#74 君の味方

 それは脈略もなく突然やってきた。


 曇天の昼下がり、空に無数の光が差し込んで濡れた街を照らしている。

 降臨するは全長約十メートルほどの大きさをした《ヒトガタの神》だった。

 黄金に光り輝く《ヒトガタの神》の数は百八体。

 それは地球上で作られた兵器ではない。

 地球を周回している観測レーダーにも全く引っ掛からず、亜空間より地上に出現したのだ。

 これに真っ先に対抗しようと躍り出たのは地球統合連合軍ではなかった。

 結晶のように透明な姿した巨神を操る“ヒト”の軍団。

 彼らは宇宙からやってきえ、かつては《模造獣》と呼ばれ人類の驚異となり、今は地球に適合しようと進化を遂げた存在、《イミテイター》だった。


 《イミテイター》と《ヒトガタの神》の戦いは一週間に及んだ。


 後に【炎の一週間】と呼れることになる二種族の激しい戦闘は【リサ事件】で疲弊した人類が関われぬまま、ひっそりと終わりを告げる。

 しかし、どちらが戦いの勝者となったのか、その結末を知るものはいない。


 そして、今の地球で唯一、その戦いに参戦することが可能な力を持つ《ゴッドグレイツ》を有するサナナギ・マコトは未だ病に伏せていたのだった。



 ◆◇◆◇◆



 日本に戻ってもマコトの居場所、生活範囲は病室の個室六畳程度しかない。

 全てを監視された部屋は自力で脱出することも出来ないほど厳重なセキュリティで守られている。これではまるで囚人のようだった。

 そうならざるを得なくなったのもマコトが隙を見ては抜け出してを繰り返してしまうからである。


 マコトの体はもう長くはなかった。


 普通の人ならばとっくに息を引き取っているだろう、そんな状態であるのに超人的な気力だけで生き長らえていると言っても過言ではない。

 外の木の葉っぱがなくならったら、と開けられない窓の外から覗く枯れ木も、十二月の冷たい突風に吹かれ葉は全部吹き飛んでいた。


「オッスー、ナギッチ!」

 外のから部屋のロックが外れ、明るい声を響かせ病室に入ってきたのはマコトの親友である整備士のヨシカだ。

 いつもの派手めなギャルメイクではなく、病院と言う場に合わせたナチュラルな化粧で見た目も落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「うーん、眠り姫はキスしちゃうぞぉ?」

 大きな紙袋二つを机の上に起き、ヨシカは丸まって団子になっているマコトの毛布を一気に捲った。久しぶりに見る友人の酷く病弱な姿に一瞬、驚きながらもいつも通り振る舞おうとした。


「…………ほらほら、女の子がニートやってちゃダメ! そうだ服買いに行こうよ? 近くにショッピングモールが出来たらしいから美味しいものでも食べて」

「私、もっとやれるんだ……」

 毛布からアタマを覗かせたマコトは目を涙ぐませながら呟く。


「こんなはずじゃないのに、上手く出来るのに……敵がいれば」

「ネガティブーたれはダメなんだよ? 治るもの治らない、病は何とかからって言うでしょ」

「体が言うことを聞かない……まっすぐ立てない……ご飯が食べられない……無いことばかりだ」

 ヨシカはチューブパック入りのゼリーをベッドの横に備え付けられた小さな冷蔵庫から取り出しマコトに飲ませる。渇いた喉に冷たいリンゴ味のゼリーが潤いを与えた。


「イイちゃん、私……必要にされてないのかな」」

「うーん……必要かどうかは本人が決めることじゃないと思うよ」

「だって、ガイに言われた。もう私の敵はいない、って。私……どうしたら」

 震え声なマコトの心は不安で一杯に押し潰されそうであった。

 ガイの言葉は、つまりコンビの解消を意味している、と言うことだ。

 信頼していた彼の裏切り。自分はもう要らないのだ、とマコトは思い込んでいた。


「それならそれでいいんじゃない?」

 ちゅるる、とゼリーを飲みながら親友ヨシカの返答はあっさりだった。


「敵なんて作るもんじゃない。敵作るよりもっとやることあるでしょーよ」

「でも……私は戦うことしか出来ない。それが無いんじゃ私の価値なんて……」

「私はナギっちが必要だよ」

 ヨシカはベッドに腰掛けマコトを抱き締める。親友の抱き心地は以前と比べて壊れそうなほど華奢になっていたの感じ、ヨシカは力を緩めた。


「で、でもそれじゃイイちゃんが」

「まぁウチはナギっちの整備士だけども? ナギっちがパイロットを頑張ってくれないとウチも《シンク》を整備できないよ」

「なら……」

「女の子だよウチら? まだ十代だし、命を投げ捨てるには早すぎる。ナギっちはさ、生き急ぎすぎなんだよ。もっと楽しいことして遊ぼうよ。今の内にやれることやっておかないと、きっと後悔する」

