#75 ゴッドグレイツ真
「マコト!」
大炎上する夜の街でガイは赤き巨人の少女に向かって叫ぶ。
それは《ゴッドグレイツ》でありサナナギ・マコトであった。
『「……ガ……イ……?」』
裸体の上から真紅の鎧を纏いし姿はガイの乗る《シンク》と同じぐらい、約十五メートル級のサイズになっている。
「あちぃ……機体の温度が上昇している」
十二月だと言うのに外の気温は四十度を越えていた。コクピットのクーラーを付けるも涼しくならず体から汗が止まらない。
急ぎ上着を脱ぎ捨てガイは《ゴッドグレイツ真》に接近を試みる。
「俺だ、マコト。怖がることはない……一緒に帰ろう」
ドロドロに溶けだしたアスファルトを《シンク》は一歩ずつ、ゆっくり進むと《ゴッドグレイツ真》は後退って威嚇するように吠えた。
熱を帯びた衝撃波が放射線状に広がっていく。
しかし、それはガイの《シンク》に向けられたものではない。
レーダーに機影が突然現れる。何も反応がなかった空間から、衝撃波を受けたことにより姿を見せたのは黒いSVが三機だ。
「あれは……あの時の奴か?」
ガイは思い出す。マコトと初めて戦ったテロリスト集団の機体、軽量級の細い見た目が特徴の《スレンディア》だ。前の機体とは違い、背中に飛行ユニットを装備している。
『流石は姫だ。よく、こちらの位置に気付いた。しかし、そちらの赤いSVは邪魔であるな』
角付きのリーダー機が指示する。ライフルやバズーカの一斉放射が襲うと同時に《シンク》は建物を使って後退。
ガイは地面を滑るように逃げなから背部のプラズマキャノンの標準を合わせた。
しかし、ガイがトリガーの引き金を引くよりも先にバズーカを持った《スレンディア》が背部からコクピットブロックを何かに貫かれ撃破された。
「蛇足が……伽藍の残りカスの分際で」
熱波で揺れる物陰の先にずっと息を潜め、ロングライフルを構えていたのはツキカゲ・ルリの《戦崇》だ。弾を装填後、直ぐに場所を移動して身を隠す。
「レディムーンか?!」
通信を送るも、この灼熱地獄ではまともに機能せず、相手の位置を特定するのも不安定な状態だった。
「……だから言ったはずよ、ガイ。あれは……破壊するべきだった……って」
雑音混じりのルリの声が聞こえてくる。
「散々利用しておいて、そりゃねぇだろアンタ!? ……ちぃッ!」
悠長に余所見をしながら会話をしている暇も与えず《スレンディア》の銃口に狙われていた。上手く避けたつもりだったが弾丸は《シンク》を肩装甲を抉る。
「全部、私が何とかする。ガイは手を出さないでちょうだい」
背後から《シンク》を押し抜けて現れたのはルリの《戦人・改》だ。
直ぐ様、瓦礫の階段を上るように飛び出して二体の《スレンディア》の前に攻め込む。
敵のいる空へ向かい銃弾の雨を掻い潜り《戦崇》は腰のラックから取り出した電磁パルスナイフを握り締めて迫るも、近接戦闘は《スレンディア》の方が一枚上手だった。
『かつては《月灯りの妖精》とも言われた月影瑠璃も老いには勝てませんか?』
ライフルの柄でナイフを弾き飛ばされた《戦崇》は《スレンディア》に蹴られて地面に叩き付けられた。熱せられたコンクリートは柔らかく、衝撃はいくらか柔いたが止まっていては燃えて火だるまになってしまいそうだ。
「ちぃっ……折られた腕さえまともなら」
操縦桿を握る右手が痛みで小刻みに震えている。機体に思考操作システムを搭載しているとはいえ、痛覚が雑念となり邪魔をする。
『ふん、そこで黙り観ているがいい。姫は次のステップへと……』
統連軍日本支部のSV部隊が交差点で立ち尽くす《ゴッドグレイツ真》を取り囲む。しかし、一斉攻撃を仕掛けるようとするSV部隊の動きが止まる。
『「……ガッ……タイ……」』
両腕を広げる《ゴッドグレイツ》から吹き出す熱風を受けてSV部隊は吸い寄せられるように近付くと一瞬にしてバラバラになった。パイロットは投げ出され、マグマのようなドロドロの地面に落ちて燃え尽きた。
「機体や……建物も取り込んでるのか?!」
撃墜された《スレンディア》の残骸や周りの建造物、自動車などを取り込み《ゴッドグレイツ真》は巨大な姿へと変貌する。
その出で立ちは、まさに鬼神だ。
『「う……ぅぅ……ぉぉぉぉ…………っ!」
「止まれマコトぉぉぉぉッ!!」
蕩けた足場の上で《ゴッドグレイツ真》は唸り声を上げる。まだこれでは足りないのか肉体の糧となるものを探して焦土と化した町を歩きだす。
それを追うガイだが《ゴッドグレイツ真》が纏う灼熱のオーラに苦戦して、短時間でも触れることが叶わない。
『まだまだ進化する! 貴女方も世界を救う礎になるがいい!』
避難民が列を作る道路に向けて肩部キャノン装備の《スレンディア》の砲身が向けられた。
一発の砲弾が真っ直ぐ人々に向けて直進する所を身を呈して庇ったのはミナモの《アマデウス》である。ガードしたシールドが弾け飛んだが、元が重装甲ゆえ損傷は軽微だ。
