#71 脱出
「やってくれた真薙真……やってくれたなッ!?」
「やってやったよ!! それの何が悪いっていうの?!」
諸悪の根元であるガラン・ドウマは《ゴッドグレイツ》の拳により圧殺されて死んだ。
これで全ての戦いは終わった、はずだというのに当事者の間で遺恨を残す結果となってしまった。
制圧したイデアルフォートレスの司令室に集まったリターナーのメンバー。
ここにいた元のオペレータや職員らの一部は《月光丸》に搭乗。乗りきらなかった残りの者は統連軍月支部から応援を呼んで、そちらに乗り込む手筈になっている。
「まだ吐き出させたい事もあった。それにヤツは……私が、この手で殺したかったのに、お前らはぁっ!」
「暴れるな月影! これはリターナーとイデアルの戦いのはずだろ? 誰が大将を討つかは問題じゃない」
リーダーであるレディムーンから発せられたのは労いの言葉などではない。
半狂乱で激しく暴れるレディムーンを、後ろから羽交い締めにしてユングフラウは必死に食い止める。
「私は見てた。ココロさんが撃たれてアンタも床に這いつくばってたじゃない?! 皆を助けたんだよ、それが感謝もなくて何でいきなり怒られなきゃ!?」
「マコト、お前も落ち着け……レディムーン、俺たちは勝ったんだ。それじゃダメなのか?」
自分勝手で理不尽なレディムーンの物言いに怒るマコトと、両者の間に入ってどうにか宥めようとするガイ。
「貴方ならわかるでしょガイ。私が、どんな気持ちで、ここまでやってきたかを?! この汚された傷を癒すには……うぅ」
膝から崩れ落ちるレディムーン。ガランから受けた麻痺針の効力は、数時間ほど経った今でも完全には抜けきれていなかった。
「レディムーン、もう休んでくれ。戦いは終わったんだ」
「アイツ……ヤマダはどこなの? まだ、終わってない…………っ!」
フラフラの体で監視モニターのパネルを操作して探すが、シアラの姿は見つからない。それどころか目も霞んで上手く画面が見え辛くなっている。
「止めてよ。あの子は心を入れ換えたんだよ。私にはガイの力で心を読んだ、だから間違いない」
「本当に、そうなのかしら?」
レディムーンはマコトの言うことを怪しんだ。
「私が一番わかってる……アレは普通の人間じゃない、自分の心すら騙す。私はね、それが見えるの。心の声は偽れても、真実の部分までは……」
『心外だな、まるでボクが真性のウソツキみたいじゃないかァ?!』
スクリーン一杯に映る少女の姿。ヤマダ・シアラは白衣の袖を噛み、わざとらしく落胆の態度を見せた。
「シアラちゃん、一体どこにいるの?!」
『今からボクはママンと一足先に戻るつもりだよ。気候のいい土地で、のんびりと二人で暮らすのさァ』
「ママ? だって……」
マコトが横目でチラリと見たレディムーンは下唇を噛み、シアラに憎悪を込めて睨む。
『大丈夫さァ、ボクはボクの道を行く。もう姿を現すこともないだろうさァ。次に会った時は敵かァ味方かァわからないけども』
大きな音を立てて揺れるイデアルフォートレス。外部映像を確認すると、要塞の最下層の先端部が離れていくのがわかる。それは方向を地球へ向けて飛び立とうとしていた。
『サナナナギさァん、君の残された時間は少ないよ? よこのグラサン女みたいにボクを恨まないで、せいぜい余生を楽しむんだなァ? じゃバイビー!』
通信が遮断されると同時にレディムーンは司令室を飛び出す。その後をユングフラウが追い、マコトとガイは二人残された。
「……なぁ」
「…………もう私知らなーい! 関係ないもんね」
緊張の糸が切れ、全てが何だがどうでもよくなってマコトは適当な椅子を掴んで座りクルクルと回る。
「これから、私らどうなるんだろうね……?」
マコトは頭の中でこれまでの様々な出来事を思い出してみることにした。
この戦いは全ては偶然によって起きたことなのか、それとも全てガランやシアラによって仕組まれた必然だったのか。
その答えを知るものはもういない。
「何か、まだ手に感触が残ってる。ともかくさ、あの司令が全部悪かったってことなんだからさ……私の父さんをトウコちゃんが凄く恨んでて、それをイデアルフロートが利用したせいでゴッドグレイツに父さんの魂を?」
「俺に聞くな」
投げ掛けるも答えは返ってこない。
「ガイはこの戦いの何なの? どうして私を守ってくれるの……今、思ったこと以外ね?! もー、この力いらないよー! どうやって返せるのこれ、て言うかどうやって渡したのこれ……ん」
口煩いマコトの唇が塞がれる。気付いたときにはガイの顔が眼前にあり、ゆっくりと離れていった。
その時、マコトに電流が走る。
「……は? え?」
「こうすると相手も忘れてるような記憶の深くを覗ける。俺もこれをやったのは一回しかないがな、あの時は後悔した。本人が隠していた知らない方がいいこともあるんだよな……で、俺のは」
説明するガイの顔面に拳が飛ぶ。
