#36 生と死の夜明け
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『『『HAPPY NEW YEAR!!』』』
セントラルシティの夜空に特大の花火が打ち上がると共に人々の大歓声が街に轟いた。
『明けましておめでとうございます! 西暦2058年、新しいスタートの幕開けです! ここ、セントラルシティの慈愛祭、特設広間は大盛り上がり! そして道路にはパレードの車が大行列でこちらに向かってきていますよ!』
中継のアナウンサーが浮かれ気分で現場をリポートしている。周りの煩い歓声のせいで、スタジオにはアナウンサーの声がほとんど届いていなかった。
『見てください、慈愛の女神様がこちらに降りてきましたよ?! あっ、中から出てきました!』
花火が咲き乱れる上空から舞い降りた《ゴーイデア》が広場に着陸すると、中から現れたのは白いスーツを着た髪の長い男である。
『あれは……FREES総司令の伽藍童馬氏、でしょうか…………ん、あれ? あんな髪長かったっけ?』
雰囲気は変わっているが、その男は紛れもなくガラン・ドウマその人だった。
『あのー貴方は伽藍司令でしょうか? 司令が女神様のパイロットなんです?』
人だかりの中を強引に突き進むアナウンサーと撮影するカメラマンは《ゴーイデア》から降りたガランに突撃インタビューをする。
『確かに伽藍ですよ。ですが、正式パイロットは体調を崩しまして今回は代役なんですねぇ……あ、明けましておめでとうございます』
『おめでとうございます。今年の抱負とかお聞かせください!』
アナウンサーはグイっと自分のマイクをガランに向けた。
『抱負ですか? そうだなぁ、世界から争いを無くす……月並みの台詞ですが』
『壮大な抱負ですね』
『色々と敵が多いイデアルフロートが言う立場では無いんですけど、ここには世界中から技術が集結しています。この力を人類の繁栄と平和のために使えればなと思います』
慣れなれない長い髪を掻き上げながら笑顔で答えるガラン。
『なるほど、明るい世界を作りたいですね。こちらからは以上でーす! スタジオにお返ししまーす!』
◇◆◇◆◇
再び、セントラルタワー地下研究所。
「まー薄っぺらい! 心にもない嘘ばっか並べてまァ! 本当に不死の方法を手に入れた男は言うことが違いますなァ!?」
ソファーの上でカップそばを啜るシアラは、パソコンのモニターでテレビを見ていた。
「しかもさァ、髪は伸ばしっぱなしの癖に何気に髭だけは剃ってらァ! いつの間に持ち込んだんだろうなァ? ねぇヤンおばちゃん?」
バタバタと足をばたつかせながら後ろを振り向いた。
ヤンイェンは壁に寄り添って強化ガラス壁の向こうに鎮座する蒼い《ジーオッド》を眺めていた。
「あれれー? なァんか不機嫌? そりゃそうか、サナナギちゃんのジーオッドは回収できてないし、ゴーイデアの巫女は統連軍に連れてかれちゃったわけだし、ヤンおばちゃん失敗してんじゃァん!」
煽るシアラに苛つきが頂点に達したヤンイェンは、シアラのカップそばを奪い油揚げだけを食べてしまった。
「なァァァーッ!?」
「今度余計なこと言うと口を縫い合わすぞ」
「ひ、ひどい……あんまりだァ……しかし! 実は別売の後乗せ天ぷらも買ったもんね」
切り替えの早いシアラ。
「それにしたってお姫様、二人とも失っちゃってどうすんのかなァ。オジサンの司令じゃゴーイデアの力を使ったら寿命縮んじゃうよ」
「だから髪があんな風になるのか?」
「そそそ、残念だね。本当なら真のFREES一番隊隊長のヤンイェン様が慈愛の女神の巫女にならなきゃいけないのになァ……年のせいで!」
と言いながら、また盗られるのを避けるためにシアラはソファーから飛び出す。しかし、ヤンイェンはテレビ画面に映る《ゴーイデア》を見ていた。
「若けりゃいいなら、お前がアレに乗ればいいんじゃないか?」
「ボク? ボクは作り手だからSVには乗らないよ。こんなか弱い女の子に人殺しをさせるだって、まァなんと言うことでしょう?」
インスタントな天ぷらのサクサクした部分と汁が染み込んだ部分を堪能しながらシアラが言う。
「まぁヒトの再現の一部はコフィンエッグで代用してるんだけどね。最近は模造獣の出現頻度が落ちてるし、IDEAL時代のストックもあんまり無いんだよなァ」
「ヒトの再現か…………本当に大丈夫なのか?」
「多少記憶に食い違いが起こるかもだけどイケるイケる!」
「あと島外周に展開していた部隊の六割が壊滅、その内の二割が戦死したがそいつらは」