『ほう、無駄なことを』
「や……やらせないっス! 絶対にここは守るッ!!」
『では次はどうですかね』
接近する《スレンディア》は脚部のミサイルも展開する。今度はミナモの《アマデウス》に向けて狙いを定めて放った。避難民に向けられているのかと勘違いしたのかミナモは無駄に《アマデウス》を動かすが、それが返って人たちに爆風や装甲の破片を浴びせることになり逆効果になってしまった。
「ぐぅぅ……」
コクピットを庇う腕が無くなりハッチに隙間が空いて、地獄のような外の暑さがミナモの頬を焦がす。
『では、これで終わり』
「……、……ミナモっ!」
「そこまでだ!」
ゆっくりと《スレンディア》が次射の装填を行っているところに、ヤマブキとアリスの《アマデウス》がミナモの前に駆け付けた。
「アリス、ヤマブキ……?!」
「ここは任せて早く逃げてくださいよ、ミナモ」
「……、……ほんと世話が掛かる」
『二対二ですか、ちょうど良いでしょう。貴女方も礎になるがいい!』
◇◆◇◆◇
進む先のあらゆるものと融合しながら、膨れ上がる鋼の体躯を揺らして《ゴッドグレイツ真》は海の方角へと南下していく。
数十メートルもの大きさまで膨れ上がり、巨体から吹き出る熱波が影響して地下のガス管や施設などが崩壊、各所で爆音が轟く。
ガイは未だマコトのことを止められず、接近しすぎると機体が吸い寄せられてしまうので、付かず離れず周囲を意味もなくグルグルと回るしかなかった。
ガイは《シンク》を高いビルに上らせ《ゴッドグレイツ真》の顔を覗き込む。
作られた仮面の瞳、その奥で暗闇で彼女は涙を流しているように見えた。
「マコト……」
頭の中で救出法をシミュレートしている間に《ゴッドグレイツ真》の胸部装甲に爆発が起きた。だが傷は全く付いていない。
「頼むからいい加減で退いてくれよ、レディムーン!」
ガイの呼び掛けに返事はビームが飛んできた。物陰から狙うツキカゲ・ルリの《戦崇》だ。ルリお得意の遠距離戦に持ち込まれると厄介なので《シンク》は接近戦を挑むため加速をかける。
「これは私のケジメなのよ……私があの時、失敗しなければこんなことにはならなかった。だから、ヤツの息の根を止めなきゃいけない」
「だから、やらせねぇよ! 俺はマコトを救うって決めたんだからな!」
倒壊した二棟のビルの隙間に《戦崇》が入り込む。後を追って《シンク》が突入すると《戦崇》が与えた衝撃でビルが瞬く間に崩れていく。
「私の邪魔をするなッ!」
「邪魔してんのはレディだろうがぁ!」
トラップだと言うことは予想済みガイは《シンク》のプラズマキャノンを上方へ発射させる。ぶち抜かれた天上の穴を通り抜けビルは瓦解した。
「どいつもこいつも悲劇のヒロインぶりやがって。大人なら自分で考えろよ!」
「考えた結果がこれなのよッ! 私はいつも最善を選んできたつもり。間違っているはずはない!」
渾身の罠が不発に終わり、ルリは焦っていた。その焦りはミスを呼び《シンク》の接近を許して頭部を拳で殴られて《戦崇》はメインカメラを失った。
即座にサブカメラに切り替えたが逃げた先で《ゴッドグレイツ真》に近付きすぎていたことにルリは気付かなかった。
両者の目が合い、銃口と激しい敵意をぶつけるルリに《ゴッドグレイツ真》の巨腕が振り下ろされる。
「レディムーン!」
猛火の一撃を《シンク》が《戦崇》は弾き飛ばして自らが受け止める。
「ガイ!?」
「こ、このシンクはゴッドグレイツとまでは言わないが耐火性に優れている。まだ行けるさ……うるぁっ!!」
コクピットでアラート音。間接に想定以上の負荷が掛かりながらも《シンク》は《ゴッドグレイツ真》を押し返す。
「レディムーン、アンタには感謝している。SVの操縦を教えてくれたのもアンタのお陰だ。ありがとう」
ガイは突然、感謝の言葉をルリに送る。これは決別のためだ。
「だから、レディムーンも幸せになってほしい。アンタの心はもう限界だ。ずっと見てきた俺にはわかる。俺はアンタも救いたい。もちろんマコトも救う。アンタの苦しみは俺が全部背負う。だから……退いてくれ」
頭を下げるガイ。
「…………」
ルリは何も言わなかった。
ただ黙って《戦崇》は暗闇に消えていくだった。
「ありがとう」
頭を上げてガイは《ゴッドグレイツ真》を見上げる。
再び海上へ向けて行進を始め、通る道にある全てを火の海へと変えていく。
「こっちもかなりダメージが酷い。どうするよ、やるのか?」
機体の損傷をチェックしながら自分に言い聞かせるように呟いた。
「マコト、合体だァッ!」
彼女を救う方法は、たった一つしかない。
奇跡は“起こす”ものだ。
覚悟を決めてガイと《シンク》は、激しく燃え盛る紅蓮の炎を纏った《ゴッドグレイツ真》に飛び込んだ。
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