#68 生命の冒涜

 一言で言うならば生理的嫌悪感。

 例えるならば母胎から産み出された屍。骨型SVの上半身に下半身が異形の巨大なメカだ。

 そんな五十メートル以上はあろう大きさの、悪趣味が形になったその大型兵器がイデアルフォートレスの底部、秘密格納庫から悠然と姿を現した。


『これはボク専用gSV(グランドサーヴァント)、名前を《ヴィルギン》と言う。コフィンエッグを搭載した死と再生の女神さァ!』

 ヤマダ・シアラはコクピットの中で立ち上がり高らかに名乗りを上げた。


「シアラちゃん、貴方は私の敵? それとも味方なの?」

 マコトはシアラに問う。マコトにとってヤマダ・シアラという人間は年下の友達、妹のような風に思ってさえいた。

 だが、彼女はそもそもイデアルフロート側の人間で、マコトの“目”の能力の経過を観察し、定期的に薬を貰う連絡員でしかない。

 

『うーん、どうかなァ……?』

「答えてよ。それによっては」

『逆に聞くよ、サナナナナナギさァん。ボクの味方になってよ? あのガランとか言うオッサンを倒そう。そのあとは悪いようにはしないからさァ……?』

 ニヤニヤしながらシアラはマコトを勧誘する。


「…………はぁ……前からずっと思ってたこと言ってもいい?」

『どうぞ』

「その名前の呼び方……スッゴいムカつくっ!」

『ミサイル発射ァッ!!』

 叫ぶシアラの声に《ヴィルギン》の大きな下半身の後部から大量の大型ミサイルが《ゴッドグレイツ》を標的として射出された。


「そんなミサイルごとき打ち落とす!」

 ガイは迫り来る大型ミサイル群に狙いを定めて、こちらも《ゴッドグレイツ》の肩部から小型ミサイルを放つ。中の小弾が拡散し炎となって広範囲に広がり大型ミサイルを破壊する。


「やったか!?」

 しかし、その大型ミサイルは普通の兵器ではない。

 その爆発は空間を歪め、宙を漂う岩石や機械の残骸を吸い込み広がっていく小さなブラックホールのようだった。


『超重力波弾頭、その名もグラビティミサイル。条約で禁止された禁断の兵器さァ! 逃げないと巻き込まれちゃうからなァ』

 強烈に機体が引っ張られそうになるのを、マコトはフットペダルを思いきり踏み締めて《ゴッドグレイツ》を交代させる。


『あと……狙ったのはゴッドグレイツだけじゃないんだなァ』

「なに…………しまった!?」

 誘導式なはずのグラビティミサイルは《ゴッドグレイツ》を通り過ぎていく。その位置は《月光丸》の方向へと直進していた。

 すぐに向かおうと動く《ゴッドグレイツ》だったが《ヴィルギン》の下腹部から放たれた高エネルギーのプラズマ砲の直撃を受けて吹き飛ぶ。

 一時的に機体の動作が麻痺して操縦が思うようにいかず、グラビティミサイルは航行速度を早める。


「く……くそ!?」

『こちらは任せろ。お前たちは目の前の敵に集中を!』

 突然の通信と共に《月光丸》を狙ったグラビティミサイルが全弾が動きを停止させた。

 そこには奇抜なデザインをした小型SVが一機。戦車から手足が生えたような武骨な見た目に、背中にはピンクゴールドの四枚羽を広げて浮遊する。

 

『この《チャリオッツ・ハレルヤ》は誘導兵器は通さない。信管は回収させて貰うぞ』

 ユングフラウは手馴れた操作で停止したグラビティミサイルを《チャリオッツ・ハレルヤ》の作業用マニピュレータで分解していく。


『あァー本当にもー大人はボクの邪魔ばかりするッ!! ムカァー!』

 顔を真っ赤にしてシアラは癇癪でコンソールをバンバンと叩く。


「お前、さっき味方がどうとか言ってたが目的は何なんだ? 何がしたい? 何が望みだ? 何者だ、お前は?!」

 先程のシアラが引っ掛かり疑問に思ってガイが次々と尋ねまくる。


『うーん……そうね、ダディになら教えてあげるわァ。まずアレね、ボクの目的はね……実は…………何も無いのだァー! はーはっはっはっ!』

 高笑いのシアラ。だが釣られて笑うものは誰もいないので、白けたシアラも直ぐに真面目風な顔に戻る。


『毎日面白おかしく、それでいてちょっぴりスリリング。日々の生活が退屈しなければ卜はそれで良いのさァ。心を潤すには満足感が大事なの、それが人生ってものでしょうがァ?』

