#22 来たるY
イデアルフロートに帰ってきたゼナスはFREES隊員専用の遺体安置所に来ていた。
島の第七エリア担当であるウサミが収容されてから半日以上が経過する。ゼナスはウサミの眠る部屋の前で正座をしていた。
この島では死亡した人間は火葬や土葬をせず、一定期間の間はセントラルシティの郊外にある安置所に運ばれ保管される決まりがある。
「……っ…………もっと早く駆けつけていれば、こんなことにはならなかったのに……」
「邪魔だぞ」
泣き言を言うゼナスは誰かに後頭部を蹴られてドアに額を強打する。神聖な場であったため激痛に叫ぶことは何とか堪えた。
「や、陽炎(ヤンイェン)隊長……館内でのタバコは」
「ココアシガレットだ」
口に細長い砂糖菓子を加えた壮年の女性──FREESを纏める第一番機動部隊副隊長──ヤンイェンはゼナスを足で退けて部屋に入る。
冷気で吐いた息が白くなる寒さのそこには、何十個もの鋼鉄製金庫が所狭しと壁に並べられていた。引き出しのようになっており、中に遺体が収納されている。
その内の一つ、名前を確認して鍵のロックを解除するとヤンイェンは取っ手を掴んで引いた。
「なぁ、私お前に言ったよな? 自宅謹慎だってさ……それに、こりゃあどういうことなんだ? なんでコイツが仏さんになってるんだ?」
ゆっくりと現れた重い棺の中で辛うじて体の原形が残っているウサミの遺体を見ながらヤンイェンは合掌して呟く。
「……」
「なぁ、どういうことなんだよゼナス・ドラグスト……?!」
「す……すいません、私のせいです」
「謝れば済む問題か? お前はどう責任を取れる?」
「そ、それは自分が…………自分が彼女の代わりをして……」
「くだらないメディアへの対応はアイツの部下にでもやらせとけばいい。問題は別にある」
ヤンイェンは棺を再び元へ戻すと、コートのポケットから一枚の写真を取り出した。
「これを見ろ」
「……何の写真です?」
ゼナスは写真を受け取る。そこにはエプロン姿のウサミと、その周りを幼い少年少女が囲む姿が写っていた。家の玄関前で皆、笑顔でピースサインをしている微笑ましい光景である。
「後ろの建物は孤児院だ。宇佐美が一人で子供の世話をやっていた……今日、被害のあった港の近くに家が建っている」
よく見ると壁に立て掛けてある看板に『児童養護施設ハートの家』と書かれていた。
「ここにFREESは一切の援助はしていない。島の外にあるからな、全ての負担はアイツ持ちだった」
「それで、彼女の孤児院はどうにかなってしまったんですか?」
「経営者が居なくなったからな。定員に空きの有る施設に行けるようにはこちらで手配してやった。それぐらいはやってやるさ」
二本目のココアシガレットを口に加えるヤンイェン。
「可哀想にな……血の繋がりは無くとも突然、家族とバラバラにされるなんて」
「……」
「島の外で死ななければ〈女神の祝福〉を得られたのいうのに。まぁ、アレは次の起動に早くとも半年は時間を要するらしいからな。前任から数年ぶりの巫女だ。さっさと働いてもらわなきゃ困る」
「…………自分はアレが、嫌いです」
ゼナスは写真を見つめて震えていた。
「人の尊厳を、奪っているような気がして。だって、そんな簡単に人が生き返ったりするなどと……」
セントラルシティでの《ジーオット》と二番隊隊長アイゼンの《ゴラム改》の戦いでゼナスが目撃した《女神(ゴーイデア)》が放った光の雨。まるで奇跡でも起こったように破壊された街が修復されていく。
その中で怪我をした人、それもかなり重傷を負っている者たちが光に触れると、映像を巻き戻したかの如く血は肉体に戻り、開かれた傷は綺麗に閉じる。怪我人たちは皆、元気に立ち上がり空の浮かぶ《女神(ゴーイデア)》に感謝した。
「お前は宇佐美に生き返って欲しくはないのか?」
「そんなの、あ…………うぅ……」
言葉を濁すゼナス。自分の一存で決めて良いことなのか、本心で言えば生き返って欲しいに決まっている。
ゼナスはセントラルタワーの頂上に立つ《女神(ゴーイデア)》を少年の頃から見たことがある。美しい姿に子供ながら感動を覚えたが、動く姿と超常的な力を目の当たりにし、何故か逆に恐怖すら感じていた。
「宇佐美は普通の女だった。普通の女が努力して他人のために懸命に奉仕をする。私個人としては尊敬するよ」
「……」
