#54 必ず助ける
『いいガイちゃん? 絶対に彼女さんを助け出すんだよ』
ウサミは右手を振ると《オンディーナ》から射出された小型遠隔飛行マシン〈ドールフェアリー〉はガイを乗せてゆっくりと空へ舞い上がった。
「……雨だ」
ガイの肌にポツポツと水の冷たさを感じさせた。
それもそのはず、上着はFREESで没収されており、ただのTシャツ一枚だけという今の季節にこの姿は非常に寒くて堪らない。
「都合よく通してくれよな、マコト」
地鳴りのような声を響かせ《巨人ゴッドグレイツ》は上空を飛ぶガイを見つける。威嚇の叫びを上げて左目から熱線を飛ばした。
叫び声の震動で〈ドールフェアリー〉がふらついたのが幸運にも熱線から避けるようになった。
「もっとだ! もっと近づいてくれ!」
『無茶なこと言ったって案外、操作が難しいんだよ?!』
上下左右に揺さぶられ頭痛と吐き気に耐えながら、ガイはウサミに指示するも《巨人ゴッドグレイツ》が暴れ狂い容易には接近できない。
「あぁん、ぶつかっちゃうよぉ?!」
「ちっ……」
そんな四苦八苦の状況下の中、空の彼方から援軍がやって来た。
直上から重力加速で威力か倍増している銃弾が〈ドールフェアリー〉を叩き落とそうとする《巨人ゴッドグレイツ》の右肘に直撃し、腕は弾け飛んだ。
「レディの《戦人》……アイツか」
濃紺の宇宙迷彩を装甲に施した細身のSV、クロス・トウコの《戦人》は狙撃用大型ライフルを背負い、脚部スラスターの噴射で減速しながら、ゆっくりと降り立った。
『あら? そんな格好で空の散歩とは面白い方ですねガイさん』
四つん這いで必死にしがみついてるガイの姿をモニターで見てのトウコはくすりと笑う。
「目的地はあのゴッドグレイツだ。マコトを助ける」
『それなら全力で手助けいたしますよ。失敗したら許しません』
トウコは《戦人》を先行させて《巨人ゴッドグレイツ》の気を引き付ける。円を描くように華麗に舞う《戦人》の動き《巨人ゴッドグレイツ》は追いながら火球を放つ。
『サナちゃんはそんな見え透いた攻撃はしませんよ』
動きに気を取られている内にガイの〈ドールフェアリー〉が《巨大ゴッドグレイツ》の後頭部付近に急接近。しかし、先程のゼナスの時のように火球は背後を向いていても飛んできた。
「避けなくていい、飛び降りるッ!」
『え?! ちょ、何言って……』
勢いをつけてガイは〈ドールフェアリー〉から決死のジャンプ。
後方から爆風の圧に助けられて《巨大ゴッドグレイツ》の肩にどうにか着地した。
休むまもなく頭部コクピットへ急ぎ、緊急開閉レバーを作動させる。
「…………なんだ……これは……?」
ハッチを開いた先にコクピットは無く、先の全く見えない暗黒空間がどこまでも広がっていた。手や足を伸ばして中を探るが何も手応えは感じられない。
もたもたしてられない、とガイは意を決して暗黒空間に飛び込んだ。
◆◇◆◇◆
──私は誰に愛されている?
天地の逆転した世界を眺めながらマコトは物思いに耽る。
──パパは私を愛してくれないの?
『誰も愛してくれないなら、そんなモノは壊せばいい』
何者かの声がマコトの耳元で囁いた。
──壊す?
『そう、壊して作り変える。満足がいくまで』
──どうして? パパはもういないんだよ?
