《第十二話 真の姫が鎧を脱ぐ日》
#67 フレイム・アンド・ブリザード
人の気配が全く感じられない静まり返った廊下をレディムーンは進んでいく。
拳銃を片手に持ち、物音を立てないよう摺り足で慎重に行動する。
「…………警備が手薄すぎる。罠だと言うの?」
戦場の混乱に乗じてどうにかイデアルフォートレス内部の潜入に成功したと言うのに、これでは逆に誘い込まれていると言う感覚に陥ってしまう。
しかし、これが例えワナだっとしても今さら逃げ帰るという選択肢はレディムーンには無い。
ひたすら前進あるのみだ。
「誰か来る……っ!」
背後で大小の動く二つの影に気付く。
先手必勝、レディムーンは駆け出し影に向けて拳銃を突き出した。
「わわっ! ちょっとちょっと味方だってばぁ!?」
小さな影は叫び声を上げ、目から光を激しく点滅させる。
「…………はぁ、何なの?」
「すいません驚かせて」
大きな影が謝る。
よく見れば、それはゼナス・ドラグストとウサミ・ココロだった。
「貴方が一人でイデアルフロートに潜行するようなことがあれば、とアマクサ大佐から仰せつかったので」
「そそそそ、建物の構造ならココロたちは知ってるから頼りにしてよね」
余計なことを、とレディムーンは言葉にはしなかったが軽い溜め息を吐く。
「勝手になさい……」
銃を腰のホルダーに仕舞い、レディムーンは先を急ぐ。その後をゼナスとウサミはついて歩いた。
入り組んだ通路を監視カメラを避けるようにしながら進んでいく。
目指すのはガラン・ドウマが居るであろう司令室だ。
「……ウサミさんどうです?」
「うーん、滅茶苦茶センターがある。ココロは通れるけど、二人は無理かもねぇ」
何もない一本道を凝視するウサミ。その機械の瞳には人間には見えない幾重にも張り巡らされた赤外線センターの光がハッキリと見えていた。
「奥にスイッチがある。アレを押したら消せるかも! 行ってくるわ」
そう言ってウサミは問題の通路へと歩み寄る。
慎重に光の線が体に触れないよう注意しながら移動する。
センターの見えないレディムーンたちからすると、ウサミが人間の間接では曲げられない方向へ手足を曲げながら動く奇妙なダンスにしか見えなかった。
「………………ふふっ」
ゼナス、ウサミの珍妙な姿に堪らず吹き出す。
それを聞いたウサミにも動揺が走り、指がセンターに触れてしまった。
警報。
「ゼナスのオタンコナスッ!!」
「……敵が来るわ」
ものの数十秒、前後からやって来るイデアルフォートレスの兵士たちが合わせて十人。
「二人とも頭低くしててぇっ!」
ウサミが叫ぶ。訳のわからないまま突っ立っているゼナスの頭をレディムーンが無理矢理、手で床に押さえつけた。
「グッチョッパーでぇ、グッチョッパーでぇ、なに作ろっ♪ なに作ろっ♪」
突然、幼児向け番組のお姉さんのように歌い踊り出すウサミ。
ふざけているようにしか見えない、そんな間にも敵はどんどんレディムーンたちの元へ集まり、携帯するライフルを構えて射殺しようと引き金に指を置いた。
「右手はチョキで、左手もチョキでぇ……っ!」
両手を広げてピースサイン。その指先がパチリと音を立てると、高圧の電流が勢いよく迸った。兵士たちの持つライフルが避雷針のような役割を果たし、全員がウサミの電撃を食うことになった。
「スッターンガーンッ!」
体から煙を上げてバタバタと倒れる兵士たち。全て気絶していた。
「流石ウサミさん! 元保育士というだけのことはありますね」
「どこの世界に電気を飛ばして子供眠らせる先生がいるのよ……あっ」
膝から崩れ落ちるウサミ。ゼナスは駆け寄った。
「ちょっと休憩……チャージに時間がいるかも」
「おぶってきますよ。よいしょっ」
くたりとするウサミをゼナスが背負うと、建物が大きく揺れる。
「…………ぐずぐずしてられないわ。急ぐわよ」
もう敵には気付かれてしまった。ならば、こそこそせず真っ直ぐと目的地まで行ける。
レディムーンは逸る気持ちを押さえて走り出した。
◇◆◇◆◇
宇宙に吹き荒れる火焔と吹雪の大嵐。
誰も近付くこと出来ない地獄のフィールドの中で二体の機械巨人が戦闘を繰り広げていた。
紅と蒼。
決して混ざることのない二色が漆黒の空間で激しくぶつかり合う。
『まだだ……《ゼウスマグナ》の力はもっと出せるはず! 私たちなら上に、上へ!』
アリアは涙声になるのを圧し殺し叫んだ。
蒼き《ゼウスマグナ》から放たれた絶対零度の冷凍光線。射線上の味方機を巻き込み紅き《ゴッドグレイツ》を襲う。
──エネルギーの心配はするなよガイ、マコトよ! 我らがいれば百人力だ!
