#35 魔神凍結
「また、何の光?!」
驚くアリスの《アマデウス》は遠くで聞こえる獣が吠えるような声の方向へ振り返る。これで二回目だ。島の中心部ではどれだけ激しい戦いが繰り広げられているのか、想像するだけで身の毛もよだつ。
『全く甘いヨ』
気付いたときには《アマデウス》の足元に粘着質な物体が張り付いている。多腕多脚の蜘蛛型であるウシミツの《アラタメ》から発射されたトリモチ弾だ。
『あぁ……離れないっ?!』
『よーし隙が出来たぜぇ!!』
横からは猛スピードで走行するトゲ付き三輪駆動のヤンキー風SV、キサラの《ジーティ3》が間近に迫っていた。
『しまっ』
諦めかけたその時、高速で接近する別の影に《アマデウス》は押し飛ばされて《ジーティ3》から衝突の窮地を救う。
『ヤマブキッ!』
アリスを救ったのは既に戦闘で満身創痍の《戦射》ヤマブキ機だった。これは《ジーティ3》にやられたであろう、既に装甲の一部は剥がれ全身も傷だらけにされている。背後から《ジーティ3》を押さえ羽交い締めにした。
『……、……ミナモ、御免!』
残りの残弾も燃料もないことを確認してヤマブキは決心する。
『は、離せ! 離せってんだよ糞が!!』
『……、……散るならば派手に四散といきませう』
袖から牽引用ワイヤーを引っ張り出したヤマブキの《戦射》は抵抗する《ジーティ3》に絡ませた。脚部のローラーにワイヤーが引っ掛かり二機は転倒し、そのまま崖へと突っ込んだ。
『木更津クンっ!?』
『まさか、そんな……止めるッスよヤマブキぃぃ!』
高く舞い上がり、空中で《戦射》が閃光を放つと《ジーティ3》を巻き込んで爆発した。飛び散る残骸は崖下の荒れ狂う海へと消えていった。
『…………アデルフィアから通信……撤退命令だって、ミナモ』
『遅すぎるッスよ、そんなの。遅いよ……』
脱力するミナモの《戦射》を引っ張ってアリスの《アマデウス》は煙幕弾を投げる。一時的にレーダーや通信に障害を起こす煙が辺りを包み込み、アリスたちは指定されたポイントへ向かう。
『私がもっと上手くやれてれいば……』
苦い顔をしてアリスは唇を噛む。
後方から《アラクネ》を含む追っ手が来る気配は無いのが救いだった。
◇◆◇◆◇
「……ちっ、グラスの補正がズレてるか?」
レディムーンが多機能型サングラスのせいにして舌打ちする。
マコトたちがいるクレーターから数十メートル高所に位置する瓦礫の崖の上。長い銃身のアタッチメントを付けた拳銃による狙撃は、トウコの左肩の付け根に二ヶ所も弾痕を作り《ゴーイデア》の胸部から地面に落下した。
「アンタ、何やってんだよレディッーー!」
叫ぶガイだったが、その声は外部のレディムーンには届いていない。
「あぁ……トウコ……ちゃ……トウ……コちゃん……ぅぅ…………うわああぁぁぁぁああぁぁぁぁーっ!!」
トウコの体の周囲に広がる血の海を見てマコトの中で何かがキレた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぅぅぅぅおおまええええぇぇぇぇぇえぇっ!」
レディムーンを睨む《ゴッドグレイツ》の目が閃く。視線の先が突然、爆発する。黒煙を上げながら抉り取られたように空間の物体を燃やし尽くすした、
「……ちっ」
だが、奇跡的にもレディムーンは生きていた。不意の攻撃にも関わらず彼女は軽傷で済んでいる。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!!」
二発目、三発目、四発目と《ゴッドグレイツ》の視線発火が発射されるも、生身であるはずのレディムーンは軽々と避けながらこちらに向かってくる。その勢いは発射のたびに弱くなる一方で、既に《ゴッドグレイツ》のエネルギーはまともに戦えるほど残っていなかった。
怒りと苦悶の表情を浮かべるマコトの災難は続く。
『赤兜ぉッ!』
高速で接近するゼナスの《ノヴァリス》が《ゴッドグレイツ》の横から体当たりを仕掛けてきた。衝突する二機は揉み合いになりながら転がるようにクレーターの内壁へ吹き飛ぶ。
「息は、あるか」
小走りのレディムーンは《ゴーイデア》の側へ近寄ると地面にも、倒れるトウコの前に立った。
「はぁ……はぁ…………さ、な……ちゃ……っ」
朦朧とする意識の中、トウコはマコトの名前を痛みで喘ぎながら口にする。
「…………」
再び拳銃を手負いのトウコに突きつけるレディムーン。引き金を引こうとしただった。一機の負傷したSV、トキオの《Gアーク・アラタメ》が上空からゆっくりと着陸してきたのである。
『そのご尊顔、貴女はリターナーのレディムーン……いえ、月影瑠璃さんですね?』
「……私を二度と、その名前で呼ばないで」
『これは失礼。さあ早く、こちらに乗ってください!』
