《最終話 夢見る少女は眠らない》
#73 生きるか死ぬか
昨日の自分より誇れる自分になれたのだろうか。
自分が目指していた夢とはこんなものだったのだろうか。
答えは……たぶん、もう出ないだろう。
私の命は残り少ない。
悔いのないように終わりまで精一杯に生きようと思う。
…………そんなわけないでしょ!
やっぱり、私は死にたくない。
やりたいことだってまだ沢山残ってるのにさ。
こんな人生の半分も経たずに、中途半端ところで死ぬわけにはいかないよ。
だから、足掻いて一分一秒でも長く生きて沢山の時間を過ごしてやるんだ。
死の運命なんか負けない、抗ってやるんだから。
まだ終わらない、終われない。
なにか文句ある?
◆◇◆◇◆
朝を告げる夜明けの太陽がゆっくりと昇り、紅のマシンを明るく照らしていく。
その足元で《金魔神》が横たわり踏み台にされていた。
厚き装甲に包まれた巨体はボロボロに傷つき、泥や土にまみれて無惨な姿を晒している。
「もう止めろマコト、勝負はついた!」
駆け出す男は相手のことが気にかかり、紅のマシン《シンク》の前に立って叫ぶ。
「これは、私に売られた喧嘩なんだよ。向こうのやる気がある内は……ね」
目を血走らせ息を荒げるマコト。数時間にも渡る長き死闘は辛くもマコトの勝利で終わった。
「決着はついている。許してやってくれ」
「許す? 何を? この人は私を殺すつもりで来たんだ。そんな、奴にっ!」?
パートナーであるガイの言葉を無視したマコトは、ピクリ、と一瞬だけ動いた《金魔神》の腕を《シンク》の足で踏みつけた。
「私はボンヤリと生きていたくない。実感が欲しい、もっと……こんな弱い奴じゃ足りない!」
何度も何度も、押し付けるように《シンク》は執拗に踏み続ける。見かねたガイはかけ出して《シンク》によじ登り、コクピットハッチを強制解放してシートに座るマコトを持ち上げた。
「離して!」
「いいから止めろって!」
暴れるマコトを抱き抱えて外に出ると《金魔神》の首元からレディムーンこと、ツキガケ・ルリが這い出て来た。
「レディ、その機体……《アナザージーオッド》じゃねぇのか?!」
ガイは暴れるマコトを羽交い締めにしながら、しっかり押さえながら言う。
「…………そうね」
「アンタ言ってたっけな。これは“ある男”が産み出した負の遺産だと、必ず破壊しなければマコトのような人間を作り出してしまうと」
「嘘よ」
体中についた土を手で払い、ルリはズレた眼鏡を上げる。
「……《アナザージーオッド》なんて嘘。ヤマダ・シアラの作った全部紛い物だった、このSVもイミテーションにすぎない」
「ならどうして俺たちを狙った?!」
「貴方達のゴッドグレイツこそが、ダイナメタルの純度百パーセントで作られたオリジナルだからよ」
突然、発砲するルリ。それと同時にマコトがガイの腕から飛び出して、ルリの拳銃を持つ腕を後ろ手に捻り上げた。
「くっ……あんなのが在るから戦いが無くならない。あれに命を賭けた人間の気が知れ」
最後まで言わせる暇も与えずに、躊躇なくマコトはルリの右腕から鈍い音が鳴る。激痛で声を上げそうになったルリの背中をマコトは蹴飛ばす。
「次は逆の腕を折る」
「……ぅぐ…………!?」
「いい加減ウンザリなんだよ、アンタのやり方は。上から目線で何も説明しない」
思えばマコトはルリと初めてあった時から彼女のことが気に入らなかった。それは変わることなく今も、むしろより嫌悪していると言ってもいい。
「す、する必要は……ない。これは私だけ、の問題だ……」
ぶらん、とさせる右腕を庇いながら落ちた拳銃を拾おうとするルリだったが、ガイに取られてしまう。
「なぁレディムーン」
「その名前は……も、もういい。銃を返しなさいガイ」
「その前に約束してくれ。真実を話すと、アンタはどうしてそこまで必死になるのかをさ」
「…………」
しかし、黙ったままルリは答えない。
痛みを堪えながら立ち上がってしばらくガイを睨み、踵を反して立ち去ろうとする。
「信じないもの、絶対」
「言わなきゃ伝わらないことだってある!」
叫んだのはマコトだ。しかしルリは振り向くことなく歩き出す。
「逃げんなって! 逃げるというなら……」
マコトはガイが銃を奪って構えた瞬間、ルリが懐から取り出した何かを投げる。
反射的に空中を舞うその物体を狙い撃つマコトだったが、銃弾が当たると物体は目映き光を放ち視界を奪った。
「せ、閃光弾……げほっ、煙幕もか!?」
「……許せないアイツ!」
眩む目をどうにかななの堪えてマコトは《シンク》の元へと駆け出した。
「おい待てマコト!」
「シンクには対人センサーだって付いてる。逃げても無駄だってば」
機体を起き上がらせ周りを見渡す。メインカメラの映像を対人用サーモグラフィに切り換えてルリの反応を探した。ノロノロと木から木へ進む人影を直ぐに発見する。ルリの居る方向へマコトは《シンク》を動かした、はずだった。
「……え?」
