#29 12月28日のバースデー

 マコトの誕生日は十二月二十八日だ。

 クリスマスが過ぎて、年末年始の準備で忙しい時期に少女は誕生してしまった。

 お決まりのサンタクロースのプレゼントと正月のお年玉を一緒にされてしまう、と言う最悪のアレである。

 友達は家の大掃除やら旅行だとかで都合が合わず、一人で売れ残りのクリスマスケーキに歳の数だけロウソクを刺し孤独にバースデーソングを歌う寂しい思い出しかない。

 この中途半端な日に生まれてしまったのがマコトの人生で初めての不幸だった。

 そして、それが今日なのである。


「そこの人ぉ、信号を赤で渡らなぁい! おいスポーツカー、お婆ちゃんが渡ってるでしょうが止まりなさい!」

 夜のセントラルシティ。沢山の人が行き来する交差点のど真ん中にそびえ立つ《ビシュー》が赤く光るSV用の誘導灯を振りながらマナーの悪い通行人や車に向かって叫ぶ。


『真薙さん、お疲れさまです。もう上がってください』

「はいよー。やっと晩御飯が食べられる……うぅ寒いっ」

 昼から夜にかけての長い交通整理の仕事からようやく解放され体は疲れでクタクタであった。

 機体のハッチを開けてマコトは空を見る。星の見えない夜空に凍えるような風が吹き抜ける。大きなくしゃみが出そうになるのを堪えてマコトは《ビシュー》から降りた。

 交代のパイロットにバトンタッチしたマコトは、公園の隅に建てられた小さな仮設事務所の中に入っていく。暖房の効いた室内にはマコトと同じく学園のパイロット科所属の女生徒達が楽しそうに談笑していた。

 実は、ここに集められているのは学園の裏育成プロジェクトに参加している〈オッドアイ〉装着者ばかりであるが、当事者達はここにいる相手が〈オッドアイ〉装着者だとは知らされていない。


「それにしても授業の一環とか言って、こんなアルバイトまがいのことを私にさせるなんてどうかしてますわ!」

 談笑しているグループの一人だけパイプ椅子に偉そうに座るリーダー格の金髪少女が不満を漏らす。制服の色からしてマコトより上級生であった。


「FREESの皆さま方は何のかしら?」

「島の警察機構な割りに交通課の印象って薄いですよね」

「予防・防止に勤めるよりも事件が起きてからのが生き生きしてそう。男所帯だし、絶対あそこだけは配属されたくない」

「何でセントラルシティをウチラみたいな学生に任せて、FREESは島の外周に集まってるんだろね?」

「ネットの噂じゃ今年の慈愛祭に統合連合軍が女神を接収しにくるのかなんとか」

「私のお父様は統連日本支部の偉い立場に属していますわ。定期的に連絡を取っていますが島に危険が及ぶなんて聞いたこともない」

「もし、そんなことになったら……どうしよ、拳銃の授業もっとちゃんと受けとくんだった」

 疑問、憶測、いつしか他の生徒らも集まってイデアルフロートという島について語りだし始める。

 その様子を端から横目でチラ見するマコトは彼女らの喋る煩さに我慢できず、音楽プレイヤーを取り出しイヤホンで耳を塞ぐ。


「……はぁ、あほくさ」

 マコトが溜め息混じりに放った一言がリーダー格の少女の耳に入り込んだ。

「待って、今の台詞は何方かしら?」

 立ち上がる金髪少女はわざとらし部屋内をグルりと部屋を見渡す


「あら? 誰かと思えば〈ベイルアウター〉の真薙さんでいらして?」

「……」

 向こうからやって来たが返事はしない。その態度が金髪の取り巻き苛立たせる。


「なにこいつ? 人が喋ってるときはイヤホン取りなさいよ!」

「……ん…………何です?」

 向こうがこっちを見て何かを言っているのに気付きマコトは仕方なくイヤホンを外した。


「知ってるわよ、演習でゼナス様を部下を完膚なきまでに圧倒したとか」

「そんな半年近く前のことを……」

「シミュレータのトップスコアラーだか何だか知りませんけど、いい気にならないことね。貴女のような何処の生まれもわからない庶民風情がどれだけ良い点を取ったとしても意味無いのよ」

