#28 チェイス・ユー

 年末に近付くにつれてFREESの活動も忙しくなる。

 島外からやってくる民間人や政府関係者などの出入りが激しくなり職員総出で周辺区域の巡回や警備に勤めている。


 だがFREESも干渉することはしない、イデアルフロートの闇が存在した。

 違法滞在者が住まい、他のエリアから隔離されスラム街と化しているエリア9。

 元々はここが島の玄関であり非常に栄えた区域であったが、ある事件を境に封鎖されてしまい無法地帯となっているのだ。


 そんな、エリア9にゼナスは逃亡犯たちを追ってやって来た。

 相手はエリア1セントラルシティでSVによって現金輸送車を襲い、中にある数百千万円の紙幣が入ったトランクを盗み逃走、FREESの警備隊を意図も簡単に振り切って。


『やめとけ、やめとけ。今はそいつらの相手をしているほど暇じゃないんだ。来年、来年になれば嫌でも浄化される。それまで待て』

 爪の手入れをしながら通信モニターに映るヤンイェンは嫌な顔をする。


「……ならば、私が行きます。私が捕まえて見せます」

 担当であるエリア1の隊長だと言うのに、やる気のないヤンイェンにゼナスは唖然とする。犯人たちは逃走経路にゼナスのエリア3である学園の敷地に新入して建物を破壊していったため、関係ないことではない。


「試運転には丁度いいなァ?! 行こう行こう、すぐ行こう! 誰か車を出してくだしァ!」

 目を輝かせるシアラは急いでFREESの大型トレーラーを用意させて一緒に同行する。


「フフーン、よくジャンクパーツ漁りに9番エリアには行くよ」

 揺れる車内で鼻歌混じりに機体のチェックをするシアラ。


「ちょっとセミDNドライブの出力が安定しないけど《ノヴァリス》なら大丈夫さァ! 大船に乗った気持ちでいたまえよ、ハァハッハッ!」

 高笑いのシアラは無い胸を張って蒼い装甲をバンバンも叩く。


「マスタースレイブ接続とか言うのは馴れないですね。どうも考えを乗せるっていうのが理解できなくて」

「考えるよりも先に体が動く、っていうのは最適のはずなんだけどね。ヒトの思考をメカに伝えることにより、複雑な操縦を手足を動かすように簡単にさせる。無意識を伝達させるのは擬似(セミ)DNドライブじゃ無理かァ……」

 ぶつくさと呟くシアラを他所にゼナスは横たわる新たな愛機、西洋甲冑のようなデザインをした蒼き騎士型SVの《ノヴァリス》に搭乗する。コンソールのタッチパネルで操作をDNシステムモードからマニュアルモードに切り替えた。

 

「ゼナス隊長、敵が見えてきましたよ!」

 隊員が運転席から叫んだ。

 背部の大型スラスターから火を吹かし、両足のローラーで地面を削りながら爆走する。その機体はトヨトミインダストリーの《尾張十式》のものであるが、どキツいカラーリングと明らかに正規品でない装備の数々は一目で違法改造されたSVだと分かる。