体がシートに締め付けられ、上に引っ張られるような衝撃がマコトを襲う。一瞬、意識が飛びそうになりながら目をゆっくり開けると、マコトの目の前には朝焼けの太陽が広がっていた。
ふと自分の手元を見る。操縦桿を握っていた手は脱出装置のレバーを握り締めている。
真上、色とりどりの花柄をしたパラシュートが大空へ満開に咲いていた。
◇◆◇◆◇
あれから数日が経った。
マコトの体は酷く衰弱しきっていた。
手足は痩せ細り、まともに歩くことも出来ずに病院のベッドから動けなかった。
「…………敵が、欲しい……」
窓の外を見ながら乾いた唇でマコトは呟く。
「この世界にお前の敵はもういない」
花瓶の花の水を交換してきたガイが言う。
これまで相手をしていた《アナザージーオッドシリーズ》のような強敵は全く現れなかった。世界情勢を調べてみても安定しているらしく、これといって多きな紛争も起きてはいない。
「強い敵……」
「無い」
「……私は嫌だ」
突然、体を起こしベッドから降りようとしてマコトは床に転げ落ちる。立ちたがろうにも手足に力が入らなかった。
「こ、こんな寝たきりのまま……人生を終えるなんて死んでも無理」
ガイはマコトが落ちたときにベッド下に滑り込んだ眼鏡を拾ってから、マコトを持ち上げベッドに座らせる。不安になるほど細く軽いマコトの体を感じてガイの心が締め付けられる。
「戦わなければ今より長生きできるかもしれない、と医者も言っている。だから」
音も鳴らない弱々しい平手打ちがガイの頬を撫でる。マコトはガイから眼鏡を奪い、震える手で顔に掛けた。
「ガイは……私の、敵なの?」
「そう思ってくれても構わない、今は」
「 …………お母さんと同じだ、私を理解してくれない」
「俺はお前を理解してるつもりだ」
「もう心を読む力はないんでしょ? 嘘はいいよ」
「嘘なんかじゃ……」
その時だった。
コンコン、とドアをノックする音が鳴った。
「開いてるぞ」
ガイは返事をする。
コンコンコン、と再びノック。
「だから開いているって」
ゴンゴンゴンゴン、とガイを無視して殴ったような音が続く。
「……誰だよ」
「ハァイ、ボクだァ」
開けた瞬間、入ってくる人物に向かって、ガイは間髪入れずにゲンコツをお見舞いして追い出す。廊下で頭の痛みに転げ回る白衣の少女、ヤマダ・シアラだ。
「あァーん、せっかく良いもの持ってきたのにィ!」
「病院で騒ぐな……何だよ?」
「単刀直入に言うよ。不死薬いらない?」
シアラはポケットから怪しいスティックをガイの前に差し出した。
「……いらん帰れ」
「ダディ一瞬、考えたなァ? もちろんタダでとは言わない。ちょーっとばかしマネーを貰えたらァ」
卑しい顔をしながら指で丸を作るシアラ。さっさと追い返そう、と思ったがガイだったが一つ気になることがあった。
「その前に思い出した。あの時、お前は俺の名前がどうとかって言ってたよな? あれの続きは」
「薬、受け取ってくれたらいいよ?」
「何故そんなモノがいる? マコトはこれ以上、戦わなくていい」
「そんなことはなァい! サナナナギさんは正義のヒロインなんだから、これからも戦いは続くのだァ」
大声で騒ぐシアラを、通りかかる患者や医者が遠くから二人を眺めている。
「お前のアナザージーオッドは全部、俺たちが倒したはずだろ?」
「あんな失敗作の玩具じゃァない。もっと凄い敵が現れる!」
「いつ?」
「2100年代?」
「そうか凄いな帰れ」
突拍子もないことばかり言うシアラの話に馬鹿馬鹿しくてガイはいい加減、聞いていられなかった。
「待て待て待てァ!」
マコトの部屋に戻ろうとするガイをシアラは腕を引っ張って食い止める。
「じゃあ自分に打つね」
そう言うとシアラは左手のスティックの先を首元に押し付け逆側の突起を押した。カシュ、と言う音が鳴って薬が体内に注入される。
「ホイ」
次にシアラが取り出したのは何と拳銃だ。シアラは躊躇することもなく右のこめかみに銃口を押し当てる。
「ちょ、お前……」
玩具のような軽い破裂音。しかし、シアラはこめかみから血を吹き出しで床に崩れ落ちる。突然、少女が拳銃自殺を行う姿を見ていた周りから悲鳴が廊下にこだました。
「……おいおい」
「………………んん…………ァ……ッ」
ピクピク、とシアラの体が動き出す。ガイのすぐ目の前で確実に頭を銃で吹き飛ばして死んだ少女は、白衣の裾で鼻から流れる血を拭い立ち上がった。周囲の人々も何がどうなっているのかわからず血塗れのシアラを見つめていた。
「ね、効果は保証する。一つ作るのに時間かかるから待って欲しいんだァ……」
何事もなかったかのようにケロっとした顔でシアラは微笑んだ。
「彼女を助けたいんだよなァ? あのままなら死ぬよ? ダディは、それが望みなのかなァ?」
死をも恐れぬ不気味な少女がガイを責める。吸い込まれそうな暗い瞳にガイは蛇に睨まれたカエルのように動けない。
これは悪魔の契約だった。
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