《第十話 女神戦線》
#55 真昼の流星群
「ガラン・ドウマ、お前には逮捕状が出ている! 要人の拉致、違法なSVの生産、そして国家反逆罪。もうイデアルフロートは日本の都道府県からは外された。おとなしく投降しろ……抵抗するならば、こちらの兵力をもってそいつを叩き落とすっ! 」
空にそびえる白金の城。イデアルフロートから切り離され、大気圏を脱しようと上昇するセントラルシティを、統合連合軍の飛行艦隊が取り囲んでいた。
空中要塞セントラルシティは一度上昇を止めると、全体を巨大なバリアフィールドで覆い込んだ。
「………………返事がありませんね、リューク大佐」
盾と翼を象ったエンブレムが刻まれた旗艦。その艦橋で苛立っている副官が艦長席に座る男に言った。
「そうだな」
シュウ・D・リュークは腕時計を見る。
空中要塞を包囲してから三十分が経過していた。
イデアルフロート浮上から一日以内で艦を集結できたのには、月基地から常に監視の目を光らせていたお陰であった。
既にガラン・ドウマの悪行について尻尾は掴んでいる状況で、いつ行動を起こすのかタイミングを狙っていたのだ。
本来ならレディムーンことツキカゲ・ルリの率いるリターナーの役目だが、彼女の無茶なやり方に難色を示したスポンサーである退役元帥アマクサ・ソウシロウの命(めい)によりシュウ率いる工作員たちで極秘に調査を進めていた。
「もう頃合いだろ。全艦、イデアルフロートに攻撃を開始せよ」
宣言するシュウの合図と共に飛行艦隊は一斉に砲撃を行う。
八隻の戦艦による全方位から集中砲火に空中要塞は黒煙に包まれた。
「……待避ッ!!」
全身に悪寒が走りシュウは叫んだ。
空中要塞から艦隊に向かって光の雨が降り注ぐ。
すると光を浴びた戦艦から魂が抜け出たかのように、小さな光球が何百個も空中要塞へと吸い込まれていく。
「状況を報告せよ…………何?!」
光に眩んだシュウが目を開けると艦橋には誰一人いなかった。周辺を見渡してみると、味方の戦艦がゆっくり下降していくのが見える。外傷は何も無いように見えた。
「イミテイターを消す光……うおっ!?」
シュウの乗る戦艦も操舵手を失い傾き始める。慌ててオートパイロットに切り替えるとバランスは安定した。
「生き残っている者へ、ここは一旦引く! 直ちに退却だ!」
◆◇◆◇◆
リターナーの基地に屈強な男二人が門を潜る。
その強面な風貌からして誰が見ても堅気の人間とは思わないだろう。
大荷物を抱えて男達は整備工場を目指してと歩いた。
二人の男の姿を隠れた場所からリターナー隊員の少女達が不安そうに眺める。警戒の視線やひそひそとした声を男らは感じていたが、特に気にした様子も見せず堂々としていた。
「ここか……?」
先頭を歩く背の高い男が低い声で言う。後ろで帽子を被った男は何も答えず、中へと入り込んだ。
横を通りすぎる整備士は知らない大男が入ってきたので注意をしようと思ったが、あまりの厳つい迫力に気圧されてそのまま逃げてしまった。
「ヨシカーっ!! ナカライ・ヨシカはおるかーっ!!」
作業音よりも建物に響く帽子男の声に整備士達が一斉に振り向く。
すると奥から汚れにまみれた顔を真っ赤にして金髪のギャル整備士、ヨシカが駆けてきた。
「おぅい、ヨシカー久しぶり。元気してたかぁ?!」
「と、父ちゃん何で来たん?! ここ統連軍の組織だ?! てか、どうしてここにいるってわかったのよ?!」
あまりに突然のことに台詞を訛って喋るヨシカ。
「まあ色々となぁ……な、アイゼン!?」
ヨシカの父、テッショウは相方のアイゼン・レンイチロウに向かい目配せをして言う。
「だってFREESの隊長格でしょ二人は?! リターナーのゴッドグレイツとも戦って、敵同士みたいなもんじゃん!?」
「それなんだがなぁ……辞めてきたっ!」
ニカリ、と暑苦しい笑顔でテッショウ。
「正しくは辞めさせられた、と言った方がいいな」
アイゼンは訂正する。
「ウチの隊員がここ数ヵ月おかしくなっていてな、まるで何かに操られているような……それで毎日、何人かが忽然と行方を眩まして、隊長の俺だけが解雇という」