「正面ゲート、見えてきましたよ」

「直ぐに出すぞ。ハッチを開けてくれ!」

「あいよァ! そうそう、コイツの剣はまだ制作中だから素手でヨロ~」

 目の前の犯人たちが乗ったSVはエリア9内の破棄された居住区を囲む高さ約二十メートルもある外壁を軽々と飛び越えた。


「逃すか……ノヴァリス、ゼナス・ドラグスト出るっ!」

 トレーラーが牽引するコンテナの天井が開き、華奢な体躯の蒼騎士が立ち上がる。犯人の《尾張十式》の後を追うべく加速するトレーラーの勢いで大きく飛び上がり壁を越えた。


「見つけたぞ」

 逃げる敵の背中を見つけ《ノヴァリス》が地面に足を着けた瞬間、何かを踏んだ感触と共に爆発が起こった。


『やったぞ! 島の馬鹿警察め、ノコノコ一人で来るからこうなるのさ! どれ、残ったパーツはあるかな?』

『そんなのはいい。長居は無用だ、さっさとずらかるぞ』

『残骸でも売れるものは売るぞ、すぐに戻れ』

 複座のコクピットに乗る犯人二人が言い争う。予め仕掛けて置いていた地雷の衝撃で壁が破壊され大きな穴が空いてしまい、空には黒い煙が立ち込める。


『いや、だからなぁ……警告?!』

 レーダーから発せれる突然のアラートに犯人たちは示す方向を見上げる。そこには左腕の電磁シールドから発せられるフィールドに包み込まれた《ノヴァリス》が浮遊していた。地雷の爆破によるダメージは無し、一点の傷もなく健在している。


「出力は最低限に押さえる。動力部はここかっ!?」

 急降下する《ノヴァリス》は逃げようと背中を見せる《尾張十式》の胴体を掴むと、掌から電撃を放射する。青白い光を迸らせ《尾張十式》は地面に膝をついて倒れた。



 ◇◆◇◆◇



「ちょっとばかしまだ強すぎたかなァ? まっ、死ななかっただけ良しとしようじゃありませんかァ」

 丸焦げの犯人と現金の入ったジュラルミンケースの山を《押さえる十式》のコクピットから回収して、後からやって来たIDEALの隊員たちに連行されていく。


「それともDNシステムをスイッチが入ってたせいで、力んじゃったァ?」

「君なぁ……犯人とはいえ人権はある。殺めるのはいけない」

 ゼナスは諭すもシアラは聞く耳持たずパッド型端末からデータを眺めていた。気が付くとゼナスたちの周りは野次馬で溢れ返っていた。


「運転手! ボクらは少し買い物をするからトレーラーを塀の外に停めて待ってて、盗まれるからなァ!」

 そう言ってシアラはゼナスの腕を引き、野次馬の人だかりを越えていく。


「待て待て、買い物って……ここはそういう場所じゃないだろ? どんな闇の取引に出くわすかもしれない、危険なんだ」

「はァ? オタク何言ってんのさァ? いいからいいからァ!」

 半ば強引に二人は街の中へと入っていった。

 驚いたことに情報で聞いていたよりも普通の繁華街と同じくらい賑わっている。建物が古びていたり老朽化して今にも倒壊しそうなレベルのボロ屋が目立つが、店先で売られている商品は新品同様な物ばかりだ。


「……聞いていた話と違うな」

「そりゃ情報統制しているからなァ。FREESのSVに使われているパーツとか細かな部品はここの下請け業者に委託している」

「初耳だぞ? 何故だ、やましいことがないならばどうして隠さなきゃいけないんだ?」

 疑問を口にするゼナス。コイツは天然なのかそれとも馬鹿なのか、とシアラは呆れた顔をする。


「…………やましいことがあるから隠してるのさァ……あれは丁度、欲しかったダイナメタル製のネジだァ! 伽藍のオッチャンってケチだから部品の大切さがわからんのだよなァ。さっそく確保だァ!」

「あっ、待ちたまえっ!」

 駆け出すシアラが人混みに消える。急に通行人の数が増えてしまいゼナスは思うように前へ進めなかった。ようやく抜け出しシアラが向かった露天のネジを扱うパーツショップに辿り着くと何やら揉め事が起きていた。