『ならゼロからでいい。思い出のパパを、理想のパパをさ』
声にしたがってマコトは念じてみる。すると、目の前に脳裏でイメージした父の姿が浮かび上がった。
『もっとだ、もっと! その調子で形に……』
声は微笑する。
その時だった。
「マぁぁコトぉぉぉぉーっ!!」
突然に聞こえた叫び声に邪魔されてしまい、途中まで出来上がっていたイメージの父はバタりと倒れてしまった。
「誰、なんだコイツはっ?!」
どこからともなく落ちてきたガイは目の前の巨大な怪物に驚き、直ぐさま攻撃の構えを向ける。
隆々とした筋肉に身を包む醜悪な姿をした怪物は、胸にマコトの身体を埋め込んでいた。
「徒手空拳で勝てる相手でもないかっ!?」
大きく振りかぶった怪物の巨腕がガイを襲う。
ギリギリで避けたがガイは風圧で吹き飛ばされながらも、ズボンのポケットからあるものを取り出す。
「効いてくれよ!」
IDEALで逃げるどさくさに紛れて盗んだ拳銃二丁だ。
迫る怪物の手に狙いを定めて引き金を引く。弾丸が貫通した指から体液が流れるも、怪物が痛みで動きが止まることは無かった。血濡れの巨腕に押し飛ばされるガイ。
「……ぐっ!? くそぉ、マコトォー! 目を覚ませぇ! こんなわけのわからない所でくたばってもいいのかぁー?」
意識を失っているマコトへガイは必死に呼び掛ける。
その時、天から目映い光の矢が怪物に向かって降り注いだ。
「やれやれ、やはり私がいないと駄目だな」
「お……オボロ!?」
巫女服の少女オボロは弓を構えるポーズで指先から光の矢を放つ。マコトが囚われている怪物の胸を人型に居抜き、マコトを怪物から切り離した。
「走れガイっ!」
オボロの言葉よりも早くガイは駆け出し、落ちるマコトをキャッチして直ぐに怪物の下から待避する。
「恩に着るぞオボロ」
「出口はあっちだ。そうすれば戻れる」
「オボロは?」
「…………いつも側にいる。いいから行け!」
「……わかった」
ガイはオボロの表情から察し、マコトを抱えて走り出した。
「振り返るんじゃないぞ! 迷わず突き進め!!」
二人の姿を見送り、残されたオボロは倒れ込むマコト父の元へと歩む。
「………………起きているんだろう?」
「…………何だ、バレていたのか」
マコトがイメージで作り上げた父が顔を上げる。
「良い男だろう、ガイは」
「父として『お前のような奴に娘はやれん!』と直接言えなかったのが残念だ」
ゴロン、と仰向けになり深い溜め息を吐くマコト父。
「奴にずっと語りかけていたのだろう?」
「所詮、俺はジーオッドに残された残留思念でしかない。伝えられる事も制限を掛けられて……ようやく今、枷から解放されたが……もうすぐ消えそうかな」
「あれのお陰、いや……あれのせいか」
オボロは立ったまま沈黙を続ける怪物を見つめる。
すると、怪物の肉体は砂のように崩れ始め、中から人の姿が現れた。
「お前は誰だ? 隕石を降らせたのはお前が原因か?」
怪物から出てきた少女にオボロが問う。
「……ボクは……返して欲しかった……だけなんだ……本当の……を」
崩れゆく中で少女は途切れ途切れに喋る。
「許さない……ボク達から奪った……を許さない……」
「お前、名は何と言う」
「……ボクの名前……マモル……冥王星で待ってる……」
マモルと名乗った少女の姿は風に吹かれて消え去った。
「マモル、あの顔を何処かで……」
いつの間にかマコト父も消えていた空間で一人、オボロは記憶を巡った。
◆◇◆◇◆
ガイとマコトが外に出ると目の前に廃墟が広がっている。
巨人の肉体は消失し《ジーオッド》だけを残して、瓦礫の山の頂上に鎮座していた。
「サナちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
空から勢いよく地面を揺らして着地した《戦人》のコクピットからトウコが飛び出し、一瞬でガイからマコトを奪い去ってしまった。
「あぁサナちゃん、愛しいサナちゃん! 会いたかったですよぉ」
「う、うーん…………」
「……お、お前なぁ」
遅れてゼナスがウサミを背負って瓦礫を登ってやって来た。
「お、重い……ウサミさん、また余計な装備積みましたね……痛っ?!」
「ココロの片腕置いて来たんだからそんなわけ無いでしょ!?」
「おいおい、何もそんな集まらなくてもいいだろが」
「呑気な奴だなお前は。アレを見てみろ」
ウサミの重さに耐えながらゼナスが上空を指差して、ガイは振り返る。
「……何だよ、ありゃあ?!」
目を見開いて驚くガイ。
全体を複数の平面に囲まれた多面体の電磁フィールドを纏ったその巨大な空中要塞は、イデアルフロートのエリア1セントラルシティだった。
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