#76 白馬の王子たれ

 深い暗闇の中で落ちながらガイは目覚める。

 天には燦々と太陽が明かりを灯しているのに、この闇は何処までいっても暗い。

 ここは《ゴッドグレイツ》の体内であり、サナナギ・マコトの心の中だ。


「…………いた」

 闇の中心でポツン、と埋まれたままの姿をしたマコトが膝を抱き抱えて座っている。

 その頭には《ゴッドグレイツ》の仮面を被っていた。


「マコト……」

「……」

 近づくガイはマコトの目線になってしゃがむ。よく見ると手足が半透明になっていて今にも消えてしまいそうだった。ガイは手を伸ばすがマコトの体を通り抜け触れられない。


「……みんな私の前から居なくなる。お父さんも、トウコちゃんも、イイちゃんも。私が弱いから、何も守れない。そして私も死ぬ」

「敵が欲しいと望んだのはマコト、お前だろ? 弱いなら敵を欲しがるな」

「私は! ……強い自分になりたかっただけ。だから、それを証明するものが必要だった」

 赤き仮面の瞳から涙が溢れ落ちる。


「けど、もう限界かも。私の体はこのままゴッドグレイツに……」

「ふざけるなよッ!!」

 弱気なマコトの言動にガイは怒りを露にした。


「本当にそれでいいのか? オマエの夢はどうなる?! オマエに託したオボロや黒須十子の意思はどうなる?! これまでやって来たことは全部無駄だったことになるぞ!?」

「……」

 ガイの言葉はマコトには逆効果で、さらに心を閉ざすばかりである。

 ふと自分の体を見るとマコトと同じく半透明になっていた。

 同時にガイの中で何かを感じ取る力が再び目覚めようとしている。

 その原因だろうか、誰かの強い視線を感じるが何者か正体は掴めなかった。

 二人に残された時間は少ない。

 


