#72 それぞれの道、立ちはだかる月

 イデアルフォートレスと決戦から半年が過ぎた。

 後に“リサ事件”と呼ばれる戦いは統連軍に多大なるダメージを与え、関係する人々にとっても大きな転換期となる。

 人工島、イデアルフロートこと大和県は日本の都道府県から除外、再び統合連合政府日本支部の管理下に置かれた。学園や生産工場などの施設を全ての営業、稼動を停止させ、島に住む一般市民も強制退去を余儀なくされた。


 そして、イデアルフロートを調査しガラン・ドウマの動向を探るために組織されたレディムーン率いる組織リターナー。

 島がなくなり実質的な支配者だったガランも討たれ、リーダーであるレディムーンが消息不明となったことにより、こちらも自動的に解散となるはずだった。

 しかし、レディムーンの無き後、ゼナス・ドラグストがリターナーの新たなるリーダーになると立候補し、民間の軍事委託会社として再開することになった。

 


 ◆◇◆◇◆



「よっ社長! 今日もイケてるっスね!?」

「……、……ラーメン、ツケメン、チャーシューメン」

 リターナー基地の渡り廊下。急ぐゼナスは通りすがりの少女二人に背中を思いきり二回も叩かれた。真新しい制服に身を包むミナモとヤマブキは、横からゼナスを挟むようにして一緒に歩し出す。


「照れるから止めてくれって言っているだろう?」

「アイサツ、アイサツっスよぉ! いやいや、最近は楽しくって仕方がないっス!」

 ミナモは困り果てるゼナスをからかって大笑いした。


「……、……彼女は久々に給料が上がって浮かれていのだ」

「そそそそ。ランチのカレーライスに豚カツをプラスできる! それもこれもオレがあってのことっスよ! ホメるなホメるな」

「……、……誰も誉めてない。むしろ弾とエネルギーの無駄使い多すぎてクレームが聞こえる」

 取り出した端末機のデータをヤマブキはミナモの眼前に出すが、ミナモは画面から視線を合わせようとはしないので顔面へ無理矢理に押し付けた。


「コラー! アンタ達まーたサボってぇ!」

 遠くの方から走ってくるツインテールの髪を揺らしている背の小さな少女、アリスは手に持ったファイル帳でミナモとヤマブキの頭を叩く。


「もう出発の時間ですよね!? なんで二人して遊んでるんです?!」

「あ、アリス、ほらランチがまだ……」

 パコーン、とファイル帳ハリセンがミナモの頭に軽快な音を鳴らす。


「社長も社長よ! こんな所で油を売って、やる気あるんです?!」

「……いや、これからなんだけど」

「問答無用です!」

 パッシーン、と二回目。ゼナスの頭から更に強い音が渡り廊下に鳴り渡った。

 イデアルフロートでの戦いでガランに精神制御を受けて寝返ったアリスとヤマブキであったが度重なる検査を受けた結果、人体に影響のある後遺症も見られず洗脳も解けて元気にパイロットとして復帰している。

 