「アイゼンさんはいいけど、父ちゃんは違法改造で金稼いでたのがバレたんじゃないの?」
「半分当たり、だが俺も強制リストラ。とある人物に島から出してもらい、再就職先のここに辿り着いたと言うわけだ。年上だがよろしく頼むぜ先輩?」
ガハハ、と笑いテッショウはショックで固まるヨシカの肩を抱いた。
◇◆◇◆◇
リターナー基地の一室。
春も近づいている季節だが、外はまだ寒く暖房は欠かせない。空を見上げていたガイは窓の鍵を閉め、部屋の暖房の温度を一段階上げる。
「呑気なもんだな、お前ら」
ベッドの上に並んで座るマコトとトウコは、テーブルに様々なお菓子の袋を広げてくつろいでいた。
「見ててね、見ててね」
マコトはピーナツの袋から八粒ほど掴むと真上へ放り投げる。
「……しゅしゅしゅしゅっ!」
右手をパーの形にして空中を高速で突く。すると指の隙間に投げたピーナツが二粒づつ挟まっていた。マコトの得意気な表情にトウコは拍手を送る。
「サナちゃん」
「なぁに?」
「また血涙出てる」
右から涙、左から血がポタポタとマコトの目から流れた。ポケットからハンカチを取り出したトウコがマコトの目元を優しく拭く。
「おいおいおい、大丈夫じゃないだろマコト」
壁を背に二人の様子を眺めていたガイは呆れていた。
「目を休めろって言われててやるかよ普通」
「ちょっと喉が乾くのと貧血でクラクラするだけだもん。体調には問題ないもん」
目薬を差しながらマコトは口を尖らせて言う。
「ガイさんはサナちゃんに厳しすぎると思います!」
「…………お前も目から滲んでるぞ」
ハッとするトウコは指で目尻を擦る。水っぽい血液が床に垂れた。
「良いんです! 私はサナちゃんさえ入れば満足なんです。そしてサナちゃんを守って死ぬんです……!」
マコトの胸に顔を埋めるようにトウコが飛び込む。
「あー! アンタ、またナギっちを独り占めにしてぇ!」
突然、開かれたドアからヨシカが入り込んできた。
「ねぇ聞いてぇ! 誰かがウチの親がリターナーに入りたいとか言ってどういうつもりなのもう!」
「はいはい、イイちゃんもこっちおいで。頭撫でたげるから」
「うぇーんナギっちぃー!」
まるで聖母が描かれた絵画のような風景の三人。
「付き合ってらんねぇ…………とにかく目は休めとけよ」
女子の特有のやり取りにうんざりしたガイは病室を出ていく。
廊下を出た瞬間、目の前のサングラスをした女性にぶつかりそうになる。
「アンタも血涙かよ……レディ?」
サングラスの下からマコトよりも多量に涙と血が伝うレディムーンの頬を、ガイはポケットティッシュで沢山取り出して拭き取った。
「アイオッドの技術はヤマダが握っている。それを手に入れるまでは安息はない……私は初期の実験台にされた」
レディムーンはサングラスを外し、服の袖で目を擦り再びサングラスを掛ける。
「マコトやトウコみたいな変化は無いように見えるが?」
「だから余計に腹が立つ、と言うわけよ」
そう言うレディムーンらの表情は口振りと違って固いままだ。本心なのはガイは心で読んだが君の悪さも感じる。
「レディの本気で笑っているのを見たことがない。それは捨てたのか捨てさせられたのか」
「ガイこそ最近はしかめっ面なことが多いわ。やはりオボロがいないせい?」
「アイツは、ゴッドグレイツの中で生きている」
とても月並みな台詞しか言えない自分にガイは内心、腹立たしかった。
「彼女がイミテイター……人間とは異なる生命体だってことは知っているわね」
「正体が何者かは関係ない、俺にとってオボロはオボロだ」
「そう。存在を認めてくれる人が居る限り、不滅と言うわけね」
廊下の窓から空を見る。
真昼だと言うのに空に無数の流れ星が空を多い尽くしていた。
同じ方向へ飛び去るその光の一つ一つが人ならざる生命体の命だった。
「世界の終末は近いのかもな」
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