#42 燻る紅と護る蒼

「アリスもヤマブキもいない……オレが頑張らないといけないッス」

 ミナミノ・ミナモは緊張で震える手を操作レバーに叩きつけながら侵入者を探す。チームでの連携に頼る戦闘が癖になっている為か、単独プレーには消極的になってしまう。


「戦射(イクサイル)出るッスよ!」

 隣にいるはずの相棒であるヤマブキは死んだ。前に先行して切り込み隊長をやっていたアリスもいない。

 ミナモのこれからは孤独な戦いである。慎重に行動しなければ命はないのだ。

 建物の影に隠れながら《戦射》は様子を伺った。レーダーに高速で動く物体がこの道を通過するはずだ、と待ち伏せする。


「今……でやあぁぁーっ!」

 タイミングを見計らい《戦射》はライフルから対戦車ブレードに持ち変えて、勢いよく飛び込んだ。

 しかし、目の前の視界には敵の姿は何処にもないのにレーダーの反応は間違いなく正面にあった。それが次第に自機のマークと重なると同時に敵機接近の警報がけたたましく鳴る。


「上ッスか?!」

『……わかったところで無意味だよ……』

 とっさに避けたつもりだったが気付くのが遅かった、巨大なタイヤが《戦射》の左肩シールドをガリガリと削り取り、粉々に粉砕した。


『……その機体は、この間のSVダネ……』

 接触通信により不気味な声が流れる。どうにか《戦射》は対戦車ブレードを目の前の奇妙なSVに投げつけるが軽く避けられてしまう。タイヤ攻撃を止めると《戦射》は胸部を蹴られて高く飛び、間合いを取られてしまった。


「何て機動力ッスか、このSVは?! でもっ!」

『……イラつくんだヨナ。それを見ているトネ……』

 大きな三輪のタイヤに蜘蛛のような細い脚四本、腕が四本の《アラクネGT3》を操るウシミツは、負傷して膝を付くミナモの《戦射》の周りをグルグル回りながら舌舐めずりする。

 このミナモが乗る機体はイデアルフロートでの戦いで、ウシミツと同期のFREES隊長であるキサラヅ・キサラのSVを墜としたものと同系列の機体だ。


「……簡単に撃墜なんてしなイヨ。ジワジワとなぶり殺すかラナ……」

 スピードアップする《アラクネGT3》は四つの武器を手に構える。前腕二つが手斧、後ろ腕はナイスとハンドガンを持ち、目に求まらぬ速度で《戦射》の通り過ぎ様に装甲を削っていく。


「あぐっ……!」

『……コイツメ! コイツメッ! コイツメェ……!』

 弄ぶように微々たるダメージを与えるだけだが《アラクネGT3》の攻撃に《戦射》は避けることも防ぐことも出来ない状況だ。機体から脱出する隙も出来ず、ミナモにとって恐怖の拷問である。


『……さあ、トドメ ……』

 蓄積された損傷が《戦射》の胸のハッチを破壊させ、コクピットが露になるとミナモと《アラクネGT3》の目が合う。操作レバーを持つ手が震えミナモが諦めかけた瞬間だった。

 

『やらせねぇーっ!!』

 飛来する真っ赤な物体が《アラクネGT3》の横っ腹に激突。その衝撃で《アラクネGT3》は吹き飛ばされて数十メートル先の雑木林に突っ込んだ。


「ジーオッドッスかっ?!」

『……ちっ、赤兜ォ……!?』

 勢いで通り過ぎた真紅の鎧兜型マシン《ジーオッド》は、尻餅をつくミナモの《戦射》に近寄る。


『大丈夫かミナモ?!』

 と、《ジーオッド》のガイが心配して声をかけた。


「が、ガイさぁん……死ぬかと思ったッスよぉー」

 情けない声を上げるミナモ。さらに後方から赤い戦闘機、オボロの《カグツチ》が通り過ぎる。


『ヤツが逃げるぞガイ。先に行っているからな?』

『わかった。ミナモ、ここは俺が何とかする。お前は一旦後ろに下がっていな』

 そうガイは言うと《ジーオッド》は《カグツチ》と共に《アラクネGT3》が残したタイヤ痕を頼りに後を追いかけた。

 敵がいなくなりホッと一安心するミナモ。するとコクピットをカンカンと何度も装甲を叩く音がして、外部から勝手にハッチが開く。


「……おりろ、おりろ……」

 現れたのは病室で眠っていたはずのマコトだ。息遣いが荒く目を血走らせてコクピットにずかずかと侵入してきた。


「ちょっな、何なんスかアンタっ?!」

 襟首を掴まれたミナモはマコトによって無理矢理コクピットから引きずり下ろされる。脛の装甲に沿って滑り落ち、地面に尻餅をつくと《戦射》はミナモを置いて歩き出した。


「本当に……何スか、あれ?」



 ◇◆◇◆◇



「……ふぅ……」

 自分のサイズに合っていない少し狭いシートながら、逆にそれが落ち着く感じがしてマコトは気分が良くなっていた。

 ここ最近までコクピットの中に居ると恐怖に心が支配され、とてもSVに乗り込む精神状態ではいられなかった。

 強制脱出者(ベイルアウター)などと不名誉なアダ名はとうに克服していたのだろう。

 だが、これで満足している訳ではない。


「……ゴッドグレイツ、合体……」

 マコトはあの真紅の魔神を求める。

 あれは己の心の弱さを守るための鎧なのだ。

 一体となれば自分は無敵。誰にも負けない。


「……来いッ……!!」

 叫ぶマコトの呼び掛けに《アラクネGT3》を追う《ジーオッド》と《カグツチ》が吸い寄せられるようにマコトの《戦射》へ向かっていく。


「……偉大、合身……」

 駆る《戦射》が空へ舞うと、一緒に上昇してきた《ジーオッド》が頭から覆い被さる。さらに機体をバラバラに分離させた《カグツチ》が手足へと装着。爆炎を放ち、真紅の魔神が完成する。