今までマコトのパンチなど心を読めたお陰でまともに食らうことなど無かったが、今回は思いきり良い一撃が脳を揺さぶった。
ガイには先程のレディムーンがシアラに向けたものと同じであると察する。
これは殺意だ。
「な、なんだよ……そこまで殴る必要」
「近寄らないでッ!!」
まるで暴漢にでも襲われているかのような叫び声を上げるマコト。体を震わせ涙目になっているその瞳は恐怖と怒りが入り交じる。自分でもそこまで急な感情の振り切れ具合に驚いていた。
「いや、違う……アレはガイじゃない、はずなのに。待って待って……ガイだよね? ガイはガイで……えぇ…………?」
口を袖で拭い、天井を見上げて混乱するマコト。
頭の中に流れてきたのはガイの奥底に眠る過去の記憶。
しかし、浮かんてきたそれはガイによく似た壮年の科学者のイメージだった。
その科学者が行う生命を弄ぶ狂喜の実験映像。わずか一瞬が数時間も見せられたように感じ、頭に焼き付いて離れない。
「待って……痛つ、くぅぅぅぅ……あぁぁ、うがっあぁぁぁぁぁぁっ!!」
マコトの脳を汚染するかのような頭痛。これまでの比ではないほどの酷い痛みに頭を抱え、せきを切ったかのように目から涙と血が止めどなく流れ出た。
「マコトッ!?」
「……うぅぅぅぅっ…………はぁはぁ……」
駆け寄るガイの腕をマコトは両手で強く握りしめる。
「が、ガイは……本当にガイ、なんだよね?」
「……当たり前だ、俺の中に何を見た?」
落ち着かせるため震えているマコトの手を、ガイは包み込むように握った。少し気持ちが収まったのが、ゆっくりと呼吸を整えてマコトは言う。
「し、島も、なくなって……私には帰る場所がない。ゴッド……グレイツも、あの最後の一発で……うっ……トウコちゃんの声や、オボロちゃんの声……聞こえなくなっちゃった。それでガイから、たぶん全然違う別の人の記憶が見えた。すごい怖かったよ」
これから先のこと、未来への目標が見えず孤独になってしまう不安感がマコトの心を押し潰していく。
「言ったよね俺が守るって……ガイは私を置いて、どっかに行っちゃわないよね? 私を一人ぼっちになんてしないよね?」
「……当たり前だろ」
ガイはマコトを抱き締める。
いつも明るく、強情で自分の弱さを見せたがらな少女の体は、今はとても弱くて小さく感じた。嗚咽を漏らしガイの胸に自分の顔を押し付けるように埋めている。
「…………どさくさに紛れて涙を俺の服で拭うなよ?」
「ぐす……えへへ、これからどうしよう?」
ずれた眼鏡を直してマコトの顔に笑顔が灯る。
「俺にツテがある。マコトが良ければ俺と一緒に……」
その時、背後のドアが突然開く。二人で抱き合ってるのを見られるのが気恥ずかしくなり咄嗟に離れるが、そこに現れたのは人間ではない。
「アァ、ヤァ誰カ居ルノカイ?」
不完全に人の形をしている火を全身に纏った何かが言葉を放った。マコトには、その正体がわかった。
「ガラン、ドウマ……?!」
「何!? 本当なのか、これが?!」
火の粉を撒き散らしながらドロドロに蕩けている怪物は、ゆっくりとマコトたちに歩み寄る。
「ソノ声ハサナナギ・マコト。イヤア、目ガ見エナクテネ。オカシインダヨ、再生ガ完全ジャナイ……私は女神ニ見放サレタカナ?」
「死に損ないの亡霊め!」
二人はガランらしきものから距離を取る。武器を持っていないのでイスを投げ付けるも触れた瞬間、燃え付きてしまった。
「ソノ声ハ、君キテタノカ? 久シブリダ会イタカッタヨ、シアラ」
デスクを溶かしながら真っ直ぐ突き進むガランらしきもの。すると、司令室の明かりが赤く点滅してモニターに数字が映し出される。
【本基地はこれより自爆モードに移行します……本基地はこれより自爆モードに移行します……リミットは五分……リミット五分……スタート】
基地全体が立っていられないほど激しく振動する。カウントダウンを始める映像の端を見てみるとヤマダ・シアラの顔が舌を出して笑っていた。
「背中に掴まれ、絶対に離すなよ!」
「う、うん」
ガイはマコトを背負って思いきり走り出す。
何故か手をバタバタとしているガランらしきものは脚が溶けた床に埋まって動けないらしく、ガイはデスクを踏み台にしてガランらしきものの図上を飛び越え、ドアまで駆けるとドアを蹴破って司令室を脱出した。
「……種ハ、マダ絶エナイ。シアラ……シア……ラ……シ……アラ……シ」
◇◆◇◆◇
各所で崩壊が起こり、形を維持できなくなったイデアルフォートレス。
連続した小さな爆発の後、全体を包み込むほどの閃光を放ちイデアルフォートレスは塵一つ残さず消滅した。
そこに何事もなかったかのように宇宙は静寂に包まれる。
「私には帰れる場所はあるの?」
「作ればいいさ、これから」
虚空を見詰めて《ゴッドグレイツ》はマコトとガイを乗せて《月光丸》に帰艦した。
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