#38 朧:渡り巫女
今から約百五十年ほどの昔、明治時代の日本。
幼い頃に家族を亡くしたオボロは各地を旅しながら、お祓いや禊(みそぎ)を行う“渡り巫女”をしていた。
「そんな昔から話す? って言うかオボロちゃんマジで何歳? マジに言ってるの?」
「まぁ待てマコトよ。いきなり腰を折るんじゃない……」
「どうして巫女を?」
「村が伝染病で壊滅してな……私だけが生き残った。ずっと一人で暮らすのも寂しかったからな、社から巫女の服を拝借して村を出た」
今となっては科学的根拠も何もない、ましてや神通力などでもないインチキな御祈りだったが、オボロにすがった人々や村から不思議と邪気が消え去り、万病が嘘のように消え去った気がした。
偶然というにはあまりに出来すぎてきて、周りもオボロを神と称えだして止まなかった。
「へぇ、そんでそんで?」
「軽いな。もっと真剣に聞かぬか! それはそれは絶世の美人巫女と慕われてなぁ」
「すごい嘘臭いね……」
噂は日本中に広まり、いつしか大きな社(やしろ)が建つほどの大繁盛だったが、日本が海外との戦争を始めてしまったの頃に大日本帝国軍がオボロの神社を土地ごと接収。
軍のやり方に反発したオボロだったが、無理矢理に連れていかれそうになり逃走。山奥へ逃げ込んだ先で崖から転落してしまった。
「何それ酷い話」
「巨大人型人形の操縦士になれと馬鹿げた話を持ち込まれてな」
「そんな時代にSVがあったんだ」
「だが奴等は理由も言わなんだ、その時に出会ったのが相見丁太という男だ。リターナーの整備士の男がいるだろ?」
「知らない」
「……その時だった、頭の中に何かが響いたのを感じたんだ」
かなりの高所から岩だらけの地面に叩きつけられたにも関わらずオボロは生きていた。
それまで何故、若いまま年を取らずいられたのか。
祈祷の力が本当に存在しているのか。
ようやくオボロが己の能力を真に自覚した瞬間であった。
「おっきな神社が出来るくらいなのに今さらぁ?」
「正直に言えばずっと半信半疑だったのさ。たまたま、幸運が重なっただけ……適当に祈ってればいい、簡単でやりがいの無いチョロい儲け仕事だとずっと思っていた」
それと同時に自分の力が怖くなり、オボロは巫女を廃業して誰の目にも
つかない人里から遠く離れた場所で隠れて暮らすようになった。
「こっから数十年は特に話すことはない……あるにはあるが巻いていく」
「ちょいと待ってオボロちゃん、一回お風呂から出るわ。あぁーのぼせちゃう」
「……ふん、そこに正座な」
月日は経過し、西暦2015年。
人の立ち入らない山奥の小屋に住んでいたオボロは宇宙から降り注ぐ不思議な輝きを放つ流星群から声を受け取った。
それはただの流れ星なんかではない。
流れ落ちる光の一つ一つが生命体なのだ、とオボロは心で理解した。
自分の正体も。
「それで何て言ってたの?」
「星に蒔かれた種たちよ、シン化せよ」
「シン化?」
「よくわからないだろ? 自分はかぐや姫で月からの使者が来たんだ、とロマンチックなことも考えていたが違うらしい」
不老不死の力は神に使える巫女の奇跡でも妖術や魔術的なモノではなく、自分が宇宙の彼方から来た生命体であるからだったのだ、と今さら言われたところで理解は出来ない。
それは自分が“オボロ”である前の記憶など持ち合わせていないからだ。
謎の声、謎の怪物、謎の集団、姿形を変えてオボロを仲間に引き入れようとする輩から再び追われるようになってしまった。
「それから二十年ちょっとぐらいか、ピタッとそういうのは無くなって平穏が訪れたんだ」
「今から二十年前ぐらいって言うと模造獣再襲来事件の時だっけ。シンドウ……何て言ったかな、その人が操る軍の特機型SVが模造獣を従えて町を襲ったんだよね」
「……ん? 知っている話と違うな。まあいい、本題はここからだ。私は、あの島の“慈愛の女神”と呼ばれる機械人形を知っている」