 だが、


「……ゴッド……え?」

 突然、空中でのバランスを崩した《ゴッドグレイツ》は地面に激突する。すぐに立ち上がろうにも操作の反応が鈍く、マコトの思うように動かなかった。


「うぅ……どうして? パワーが、上がらない。何でよ!?」

「何でじゃねーよマコト! お前、まだ病室で寝てるんじゃなかったのか?!」

 合体したことでマコトの後ろに出来たシートに現れたガイが怒鳴る。


「煩い!」

「煩いってなんだよ!? 心配して言っているんだろうが!」

『喧嘩などしてる場合が二人とも。敵が来るぞ』

 サブコクピットのオボロが背部スラスターで《ゴッドグレイツ》を突っ伏したまま前進させる。そのお陰で隠れていた《アラクネGT3》の突撃を回避できた。


『……チッ、運のいい奴等ダヨ……』

 ウシミツは機体を反転させると《ゴッドグレイツ》に向き合わせた。

 

『……その機体の首は頂いてクヨ。それさえあればキサラを生き返らせてもらエル……』

 エンジン音を唸らせながら《アラクネGT3》は相手の動きを伺う。ゆっくりとした動きで《ゴッドグレイツ》がようやく立ち上がった。


『あのタイヤカニ、遊んでいるのか?』

「ミサイルは……使える。マコト、ゴッドグレイツのメイン操作をこっちに寄越せ。ここは俺がやる」

「嫌に決まっているでしょ?! アレは……私が倒してみせる!」

 強がるマコトはフットペダルを踏みしめる。拳を振り上げ《ゴッドグレイツ》は《アラクネGT3》へ正面から向かっていった。

 そのあまりに間抜けすぎる鈍重な走りに、ウシミツの《アラクネGT3》は距離を取り、前腕の掌からトリモチ弾を発射して《ゴッドグレイツ》の足元に浴びせかけた。強力な粘着力のあるトリモチをまともに食らい《ゴッドグレイツ》は身動きが取れない。


「今のは避けられただろ?! こんなの早く燃やしちまえ!」

「だから黙っててよ!」

 口喧嘩を始めるマコトとガイ。


『……どうやら力は使えないのダネ。なら、今からなぶり殺スヨ……!』

 ウシミツは破壊確定となった獲物を前に舌舐めずり。エンジン全開で疾走する《アラクネGT3》は《ゴッドグレイツ》へぶつかるように押し倒した。


『……その装甲を削り取る……』

 高速回転する前輪からトゲが現れて《ゴッドグレイツ》の装甲を削っていく。かなり頑丈で始めは火花を散らせるだけだったが、真紅の肌は徐々に抉られていった。


「ぐうぅぅ……うおぁぁぁぁぁーっ!!」

 マコトもただ黙ってやられているわけにはいかない。瞬間的に《ゴッドグレイツ》のパワーに火が入り、引き剥がそうと手にベットリ付着したトリモチが燃え尽きる。力を振り絞って《ゴッドグレイツ》のボディの押さえつけている《アラクネGT3》の四本ある細い脚部の内の二つを引き千切った。


「このぉカニ野郎ッ!」

『……アラクネの脚線美を、絶対に殺スッ……!!』

 怒るウシミツは《アラクネGT3》の長い背部アームで《ゴッドグレイツ》の頭部を押さえ、ひたいをハンドガンで狂ったように何度も打ち込む。

 コクピットを揺さぶられ、中のマコトたちに脳と鼓膜がおかしくなりそうな強い衝撃が襲う。


『マコト! ガイ! 返事をしろ!』

 オボロが呼び掛ける声はハンドガンの音に掻き消されている。機体自体は攻撃に耐えているが、それよりもパイロットが先に逝ってしまいそうだった。

 やがてハンドガンは弾切れを起こし《アラクネGT3》は再びトリモチ弾を《ゴッドグレイツ》の四肢へと念入りに塗り込ませ動きを封じる。そして覆い被さるとは手斧を空に掲げた。


『……断頭なんダヨ、さぁ逝こウカ……』

 その時だった。耳をつんざく音が一瞬だけ鳴り響く。何とか意識を取り戻したガイは目の前を見ると驚くべき光景を目にした。


『……か、かはァッ……?!!』

 吐血するウシミツの下半身は無くなっていた。

 手斧を降り下ろそうとしたポーズのまま固まった《アラクネGT3》の腹部、コクピットに数十センチの穴が開けられている。

 活動停止した《アラクネGT3》を退かして立ち上がる《ゴッドグレイツ》は正面、遠くで対SV用長距離狙撃ライフルを構える青紫色をした細身のSVが居た。

 旧式の古めかしいその機体はレーダーに表示されている識別コードを確認すると味方のものである。


「レディの《戦人(イクサウド)》か? あんな骨董品がどうして……アイツは」

 構えを解いて《戦人》は《ゴッドグレイツ》にゆっくりと近寄ると、胸部のハッチが開いてパイロットが現れた。

 パイロットの少女は長い髪を風に揺らして《ゴッドグレイツ》を見上げた。


「……トウコ、ちゃん……?!」

 喜びと怒りが混じった複雑な表情を浮かべ、マコトは彼女の名前を呼んだ。

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