#41 真薙真:失ったもの(その二)

 幼い頃に見た、雲ひとつない大空をSVが華麗に舞う。

 あれに父が乗っているのだ。

 その姿に少女は憧れ、今でも頭の中で何度もリピート再生される一生の思い出なのである。



 ◆◇◆◇◆



 思春期、真っ只中な中学生時代。

 父が死んでからというもの、ただでさえ母親と仲の良くない少女の反発は強くなるばかりだった。


『ロボットのパイロットなんかになって将来、何の役に立つって言うの?!』

『立つもん! 災害のレスキュー隊員とか、オリンピックにもマシンアスリートを目指す人だっているんだし』

『あんたが言うほど世の中そう簡単じゃないの! それにロボットなんかに乗って、あの人みたいになったらどうするのよ!?』

『あの人って……今、父さんのこと“あの人”って言わなかった?! 何で、父さんのことをそんな風に言うのっ!?』


 家庭は荒れに荒れ、同じ家にいるにも関わらず断絶状態。

 どうしても必要なとき以外は、互いに不干渉を貫いた。


 深い悲しみを背負う少女だったが、夢を叶えるために出来ることの全てを尽くして必死で努力する。

 そして、それは成就した。



 ◆◇◆◇◆



 西暦2056年、四月。

 場所は日本の四十八番目の都道府県である大和県。

 人工的に建造された島イデアルフロートに少女は念願の上陸を果たした。


「……今日からこの島で寮生活か。頑張るぞ」

 真薙真(サナナギ・マコト)、十五歳。

 赤い眼鏡が特徴的な普通の少女。

 人型ロボット・SV(サーヴァント)の操縦士になるため、県立大和アームズアカデミーに入学した新入生だ。

 母親の反対を押し切り、親戚に援助してもらいながら必死に勉強して勝ち取った合格通知を胸に、少女の新生活が今スタートするのだ。

 と言っても今日は登校日ではなく、寮へ行って荷物の受け取り手続きをするだけである。


「あのぅ、すいません。エリア3行きのバスはこちらで合ってますでしょうか?」

 ベンチに座って待っていたマコトの元に、同世代ぐらいの清楚な少女が声を掛けてきた。マコトと同じ制服を着用している。


「エリア3って学校の?」

「そうです。もしかして新入生の方ですか? 私もアームズアカデミーに入学するんですよ」

 清楚な少女は微笑む。

 その気品ある佇まい、風になびくサラサラの綺麗な髪、自分の身の回りには居なかった上流階級の人間なんだ、とマコトは感じて少し緊張する。


「そなの? 私もだよ。あー、えーっとバスは合ってるよ」

「ありがとうございます。私ここの寮に用事あるんです。よかったら途中までご一緒しませんか?」

「奇遇だね、私も寮行くところだからさ。道は一緒だよ」

 と清楚な少女はマコトの両手を掴み、固く握手をした。


「黒須十子です。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

「あ、うん……よろしく。私は真薙真だよ」



 これがマコトとトウコの出会いである。



「ごめんねぇ、私の荷物多くてさ」

「いいよ、あんまり趣味とか無いからサナナギさんの好きに使って?」

 偶然にも二人は寮の同じ部屋で生活を共にすることになり、クラスも同じだった。


「ねぇ、サナちゃんって呼んでもいい?」

「いいよ。じゃ私もトウコちゃんって呼ぶね」

 人見知りだったマコトも一緒になる内に次第に打ち解けた。

 勉強も遊びもほとんどの時間を共に過ごし、トウコのことを“親友”と呼べるほどの仲になるのに時間は掛からなかった。



 ◆◇◆◇◆



「整備科は良いなぁ。もうマシンに触れられるんだもん。一年は三学期までダメなんだってさぁ……私も早く乗り回したいー!」

 体育館を挟んだ奥にある学園のSV格納庫だ。


「ちょっとで、ほんのちょびーっとだけでいいからさぁ。動かしちゃダメぇ?」

