#27 ネゴシエイト

 統連軍の飛行戦艦がイデアルフロートの港であるエリア6に停泊する。

 天草時雄(アマクサ・トキオ)大佐は定期監査のためイデアルフロートを訪れていた。

 今は退役した父親が援助していたという組織の海上基地を日本政府が買取り、四十八番目の都道府県として生まれ変わった人工島。

 その名を大和県。通称、イデアルフロートと呼ばれる日本の新たな首都である。


「大佐、見えてきましたイデアタワー」

 島の中央へと繋がる直通の専用ハイウェイをひた走る軍用車。運転する副官の少佐が窓に見えた島のシンボルである巨大タワーを指差した。


 今日は最期通告の日である。


 もう何度目かの会談をしてきたが今回ので交渉が決裂することになれば、統連軍日本支部とイデアルフロートの全面戦争は免れない。


「海に面しているだけあって魚が名物らしいですよ。帰りに寄りますか?」

「今年中に無くなるかもしれないんだ。決意が揺らぐだろ?」

「それは失礼しました」

「……私がやらねばならないのだ。親父め、面倒な仕事を押し付けやがって」

 今朝から頭痛が酷い。トキオは痛み止めの薬をペットボトルの水で一気に流し込み、車はイデアタワーに到着した。検問を通過して正面玄関前に車を止めてトキオだけ降りる。


「天草時雄大佐ですね。こちらへどうぞ」

 トキオの前に〈FREES〉と袖に文字が書かれた制服を着る職員に案内されてタワーの中へと入った。FREES隊員の物珍しげな視線を浴びながら正面奥の高速エレベーターに乗り、景色を楽しむ暇もなく一気に上昇。降りて直ぐにある会議室の大きな扉に立ちトキオは一呼吸する。


「失礼する」

 ドアをノックして開ける。


「おぉ、これはこれは大佐殿、お久しぶりですね。遠路遙々ご苦労様です」

 出迎えたのは金縁のサングラスに黒いスーツを身を包んだ大柄で強面の男。彼が島の防衛を司る組織であるFREESの総指令である伽藍童馬(ガラン・ドウマ)である。


「知事がいらっしゃらないようだが?」

 無駄に広い会議室にはガラン以外の人間は見当たらない。


「生憎、今日は多忙で来られないんですよ。最後だと言うのに困った人だ」

 申し訳なさそうに謝るガランだが、これまでの交渉に大和県知事が同席したことは一度もない。その存在は確認されているが実態はお飾りでしかなく、実質的な島の支配者は目の前にいるガランなのだ。


「取り合えず席へどうぞ……誰か飲み物でも」

「いえ結構です。長居するつもりはありませんから」

「では食事はどうです? 最近、海鮮の美味しい店がオープンしたので、そこの個室で……」

「ここへは観光に来たわけではない。ガラン指令、貴方は本当に島の独立計画を実行するつもりなのか?」

「独立? さぁ何の話だろうね」

「世界にとって、この島の重要性は知っているはずだ」

「世界? 日本にとってもの間違いではないのかな?」

 ガランは近場の椅子に腰掛ける。それにならってトキオを着席する。、


「この島が無くなれば日本の防衛力は格段に下がってしまう」

「そうだ。模造獣も再び活動を開始している。この島が拠点となれば各地へと迅速に出動を」

「なら日本海側にも建設すればいいことだ。夢の島跡地は未だ手付かずなんだろ」

 夢の島跡地とは海に浮かんだ巨大なゴミ処理場のことだ。十数年前に爆破事故が起こって以降は誰も寄り付くこと来ない廃墟が広がっているだけだ。


「それは…………今からでは時間も予算が掛かりすぎるし、何より中国側との関係に」

「そうしないのは、この島の地下に用があるからだろう?」

 核心を突く一言にトキオは黙った。沈黙が続く。そこへ、


「叔父様、例の件でご相談が」

 やって来たのは黒須十子(クロス・トウコ)だった。学校帰りのためか制服を着用している。


「あら? 天草さん、来てらしたのですね」

「トウコ君、君はまだこんなところにいたのか?!」

 驚いた声を上げるトキオ。


「それは……ここのアカデミーに通っているので」

「そうではなくてだな、これは……困ったぞ」

「私が保護者だ。何の問題も無いだろう?」

 二人の会話にガランが割って入る。SV開発会社の重役だった両親を幼い頃に亡くしたトウコは軍関係者で面識のあったガランに引き取られた。トウコにとってガランは第二の父であり大切な存在でなのである。