「まぁでもアリスが戻ってきてくれても良かったっスよ……これで口うるさいのが無かったら、アイター?!」

「何か言ったかしら、ヤマブキ?」

「イヤイヤ、何にも文句は無いっス!」

「……、……右に同じ」

 アリスのプレッシャーに気圧されて、ミナモとヤマブキは同時に背筋を伸ばして返事をした。


「じゃ早く行くよ。クライアントを待たせる気です?!」

「わかったスよアリス。じゃあドラグスト社長、次の任務に行ってくるっス!」

「……、……太平洋に出没する謎の巨大物体。正体を……暴く」

 アリスとミナモとヤマブキは急いで外に停泊させている輸送機まで走り去った。

 窓から楽しそうな三人を覗き、騒がしさから解放されてゼナスは少し寂しくなりながらも再び歩を進める。

 自分もパイロットとして世界中を飛び回りたい気持ちは残っているが、戦うことしか知らない彼女たちのため帰る家を守らなければいけない。

 ガランに騙されたイデアルフォートレスの少女たちの多くもリターナーに参加していた。

 今のゼナスはアイドルのように持て囃され、言われるがまま従ってきたFREES時代とは違う。沢山の人間を抱えた組織の最上に立っている。


「私はガラン・ドウマのようにはならない。必ず、職務を全うして見せますよココロさん」

 新たなる決意を胸に、ゼナスは空に最愛の人を思い浮かべて誓うのだった。


 ◇◆◇◆◇


 雷鳴が轟く山岳地帯。山の天気は変わりやすいと言うが、この空は自然に発生したものではなかった。

 雷を天より授かり、曇天に浮かびあがる独特な背負い物をしたシルエット。

 その雷神は“緑色のゴッドグレイツ”だった。与えられたコードネームは《ソールハンマ》と言う。


「マコト、ヤツの電撃には一定間隔のチャージタイムがある。次に奴が攻撃を仕掛けたらそこを狙え。チャンスは一瞬だぞ」

 相対する真っ赤な一つ目のSV。マコト専用に改造されたオーダーメイドマシン《ビシュー・マコトカスタム/シンク》は不安定な岩場を全力疾走で駆け抜ける。

 その中、前後二段の複座型コクピットで後部座席に座るガイは《ソールハンマ》の動きを望遠スコープで覗き込みながら指示をする。

 こちら側に接近はさせまいと《ソールハンマ》の背中に装着された円陣が電気を帯びて回り出し雷撃を放つ。


「発射パターンは見切ったってーのっ!!」

 マコトは光速で放たれる雷の雨が落ちる場所を瞬時に予測、目視で《ソールハンマ》から繰り出される雷を避けて《シンク》は距離を詰めていった。常人の操作テクニックではなしえない技である。


「ロックオン……全弾もってけぇ!!」

 叫ぶガイは《シンク》の両肩の弾薬庫から小型ミサイルを大量に放つ。雷を生む《ソールハンマ》の背部円陣抱けを狙って全て命中、破壊に成功した。


「これでヤツは電気を使えない。やれ、マコト!」

「言われずとも!」

 得意の攻撃を封じられ隙が出来た《ソールハンマ》に《シンク》は右腕から飛ばすワイヤーフックの先端を引っ掛ける。背中を破壊したことにより浮遊状態が解除され《ソールハンマ》は《シンク》が少し引っ張っただけて簡単に地面に引きずり落ちた。

 仰向け状態になる《ソールハンマ》は最後の力を振り絞り電撃を掌から発生させるが、頭部を《シンク》が振りかざしたロッドによる一撃で破壊されると静かに息を引き取った。

 

 ◆◇◆◇◆


「やっぱり、こいつもガランの洗脳兵ってヤツだったか」

 その夜、軍の宿泊施設の一室。

 リターナー解析班の調査報告書を一読したあとゴミ箱に捨てて、ガイは数日の連戦の疲れでベッドから一歩も動きたくなかった。


「黄、紫、で今回の緑のゴッドグレイツ。あと《アナザージーオッド》は何体いるんだ?」

「あっちこっちで被害が出てるんだから来る限り壊す……月の人の命令で動くのもムカつくけど!」

 シャワー室から水の流れる音とマコトの声が聞こえる。覗きたい気持ちを押さえてガイは枕を強く抱き締める。


「命令ってか今は依頼人と言う形だがな。良いじゃないか、新婚旅行気分で世界を回れてよ」

「私いつプロポーズをOKなんてしたっけ?」

「ずっと一緒の部屋なんだからそろそろさ……」

「おやすみのキスだけじゃ不満?」

 シャワーを終えて着替えたマコトが出てきた。蒸し暑い熱帯夜の夜、暑さから制服は着崩して胸元が大きく開いている。しかし、ガイが気になるのはそこではない。


「……髪、また白くなったみたいだな」

 濡れそぼった半乾きの髪、栗毛色だったマコトの頭髪は真っ白に染まっていた。


「何て言うか燃え尽き症候群? ゴッドグレイツに乗らなくなったせいかな、戦いがすごく退屈に思えて」

「なら、もうパイロットを辞めるか? きっかけが欲しいんだろ?」

「そうじゃないよ。SVのパイロットは続ける……でも、いつまで続くのかな」

 マコトは今の状態に満足ではなかった。

 本当は《ゴッドグレイツ》を狩り次々と現れる《アナザージーオッド》と戦いに挑みたい。だが《ゴッドグレイツ》に、これ以上、乗りつづけると言うのはマコトの体に大きな負担となっていた。

 イデアルフロートの学生時代から投与され続けていた薬が、ようやく体から抜けてきたばかりで、一時期パイロットとしての能力が大きく減少してしまった。

 ガイから受け継いだ心を読む力も、アイオッドシステムの目による視覚強化も無くなっている。

 それでも日々の努力の甲斐があり《ゴッドグレイツ》と同等の力を持つ《アナザージーオッド》たちを倒せるほどに腕も戻ってきたのだ。


「俺はお前を守る盾になる」

「ガイは盾じゃなく鎧でしょ? なら私が満足に戦えるように頑張ってね」

 寝そべるガイの額にキスをしたマコト。


「さっ、寝よ寝よ。明日は休み、仕事も無いし早起きなんかしなくてもいいから昼まで寝たい!」

 マコトはガイの腕を横に伸ばし、その上にごろんと寝そべる。


「おやす……」

 瞳を閉じた瞬間、部屋が大きく揺れだし天井が何処かへ吹き飛んだ。

 夜空の満月よりも目映い黄金の巨人が、マコトたち二人を覗き込んでいる。


「ゴッドグレイツを出しなさい、真薙真」

 巨人の掌の上で長い髪を靡かせる女は言う。


「レディムーン……」

「……私の名前は月影瑠璃よ」

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