《第五話 始まりの前夜》
#25 月の光に照らされて
『こちらブラック8、赤い鎧にブラック5と2がやられた! 至急ここにも応え……ぐぁぁあぁぁぁぁーッ!!?』
『こちらはブラック1だ。敵の部隊は旧市街、四丁目十一番地を北東に向けて進行中。このままだとアジトが堕ちるのも時間の問題かもな』
『ぶ、ブラック4……機体がもう持たない、今からあの赤鎧に特攻を仕掛ける。あとのことは任せたぜ、みんなっ!』
とある一室。卓上の小型スピーカーから木霊する部下の叫びに男は目を伏せる。目の前には黒衣の女、レディムーンが拳銃を男の額に向けて立っていた。
「…………わかった。降参する」
両手を上げ、観念したように男は言う。
「初めから、そうやって頭を下げれば許してあげたのよ。何が甦ったバイパーレッグのジャビよ。ただの模倣犯のテロリスト、偽物じゃないの……貴方たち連れていきなさい」
背後に控えていたレディムーンの取り巻き三人が男の後ろに回る。抵抗することもなく、大人しく手錠を後ろ手にして掛けた。
「だが、これだけは信じてくれ。港を襲ったのは我々ではない」
「偽物を語って信じろとかのが無理な話よね」
「本当なんだ、接触をしたことがある。あれは人であって人じゃない。何かこう……上手い言い方が見つからないが、抜け殻のような空っぽのような感じがする」
「言い訳は後でゆっくり、と」
弁解むなしくも男はレディムーンの取り巻きに連れていかれてしまった。残されたレディムーンは今回の目的である男の部屋を調べ始める。
宝探しの気分だな、と年甲斐もなくレディムーンはワクワクしていた。
◇◆◇◆◇
その夜。
「出来たっスよぉ特製の中辛カレー! パン、ライス、マッシュポテト、どれでも好きなもんで食って良いっス!」
チームの勝利を祝い交差点のど真ん中でキャンプをするリターナーのパイロット一同。料理を作ったミナモはカレーが焦げないように大きな鍋をお玉でグルグルとかき回している。
封鎖された廃墟の街に潜伏するテロリストの制圧任務は、さほど難しくはなかった。
ガイ、アリス、ミナモ、ヤマブキ、のSV四機による正面からの強引な進撃は《ジーオッド》を中心に敵を完膚なきまで叩き伏せた。
死者はなるべく出さないように心がけたが、決死で向かう敵に対しては撃たねばならない。ガイはともかく実戦経験の浅い少女たちは、明るく振る舞っているものの緊張感で足が震えるので、無理している部分もあったりする。
「ガイー! ライスよそってあげたよ、一緒に食べよう!」
両手にカレーライスが盛られた紙皿を持ちながらアリスが意気揚々とやって来た。ガイは瓦礫の上に座り込み飲物を手にしていた。
「……もうある」
「あるって何処にも置いてな……コップにカレー?!」
驚くアリス。よく見るとガイの持ったいた紙コップにはカレーのルーが注がれていた。
「……、……正にカレーは飲み物という、そういうことわざがあったらしいわ」
鉄骨に足を掛けて逆さにぶら下がるヤマブキ。
「具は細かく刻んで溶け出してあるので飲み易いっス!」
「うん、旨い」
「ま…………まぁガイがそれでいいなら」
がっかりしたアリスは一人で二人前を食べるはめになってしまった。見た目は細いが一応、ダイエット中の身としては手痛いカロリーである。
「……マコトにも食わせてやりたかった」
「また、それ。もう居ない人のことなんてどうだっていいじゃん」
ガイに他の女の名前を出されてやけ食いのアリス。
「嫉妬してるのか? SV戦で負けたことに」
「嫉妬なんかしてない! それに、あれは模擬戦だし! 実戦なら絶対に負けないし! 今回だってほら一人で三機も落とした!」
「俺は五機だ」
「ウチらは一機づつっスねヤマブキ?」
「……、……連係は良いの」
「あぁ二人のコンビプレイは最高だ。ヤマブキが撹乱してミナモが止めを差す。見ていて気持ちが良い」
「いやぁ褒めても何も出ないっスよぉ? パンならあげるっス!」
