#26 長き先にあるモノ
季節はもう秋になったが、未だ気温は下がらずカラッとした暑さが続いている。
時折、吹き抜けるせいで涼しげな風のせいで、服のコーディネートが決まらないのが悩みだ。
もっともお洒落にはあまり興味のないマコトにとっては長袖を着ておいて暑かったら袖を捲ればいい、と単純な思考で服をチョイスしていた。
それよりもマコトのコーディネートに欠かせない、愛用の真っ赤なフレームの眼鏡を今日は掛けていない。
今日は、と言うよりも数ヵ月は眼鏡無しの生活をしているのだ。
ここまで来るのに三回は道路の微妙な出っ張りに躓いてしまい少しイライラしている。
「……イイちゃんが居たらなぁ」
セントラルシティで一番人気カフェのテラス席から街行く人を眺めながらマコトは呟く。買物へ出掛けるときは決まってナカライ・ヨシカに連れられ、あちこちの店で着せ替え人形と化していた。あの頃のことが懐かしくも感じているが、そもそもこんな所で訳もなくダラダラとカフェオレをすすっているのには理由があった。
「やぁ、久しぶりだね?」
ロングコートを着て、レンズの大きなサングラスを掛けた青年がマコトの前に現れる。
「……ナンパならお断りっすよ」
「私だよ、ゼナスだ。珍しいね、君が一人でこんなところに来るなんて」
「あっ!? いえ、別に。たまたまで……いつもは部屋に籠ってばかりです」
側に寄ってゼナス・ドラグストがサングラスから顔を見せた。あまりの近さにマコトは赤面して椅子からずり落ちそうになる。
「休みの日にすまないね、ちょっといいかな?」
ゼナスが微笑む。長い謹慎がやっと解けて自由行動の許可を貰えるようになったが、一応は有名人なのでバレないように変装はしているつもりだ。
「ほら君も」
ゼナスが後ろへ振り向き手招きをする。電柱の影に隠れて迷彩服姿の少女、フタバ・サツキが見ていた。
「恥ずかしがってないで、さぁ」
ゼナスが呼ぶとフタバは少し考えてトボトボと歩いてきた。そんな彼女を警戒してマコトはジッと睨み付ける。
「……」
「…………」
長い沈黙が続く。
あの事件から今日に至るまで、マコトはSVでの実機を使った演習訓練を禁止されている。
悪魔のような残虐で荒々しい戦いぶりを目の当たりにして、参加したトウコを除いて生徒達はマコトから更に距離を置くようになっていた。
訓練機同士だったとはいえ島のエリートであるFREES隊員のフタバを圧倒した、というパイロットの評価を讃える者はなく、マコトを危険な存在としての認識が強くなってしまった。
マコト自身、あれから生活態度が大きく変わったという事もなく無遅刻無欠席で授業を受けているが、教室ではまるで空気のように存在感を消していた。実機訓練のある日には黙ってシミュレータールームに閉じ籠って、自己記録の最高スコアを更新し続けている。
「…………すみませんでした!」
沈黙を破ったフタバが突然、土下座をする。
「は……?」
「色々と調子に乗ってしまった先輩は後輩から敬わなければならない存在だというのに負けた腹いせに手を上げてしまったしまったことを本当にすまないと思っている!」
コンクリートの床に唾を飛ばしながら大声で捲し立てる。
「ずっと溜め込んでいて私に相談してきたんだ。彼女もこう謝っている。許してやってはくれないか?」
ゼナスも一緒になって頭を下げる。通りすがる人々が一体何なのか、と見られているのがマコトは恥ずかしくなった。
「別に……私は」
正直に言えば、マコトはフタバのことを許すつもりなど一ミリもなかった。今更、こんなところで謝られても遅いし逆効果である。
「そもそも、なんで私がここにいるって知ってるんですか?」
「FREESの情報網を使わせて貰った君がここに呼ばれて来ると電話での会話を聞いて」
「まさか、盗聴したんですか?」
悪びれもなく語るフタバにマコトの表情が怪訝に変わる。
「それで自分一人だけじゃ来る勇気も無くて、わざわざゼナス様まで巻き込んで……」
「ち、違うんだサナナギ君!? これはだな、君を思ってのことで」
「いいんですよ、ゼナス様は利用されてるだけなんですから」
「……おいサナナギマコトお前人がこんなに心配して頭を深く下げているのに何なんだそれは」
一触即発なムードにカフェテラスに緊張が走り、周りの客も固唾を飲んで見守る。
だが、緊張の糸はある少女の登場によってぶち壊される。
「さっにゃにゃっぎさァーんっ!」
