#70 愛憎

 シアラの《ヴィルギン》を戦闘不能にしたことにより操られていた《アンジェロス》の大群は機能停止した。

 地球の光を背に受けながらマコトたち《ゴッドグレイツ》は宇宙要塞イデアルフォートレスへと向かう。強固なバリアに包まれたイデアルフォートレスを前に《ゴッドグレイツ》は拳を構えると銀色をした片腕のSV、シアラの《ヴィルギン》が組み付いた。


『まだ……負けていない。ボクは勝つまでやるんだァ。これしきのことで、諦めてたまるかァ』

「勝負はついた。無意味だよシアラちゃん」

 マコトは《ゴッドグレイツ》の太い腕で、しがみつく《ヴィルギン》のか細い片腕を握り潰す。


「ほら、こっちへおいで。その機体はもう持たないよ」

 これ以上は抵抗できないように《ゴッドグレイツ》は《ヴィルギン》をしっかり掴むと、頭部コクピットからマコトが現れ手を伸ばした。


「何で、情けをかけるんだァ? ボクなんてヤツは宇宙で一人、野垂れ死んだ方が」

「ならどうしてお前は俺のことをパパなんて呼んだんだ?」

 今度はガイが顔を覗かせて言う。


「家族が欲しかったんだろう? 一人で寂しかったから、俺と会ったときにあんな喜んだんだろう?!」

『ボクはァ……』

「私が言うのもなんだけど家族は大事だよ。うちは……もう諦めた! だからシアラちゃんは、頑張って!」

 しばらくして崩壊寸前の《ヴィルギン》からゴテゴテと分厚い装備のパイロットスーツを着たシアラが現れた。破損した装甲の隙間から勢いよく宙を飛び出して《ゴッドグレイツ》に向かう。

 この重甲スーツのせいかマコトはシアラの心の声が聞こえていなかった。

 まだ警戒しているのか、反抗するチャンスを伺っているのかはわからない。

 マコトは両手を広げて敵意がないことを示し、飛んでくるシアラを抱き止めた。


「……ねぇダディ、ボクの考えてることがわかるかなァ?」

「すまないが今の俺に、その力は無いんだ。何でか知らないがマコトに取られた」

「好きで取ったわけじゃないです!」

「…………そっかァ。ねぇ、ゴッドグレイツの中に入れてよ? この宇宙服、スッゴい暑いんだァ」

 マコトはシアラの手を引いてガイと共にコクピットへと戻る。


「武器なんて付いてないんだなァ。ちょっとした装置さァ」

 ハッチを閉めてコクピットの中の酸素が十分に満たされたことを確認すると、シアラは重たい装備を外してヘルメットだけになる。

 最後に自分のを取るのかと思いきや、何故かシアラはマコトからヘルメットを取り上げた。  


「ん、シアラちゃん?」

「サナナギさん……うぅ、うわァーん!」

 シアラはヘルメットを放り投げると、マコトに力強く抱きついて泣いた。



 ◇◆◇◆◇


 

「見てごらんなさい、戦いは終わったようですよ。銃を下ろしては貰えませんか?」

 展望室。外を眺めるガランはマコトたちを見て拍手をし、にこやかに笑って言う。

 レディムーンたち三人との間には見えない防弾の強化ガラスがあり、三発の弾丸が当たったと思われる跡が丁度ガランの頭に位置する高さに付いていた。


「感動的じゃあないですか。あのワガママ娘が自分の敗北を認めるんなんて……子供は成長するんですね」

「黙りなさいッ!!」

 言葉を遮るようにレディムーンは再び発砲するが、間を阻む透明な壁の表面を無意味に傷付けるだけでガランには届かない。左右を見渡してもガランの所へ行く出入口は見つからなかった。


