? まともに誘拐して連れて来たところで、ゴールデンレトリバーを飼うのとは話が違う。無言の男子高校生と金髪の大統領の一人娘が、ある日いきなり出会って末長く一緒に仲良く暮らせるわけないだろ。2分くらいで生活が破綻する」
「い、い、生きたままで連れていくなんてどこにも書いてない」とポカリは言った。「そうでなくとも、女のき、き、記憶を消して引き渡すことくらいなら、はぐれメタルなら、やるかもしれない。でっかいトランクを開けたら過去の全ての記憶を亡くした大統領の娘が入っていて、目を覚ました彼女は生まれたての雛鳥みたいに、プリウスになつくかもしれない」
「かもな」とタカハシは言った。「で、どうなる? 何にしても、もしも本当に、はぐれメタルが、大統領の一人娘を誘拐して、色々と無茶苦茶をやったら?」
「わ、わ、分からない。あらゆる悪い結果が起こり得る」
「その中でも最悪の場合どうなる」
「どうなっても、お、お、おそらくアメリカは最終的にはいずれかの国際テロ組織の犯行と判断するだろう。田舎の一人の男子高校生に心底入れ込んだだけの女子高生による単独の犯行だなんて誰も思うわけない。だ、だ、大統領は娘を溺愛しているだけでなく、強硬派で好戦派だ。世界中で無数に計画されているテロの中から適当なものを選び出して組み合わせて攻撃の口実にする。そそ、そして敵対象に選定されたテロ勢力およびそれを匿う国家に断固として対抗するために、日本政府に直接の協力を求める。に、日本政府はそれを無視できない。自国で開催された国際首脳会議中に起きた大事件の責任を無視できるわけない。こ、こ、国内組織の犯行でないことを証明するためにも、対外的にテロ勢力に対する姿勢を表明するためにも、アメリカに協力せざるを得ない。金と物資だけ出して後はよろしくというわけにはいかない。は、派兵だ。国会は荒れる。こ、こ、国際社会は猛烈に混乱する。後はどう転ぶか分からない。何しろ本当は誰もアメリカを攻撃していない。も、も、もしもアラブ系と西側が連帯して反発した場合、最悪の事態が起こる。せ、せ、戦争が始まる」
「戦争?」
「だ、だ、だ、第三次世界大戦」とポカリは言った。
3人の背後の道路を、一台の車が走り抜けた。
タカハシは目を閉じた。
「それ以前に、ぷ、ぷ、プリウスの家に変わり果てた姿の大統領の娘が届いたら、その瞬間に俺たちはおしまいだ。当局があっという間にやって来て、お、お、俺たちは全員が戦争犯罪人か国際政治犯になって口をふさがれる。せ、せ、戦争と政治には生贄が必要で、俺たちとはぐれメタル以外に参考人はいないんだ。り、り、理由なんかどうとでもなる。全ての過去が洗いざらい暴かれて都合よく整理され、俺たちはせ、せ、政府広報とマスコミによってテロ勢力を手引きした極悪人にでっちあげられ、一族もろとも存在を抹消される」
「いや、流石にそりゃないだろ」とタカハシは言った、「全く無関係すぎる」
「そ、そ、そうかもしれない。でもそれが明らかになるのは、俺たちが冤罪で刑務所に放り込まれて60歳になった時かもしれない。不慮の事故でせ、せ、先祖代々の墓に埋められてから100年後かもしれない。相手はうちの学校のグレイでもダイジョーブ博士でもない。アメリカ合衆国大統領だ。お、俺たちの話なんか誰も聞かない。俺たちを消すなんてトイレの水を流すことくらい簡単だ」
ふーっ、とタカハシは息を吐いた。恐ろしく長いため息だった。
タカハシはプリウスの顔を見た。
プリウスは、ポカリの掌のスマートフォンの画面に顔を向けたままだった。恐ろしく集中した表情で、文字と写真を見つめていた。
「け、け、警察に通報しよう。もうそれしかない」とポカリは言った。
「そしてこの訳の分からねえむちゃくちゃな犯行計画を詳しく説明して、1パーセントくらいの確率で巡査がそれを理解して、巡査長に報告し、警部補が報告書を作らせ、県警のトップまで話が伝わって号令が出るまでにあっと言う間に2日くらいが経つ。大統領の娘はとっくにはぐれメタルにさらわれた後だ。それに既に警察はサミットのために限界まで警備を増強してる。今以上にできることが何もない。無駄だ」
タカハシはプリウスの横顔を見つめたままそう言った。
「プリウス」とタカハシは呼びかけた。
プリウスはタカハシに振り向いた。
「お前、あの女のところに行く気なんだな?」
プリウスは頷いた。
「会ってどうするのか、もう分かってるんだな?」
プリウスはもう一度頷いた。
そして微笑んだ。
その顔を見て、タカハシは頷いた。
「分かった」とタカハシは言った、「ポカリ、大統領とその娘が泊まるホテルはどこだ?」