──サナちゃんと一つになれた……私がサナちゃんを守るよ。
オボロとトウコの精神体が語りかける。
彼女は《ゴッドグレイツ》を動かすために機体の生体動力源となる道を選んだ。
二人の決意を無駄にしないために気合いを入れる。
「遠慮するなって言ってるよガイ」
二人の声はガイには聞こえないのでマコトが通訳する。
「あぁそうか。なら、思いきりぶちかませマコト!」
「わかってる。こんなの避けるまでもないよ!」
全てを氷塊にする極大の白光に向けて《ゴッドグレイツ》は拳を突き出した。
機体から溢れ出る真っ赤な炎のオーラを右腕に纏わせると《ゴッドグレイツ》は突撃。
迫る冷凍光線を溶かして紅蓮の拳が、粗の先に居る《ゼウスマグナ》を捉える。
灼熱の悪魔が来る。
そんな恐怖のプレッシャーにアリアは逃げ出そうとするも遅く《ゴッドグレイツ》から痛烈な攻撃のラッシュが《ゼウスマグナ》に何発も入る。
『き……効かない……効かない、効かない効かない! あァァァァァァー!!』
発狂するアリアの《ゼウスマグナ》の咆哮に押されて《ゴッドグレイツ》は距離を取る。
黒く焼け焦げ、ひび割れた《ゼウスマグナ》の装甲が修復され、さらに厚く頑丈になり姿は二倍以上の大きさに変化した。
「デカくなるのは前に見た! そんなのただの虚勢だってわかんないの!?」
──慈愛の女神、治癒の力は搭乗者の精神力を大きく消耗する……止めなさいアリア、そんな使い方をすれば死んでしまいますよ?
『うるさい! オマエらなんかにわかってたまるか! どれだけ孤独だったか、どれだけ寂しかったか、どれだけ苦労してきたか……!』
姉であるトウコの説得を無視し、アリアの《ゼウスマグナ》は暴走を始める。
全身から飛び出る鋭い氷の刃を含んだ凍てつく暴風が《ゴッドグレイツ》の装甲を切り裂いた。
『……私はチャンピオンなんだ! 大人にだって負けないんだから……頂点なのよ、勝たなきゃいけないんだから、だから黙ってやられろよォォォ!』
泣き叫ぶアリア。速度を増す氷刃の風が《ゴッドグレイツ》を完全に包み込んだ瞬間、周囲数十キロにも及ぶ大爆発が起こる。
宇宙の黒すら明るく照らす閃光に《ゼウスマグナ》は飲み込まれた。
『………………なんで……』
爆炎の収束は驚くほど早く、そこ塵一つない爆心地に残されたのは真っ黒焦げになったボロボロの《ゼウスマグナ》と爆発の中心部である《ゴッドグレイツ》は無傷の状態で立っていた。
『……そんな、バカな。私が……また、負けるなんて……』
「最初から決まってるでしょ」
マコトはコクピットの後ろを振り返って微笑む。
「ゴッドグレイツはガイ、オボロちゃん、サナちゃんと私の……四人の力なんだよ。だから絶対に負けない、負けられないんだ」
『……わからない…………そんなの、わかんないよ……』
「私は知った。皆と力を合わせること、一人じゃ出来ないことも皆でやれば出来る。そう感じたんだ……なのにアンタは青いジーオッドのことを裏切って、自分一人で……いや、その機体にはもう一人いる……女の子が」
透して見る《ゼウスマグナ》の中にはアリア。その更に奥深くの心臓部で眠る幼い少女の形をしたものがあった。人間のようで人気ではない力を持っている。
──サナちゃんも気付きましたか、彼女のこと。
「うん、トウコちゃん……でも、アリスのは力任せに支配してるだけだよ。合わさってない、結局は個人で戦ってるにすぎない」
『……あぁ……ぁぅ……』
戦意を喪失したアリスから邪念が消えていく。
しかし、まだ《ゼウスマグナ》から戦意が抜けきったわけではない。
「慈愛の女神の中の子、どうにかなんないかな?」
──マコト、私を放て。元はと言えばヤツは……マモリと言うんだが、ヤツが機体に囚われてしまったのは私とレディムーンに責任があるんだ、あとは任せて欲しい。
敵意は無いと示しながら、ゆっくりと《ゼウスマグナ》と距離を詰める《ゴッドグレイツ》は両手の間から暖かな炎を生み出す。
それは次第に人型へ、巫女服の少女オボロに変化した
炎の生命エネルギーが作り出すビジョンとなったオボロが《ゼウスマグナ》を子を抱くように包み込み機体の中へ吸い込まれていった。
「頼むよオボロちゃん」
「マコト、何か来るぞ……っ!?」
レーダーに何も反応は無いがマコトは至極、奇妙な意思を持つ者が接近しているのを察した。
この時、何故ガイがそれに気付いたのかマコトは不思議に思うことはなかった。
そんなことよりも徐々に迫り来る“悪意の塊”のような物に《ゴッドグレイツ》は全身を燃え盛らせて、それを威嚇する。
『さァて、サナナナギさん……こっちのエンジンもちょーど暖まって来たところだし、ボクと一緒に第二ラウンドと行こうかァーッッ!!!』
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