#56 イデアルフォートレス

 イデアルフロート第一エリア・セントラルシティ。

 改め、空中要塞イデアルフォートレス浮上から一週間が過ぎた。

 統連軍の進攻作戦は尽く失敗に終わり、兵力の40パーセント以上を消失した。


「これが真実だ! 地球は〈イミテイト〉と呼ばれる異生物が人間になりすまし、密かに侵略を図ろうとしている!」

 要塞内部で流れる放送。壇上でガラン・ドウマがこの映像を見ている者らに訴えかける。


「現在イデアルフォートレスは奴らを駆逐するための世界旅行を行っている。目的は周りに集まってくる光の収集……正体はイミテイトだ。もちろん害は無い。これらはイデアルフォートレスやSVを動かす動力源となる。やがては人類のエネルギー問題も解決、地球の今と未来を救うことに繋がる大事な戦いであるのだ。そして、愛しい我が娘たち。君たちが新世代の地球の未来を担う戦女神様だ。奴らの襲撃も君らの活躍によって減りつつある。いつか世界から全ての悪しき魂が浄化する日を楽しみにしているよ」

 ガランの演説放送が終わり、要塞の各所から職員の歓声が上がる。


「……悪趣味な男め」

 しかし、ガラン・ドウマの言葉はヤンイェンの心には届かなかった。


 FREESに代わるイデアルフォートレスの精鋭SV部隊アルテミス。

 狩猟の女神の名を関したチームのリーダーを務める女、ヤンイェンは全てのことにやる気を無くしていた。

 イデアルフォートレスの浮上については前々から聞かされてはいたのだが、正直なところ気乗りはしていない。

 と言うのも《青いジーオッド》こと《チンシーツー》と名付けたSVに乗ってからというもの、ヤンイェンの中で色々な事が冷めつつあった。


 元IDEALのオペレータで恋人だったパイロットを戦闘で亡くし、その悲しみや怒りをIDEALにぶつけたかった。

 IDEALの海上基地が統連軍により解体され、新たにイデアルフロートでFREESに入ったときヤンイェンは驚く。

 恋人を死に追いやった白いSVを製造した憎き男にそっくりの娘、シアラが存在していた。

 彼女もあの男同様、他人の人生を弄んで楽しむ人間である。

 必ず自分の手で始末する、と復讐心がヤンイェンの心の炎を燃やした。


 そのはずだったのだが、


「……若いと言うのは先のことを考えない」

 天井に馬鹿にでかいシャンデリア、室内なのに噴水が置いてあるなど無駄に豪華な内装のスタンバイルームには、ヤンイェンを含めて部隊のエース級四人と一人が待機している。

 一人はクロス・トウコの妹アリア。

 もう一人は忍者ヤマブキ。

 元FREESの第三機動部隊のフタバ・サツキ。


 そしてヤマダ・シアラだ。 


「そこのメカ眼帯。さっきからカタカタカタカタ、貧乏ゆすりが煩いんだよなァ?」

「全然うるさくない広いんだからあっちへ行けばいい」

「はぁ? ここにはボクが先に座ってたァ!」

 迷彩服の女フタバと、白衣の少女シアラが座る場所を巡って言い争いをしている。


「私はヤン隊長の次に長くFREESに在籍している歴で言えば上なのだから当然下の者は従うのがルールでしょう」

 言葉の息継ぎをしない、早口な喋りでフタバが捲し立てる。


「ボクはこの島出身だし生粋のイデフロっ子だァ! アンタこそ威張りたいならもっと活躍してこいや弱腰スナイパーがァ!」

 低レベルな子供の喧嘩だ。

 止めに入るのも面倒なヤンイェンは残りの二人を見る。

 アリアはイヤホンで音楽を聴きながらシアラたちに背を向け本を読み、ヤマブキは目を閉じたまま壁に寄り添い動かない。

 仕方なくヤンイェンはシアラとフタバの間に割って入る。


「いい加減にしないか」

 フタバに殴りかかろうするシアラの腕を掴もうとヤンイェンが手を出すと、それが誤ってシアラの頬を打った。


「あっ……すまな」

 思わず謝罪するヤンイェンの背筋が凍る。こちらを見るシアラの表情、感情の一切無い瞳で見つめられていた。

 まるで蛇に睨まれたカエルのようにヤンイェンは動けず、数秒間がとても長く感じられるぐらいだった。

 そんなヤンイェンが言葉を発する。


「クラク・ヘイタと言う男を知っているか?」