「県の南の突端の三ツ星ホテルだ」とポカリは言って、スマートフォンを操作し、グーグルマップを表示した。
「電車とバスで乗り継いで行けば、歩きも含めて1時間半くらいか?」
「い、いや、現地近くの電車とバスはサミットに備えてもう運休してる。そ、それに、もし動いてたとしても間に合わない」
ポカリはそう言って、再びスマートフォンの画面を操作した。
「はぐれメタルのツイートは五〇分前。彼女はこれまで必ず、ツイートしてから一時間半以内に犯行に及んでいる。つ、つ、つまり猶予は長く見てあと四〇分、正午までしかない」
ポカリはそう言って、スマートフォンに示された時計画面をタカハシとプリウスに向かって突きつけた。
午前11時21分。
タカハシは、限界まで目を細めてその表示を見つめた。
「四〇分?」
「タ、タ、タクシーで行けば」
「いや、無理だな。どっちみち時間が足りねえ。タクシーの運転手に、これから大統領の娘を守って戦争を止めに行くんで時速160キロでホテルまでかっ飛ばしてくれって頼むのか? それにたぶん、ホテルの近くは検問やらなんやらだろ。運転手に任せてたらまともに辿り着けっこねえ」
プリウスはタカハシがそう話す間に、踵を返して家に駆けこんだ。
そして十秒もしないうちに戻ってきた。プリウスは右手に何かを握りしめていた。手首を翻し、タカハシにその何かを投げ渡した。タカハシは反射的に顔の傍にかざした両手でそれを受け取り、掌を開いて中にあるものを見た。
車のリモコンキーだった。鍵にはメタルのキーホルダーが付いていて、巨大な顔で頭身の極端に少ないメイド服姿の少女が描かれていた。少女はウインクをして微笑んでいる。そして鍵本体にはシボレーの十字のマークが刻まれていた。
タカハシが顔を上げてプリウスの顔を見返すと、プリウスは頷いた。その背後に、この世の全ての眩い色を集めたかのようなシボレー・カマロの姿があった。初夏の透き通った太陽の光に照らされて輝き、巨大な目と胸をした少女たちが、車体一杯を埋め尽くして微笑んでいた。
タカハシが立ちつくしてプリウスとカマロを見つめていると、プリウスはタカハシに歩み寄って、その手を取った。そしてシボレー・カマロに向かって、タカハシの掌の上のリモコンのボタンを押した。がこん、という音がして、カマロのドアロックが外れた。
「まじかよ」とタカハシは言った。
プリウスは頷いた。
「俺は全国8位だぞ。1位じゃねえんだ。それでもいいのか?」
プリウスは真っ直ぐ頷いた。
タカハシは頭の後ろをぽりぽりと掻き、笑った。
そしてタカハシとプリウスはカマロに向かって歩き出した。ドアを開けたところで二人が振り向くと、ポカリは家の敷地の前で立ち尽くしていた。ポカリは車を見て、空を見上げ、俯いて、二人を見た。プリウスとタカハシはポカリの目を見つめながら、二人同時にシボレー・カマロの後部座席を指差した。
ポカリは痺れたように直立不動になり、やがて、おぼつかない足取りで歩き出し、駆けこむようにカマロの後部座席に乗り込んだ。
プリウスが右側の助手席に座り、タカハシが左側の運転席に乗り込んで、ドアを閉めた。
「め、め、免許は」とポカリが訊いた。
「11歳の時にPS3のグランツーリスモで、スーパーライセンスの全ステージをゴールドでクリアしてある」とタカハシは言って、左手でハンドルを握り、ブレーキを踏みこみながらエンジンスイッチを押した。獣のような唸り声を上げてカマロが起動した。
「シートベルト締めろ。まじで限界まで飛ばすぞ」
プリウスとポカリはシートベルトを締めて、眉間に力を込めて前方を見つめた。タカハシがブレーキを踏みながらアクセルを2度3度踏み締めると、咆哮とともにびりびりとカマロの全身が震えた。
「行くぞ」
タカハシはシフトレバーを操作して、ブレーキから足を離し、アクセルを踏み込んだ。その瞬間、エンジンが唸りを上げ、カマロは猛烈なスピードでバックした。
どかん、という音を立てて、カマロのリアバンパーがプリウス宅の玄関の柱にめり込んだ。カマロが停止し、3人が後ろに振り返ると、柱が思い切り折れて傾いていた。ついさっきプリウスの父が補修し終えたばかりの柱だった。リアウイングにぱらぱらと柱の破片が落ちる音がした。
プリウスとポカリは、タカハシの顔を静かな表情で見つめた。
「オーケー、焦るな」とタカハシは言った、「問題ない。俺が操作すんのはいつもマニュアルでな。オートマ車なんてイージーな奴は相手にしたことねえだけだ。分かってる、Dだろ?」