 横一列にずらりと並べられている型落ちした量産機を眺めながら、マコトは整備科の少女に懇願した。


「ナギっちぃ、その気持ちはよーくわかるんだけどさ、アタシも怒られたくはないからね」

 作業服を着てスパナを持った茶髪にピアスの不良そうな少女が言う。

 同じ一年生の仲頼良華(ナカライ・ヨシカ)、アダ名はイイちゃんとマコトは呼んでいる。この学校で出来た二人目の友達だ。


「でもナギっちならシミュの成績いいし、すぐ乗させてくれんじゃないの?」

「いやぁ……筆記が全然ダメダメでね。周りのレベルが高いんだよ、女子の中でも下位から数えた方が早い」

 ヴァーチャル空間でのシミュレーションシステムでは学年トップのスコアを叩き出すほどの実力を発揮したが、勉強の方は苦手で周りとかなりの差をつけられてしまった。


「ナカライー! そっち終わったらコッチのメンテもやっとけー!」

 先輩整備士が遠くから叫ぶ。


「ウィーッス……ったく、人使い荒いんだ」

「おっ、あっちの発進するじゃん?! やっぱ近くで見るとスゴいなぁ」

 入学受験のときもギリギリで合格したようなものだった。ギリギリまで詰め込み勉強するような無駄な足掻きをしている生徒などマコト以外にいない。


「私は本番に強い女。SV乗りはSVに乗ってこそ、勉強机じゃな」

「しっ! ちょっと隠れて……!」

 ヨシカは突然マコトを引っ張り物陰に隠れさせた。すると、どこからか怒鳴り声が聞こえ二人は恐る恐る覗き込む。


「俺の頼んだ奴と全く違うじゃないか!?」

 四、五十代くらいの男が三年の整備士を怒鳴りつけ、丸めた注文書で整備士の頭を叩いていた。


「そんなんでな、この先やっていけると思ってるのか? やり直しだ、やり直し!」

 格納庫に響く不快な怒号。周囲の整備士も巻き込まれまい無視して作業をしている。


「誰なの、あのオジサン?」

「アイツは二年のオニヒラってSV担当の教官だよ。あんまり良い噂を聞かないから不用意に近づかない方がいい」

「うわぁ……来年の楽しみが最悪な展開になったわ」

「三学期からSV乗れるからアイツに当たったらもう、ね?」

 お気の毒様だ、とヨシカはマコトの肩をぽんぽんと叩く。


「あと学年指導の先生だから規則に煩いから、見つからない内に帰った方がいいよ」

 トウコから聞かされることに酷く落胆するマコト。さっさと格納庫から出ていこうと思ったが、気になるものが横切り足を止めた。


「まァまァ、そうカッカしない。スマイルスマイル」

 オニヒラたちの仲裁に入ったのは白衣を着た見慣れない少女であった。一年生にしては幼すぎる相貌、背の低さから小学生ぐらいにも見える。


「どうしてそんなにこと急ぐのさァ。SV作りはピザ屋みたいに早くないのだァ」

「大事なことだ、俺がFREESに戻るためだろう!? あんな見てくれだけの金髪のガキなんかがエリアのリーダーなぞやっていけるか……いけないと考えている」

「オジサンも生涯は短いからなァ。ボクからも上に頼んでみるわァ」

「頼んだ……頼みましたぞ」

 独特な口調でバカにしたようにを喋る白衣の少女に対して、オニヒラは何度も口調を改める。


「それとだ……例の赤ヘッド、忘れないでくれよ」

「ホントはオジサンの為に作ったわけじゃないんだけどなァ。あそこは関係者以外は立ち入っちゃダァメなんだからァ……実験台……もとい、モニターとして選んであげるけど、まだまだ時間かかるのて待ってなァ」

 ボールペンでオニヒラの突く白衣の少女。


「わ、か、り、ま、し、た、あ、り、が、と、う、ご、ざ、い、ま、す」

 我慢しているのか顔を真っ赤にして眉間をピクピクさせながら例を言うオニヒラ。これ以上は怒りが爆発しそうだ、と周りの整備士が怯えている。そのままオニヒラは格納庫を去ると、何かが壊れる大きな音が響いた。


