《第七話 過去のメモリー》
#37 一月三日の大掃除
赤い空。
青い大地。
その狭間でマコトは延々と走り続けていた。
見えない影が背筋や肩をを撫で、何処かへと引っ張り込もうとするのだ。
闇雲に右へ、左へ、上へ、下へと逃げ続けるのも、そろそろ体力的な限界に達しようとしている。
正面に謎のシルエットが浮かぶ。
目映い光を放ち、形だけて正体が誰かは確認できない。
「お父さん? トウコちゃん?」
精一杯に手を伸ばす。だが、身体が見えない影に引っ張られシルエットから遠ざかってしまう。
もがき、足掻くマコトだったが光には届かない。
「お父さん!? トウコちゃん!?」
誰かのシルエットに必死で叫ぶも気付いてはもらえなかった。
やがてマコトの身体は暗闇に飲み込まれ、そして。
◆◇◆◇◆
「あぁぁぁーっ!!」
大声を上げながらマコトは眠りから目覚める。驚きで飛び起きてしまったせいでシートから滑り落ちてしまった。
「いっつー…………どこここ? て言うか、な、何で裸っ?!」
正確に言えば革製のミリタリージャケット一枚だけ羽織っている状態で、あとは下着の上下一枚も無い。周りを確認しても、狭いコクピットの中には自分の服らしき衣類は見当たらなかった。それより問題なのは視界がぼやけているので余計にわからないことだ。
「め、めがね……メガネェ…………あった」
ジャケットの胸ポケットに入っていたのを掛ける。度の強さ、顔へのフィット感、確かにマコトの眼鏡だった。
「…………ダメだ、壊れてるのかな?」
コンソールや操作レバーに触れるも起動する気配はない。
「ふぁ……へぷちっ! うぅ寒い」
飛び出た鼻水を袖で拭いながらマコトは光が差し込む壁の隙間に手を入れた。倒れるように開いたハッチの外の景色が広がる。右側にはどこまでも続く大海、左側には切り立った崖が頭上にそびえ立ち影を作っている。
「やっと起きたか。よくまあそんなカッコで寝れたな……痛い痛い痛いッ!? オボロ止めれッ!!」
「見るんじゃないバカモノ。本当にデリカシーがない男だな、ガイ」
地面を見下ろすと巫女服の少女が背の高い青年の首に飛び付いて視界を裸のマコトから反らそうとしている。
「あぁ、脱がせたんじゃないぞ。いつの間にかゴッドグレイツの額から裸で出てきたんだ」
巫女服の少女オボロは指を差す。
マコトが今、手で触れているのは《ゴッドグレイツ》の左側面、頬の位置にいる。そこからマコトは顔の正面を覗き込んだ。
瞳は光を失い《ゴッドグレイツ》は沈黙のまま俯いている。
「それにしても…ここ、口みたいに開いてる腹のところ、丸っきり空洞だな。合体したときに中にいたSVはどこにやったんだ?」
「きっと消化したのだろう。炎の魔神が全て燃やし尽くしたのだな」
「服だけ残して?」
「眼鏡も残っておるだろう?」
「マジか」
「見るなと言うに!」
漫才めいたやり取りを無視してマコトは《ゴッドグレイツ》からそっと降りて辺りを見回す。
「この辺……知ってるところだ。間違いない、あそこの海岸で遊んだことある」
岩場の陰から景色を眺めて、幼い頃の記憶を確かめる。
「少し歩いたところに親戚の家がある。そこ行こう」
「裸でか?」
「アンタが前歩いて、私は後ろを歩くから。ほら早く!」
マコトはガイの背中に寄り添う。その真後ろにオボロが立った。
「ほら行くよ。寒いんだから、早くして!」
「お、おう」
「ふふふ、電車ごっこだな」
前一列にぴったりとくっついた奇妙な三人組がそろりそろりと周りを警戒しながら突き進む。
「人っ子一人いないな……」
「この辺はね、昔は漁が盛んだったらしいよ。でも海の汚染が酷くて全然、魚が取れなくなっちゃって」
「親戚は漁師なのか?」
「お爺ちゃんはね。今行くのは娘の……母の姉。あっ、そっち曲がって」
雑木林を抜け、田園地帯を通り、数十分後。
疎らに住宅が建ち並ぶ地域で、マコトたちは一軒の三階建ての白い家の前に来た。
ちらりと窓を覗き込みながらマコトはインターホンを鳴らす。
「……はぁい」
ガチャリと扉が開いて出てきたのは恰幅のいい中年の女性だった。
「こんにちは、アヤちゃん」
「あら、マコトじゃない!? どうしたの学校は正月休み?! て言うか、なにその格好。この二人は誰? まぁ、とにかく家に上がって」
かくかくしかじか。
なるべく心配はさせないようにマコトは嘘を交えながら経緯を叔母に説明した。
「なるほどね。フェリーで寝ぼけて裸のまま海に落ちたところを助けられたと……本当なら相当バカだねマコト?」
服を借りたマコトたちはテーブルを囲って出前の鰻丼を食べながら、段ボールに入れられた荷物だらけのリビングでくつろいでいた。
(見透かされてるぞ?)