大通りから手を降って叫ぶ白衣の女の子が人混みを掻き分けやって来た。
「待ちわびたァ?」
「ううん、待ってないよ」
白衣の女の子ことヤマダ・シアラが、マコトの胸に飛び付いて頭をすりすりさせる。
「大きくなったァ?」
「もう、エロガキめっ!」
先程までピリピリした雰囲気が一転、和気藹々としだすマコトとシアラを見てゼナスとフタバは唖然とする。
「ありり? 何で金髪とサァツキちゃァんが居るの?」
「ストーカーだって……」
「えェーッ!!」
「だからそれは誤解だって……なぁフタバ君?」
弁明して貰おうとゼナスが後ろを振り向くとフタバは姿勢を正して固まっていた。
「ふ、フタバ君?!」
その視線の先にいるシアラをジッと見つめるフタバ。
「サッキちゃん、ボクのサニャニャニャギちゃんを苛めちゃ……メッ!」
「い……いやその私は……こいつの……ことを」
酷くしどろもどろになるサツキの耳元にシアラは近付く。
「…………もうドロップあげないよ」
「っ?!」
微笑むシアラと青ざめるサツキ。
「行こうよサニャにゃん! ボクお腹すいちゃったァ。甘いもの食べたいなァ」
「あ、うん。美味しいところ連れてくよ」
マコトはカフェオレを飲んだ紙コップとトレイをレジ横へ戻しに行く。
「それじゃゼナス様、また週末学校で」
「そいじゃァゼナス様、来週末格納庫で」
マコトとシアラは手を繋いでカフェを後にする。残されたゼナスは取り合えず席に腰掛ける。
「……私そびれてしまったな」
コートの中に隠した紙袋をテーブルに置くゼナス。一方でフタバは未だ立ったままで天を仰いでいた。
◇◆◇◆◇
昼間の人通りの多い飲食街を練り歩くマコトとシアラ。
あちこちの店から美味しそうな匂いが漂ってきて目移りしてしまう。
「ここ、餡まんが美味しい」
マコトが指を差す。赤い屋根のは中華っぽい外観をした建物に二人は入っていった。カウンター席へと座り、マコトはメニューも見ないで注文する。
約五分後。二人の前に店員が蒸籠(せいろ)が運ばれてきた。
「開けても?」
「良いよ」
待ちきれないシアラは蒸籠の上蓋を取る。中の蒸気がフワッと上り、甘い香りが漂う。中に入っていたのは桃の形をしたピンク色の饅頭──四個いり──であった。
「桃まんね。私も久しぶりに食べる」
「うはァ……旨そうだァ」
一掴み。まだ熱すぎて触れず、お手玉状態になる二人。ある程度、冷ましてから一口頬張る。表面を砂糖でコーティングされた皮と白餡の優しい甘さが絶妙にマッチしている。
「私一個でいいよ。シアラちゃん三つ食べな」
「むぐむぐ……いいの?! じゃァ遠慮なく」
本物の桃ぐらいサイズは大きめの桃まんをシアラは難なくペロリと完食した。
「ふぃー満足じゃァ!」
「喜んでもらえて良かったよ」
マコトはまだチビチビと一個の桃まんをかじっている。
「サナナギお姉ちゃん大好き! そんなお姉ちゃんには今月分のコレをプレゼントフォー・ユー」
白衣のポケットから小袋を取り出してマコトに渡すシアラ。
「一時期、飲んでなかったでしょ? 駄目なんだァ、これはサナナギお姉ちゃんの体のためなんだからね?」
「ごめんね……でも、もう要らないかもしれない」
「ん? どして?」
「……私……学校を止めようかなって、思ってるんだ」
小袋を握りしめ俯くマコト。
「色々と私のためにしてくれるのに申し訳ないと思っているんだけど、何だかさ……少し怖くなっちゃって。そんなことは今更だって話だよね、私が頼んだことなのに」
学園が裏で計画しているパイロット育成プロジェクト。その先に何が行われるのかマコトは知らないが、自分の目標である父の背中を追いかけてパイロットを目指せるのなら何だってやる、と思っていた。
「わかったよ、でも直ぐに止めるなんて色んな大人が迷惑被るからさァ、年末まで。年末まで頑張ってみよう」
シアラはマコトの背中に抱き付いてポンポン、と小さな手で優しく叩いた。
「悩んでたんだァ、苦しんでたんだァ……いいよ楽になったって」
「うん、ごめんね。ありがとね」
自分より年下の子に慰められて情けなくは感じている。さらにお腹も鳴ってしまいマコトは赤面する。
「アハハ! 体は正直だァ!? 桃まん一個じゃ足りなかったね?」
「えへへへ……すいませーん、長崎皿うどん一つ!」
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