 一発の砲弾が《ヴィルギン》のバリアフィールドによって弾かれる。ユングフラウの《チャリオッツ・ハレルヤ》からの攻撃だ。


『人が話してるときに……』

「それなら一人でせこせこやってりゃいいでしょ! 何が退屈しない日々よ、自分の都合で他人を巻き込むなっ!」

 シアラの発言にマコトはイライラして叫ぶ。


『ボクだけに言われてもさァ……ボクは真のボスじゃないからァ。でも』

 猛然と攻撃に転じる《ゴッドグレイツ》は《ヴィルギン》まで駆けた。


『君たち最後の戦いと言う意味じゃラスボスなのかも、なァッ?!』

 烈火の如き炎の竜巻を纏った《ゴッドグレイツ》の猛攻は《ヴィルギン》のバリアにようやくヒビを入れる。だが、そんな状況でもシアラは余裕の表情を見せる。


「あと少しでぇぇっ!」

『ボクの科学力をナメるなァ! ハイパースローセンサーで一瞬の瞬間に、掴む!』

「させるかってんだ!」

 左右に伸びる《ヴィルギン》のビッグアームがハサミのように開き《ゴッドグレイツ》に迫る。だが回転速度を上げる《ゴッドグレイツ》の竜巻により阻まれ、先端が高熱でドロドロに溶かれた。


『……しぶといね。それなら奥の手だァーッ!!』

 指を鳴らしてシアラは合図を送る。するとイデアルフォートレスの中から大量のSVが次々と発進する。その数は開戦したときよりもさらに多かった。


「まだ増援が来るのか!?」

 敵SVが《ゴッドグレイツ》の赤き竜巻を恐れることなく突っ込んで来る。初めの機体が溶かされようと攻め込まれ回転力はどんどん弱まってしまい《ゴッドグレイツ》は《ヴィルギン》から一時的に距離を離れるしかなかった。

 それでも敵SVの軍団は《ゴッドグレイツ》と、ついでに《チャリオッツ・ハレルヤ》を取り囲もうと追いかけマコトたちは必死で逃げる。


『機体の中に乗ってる人たちは誰だか判るかなァ? そう、皆アカデミーの生徒たちなのだァ! そうとは知らず、サナギさんはコロコロ、コロコロ……』

「違う」

『……何がァ? 主語をつけてよ』

「あの子たち、心が欠けてる」

 マコトは“ガイの力”を使って周りをよく観察する。敵SVに乗るパイロット、大した知り合いでもないがクラスや合同演習で見知った人間が何人か確認できる。

 ただ普通と違うのは彼女たちが皆、自我と言うものが無かった。機械的、戦闘マシーンとして機体の歯車になり乗っているのだけなのだ。


『フッフフーン、ご名答ッ! 慈愛の女神の力をもって再生される怪人ってわけだァ! 再生を繰り返すたびに精神が消耗していくのが残念無念』

「女神って……そこに居るだろ! 何で増えるんだよ!」

 ガイが問う。先程から質問ばかりしていて現状の把握が上手くできなくて歯痒い。


『機体はボク自慢の高速工作機のおかげだよパパン』

「そっちじゃねぇよ! パパでもねぇ!!」

「……パパ? ガイと親子?」

 マコトはガイと《ヴィルギン》のシアラを見比べる。


『イデアルフォートレスに捕らわれた本当の慈愛の女神さま……それがボクのママン、虹浦アイル。そこのヘンテコリンなSVに乗るユングフラウこと虹浦セイルはボクのお姉ちゃん。そしてガイ、貴方の本当の名前は……』

 と、シアラが言葉を遮るように《ヴィルギン》の空になった後部のミサイルラックが爆発する。爆煙の中から姿を表した白きSVはロングライフルの銃口を《ヴィルギン》本体の背中に向ける。


『俺がいることを忘れてもらっては困る。他のSVも動くんじゃあないぞ……ヤマダ・シアラ、大人しく投降しろ。子供だからといって抵抗するようならば引き金を引かせてもらう』

 アマクサ・トキオの《Gアーク・アラタメ》は周りの敵SVから一斉に反撃をされても良いように緊急離脱用ブースターのスイッチも押せる準備をしておく。


『どうする?!』

『……く』

『屈するかっ!?』

『…………く……くく……くっくっ…………アハハハハハハハハハハハハハハハハハーバカめがァッ!!』

 中に《Gアーク・アラタメ》を入れたまま《ヴィルギン》はバリアフィールドを展開。それと同時に《Gアーク・アーク》のトキオはロングライフルの引き金を引いた。しかし、発射されビームはあらぬ方向へ曲がり《ヴィルギン》本体を外す。


『なら接近戦でっ!』

 ロングライフルを剣状に可変させて《Gアーク・アラタメ》が飛び出した。

 背を向けていた《ヴィルギン》本体の上半身が横に回転して《Gアーク・アラタメ》を素手で迎え撃つ。


『……イレイザーノヴァ……』

 広がる目映い閃光に《Gアーク・アラタメ》とトキオは自身に何が起こったのかもわからず包まれた。

 内側からの爆発で《ヴィルギン》のバリアフィールドは弾け飛ぶ。

 その中に《Gアーク・アラタメ》は確認できず、白銀の骸骨型SVが亡霊のように姿を現した。

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