「本当ならウチが君を引き取るはずだった。黒須家はIDEALの」

「家の話は止めてください」

 凄みのある声でトキオを睨みながらトウコが言う。菩薩のような少女からは想像できない迫力にトキオは気圧される。


「す、すまない……だがな、ここはもうすぐ戦場になる」

「なる、のではなく戦場にするんだろう? 君達が」

 と、ガラン。


「そうならないためにも、貴方にはFREESの指令の座から降りてもらいたい。古い付き合いだ、それなりのポストも用意しよう」

「できない相談だ」

「それならば、あの白いexSVを引き渡せ」

 その言葉にガランとトウコの眉が一瞬だけ微動だにした。


「まぁ余計に無理なんだがなぁ」

「そうか…………それならば、仕方ないか」

 これ以上は時間の無駄だ、とトキオは席を立つ。


「後悔は……するなよ?」

「今年の年末は五年ぶりに慈愛祭をやる。大勢で見に来るといい」

 手を降るガランを一切無視してトキオは会議室を後にした。


「……いいんですか叔父様」

 帰ったのを確認してトウコがガランに尋ねる。


「私は常に未来を見つめている、つもりだ。ことの重要さを統合連合軍は理解してない……まぁ、奴等はヒトではないからな。地球にしがみつきたい理由もわかる」

「ヒトでない?」

「人でなしだな」

 ガランが立ち上がると上座の席に隠していた袋を取り出しトウコに渡す。


「はい、トウコ。頼まれていたモノだ」

「出来上がっていたのですね?」

「だいぶ古い眼鏡だったから時間が掛かってしまってな。本土の職人に頼んで今日届いた」

 受け取るとトウコは満面の笑みで袋を抱き締めた。


「彼女にプレゼントかい?」

「この眼鏡以外は付けたくないとおっしゃるので……サナちゃん喜びますわ。いつ渡そうかしら? 誕生日が良いかな?」

「…………そういえば、相談がどうとか言っていたが?」

「あっ、そうでした。そのサナちゃんのことについてですわ」

 姿勢を正してトウコが言う。


「彼女を普通の女の子に戻して欲しいんです」

「普通の、とは?」

「サナちゃ……サナナギ・マコトさんはパイロットに向いていません。彼女をアルタープロジェクトから除籍してもらえないでしょうか」

 お願いします、とトウコは深々と頭を下げた。だが、ガランは渋い表情をしている。


「無理だな」

「そんな……どうして?」

「お前の眼に施したアイオッドシステムは計画の志願者である学園生徒のデータを元にした完成品だ。初期型アイオッドのサナナギ・マコトは我々の定期的な検診をしなければ日常生活は困難。普通の、と言うわけにはいかない」

「元の眼には戻せないと?」

「手術をすれば大幅な視力の低下、あるいは失明の可能性がある」

 つまりは不可逆であった。もちろん研究チームはそうならないように日夜、努力を重ねている。


「それなら、女神の力で治します!」

「今は止めておくんだ。その時になれば、いずれは……」

 二人は全面ガラス張りの窓から街を眺める。



 関係者用ハイウェイに一台の車がセントラルシティから離れていった。

 トキオは心を落ち着かせるためにタバコに火を付けて一服する。


「どうでした大佐? ……まぁ聞くまでもないですよね」

 運転する副官がニヤニヤしながら問う。その首筋に火を押し付けてやろうか、とトキオは思ったが心にグッと堪える。


「なにか食べていきます? 最後の思い出に」

「そうだな、魚系が食べたい」

 車はインターチェンジを降りて飲食街へと向かっていった。



 そして季節は秋から冬になる。

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