「…………これかなァ」

 シアラは片手の高速スワイピングで携帯端末の画面を見せる。統連軍の戦死リストの中から選ばれた日本人の男だ。


「かつて私はIDEALのオペレータだった。その男はIDEALに新型SVのパイロットとして所属していた私の……大切な人だった」

「はァ? 急に自分語り?」

「初陣でその男は死亡した。新型機の暴走で遺体も残らなかった……私はあの白いSVを造り出した男を憎んでいる」

 喋るごとにヤンイェンは自分が失い欠けていた怒りを思い出して形相が変わる。状況が理解できないフタバは身の危険を察して後ろへ下がった。


「お前なんだろ?! お前があの男なんだろ!?」

 激昂して拳を振り上げるヤンイェン。その後ろから音もなく近づくのは忍者ヤマブキだった。


「……、……隊長どの。我らの敵は身内ではなかろう」

 ヤンイェンの首筋にチクリと何かが当たる。一歩でも動けば鋭利な刃が突き刺さってしまうだろう。


「ヤマブキ、やめなさい」

 目線はこちらに向けずにアリアが言うとヤマブキは刃をしまった。


「くっ……すまなかったヤマダ・シアラ。今のことは忘れてくれ」

「素直に謝るならいいんだァ」

 頭を下げたが一々、癇に触るシアラの物言いにヤンイェンの心は苛立ちで一杯だ。

 シアラはヤンイェンの額にデコピンをお見舞いすると、鼻唄混じりに何処かへ去っていった。

 大きく深呼吸をして心を落ち着かせると、ヤンイェンは上着の懐に手を入れた。


「…………タバコ、いつから吸ってなかった?」

 自分の中で何か異変が起こっているのを確信する。

 下を見るヤンイェンの足元から伸びる影すら、自分のものではないように感じ恐怖で若い女の子がやるみたいな跳び跳ね方をした。


「何なんだ、これは一体……?!」

 その両目からは涙と血が流れていた。


 ◇◆◇◆◇

 

「入れなかった秘密の部屋が開かれたァ。これからヤマダ・シアラ隊員はイデアルフォートレスに隠されたエリアへの単独潜入を試みたァ、と言うことでいってみましょう!」

 上機嫌なヤマダ・シアラが向かったのはイデアルフォートレスの最深部だ。十数年間ら誰も立ち入ることはなかった狭い通路は浮上によって一部が崩壊している。


「浮上の目的はイミテイター狩りだけ目的じゃない。ボクが欲しいのは“ワイズレポート”だけさ」

 携帯端末のカメラで動画を撮りながら解説を入れるシアラ。

 奥へと進むと電気のついていない止まったエレベータが発見した。シアラは横のタッチパネルに触れるとエレベータが起動する。


「見てください、ボクは選ばれた人間だとでも言うのでしょうかァ? 封印されし壊れた扉が今、解放されましたァ! それでは一名様、ご案内なァい!」

 選べる階層は一つのみ。エレベータが下に降りていくこと数十秒、目的地へと到着した。


「ナニコレ趣味の悪い……とんでもない変態がいたものだァ」

 無駄に広く薄暗いこの部屋は、何かの機械や等身大のマネキン人形が散乱して足の踏み場もないぐらい荒れ果てていた。


「げほげほ、このメモリーには何が入ってるかなァ? ダミーで猫の動画とか入ってたりして」

 埃を払って使えそうなものを拾いつつ、物を踏まないように先へ進むと部屋の中心に、ぼんやりとした明かりを放つ柱があった。

 ほこりと傷まみれの透明なガラスの柱の中には液体で満たされており、人の姿したものが入っている。

 シアラは白衣の袖でガラス柱をゴシゴシと汚れを擦り取るように拭いてみた。


「あ、あァ……これだよ…………装置も生きているじゃないかァ……!」

 持っていた携帯端末を落とし、シアラの目から自然に涙が溢れる。

 その柱、旧式の生命維持装置の中には女性の姿があった。

 それは床に転がっているマネキンたちによく似ているどころか数倍は美しかった。


「ダディも見つかった。この前来たお姉ちゃんにもあった。そしてこれが虹浦アイル。ボクのママン……フフフ、アハハハ」

 笑いながら泣き崩れるシアラの顔はとても幸せそうだった。

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