「そっちは取り合えず復帰するの後回しかなァ。シティを直すのに力を使いすぎちゃってるし、次また大規模で来られたらヤバイかも」
「……そう言えばゼナスが行方不明だ。ゼナスは生き返ってないぞ?」
回収部隊の報告によると機体がバラバラとなっていた《ノヴァリス》のコクピットからはゼナスの姿は見当たらなかった。
「ボクのノヴァリスが無事なら中身は別にいいや。ま、偶にそうこともなきにしもあらずだから。そんなことより番組をそろそろと変えていい? 絶対に笑ってしまう爆笑荘が観たいんだけどなァ」
シアラはリモコンで番組をバラエティのチャンネルに変える。
「…………私はもう寝る、疲れた」
「あっそ、おやすみ~」
胸中、穏やかではないヤンイェンは地下研究所を出る。
地上では夜中の二時になってもどんちゃん騒ぎで落ち着ける場所はない。
「堪えろ……失うのは馴れてるはずだろ。ここまで来たんだ、私なら絶対に取り戻せる……クラクを取り戻して見せるさ」
消失感で心の穴がこれ以上、広がらないようにヤンイェンはいつか叶える野望を胸に誓いながら宿舎に帰るのだった。
◇◆◇◆◇
身体中を締め付けられる苦しい感覚にゼナスは目を覚ました。
目の前は天井。首を横にしようにも固定されて動かない。それどころか全身が痺れていて思うように動かせなかった。
「まだウゴいちゃダメだよ? トウショウでカチコチだったんだから」
ゼナスの視界に入ってきたのはピンクの耳だ。それと機械的で妙な感じの声が耳元に入る。
「ちょっとマって、ベッドをオこすから」
キリキリと音を立ててゼナスの上半身が前に起き上がると、ようやく周囲の様子が伺えた。
白を基調とした清潔感のある部屋。隣の机の上には青い花が飾られていた。
「ここは病院?」
「そう、エリア5のビョウインね……あれ、なんかさっきからコトバがヘンだな? ンー、ンー、ノドがコオっちゃったからかな?」
ウサミミは咳払いをするが声の調子は戻らなかった。
「ヒサしぶりねゼナスちゃん」
「あ……え? その姿、まさか本当に宇佐美さん、なんですか?!」
見覚えのあるウサギの帽子。だが、その容姿はどこか人形的な、無機物のような違和感があった。
「もうアタたりマエじゃない! どっからどう見てもウサミ・ココロちゃんでしょ。こんなビショウジョがホカにいるの?」
「でも、確かに死体を……」
本土の港で起きたテロリストとの戦闘で、ゼナスは《ハーティア》のコクピットで丸焦げになったウサミの遺体を目撃していた。
「ハナせばナガくなるんだけどね。カンタンにイえばドタンバのソコヂカラかなぁ?
「底力て……」
「んーと、キヅいたらドーリィのスガタになってて、さマヨってるところをナカライのオヤッサンにタスけてもらってイマにいたるというワケですな」
あの時、死の縁に瀕していたウサミの精神に《ハーティア》に動力セミDNドライブが反応。機体に搭載されている遠隔操作型の小型SVに魂が乗り移ってしまったのだ。
「な、何はともあれウサミさんが生きてて良かったです」
「うん……そうね」
嬉しがるゼナスとは裏腹にウサミは浮かない顔をしていた。
「ねぇゼナスちゃんはまぁシらないとオモうんだけど、ムカシのSFでニンゲンになりたかったロボットのハナシがあるの」
椅子に腰掛けてウサミは何やら語り始める。
「ロボットはニンゲンシャカイにトけコもうヒッシでドリョクするんだけど、ロボットとはニンゲンとミトめられなかった……それはどうしてだとオモう?」
「うーん……難しい話ですね。それは……機械だからとか、ですか?」
「死が無いからよ。あっ、あー、声戻った」
「……死……」
あっけらかんとするウサミとは対照的に今度はゼナスの表情が凍る。
「ロボットはパーツさえあれば半永久的に存在するもの。人間はそれができない。死こそ生きている証拠なの」
「それでロボットはどうなったんですか?」
「最後は自らを壊して命を絶った。つまり死んだことによってロボットは生きている証拠を見せて、市民権を得て、人間として認められた」
ウサミは立ち上がりゼナスの顔を寄せる。
「ココロの魂は人間。でも、それを包んでいるボディは機械。こんな悲しいのに涙の一粒も出やしない」
機械で作られた瞳のレンズをカシャカシャと動かしてゼナスを見詰めるウサミ。
「ココロは人間? それともロボット?」
その問いにゼナスは答えることは出来なかった。
2058年、一月一日。
新たな戦いの夜が明けた。
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