「レディファーストって言葉を知らないかなァ?!」

「お前が後から割り込んで来たんだろうがッ!」

 シアラに青年が食って掛かる。その青年、左目の傷にゼナスは見覚えがあった。


「……ねぇ、お兄さん何処かで会ったことないかなァ?」

「ないな、新手の勧誘か? 生憎、出不精でな。外の世界に大した知り合いはいない」

 傷の青年、ガイはシアラの思考を読み取るも何を考えているのか全く読めなかった。普通の人間ではあり得ないほどの思考の情報量に目眩すらしてくる。


「非科学的だと思うんだけど、ボクの遺伝子が語りかけるのさァ。遠くて近い存在なんだと思うんだよなァ」

「いいからその手を離せ。そいつは俺が買うんだよ」

「嫌だァ!」

 お互いに一歩も譲らず商品の箱を引っ張りあい、店主も困っていた。見兼ねたゼナスが二人に駆け寄る。


「いい加減に止めないか!? そこの君は、あの時にあった彼だよな? 私はゼナス・ドラグスト、FREES三番隊隊長だ」

「だから何だってんだ?」

「店の人も迷惑している。猿みたいに騒ぎ立てるんじゃない」

「あぁん? そいつが先に横から奪おうとしてきたんだろうが。俺は騒いじゃいないぞ金髪トカゲ野郎」

 睨み合う二人の間にバチバチと火花が飛び散るようで店内に緊張が走った。


「……まぁいい、所属とIDを出したまえ!」

「俺は島の人間じゃない。そんなものはない」

「観光パスは?」

「ねーな」

「なら逮捕だ」

 ゼナスが手を出した瞬間、ガイは後ろの棚に置いてあったジャンク品のネジが入った段ボールを投げつけた。細かく先の鋭いネジの雨がゼナスを襲う。


「おっちゃん、コイツは貰うから金は置いとくぜ! 釣りはいらねえッ!」

 札束の入った巾着袋をレジに投げ込むとガイは目当ての箱を持って店から退散する。後から店主が確認してみたところ全く代金が足りていなかった。


「ぼ、ボクのネジがァ!?」

「待て!!」

 涙目のシアラが叫ぶ。足元のネジを踏まないように気を付けてゼナスも後を追った。待ち行く人にぶつかりながらゼナスは「絶対に逃がすわけにはいかない」と必死になって全力疾走する。そしてガイが歩道橋へと登ると重いものを持っているせいか、ついに距離を追い付いた。


「捕まえ」

 今度こそは、とゼナスは手を伸ばす。だが、その手を逆に捕まれてしまいガイに引き込まれ投げられてしまった。


「な、何だと? どうして私が……っ?!」

 視界がくるりと一回転して、凸凹した鉄製の床に叩きつけられたゼナスの背中に激痛が走る。


「はぁ、はぁ…………アンタ、焦っているな?」

 息を切らしてガイが言う。その言葉の意味がゼナスには理解できなかった。


「なんつーか、前に会ったときはもっと余裕があったぞ。だが、今は違う。少しでも手柄を立てたいって欲が見える」

「手柄……欲? そんなモノの為に動いてるだって?」

 驚きを隠せないゼナス。一度だって自分の損得で行動するなんてことは考えたこともない。そのはずだった。


「そんな心の丸見えなアンタじゃ俺には勝てない、一生な……来た!」

 煽るだけ煽ったガイが突然、歩道橋を飛び降りる。落ちたタイミングに合わせて軽トラックが駆け抜け荷台に着地した。


「アバヨ、ドラムスコ! 達者でなー!」

 明らかにスピード違反な速度でガイを乗せた軽トラックは走り去っていく。痛みを我慢しながらナンバープレートを確認しようとするも、後部の何処にもプレートは無くゼナスは思わず手摺を叩いた。


「傷の男……私に土を付けたのは安くないぞ?!」

 これまでFREES隊員人生で初めて味わった屈辱にゼナスの心は掻き乱され、今まで感じたことのない怒りの炎で激しく燃え上がった。



 ◇◆◇◆◇



「……アブねー。アレ、今走ってったのゼナスだよな? 見つかるところだったぜ」

 時を同じくしてネジ屋の隣にあるパーツ屋でフードを被る二人組。筋肉質な男と、フードからハミ出る大きなウサギ耳の背の低い方。


「あいつ煩いんだよ。規則規則ってさぁ」

 筋肉男ことFREES5番エリアの工場長、ナカライ・テッショウは言った。その耳には何故かヘッドセットしていた。


「ん……? あぁ、ハイハイ。わかってるよ、それが良いところでもあるんだよな」

 黙って見上げるウサギ耳にテッショウは語りかけている。


「やべぇこっち来た?! ずらかるぞ、ココロちゃん!?」

 ゼナスから逃げるようにテッショウはウサギ耳を小脇に抱えて裏路地へと消えてくのだった。

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