「おー……こわ」

 オニヒラが出ていった扉から目を離すとマコトは白衣の少女と目が合ってしまう。少女はニッコリ笑うと駆け足で近づいていきた。


「ねねね、そこの地味めなお姉さァん!」

 甘えたような声で白衣の少女は言う。近くで見ると笑顔が不気味でマコトは少し引いてしまった。


「一年生のお姉さァん、SVに乗りたいとか思わないかなァ?」



 今思えば悪魔の誘いだったのかもしれない、とマコトは思っている。



「痛くはないよ……レーシック手術みたいなものだァ。少しだけ瞳に手を加えるだけで、君の世界は一変するのさァ」



 学園の中から選ばれた優秀なパイロットが参加している秘密の育成計画だと、FREESの特別隊員だと名乗る白衣の少女ヤマダ・シアラが言う。

 実際、マコトがこの目を手に入れたことによって、動体視力が格段に上がったと実感している。それどころか記憶力、身体能力までもな良くなった気もした。


 だが、未だわからないことがある。


 マコトがSVの実機を動かさせきず、何度も脱出装置を使ってしまい〈ベイルアウター〉と笑い者にされたということ。


 感情の昂りが左右の瞳を赤と青に変色させる。

 脱出するときに一瞬だけモニターに映る自分の顔を見たことがある。すぐに元の始めは目の錯覚だと感じだし、あとから確認したても普通の眼球だった。

 セントラルシティで起きた戦いを終えてから元には戻らず、涙と血涙が時々止まらなく出てしまう。



 そしてそのセントラルシティでの戦いのこも。

 島のシンボルである女神SVの《ゴーイデア》から降りてきたトウコも同じ目を持っていた。


『今まで騙しててごめんなさい』


 トウコはマコトの父の死に関与しているという。

 父はSVでの訓練中に起きた事故で死んだ、と母親から聞いた。


 一体、何が正しくて、何が嘘なのか、頭の中でグルグルと色んな思考が渦巻き、マコトは真実がわからなくなってしまった。



 ◇◆◇◆◇



「マコトは……まだ寝てんのか?」

 病室にやって来たガイは、ベッドで眠るマコトの顔を覗いた。とても安らかそうには見えなかった。


「これでもさっきまではウンウン唸ってたからねぇ。精神安定剤を打ったから、もう朝までぐっすりんこ。しばらくは落ち着いてもらえるといいんだけどねぇ」

 キャスター椅子で滑りながらレモンが言う。カラカラと音を立ててもマコトが起きる様子は無い。


「ねぇ、ちょっと質問なんだけど、ガイ君の心を読む力は寝てる人の夢はわかるの?」

「夢? いや……意識のはっきりしてない奴のは読めん、というか情報が複雑すぎて理解が出来ない。夢を見ない奴もいるからな」

 マコトの寝顔をまじまじと見詰めるガイ。


「…………」

「何か見えた?」

「……何でもない。人には知られたくないこともある」

「それを君が言う?」

「アンタにもあるだろ……アレ、言うぞ?」

「なぁんだろなー? ねぇガイ君、ちょっとだけチクっとやってかない?」

 注射を持ってレモンはガイを追いかける。部屋中を駆け回り二人がふざけ合っていると、突然の大きな揺れと爆音が建物に響き渡る。


「何の騒ぎ?!」

 デスクの上の通信機が鳴ると画面にオボロの顔が映った。


「ガイ出るぞ、敵だ!」



 ◇◆◇◆◇



 奇妙なデザインのSVが建物を破壊しながら滑走する。

 四つ腕、四つ足、三輪駆動。手に持った斧を狂ったように振り回し、立ちふさがるリターナーのSVを両断した。


「……ずるいんダヨ。僕の木更津クンは生き返らせてもらえないなんテサ。これだから“女”神なんてのは嫌なんダヨ」

 FREES八番隊隊長ウシミツ・コクタロウの両目が赤と青に輝く。《アラクネGT3》は背後に残骸の道を作りながら破壊目標であるリターナーの基地へ進軍する。

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