「あぁ嘆かわしい、僕達はあんなに愛し合った仲だというのに。君が今でも軍に入れたのは僕のお陰なのだよ?」

「言わせておけば、この……!」

「落ち着いてくださいレディさん!?」

 頭に血が上って飛び掛かりそうになるほど冷静さを失うレディムーンをゼナスが宥め、ウサミが引き止める。


「やぁゼナス、久しぶりだね。元気にしてたかい?」

 ガランはゼナスの方を見て軽く手を振った。


「ガラン司令、この基地にいる女性たちを解放してください」

「解放? 彼女らは自分の意思でこのイデアルフォートレスにいるんだが?」

「では別の言い方で問う……催眠を解け」

 ゼナスの言葉にガランの眉が少し動く。


「特に戦闘員だ。地球で戦ったのも、ここに来るまでの彼女らも明らかに異常だ」

 これまで戦いを思い出す。イデアルフォートレスの兵士らは感情がない操り人形のように死を恐れない無茶苦茶な戦い方をするものばかりだった。

 少なくともゼナスがFREESに居たときでは考えられないし、ガランからもそんな戦法を指示されたこともない。自衛と防衛、守るためにしか戦って来なかったのだ。


「うーん、催眠ってのは違うな。僕のは暗示だよ? 強い女性になりますように、って手助けしたのさ。あとは彼女たちの意思で来てもらっている。強制はしてない」

「そうやって騙してきたんでしょう貴様は!」

「ははは、ゼナスも大変だろう。月影瑠璃、いや我が妻は」

「わが……何だって?」

 妻、というワードに激昂するレディムーンは腰のポケットから四角い何かを投げつける。それは強化ガラスに張り付き即座に数秒で爆発。何も知らなかったゼナスとウサミは爆風で後ろの壁に叩き付けられる。

 咄嗟に柱の影に隠れたレディムーンだったが、ガランを守る強化ガラス壁は表面を焦がすだけで割れることはなった。


「……はぁ、はぁ、はぁ」

「ふふふ、話が先に進まないな」

 余裕の笑みを浮かべるガランは指をパチン、と鳴らす。風を切るような音と共に小さな針がレディムーンの首筋に刺さった。


「少しピリピリするが死にはしないよ。大事な妻の身体だからね」

「くっ……外、道…………!」

 膝を突くレディムーン。無理矢理に立ち上がろうとするが身体に力が入らず床に伏せてしまった。


「妻ってどういう意味なんです?」

「言葉通りさゼナス。僕と彼女はかつて愛する仲だった。そして、僕らの間に生まれたのが……あのヤマダ・シアラというわけさ」

「やっぱりレディさんと司令が……って、あの嫌みなチビッ子博士が?」

 爆風の衝撃で緩くなった腕がもげたウサミは驚きの声を上げる。


「違うッ! うぅ……アイツのじゃ…………」

「肩を貸します、掴まってください」

 しゃがみこむゼナスはフラフラのレディムーンの引っ張り上げ、肩に手を回し立たせた。


「そう、厳密には僕の遺伝子じゃない。親友の、とある天才の遺伝子さ。僕は無精子症だからそうするしかなかったのさ」

 語るガランの表情は心なしか寂しげである。


「親友が羨ましくてね、僕も彼のような子供が欲しかったんだ。次の世代に自分の意思を未来へ繋ぐために」

「殺す……お前も、アイツも…………私が、この手で……!」

「あ、暴れないでくださいよ!」

「絶対に……ぜ、たいに……許さないっ!」

 苦悶の表情を浮かべてレディムーンがゼナスの身体を思いきり揺さぶる。


「コフィンエッグに触れた君ならばわかっているだろう? 人類はこのままでは絶滅する。そのためには地球から模造者(イミテイター)を根絶し、来る日に向けて準備をしなければいけない。ヒトの結束と力を蓄えなければいけないのに」

「黙りなさいっ!!」

 強化ガラスが震えるほどの大声を出したのはウサミだった。


「さっきから聞いていれば自分の都合の良いことばかり言って、女を何だと思ってるのよ?」

「あぁウサミ・ココロくんだっけ? すまない、君にも目をつけていた。しかし、もう肉体が無いから誘うのを諦めていた。君が良ければ保管してある君の身体を再生してヒトに戻れるようにするが……どうだ?」

「それは……」

 ガランの提案にウサミの心が揺れ動く。この機会を逃せば一生、後悔するかもしれない悪魔の囁きがウサミを追い詰めた。


「…………そうね。もうロボットな自分にウンザリしてたし、いいかも」

「ウサミさんガランの言葉に乗ってダメだ!」

 叫ぶゼナスの声を無視してウサミはガランの方へとゆっくり近づく。  


「ココロの答えは、こうよ!」

 ガラス壁に触れたウサミの両腕が閃光する。円を描くように手を回すと、爆発でも壊れなかったガラス壁が丸く切り取られてしまった。


「ゼナスちゃん早く! コイツを取り押さえ……」

 銃声。ガランの持つ光線銃のレーザーがウサミの背中から胸を貫く。


「ウサミさんッ!?」

 ゼナスがレディムーンを置いて飛び出した。

 それと同時、ガランの背後に迫る赤き魔神の姿があった。


『やっちゃえダディ! サナナギさァん!!』

『覚悟しろガラン・ドウマッ!!』

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!』

 真っ赤に揺らめく灼熱の巨腕を振り上げて《ゴッドグレイツ》は展望室のガランを建物ごと叩き潰した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る