#40 真薙真:失ったもの(その一)

「もうちょっとゆっくりすればいいのに。リフォーム作業はまだ少しあるのに」

「いやいや、一応は寮に報告? しとかなきゃいけないし。いつまでも島を放れるわけにはいかないからさ」

 二日間、叔母の家にお世話になったマコトたちは別れの挨拶をしていた。その両手には沢山のお土産が紙袋一杯に詰められている。


「あと忙しいのにおまけに散髪までしてもらってありがと」

「女の子だもの。髪は綺麗にしなくちゃね」

 あまり手入れをせず基本的にボサボサっとしたマコトの髪型は、綺麗に切り揃えられているショートボブカットに生まれ変わった。これは美容師の手によるものではなく、アヤちゃんが全てカットしたものである。


「俺たちは島には寄らねーぞ。て言うか、お前は俺たちと一緒に来てもら……痛~ッッ!?」

「アヤちゃん、短い間だったが楽しかったぞ!」

 余計なことを喋るガイの顔をオボロは手で思いきり叩くように塞いて、さらに爪先を思いきり踏んづけた。


「たわけか、旅の者だと言う設定を忘れるでない…………マコトよ、途中までついてってやろう。それではな!」

「じゃあね、アヤちゃん。また遊びに来るよ」

「あぁ、いつでも遊びにおいでな。オボロちゃんも、ガイくんも……あとマコト、たまには家に帰りなさいよ」

「…………うん」

 三人はアヤちゃんに別れを告げて歩き出す。


「……なに……?」

「いや……」

 心なしかマコトの顔が不機嫌な表情を浮かべているのを、ガイは気になって覗き込んでいた。 

 道の角を曲がり手を振っているアヤちゃんが見えなくなったところで、オボロは隠し持っていた携帯端末を取り出した。


「そんなの持ってたのかよ……」

「しばらくしたら迎えがここ来る。それまでは待とうじゃないか」

 偶然見つけた寂れたバス停のベンチに荷物を置いて腰掛けるオポロ。ガイも隣に座るが、マコトだけは止まることなく進んでいく。


「どこに行くんだよ?」

 追い掛けるガイはマコトの肩を掴んでを引き留めた。


「どこって、島に決まってるでしょ。離してよ!」

 ガイの手を払って声を荒げるマコト。


「まーだそんなことを……行ってどうするんだ? あそこはお前が思ってるような場所じゃない」

「私がどう思おうがアンタひは関係ないでしょ!? 私にとってはあっちが……私の家だもん。そうよ」

 初めは強きなマコトだったが、最後の台詞が少し自信のない弱々しいものだった。


「関係はあるぞ。ジーオッド……ゴッドグレイツはお前を選んでいる。お前がイデアルフロートに戻れば、ゴッドグレイツの力を伽藍堂馬に利用されてしまうんだ。それはつまり、世界の混乱を意味する」

「それこそ意味わかんない…………って、ちょっなんなのよ」

 真剣な表情でマコトの全身を舐め回すようにジロジロと見つめるガイ。直ぐ様マコトは離れるがガイは追い、次第にフェンスへと追い詰められてしまった。


「俺にはお前が考えてることのがわからん。肝心なところでモヤが掛かるのは何故だ? お前は何を隠している?」

「ちょっと、近づかないでよバカ! 変態!」

 マコトの平手打ち。だが、ガイにノールックで掴まれる。それならと逆の手で繰り出すも、そちらも防がれてしまった。


「どこを攻撃するのかは読める。そうじゃない、上っ面じゃなく奥底にあるもんだ……気になる」

 両手を封じられたマコト。ガイの顔がマコトの顔へ数センチのところまで接近する。逃げ場の無く、恐怖と恥ずかしさでマコトは赤してしまう。


「止めんか馬鹿者ども!」

 助走をつけてオボロはガイの横顔をジャンピングパンチ。殴り飛ばされガイは一メートルほど吹き飛んで地面に突っ伏す。


「あ、ありがとオボロちゃん」

「本当に女に対してデリカシーがない……マコトよ、どっちにしろ島に戻るのは無理だと思うぞ、ほら」

 オボロは携帯端末の画面に映るニュースサイトをマコトに見せた。


「大和県イデアルフロート、島への上陸を全面禁止へ……なにこれ?!」

 今朝発表されたばかり速報だ。


 大和県知事はイデアルフロートへの観光フェリー、飛行機の運行を中止。外部からの人間の立ち入りを禁止することを発表した。

 冬休みを利用して観光に来ていた一般人や、政府の高官などが島に取り残されてしまっているが、連絡などはなく安否が心配されている。

 また帰省のために本土にいた大和県民も、イデアルフロートの住民であるにも関わらず島へと帰ることができず連絡も不通になり困惑した様子であった。


「…………だそうだが?」

「どう言うことなの、これは?」

 ショックを隠せないマコトはオボロの携帯端末を握りしめて、その場にへたり込んで茫然とする。


「さぁな、……丁度迎えも来たぞ」

 オボロが空を指差す。軍用航空機が高速でマコトたちの元へやって来る。後方にもう二機、一回り大きな航空機は海辺で乗り捨てた《ゴッドグレイツ》をワイヤーで吊るし運んでいた。