「そうよ、そうよ!」

 金髪の彼女たちが何に腹を立てているのかわからずマコトは困惑する


「……先輩、無茶苦茶なこと言いますね。そういう一般の努力の天才で有名な人は沢山いますよ?」

「まぁ、後輩の癖に生意気言って。どうします?」

 マコトの周りを金髪の少女らが取り囲む。他の女生徒たちは関わり合いなりたくないのか見て見ぬふりをしていた。

 その時である。


「サナちゃん!」

 ドアを勢いよく開ける音と共に入ってきたのはクロス・トウコだ。


「……誰……あの子?」

「トウコちゃん!」

 険しい表情をし取り巻き達を押し退けながら、トウコはリーダーの金髪少女に真っ直ぐ歩み寄った。


「感心しませんわね先輩? 後輩いじめとかみっともないですよ?」

「貴女、もしかして……黒須の……?」

 やって来たトウコを見るなり強気だった金髪少女の表情が一変する。


「行こうよサナちゃん」

「え? あっ、うん」

 トウコは椅子に座るマコトの手を引いて仮設事務所を出ていった。


「…………は? どうしたんです」

 取り巻きの少女が問いかけるが金髪少女はマコトの座っていた椅子に腰掛け黙り混んでしまった。



 ◇◆◇◆◇



「トウコちゃん、どこまで行くの?」

「うーん……ここなら良いかな」

 寒空の公園内の外れ。トウコとマコトは外の木製ベンチに腰掛けた。先程までの険しさとは裏腹に顔を赤らめ急にモジモジする。


「どうしたの、改まっちゃって?」

「はい、誕生日プレゼント!」

 トウコは制服の下に隠していたリボン付きの可愛らしいラッピングが施された小箱をマコトに差し出した。


「えー本当に? 中身は何これ」

「どうぞ開けてみて? 今見て?」

 急かすトウコに言われてマコトは几帳面に包装紙を開いていく。出てきたのはプラスチック製のケースだった。更にケースを開き、中に入っていたのは見覚えのある赤い縁の眼鏡であった。蔓を見ると“HS”とイニシャルが彫られている。


「これは、父さんの……私の眼鏡だ!」

 マコトは早速、修理された眼鏡を掛けた。

 ボンヤリとしていた視界がはっきりとしてくる。久しぶりに世界がクリアに見えて感動を覚える。


「そうなの。本当は少し前に修理が終わっていたのだけれど、どうしても喜ばせたかったからサナちゃんの誕生日に渡したくて……ごめんね」

「いいよ、いいよ、謝らないで。嬉しいよ、とっても!」

 喜ぶマコトはトウコの胸に抱き付く。トウコは微笑んでマコトの頭を撫でた。


「ありがとうサナちゃん、大好きだよ。私、友達から誕生日プレゼントなんて貰ったの初めてだから」

 泣き笑いのような顔をしてマコトが笑う。


「いいんだよ。だって友達でしょ? やっぱり、サナちゃんは眼鏡が似合うよ」

「……トウコちゃん」

 二人の距離がどんどん縮まっていく。


「……サナちゃん……」

「…………いやいやいや! 女の子同士だから! 無し無し! こういうのは無し! ほら、もう帰ろうよ! そうだ、帰りにフライドチキン買って食べよう! 今日は安い日だよ?!」

「フフ、サナちゃんって本当に面白いね」

「アハ……ハハハ」

 一瞬だけ変な空気になったが二人は吹き出して笑い合う。

 マコトがこんなに楽しそうな笑顔を見るのをトウコは久しぶり見た。


「ねぇ、サナちゃん……」

「何?」

「……うん…………何でもない。行こう? 早くいかないとお店がしまっちゃうかもね」



 ◆◇◆◇◆



 とある会議室。


「決行は?」

「三十一日は絶対だ」

「作戦は女神の奪取だ。もしも時は破壊しても構わん」

「アレと同じならば簡単には壊せないだろう?」

「天草大佐、全ては君にかかっている。頼んだぞ」

「…………分かりました。IDEAL残党の壊滅、必ずや成功して見せます」

 長い沈黙を経て、アマクサ・トキオは決心した。

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