「そんなボロボロの機体で?」
『無事に島から脱出してみせましょう』
レディムーンを手に乗せるために《Gアーク・アラタメ》がゆっくりとしゃがむ。
『その少女も一緒に?』
血濡れのトウコを軽々と抱えたレディムーンが《Gアーク・アラタメ》の手に乗り込んだ。
「ゴーイデアは持って帰れないでしょ? この子は利用できる」
『……そう、ですか』
落とさないように気を使って立ち上がる《Gアーク・アラタメ》のトキオは何処からか誰かの視線を感じて背筋が凍った。
『何だあれは?』
遠目に見える真紅の背中。腕には細長い鉄の棒をバキン、と握り締めて砕いた。足元には無惨にも破壊されたゼナスの蒼騎士SV、《ノヴァリス》だったものが散らばっている。ゆらりと振り返る真紅のマシン、《ゴッドグレイツ》はこちらを見て唸ると大きく吼えた。その咆哮の衝撃波が《Gアーク・アラタメ》を襲う。
『赤兜が怪物になっただと?!』
「引きなさい。今のこの機体では勝てる保証は無いわ」
『それは言われずともそうするっ』
軋む装甲を気にしつつ、レディムーンたちを両手で覆うように守りながら《Gアーク・アラタメ》は緊急上昇して様子を伺う。
あの唸り声は頭部から発せられたものではない。
胸部と腹部の間が横に大きく割れ、口のように開いてボディが顔のように変形した。
その姿はまるで鬼や悪魔を思わせる姿である。
ズンズンと地を這い進む先には搭乗時を失った《ゴーイデア》が横たわっていた。
獣の如く四足歩行で駆け出し、再び《ゴーイデア》へ勢いよく飛び付いて真下に押さえると《ゴッドグレイツ》はボディの口を大きく開いて捕食の構え。
その時だった。
いつの間にか周囲を冷気が包み込んでいる。視界にモヤが掛かり、それは次第に大粒の雪へ変化してブリザードが吹き荒れた。
気付けば《ゴッドグレイツ》も凍りつき動きは鈍くなり、やがて完全に停止する。
クレーターを中心に冷気は加速度的に広まって、セントラルシティだった一帯は完全に氷付けとなってしまった。
◇◆◇◆◇
「フッヒャハー、いやいやいや危なすだったァ!? もーナイスだよヤンおばさんん!」
一部の限られた者しか入ることの出来ないセントラルタワーの地下研究所。
黙々とデスクで作業する職員を尻目にシアラのテンションは高く叫んだ。
熱も冷気も通さない特殊強化ガラスの奥で《蒼白の鎧兜》が台座の上で鎮座している。
『煩いんだよチビガキ、その汚ぇ面を見せるな』
コンソールのモニター映像、煙が充満するコクピットの中で女性パイロット、FREES一番隊隊長のヤンイェンが自分を映すカメラにタバコの火を押し付けて消した。
「んあードイヒー! お給料から引くからなァッ!?」
『うるせ』
音声も切られてしまい、シアラは聞こえないのを良いことに罵声を浴びせる。
「このー……むぐっ?!」
「止めないか、女性がそんな言葉を使うんじゃない」
後ろから暖かい物がシアラの頬に当たる。ガランが缶コーヒーを二つの持って現れたのだ。
「甘いのがいいか?」
「ブラック。にっがァーいの」
二人はちびちびと缶コーヒーを飲みながら《蒼白の鎧兜》を眺めた。
「間一髪だったなァ……もう少しでゴッドグレイツがゴーイデアを取り込むところだったァ」
「まだアレを合体させるには早いからな。しかし、彼女を失った」
「アイツ等から奪い返すのかァ?」
「そのつもりさ。黒須十子は大事な義理の娘だからな……それにしても、あの青いゴッドグレイツが動かせるまでに間に合ったことに安心した」
ガランは安堵する。それを見てシアラが満面の笑みを浮かべて詰め寄った。
「そりゃそうさァ! ゴッド“グレイツ”だからね。これが《ゴッドグレイト》と呼ばれていないのはそのためさァ」
「しかし、あの胸の獣は? あんなのは発注にないはずだが?」
霜の張ったガラスを指差すガラン。
色と細部が真紅の《ジーオッド》と違う《蒼白の鎧兜》の胸部には獅子の顔と思わしき鼻っ柱とたてがみがデザインされている。
「ん? まぁ予算ケチってジャンクパーツで代用を……しかァし、威力を見てもわかる通り、能力は赤のジーオッドに負けずとも劣らず、いやそれ以上だァ!!」
説明するシアラだったがガランの視線は腕の時計を気にしていた。
「よくわかった。早めにシティの解凍、コフィンエッグシステムの準備をよろしく。私は急いでゴーイデアのところに向かう……誰かヘリを出してくれ」
飲みかけの缶コーヒーをシアラに預け、ガランは入口のデスクに置いていたコートを羽織って部屋を後にする。
残されたシアラはガランの缶コーヒーと自分の缶コーヒーを混ぜて飲み干した。
時刻は午後九時を回る。
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