(いいから合わせて!)
「私らは通りすがりの旅巫女と付き人だ。いやぁ偶然偶然!」
全員演技が下手だった。
「それにマコトどうしたの、その目は?! メガネの下にカラコンなんて付けて。島で流行っているの?」
「え?」
マコトは台の上に置かれた小さな鏡をみやる。
左右が反対になっているが、瞳孔が赤と青のオッドアイになっていた。
「これは…………そう、パイロットになるための特殊なやつ! 目が良くなるよ!」
「メガネかけてるじゃない」
「そっ、そんなことは今はどうでもよくてぇ! アヤちゃん、今日だけでいいから泊めてくれない?」
「いや、どうでもよくはないけども…………三人かぁ、困ったねぇ」
アヤちゃんと呼ばれた叔母は腕組をして考える。
(ところでマコト、何でアヤちゃんなんだ?)
(昔からそう呼んでるの。叔母さんって言われるの嫌だから……あと、気安く呼び捨てしないで)
「昼飯にこんな良いものを食させて貰った礼もしたい。私からも頼む」
オボロは座っていた椅子から降りるとフローリングの床に深々と土下座する。
「えーまぁは別にいいんだけど。ほら、今さ一階を全部リフォームしようと思って片付けてんの去年から。私一人じゃ捗らなくてねぇ、偶に会社の人を連れてきてるんだけどさ。それを手伝ってくれるならOKよ」
こうしてマコトたち三人はアヤちゃん指導の元に部屋の大掃除を開始した。
主に荷物を要るものと要らないものに仕分け。
要るものは二階の部屋へ、要らないものは家の外へまとめる作業だ。
「ぜー……はー……おいおい、二階のこっちには物置けないぞ! こっちの部屋に置いて良いのか?」
「そっちはリフォーム中に寝泊まりしなきゃいけないから駄目だよ! 三階に置いてちょうだい!」
アヤちゃんとガイが大声で呼び合う。
「マジかよ……これ持ってまだ上がんのか」
「若い男が何を言ってるの?! 頑張れ頑張れ!」
上へ下へと何十往復。力仕事の全てを任されるガイ。
一方のマコトたちは床の掃除とゴミ出しを行っていた。
「あらオボロちゃん仏壇の掃除してくれたの? 偉いねぇ」
「一晩、お世話になる故に感謝を込めてやらないとな」
「気に入ったわ! あとで御年玉あげる」
「あ、ズルい」
「マコトも欲しかったら遊んでないで手を動かす!」
「なぁ、冷蔵庫とか家具はどうするんだ?」
「それは業者が来てから動かすからそのままでいいよ」
日も暮れだした頃。
四人の力を合わせて一階のリビングとキッチンは綺麗さっぱり片付いた。
「ふぅ。取り合えず今日はこんなもんかなぁ。みんな、お疲れさま」
アヤちゃんはマコトたちにペットボトルのお茶を差し出す。
「夜ご飯は外へ食べに行こうか。焼き肉でいい?」
「「はーい」」
マコトとオボロがハモって返事をする。ガイはうつ伏せで倒れ、手だけを挙げた。
「二人とも服が汚れてるから先にお風呂入っちゃいなさい。ガイ君はあとね」
「……好きにしてくれ」
「ガイよ、覗くなよ?」
「覗くかッ!!」
「じゃあ一時間後に外の車ね。私は寝巻きの服を買いにデパートまで飛ばしてくるから、じゃ」
掃除中に拾った目覚まし時計とアイマスクをセットしてガイは一眠り。
マコトとオボロは脱衣場で服を脱ぎ、仲良く二人で風呂場へと入る。
お湯が浴槽に貯まるのを待つ間。二人はお互いの背中の代わり番こに洗い合った。
「意外と擦り傷とか多いな」
「そりゃまぁパイロット養成学校だし」
「そうかこっちを向け」
「はい……うわっ」
オボロは小さな親指でマコトの下瞼を引っ張り、じっと見詰める。
「この目、痛むか? 何か精神に異常は無いか?」
「んー、ううん。今のところは無い」
「そうか……」
体に付いた泡をシャワーで洗い流して、二人は湯船に浸かる。少女二人ぐらいならば余裕の広さだった。
「ふぃー」
「ははは、顔が蕩けているぞ」
「ふふ……はぁ、そりゃ溶かしたいよ」
下顎まで体を沈めるマコト。
「…………少し、昔話をしてもいいか?」
「長くなる?」
「そこに柚子湯の薬がある。ゆっくりと暖まるといい」
マコトがオレンジ色を粉末入りお湯に混ぜながら、オボロの過去語りは始まった。
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