 ◆◇◆◇◆



 禍々しい巨大怪獣のようなビジュアルとなった《ゴッドグレイツ真》だったが突然、活動を停止する。

 そんな頃、アリスたちの戦いは一区切りを終えようとしていた。


『姫の動きが止まった? 一体何が?!』

「余裕だしてる暇なんか与えるわけないでしょう!?」

 二体目を撃破し残るは一機、余所見をしている隊長機の《スレンディア》にアリスの《アマデウス》が迫る。

 それを支援するヤマブキの《アマデウス3》が放った手裏剣に不意を突かれ飛行ユニットに被弾。降下しながら橋の真ん中に《スレンディア》は追い詰められた。


『チィッ、飛べなくても性能差はこちらが上のはずだ?! 負けるわけには』

「……、……でも足りないのは愛の差」

「誰かの為に頑張れる。単純だけど、それが一番大事なのです。あなた方のような人々を平和を脅かすテロリストなんかに負けるわけないのです!」

 退路を塞ぐ形で挟み撃ち。アリスとヤマブキは《スレンディア》が逃げないよう攻撃のタイミングを伺った。


『我々の行動は未来の為の正義だ! 今の人間の為じゃない!』

「……、……今なくして何が未来か」

『貴様らには分かるまいて! ……暗号通信?』

 味方の援軍からか、と吉報を願い《スレンディア》の隊長はメッセージを開く。


『そんな…………馬鹿な。我々のバイバーレッグの存在は、なんだったんだ』

 送られてきた文章を読み上げ隊長は青ざめ絶望した。

 そんな隙を突かれてか機体に衝撃が走り《スレンディア》の腹部に大きな風穴が空いていた。

 正面、中洲から岩影から伸びるSVの銃身から煙が上がってきた。ルリの《戦崇》である。


『つ、月影……瑠……璃……やはり貴女は……卑怯な………………あっ』

 後方に熱源に振り向けば目映い太陽が間近に迫っている。

 それは《ゴッドグレイツ真》の放った火球だ。

 ゆっくりとした速度で向かってくる、が身動きの取れない《スレンディア》を溶かすように飲み込み、火球は川の中へと落ちた。

 その炎は水に浸かっているにも関わらず一ヶ月もの間、消えることはなかったという。



 ◆◇◆◇◆



 再び《ゴッドグレイツ》の中。

 ヨシカの敵討ちは済んだにも関わらずマコトはまだ顔を伏せている。


「マコト、オマエはこれからどうしたい?」

 ガイは問う。


「……どうなるって言うの? 死ぬしかないじゃない」

「俺だってゴッドグレイツに飲まれる。オマエは生きたくはないのか?」

「生きたいよ、生きたいに決まってる! 何なの、さっきから? 意地悪で言っとるの? 私の気持ち考えてよ!?」

 立ち上がりガイに食って掛かるマコト。


「生憎だが俺は白馬の王子さまなんかじゃあない。どこの生まれかもわからん馬の骨だぜ」

 ふざけた態度のガイに腹が立って拳をぶつけるマコト。避けるのも簡単な弱々しい一発だが、ガイは真っ直ぐマコトを見ながら顔で受け止める。


「死にたがってた割りに元気、出たじゃねぇか」

「…………っ! うるさい……」

 顔を赤らめて拳を引っ込めるマコトにガイは安心した。


「見ろ」

 ガイは天を指差す。微かな光が小さく点滅していた。


「あれは……?」

「ヨシカだ。まだ生きている」

 そこは《ジーオッド》のコクピット。

 シートの上で苦しみもがくナカライ・ヨシカの姿が見える。

 貫通して撃たれた胸と背中の傷跡が炎で焼かれた火傷跡によって塞がれていた。


「何があったか知らないが、マコトが助けたんだろ?」

「わからない……あの時は無我夢中で」

 ヨシカがバイパーレッグの連中に撃たれからマコトの記憶は曖昧だ。あるのは激しい怒りと悲しみの衝動だけ。無意識の内にヨシカをゴッドグレイツの中に招き入れたのだろう。


『私が二人を死なせません』

 何処からともなく声が響く。

 マコトとガイは上を向くと、天より現れたのは《ゴッドグレイツ》に自らの生命を捧げたクロス・トウコである。

 その神々しい姿はまるで女神のようだった。


「……トウコちゃん?!」

『私がマコトちゃんを、皆を死なせません!』



 ◇◆◇◆◇



 炎上する街を見晴らしのいい丘の上で高みの見物をする少女が一人、ヤマダ・シアラは詰まらなそうに眺めていた。


「久々に引っ張り出した玩具も飽きちゃったなァ……。ま、ボクには関係ないからね、どうでもいいよん。正に中身の無いガランドウだったからなァ」

 大あくびをして望遠鏡を崖の下に投げ捨てる。


「にしてもゴッドグレイツはこれからどうなるのかなァ。目が離せないなァ?」

「いいやァ? オマエがそれを見ることはない。もうお仕舞いだァ」

 シアラが振り替えると男が立っていた。

 長い髪、スラッとした体型に白衣を風になびかせた女のように化粧をした端整な顔立ちの男だ。


「んー? オジサンだれかなァ?」

「この天才に向かって、オジサンはないじゃないかァ? ヤマダ・シアラくん」

「くんじゃない。ボクは女の子さァ」

 睨み合うシアラと謎の男。

 二人のことを端から見れば親子か兄妹かに見えるほどそっくりだった。


「どうでもいいのだよ、シアラ……天才は二人も存在してはならない」

 パチン、と指を鳴らす男。すると、シアラの体が人形のようにガクンと力が抜け、地面に倒れ込んだ。


「あれ……なんだ、コレはァ? ぼ、ボクは……不死身になってる……はずなのに…………はァ?」

 不思議な力で全く手足が動かせない。口の中に土が入るも吐き出すことすら出来なかった。


「流石に好き勝手で遊びすぎだよなァ? 伽藍童馬も気持ち悪いことをする……この天才の模造品(イミテイト)を作り出すとはなァ。しかァし、ツメが甘い。スガキアのアイスぜんざいよりも甘ァいッ!!」

 茂みの陰から少女が現れる。地面を舐めるシアラを軽々と肩に抱えられたのは彼女が機械の体だからだ。


「データ照合、ヤマダ・シアラ。GA因子、適合率0……この子って私たちの娘になるの?」

「まさかァ……気持ち悪いよ、同姓との子供なんて非生産的なァ。しかし、もう一人……こんな出来損ないよりアレこそ天才に相応しい」

 男は無抵抗なシアラの頬を引っ張って遊ぶ。その瞳は次第に生気を失っていた。


「一番許せないのはIDEALフロートから“アイル”を盗んだことだァ。ま、そのお陰で我が手に取り戻せたと言うのは感謝したいなァ?」

 シアラを少女から受け取った男は崖の端に立つと、思いきり振り回してシアラを空へ投げ飛ばす。眼下に広がる暗闇の森林にシアラは消えていった。


「勧善懲悪。悪が栄えた試しなし、何だよなァ……」

「でも世界は皆を救ってくれるほど優しくはありませんよ?」

「しかし、奇跡は起こるものさァ、見れ」

 男の指差す先に光。目映い閃光を放ちながら来訪するのは白き機械天使。

 慈愛の女神こと《ゴーイデア》だった。

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