褒め合う三人の和気あいあいなムードにアリスは眉間にシワを寄せる。
「か、数の問題じゃないわ! 問題は内容よ、私は三対一の不利な状況を覆してるんだから」
「そういう無茶は死をはやめるぞ」
ズズっ、とカレールーを啜りながらガイが言う。
「なら私の《アマデウス》と合体してよ。あれは合体相手は誰でもいいんでしょ? だったら」
「誰でもじゃねーよ。この前も言ったが《ジーオッド》はまだまだ謎が多い。迂闊に下手なことはできない」
「……やっぱりガイはあんな眼鏡の地味なヤツがいいんだ。もう知らないっ!!」
目を潤ませながらアリスは瓦礫の街の中へ消えていく。そのあとを誰も追う者は居ない。
「ほっとけよ。どうせいつもの癇癪だ。それよりおかわりだ」
ガイは立ち上がり鍋のカレールーを紙コップになみなみと注いだ。
「いやぁ今のはマジでキレたっぽいと思うっスよ?」
「心を読まずとも俺にはわかる」
「……、……乙女心は難しい。あれで名家出身のお嬢様だって」
「何かしら問題があって集まってるっスからねウチらは。レディムーンは感謝してもしきれないっスよ」
ミナモは携帯コンロの火を止めて鍋に蓋をする。あとは基地に持ち帰って昼食用になるだろう。二日目が楽しみだった。
◇◆◇◆◇
キャンプ地の方向から走るアリスとすれ違うレディムーンが向かった先は古びた公園だった。
「良いもの見つかったか?」
中央に山のような形をした大きな滑り台。その頂上で悠然と月を眺めるオボロが尋ねた。
「期待はずれね。これといってと言う感じ……骨折り損よ」
深いため息を吐くレディムーンはコートのポケットからケースを取り出し、錠剤二粒を口に放る。
「その薬箱……マコトのじゃないか?」
一瞬だけ見えたケースに書かれた名前をオボロは見逃さなかった。
「最近は檸檬の薬が効かなくてね」
「どうせパイロットはもうやっていないのだろう……必要か?」
「昔の古傷が痛むのよ。目を閉じるのも怖いぐらいよ」
「そんなサングラスを掛けておいてよくいうわ」
レディムーンの目の奥が月の光で赤と青に輝く。
「あの時、オボロが助けてくれなかったら今頃は彼と同じになっていたかも」
「不死は失敗したようだが不老にはなっているだろう? 永遠の美貌を保てて良かったな?」
「良くは、ないわよ……っ!」
声を荒げるレディムーンだったが、自分の声にハッとして後ろを振り返る。キャンプの連中には聞こえていないようだった。
「全部、私の責任だ。影になってでも奴等の陰謀を止めるはずだったのに……利用されて、いつの間にか手助けをしていた。自業自得だ」
ふらふらとベンチに腰掛けるレディムーン。オボロも滑り台を降りて横に座る。
「伽藍童馬……私を騙したアイツだけは許せない。必ずこの手で」
「気負いすぎるなよ。今のお前は一人で戦っているわけではないぞ。リターナーと言う家族の大黒柱なんだぞ」
「……家族、か。そんなつもりで組織を立ち上げたんじゃないわ。自分の復讐の為に利用しているようなものよ」
身寄りの無い子供たちや特別な事情を持った者を集めて雇い組織された軍隊。表向きには大型物資の運搬を行う運び屋稼業と、軍から依頼されたSVによるテロリストなどとの戦闘任務を行う、それがリターナーである。
「それでもだ。お前に死なれると困る者だっている。無茶をやり過ぎるなってことだ」
「優しいのねオボロ」
「これでも年長者だからな。年上の言うことは聞いておくものだ」
端から見れば姉のレディムーンと妹のオボロだ。不思議な関係に先程まで強ばっていた二人の顔に笑みが浮かぶ。
「……このサングラスを外すときはいつになるかしら」
「きっと近い内さ。だから今は休むといい、今宵は月が綺麗だ」
「そうね、じゃあ……お休みなさいオボロ」
「あぁ、お休み……月影瑠璃」
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