西暦2046年。
生活に必要な物資を、海に浮かぶ巨大なゴミ処理施設からくすねて生活していたオボロは、欲張って重量オーバーしてしまった船の転覆を純白の女神型SVに助けてもらった。
搭乗していたのは見た目だけならオボロと変わらないぐらいの幼い少女である。
「……待って、そんな前にはまだイデアルフロートは無いじゃないの」
「あぁ、あの白き女神は島が出来る前から存在した。そして軍の開発したSVでもない機械人形だ…………私は操縦者の娘を助けられなかった。月影瑠璃も」
「月影?」
「その瞳がな……この話はよそう。そして、このあとは私とガイの出会いの話だ」
「ゴメン、もう暑すぎて無理だわ。先に上がるね」
「お、おい! ……全く、最近の若いのは長風呂もろくに出来んのか?」
◇◆◇◆◇
一月四日。
地球統合連合軍、日本支部基地の一室。
「三が日、ゆっくり休めましたか?」
アマクサ・トキオ大佐はソファに座るサングラスの女性、レディムーンの前に熱いブラックコーヒーの入ったカップを差し出した。
「検査検査の三日間よ。いつ解放してくれるのかしら?」
「貴方は軍から危険人物に指定されている。たまには使命を忘れて療養するといい月影瑠璃」
「その名前で呼ばないでと言ってるでしょう」
レディムーンは不機嫌な面持ちコーヒーカップを手に取り、不味そうに啜った。
「月影瑠璃は自分の憧れだった。統合連合軍の最年少パイロット。幼い頃、父の戦艦に乗せてもらった時のこと。SVに乗る貴方がカッコよく見えた。治部の目指すべき目標でした」
少し興奮したように昔のことを思い出すトキオ。だが、レディムーンの表情は嬉しがるでも嫌がるでもなく無反応だった。
「一時期、引退したと聞いて勝手に自分も落ち込みましたが、その後また復帰されたと聞いて自分は軍学校を目指しました」
「全部、過去形ね」
「今の貴方を見ていると、とても辛い。まるで何かに取り憑かれているようだ」
心配そうに顔を覗き込もうとするトキオから体を反らすレディムーン。
「そんなの……君に関係ないでしょ?」
「私個人には関係の無いことだ。しかし、今の私は軍人として貴方に聞かなければならないことが山ほどある」
棚の中からトキオは封筒に入れられた資料を引き出すとレディムーンに渡した。
「貴方は自分の組織であの赤いマシンを自分の配下に置いていた。あのようなマシンは軍の記録にも載っていない。アレをどうするつもりなんだ?」
「ゴッドグレイツ……ジーオッドはヤマダ・アラシと死んだ天涯無頼がイドル計画の為に作られたSVよ」
トキオはデスクに座ると、パソコンから軍のデータベースにアクセスして、所属する全人物の記録を調べ始めた。
「ヤマダ……軍のデータに残っているヤマダ・アラシなる人物と、君がIDEALに所属していた時期を比べると……おかしいぞ、とても還暦近い男には見えない。若作りにもほどがあるぞ」
驚くトキオ。モニターの画面をレディムーンに見せる。
長身で髪が長く、レザーの服の下に白衣を着ている奇妙な風貌の男性。画像の撮影時期は2034年となっている。
「2037年から消息不明か。生きていたら八十歳といったところか」
美容整形などに詳しくないトキオだったが、六十代を大きく越えた人間を二、三十代に見えるレベルまで若返らせたという事例は聞いたことがない。
「そもそも何故、この男が生きていると?」
「ヤマダ・アラシは自分のクローンを作って生き長らえているのよ」
「その根拠は?」
「自分の娘のクローンを大量に作る男よ。狂ってるわ……これを見て」
レディムーンは一枚の写真を取り出す。そこには小学生ぐらいな年齢の白衣を着た少女が写っていた。
「ヤマダ・シアラと呼ばれている……こいつは今のヤマダ・アラシよ」
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