 そう言ってヨシカは机に置いた紙袋からプレゼントを取り出した。


「私はナギっちの味方だよ。これからもずっと」

「……うん」

「ナギっち来週だよね誕生日。二十八日とか中途半端だよねぇ? でも大丈夫、ちゃんとクリスマス用と誕生日用は分けてあるよ。これはクリスマス用ね、きっと喜ぶよ」

 明るく笑うヨシカにマコトも釣られて微笑んだ。

 お喋りな親友から元気を貰い、ずっと暗い表情だったのが久しぶりに笑顔を取り戻した気がした。


「あのね……イイちゃん。ちょっと、お願いがあるの」

「何?」

「私のこと、名字のアダ名じゃなくて……名前で呼んで欲しい」

「ん? わかった」

「……うん、イイちゃん」

「はい、早めのメリークリスマス&ハッピーバースデーだよ。マコトっち」

 パァン、とクラッカーが鳴り、マコトはビックリして思わず目を瞑る。

 マコトが心から嬉しいのは実体のあるプレゼントではなく生きる希望だ。

 それだけで今日は満足だった。


「……………………イイちゃん?」

 何か焦げた臭いがする。目を開けるマコトの視線の先に見知らぬ黒ずくめの衣装を纏った人間が三人、いつの間にか立っていた。


「お前がサナナギ・マコトだな」

 リーダーらしい真ん中の男が手を突き出して言う。

 握手を求めているのか、とマコトは一瞬思ったが見ると男のしている黒い手袋は拳銃を握っていた。嫌な焦げ臭さの元はここから香ってきたのである。


「我々と共に来て頂きたい、真の姫よ」

 跪く男たち。急に来て何を言い出すのか言葉と行動の意味がわからない。

 そんなことよりも下腹部が異様に熱くて重く不快感を覚えていた。

 しかし、それが何なのかを確認する勇気はマコトになく、心の中で強く拒否するしかなかった。


「我々の名は〈蛇足(バイパーレッグ)〉……導師ガランの意志を継ぐ者」

「貴方が《ジーオッド》を覚醒させた時から今日まで我々は待っていました」

 呼吸が荒くなり、痛いほど耳鳴りがして何も聞こえて来ない。

 さっきまで夢のような時間だったのが、今は本当の夢であって欲しいと強く願った。

 

「……は、あぁ…………?」

 上手く言葉が出ない。

 じっとりと濡れた下腹部に乗っている頭を震える手で優しく撫でた。

 自分とは正反対の性格でバカに騒がしくて鬱陶しく感じたこともあったけれど、大好きだった彼女は電池が切れた人形のようにぐったりして動かない。

 ぬるり、と触れた手の感触は暖かく真っ赤に染まった。


「──は、────である。────」

「そして──。────なのです」

 訳のわからない男たちの訳のわからない電波な台詞すら、マコトは聞く気にもならず耳を通り抜ける。

 イライラで頭の中がグシャグシャになり、見ている世界が滅茶苦茶に歪んでいく。

 瞳に写るもの全てが恐く、早く何処かへ無くなって欲しいと思った。

 守ってくれるはずだった物言わぬ親友の亡骸を抱き締め、マコトの中で何かが壊れた。


「はぁ……はぁ……うっ……ぅぅ……ぁあぁ、あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 それはある意味、歓喜の叫びでもあった。

 マコトが待ち望んだ“敵”なのだ。

 最悪と最高を同時に味わった瞬間、封印されし《真紅の魔神》がマコトを守るために降臨した。



 ◇◆◇◆◇



 ガイは一人で《シンク》に乗り込み、炎に包まれる道を駆け抜けていた。

 まるで特撮映画で怪獣に襲われたような凄まじい街の光景の中、リターナーのSVたちは懸命に生存者の捜索に当たっていた。


『……、……生存者なし』

『こっちには親子が二人いたっス!』

『そこは地盤が脆くなってる。ヤマブキはミナモのフォローを』

 アリス、ミナモ、ヤマブキらに救助は任せて、ガイはレーダーに映る異常なほどの大きなエネルギーを放つ何に向かって突き進む。

 マコトの居た病院は蒸発していた。


「何で、こんなことになったんだ!?」

 会敵までもうすぐ。嫌な予感で体から汗が吹き出した。


「……おい」

 発見。この状況を作り出した怪獣を発見して、ガイは自分の太股をつねる。


 怪獣は少女の形をしていた。

 ただし、大きさはSVと同じぐらいで十五メートル近くある巨人。

 胸から頭にかけて見覚えのある赤い鎧を覆っているだけの巨人の少女。

 顔には眼鏡を掛けていた。

 

「ゴッドグレイツ……マコト、なのか?!」

 もう一度、今度は頬をつねるガイ。

 これは現実だ。

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