タカハシはシフトレバーを操作してDに合わせ、再びアクセルを踏み込んだ。カマロは雄叫びを上げて、鎖から解き放たれた獅子が飛び出すように道路に走り出た。ハンドルを切って直線道路に出ると、タカハシはアクセルをベタ踏みして加速し、一瞬のうちに時速100キロに到達した。プリウスとポカリは加重で座席に全身を押さえつけられた。
高速で風景が後ろにすっ飛んで行った。喫茶店や朽ち果てたガソリンスタンドや工場や民家を通り過ぎ、あっという間に目の前に海が現れた。一面の青が前方に広がり、タカハシは海岸沿いの道に入ると更に思い切りアクセルを踏んで加速した。崖に生い茂る木々や標識や看板が嵐のように次々と後方に吹き飛んで、太陽と空だけが微動だにしなかった。時速170キロ。道を走る車の数はごく僅かだった。時々前方を走る車を一瞬で追い抜き、対向車がやって来るすれすれで元の車線に戻った。道を歩く通行人の傍を、カマロはピンク色の閃光になって走り抜けた。彼らが目を開いて眺めてくるのがプリウスの眼に微かに見えた。だが彼らは著しくど派手な外装に注目しているだけで、中に乗って運転しているのが誰なのかまで見ていない。どっちみち速すぎて、外からは誰が乗っているのかなど分からない。
「ポカリ、ナビゲートしろ」とタカハシは言った。
わ、わ、分かった、とポカリは言った。そしてカバンからタブレットPCを取り出して操作し、道案内ツールを呼び出した。
プリウスは横目にタカハシの表情を見た。タカハシは真っ直ぐにハンドルを握り、正面を見つめていた。その目は恐ろしく静かに開かれていた。体に無駄な力が全く入っておらず、まるで悟りを開いたような表情だった。
川を渡る橋が目の前に伸び、カマロは誰もいないその橋を突っ切っていく。
前方の歩道を誰かが自転車で走っていた。男は黒い革ジャンを着こんでいた。その体が大きすぎるせいで、自転車がひどく小さく、今にも自壊してしまいそうに見えた。実際自転車は故障しかけているようで、タイヤの回転がおかしく、遠目にも明らかにふらふらとしていた。
マウンテンだった。
タカハシはブレーキを踏んだ。マウンテンを100メートルほど通り過ぎたところでカマロは止まった。
ぎしぎしと景気の悪い音を立てて自転車がやって来て、猫の悲鳴のようなブレーキ音を出してカマロの隣で止まった。タカハシは窓を開き、腕を出して外を見た。
「よう」とタカハシは言った。
「その車、本当に走れたのか」とマウンテンは言った。
「見た目よりはいい車だ。10分前に初めて乗ったばかりだが、なかなか気に入った」とタカハシは言った、「お前こんなとこで何やってんだ?」
「はぐれメタルを探している」とマウンテンは言った。「彼女は危険だ。誰かが止めなければならない」
「奇遇だな。俺らもはぐれメタルのところに行く途中だ。大統領の娘を守るためにな」とタカハシは言った。「一緒に来るか?」
マウンテンは頷いた。
プリウスはシートベルトを外し、一旦車の外に出て、後部座席に回った。マウンテンはスタンドの壊れた自転車をその場に捨てて、助手席に乗り込んだ。
タカハシはアクセルを踏んだ。横目に見ると、マウンテンの顔はすり傷だらけで、服はぼろぼろだった。ついさっき戦争の最前線をくぐりぬけてきたような雰囲気だった。
「その様子だと、バイクを取り戻すのには失敗したらしいな」とタカハシは言った。「そしてあの女にぼこぼこにやられた。そうだろ?」
「黙れ」とマウンテンは言った。
「気にすんな。はぐれメタルは元気だったか?」
「途轍もなく元気だった」とマウンテンは言った、「そして悲しげな顔をしていた」
「だろうな。その両方じゃなきゃ大統領の娘を盗んで男に届けるなんてできねえ」
「さっきから、大統領の娘とは何のことだ?」
「プリウスんとこに連れて行くんだとよ。あの女、プレゼントの第一原則、『相手の欲しいものを渡すこと』を完全に無視してやがる。別のもんにしろって文句言いに行くためにサミット会場のホテルまでぶっ飛ばすとこだ」
「なるほど、分かった」とマウンテンは言った。「ではこの先の道を行くな。この先は検問だらけだ。橋を渡ったら左に折れて山側に回れ。俺が道案内する」
「山? そっちに道なんかあんのかよ。それにホテルから遠ざかる」
「信じろ。ここら一帯の森も山も、俺の庭だ」
「だと思った」とタカハシは言い、ハンドルを左に切った。
マウンテンは後部座席のプリウスに振り返った。
「プリウス、彼女は本物だ。この世にあれほどの女は他にいない」
プリウスは頷いた。
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