 先頭の一機が空き地に着陸するとオボロはマコトを無理矢理に引っ張って乗せる、航空機はすぐにその場から発進した。



 ◇◆◇◆◇



 乗り心地最悪な座席に揺られて数時間後。

 マコトは約半年ぶりにリターナーの基地へと舞い戻ってきた。

 格納庫へ《ゴッドグレイツ》を搬入する作業を眺めていると背後からいきなり何者かに抱きつかれる。


「ナギっちぃぃぃ~っ!!」

 甘ったるい香水の匂いと工業用オイルの臭いが混ざった香りを漂わせるギャル少女、マコトの同級生で親友の整備士ナカライ・ヨシカだった。


「ちょー久しぶりだよねぇ?! マジで会いたかったんだからぁ」

「イイちゃんっ! ちょっと、くすぐったいよ!」

「髪切ったんだねぇ? マジカワイイー!」

 油で汚れた手袋を外して頭を撫でるヨシカ。しかし、その綺麗にデコレーションした爪もそこそこ汚かった。


「ねね、どうだったよ? ゴッドグレイツの新しい装備の〈カグツチアームド〉は? 動かし心地は悪くなかった?」

 マコトの表情か一瞬凍りつく。が、すぐに明るい顔をして誤魔化した。


「うーん……死にかけって感じ?」

「アレどうなってんの? 中身が丸々無くなってんじゃん。合体したんだよね? あれの何処に乗ってたのナギっち?」

「いやぁ、ははは。それはまたあとでゆっくりと話すよ」

「……その前に、検査ねマコっちゃん?」

 次に現れたのはリターナーの白衣の美人軍医であるミツキ・レモンだ。


「れ、レモンさん……おわっ!?」

 レモンはマコトの目を指で開いて小さな顕微鏡で片方づつ覗いていく。


「その瞳、元に戻らないってことは……やはり症状は末期か…………すぐ検査が必要かも。さささ、行きましょ行きましょ」

「え、えっ? えぇ!?」

 訳のわからないまま急かされるマコト。


「待ちなさい」

 来客は更に増える。この基地に来た時点で居ることは分かっていたことだが、彼女はマコトにとって最も会いたくはない人物であった。


「真薙真。貴方に聞きたいことがある」

 サングラスを掛けた黒コートの女、リターナーのレディムーン。

 マコトの脳裏に年末の戦いが鮮明にフラッシュバックする。


「あ……あんたが、トウコちゃんを……トウコちゃんをぉぉぉ…………うぅっううああああぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 全身の毛が逆立ち感情が爆発したマコトが叫び声を上げながらレディムーンに襲いかかる。


「止まれマコトォっ!!」

「あんたがぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 立ちはだかるガイを飛び越え、背中を蹴り飛ばすマコト。常人の身体能力ではない素早い動きを見せてマコトはレディムーンを押し倒した。


「ぐっ…………うぅぅ……がっ」

 床に後頭部をぶつけ、レディムーンは涙と血涙を流している怒りの形相をしたマコトに馬乗りにされる。

 少女の細腕とは思えない力で首を閉められるレディムーンは抵抗するも、マコトは手を離そうとせず更に力は強くなった。気を失いそうなるのを必死で堪えてレディムーンはコートの内ポケットに手を入れる。


「あっ……止めろっ!!」

 何かを感じ取ったガイはとっさに叫ぶ。

 次の瞬間、マコトはレディムーンの胸にぐったりとして倒れ込んでいた。首元には注射器。レモンがにこやか表情で注射器を抜き取り、眠るマコトを抱き抱えて何処か連れていった。

 咳き込むレディムーンの懐から拳銃が落ちる。


「よくわかったなガイ」

 オボロがほっとするが、ガイの視線は上方にあった。

 機体を固定するハンガーの拘束具が落ちて格納庫に大きな音が響き渡る。機体の装甲に触れていた部分が溶けて赤く熱を帯びていた。


「何する気だった、お前……」

 ガイと《ゴッドグレイツ》の視線がぶつかった。

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