「それでゼナス、もうお前はあの《赤兜》……《ジーオット》については何も探るな。アレは今後こちらの部隊で受け持つ」
「謹慎はまだ解かない。だが、終わったら抜けた穴を埋めてもらう。パイロットとしては色々とやってもらうからな、それとだ」
ヤンイェンはゼナスの顔面を数発、馬乗りになって何度も殴る。ゼナスは抵抗することなく全て受け止めた。
「これで表のメディアには出れんだろう、猛省しろ……あと床の血は拭いとけ」
ついでに腹へと一発、蹴りを入れてヤンイェンは何処かへ去っていった。
その夜、FREESの医務室で手当てを受けたゼナスは格納庫に来ていた。
既に整備士は帰った後で居るのはゼナス一人。目の前の愛機である青い《ビシュー・ナイトカスタム》の足先に座って今後について考える。
身勝手な行動で隊長の一人を失わせた代償は大きい。ウサミの後釜については七番隊の部下たちから選抜されるらしい。明日、エリア7に行って土下座参りに行くつもりだが気が重い。
「はぁ…………いっそ自分も」
「あらまァ~どしたのォ? その大きな絆創膏はァ?!」
急に後ろから声をかけられてゼナスは飛び上がった。振り返ると白衣を着た少女が物陰から顔を覗かせている。今日一緒に同行していた学園の生徒、黒須十子の付き添いだ。
「お兄さんひどい顔だァ。イケメンが台無しなんだよォ?」
「……お世辞なんて要らないよ。少しだけ放っておいてくれないかな? 考え事をしたいんだ」
ゼナスの言葉を無視して白衣少女は横へ強引に座る。
「自己紹介ってまだだったよねェ? ボクの名はヤマダ・シアラ、天才少女さァ」
「ゼナス……ゼナス・ドラグストだ」
「知ってる。人呼んで薔薇の騎士……これ自分で考えたの?」
「いや、これは…………これは宇佐美さんが考えてくれたんだよ。人を引き付けるにはまずキャッチコピーだ、と言われてね……初めは正直、嫌だった。でも、それで皆が自分に注目してくれて、期待に応えなくっちゃと頑張れた。だから、宇佐美さんには感謝している」
隊長として着任した頃を思い出す。
もう既にエリア隊長だったウサミに色々とアドバイスを受け、人前に出て話したりSVで魅せる戦い方を教わるなど、今のゼナス・ドラグストがあるのは彼女のお陰と言っても過言ではなのだ。
「これってお兄ちゃんのSV?」
語るゼナスを他所にシアラは《ビシュー・ナイトカスタム》に視線が行っていた。
「そ……そうだよ。しばらく使う予定は無いけどね? カッコいいだろ、お気に入りなんだ」
「ふーん。でも、なーんだァ……だだのビシューの改造機じゃないかァ」
露骨にガッカリしてみせるシアラに少しだけゼナスはムッとするが、子供相手にそんな表情はいけない、と冷静に心を落ち着かせる。
「私は戦争屋じゃないからね。これはあくまで島を守るためだけの力だ。無用な兵器は積まない主義さ」
「へぇ……でも、これって〈アイオッド・システム〉は搭載してないね? 他のFREES隊長機には皆付けてるのに何でなの?」
シアラが口にした単語にゼナスは驚いて立ち上がった。
「どうして君がそれを知ってる? それはFREESの機密情報だぞ」
「もちろんボクが天才だからさァ。それも表に出ないタイプの……こんなマシンじゃ、あの《ゴッドグレイツ》は勝てないよ」
「ゴッド……あぁ《赤兜》のことか。その必要は無い、私は自分の力で買ってみせる」
「無理」
ゼナスの眼前まで顔を近付けるシアラの表情は無だった。余りにも近すぎたのでゼナスはシアラの肩を押した。軽くしたつもりだったがシアラは後ろへ倒れ床に突っ伏してしまった。
「すまない! 強すぎた、大丈夫か?」
「無……理……無理無理…………無理無理無理無理無理無理無理無理ァ! アハハ、いいかい? この〈アイオッド・システム〉って言うのは先代のGA01のようなパイロットの、その日の感情によって左右されるんじゃなく強制的に潜在能力を高めることの出来るスゴーイシステムなんだよォ!」
無の顔から一変してシアラは火が着いたかのようにバタバタと床で暴れながら捲し立てる。
「ゼナスお兄ちゃんは力が欲しくないの改? そんな装備でジーオットと張り合うの改? どっちなの改? さァさァさァ!」
ジェットコースターのようなテンションの落差にゼナスは付いていけてなかった。が、シアラが言わんとしていることの意味はわかる。
「君は何を狙っている?」
「ボクの狙い? それは……世界平和! 争いの戦火が今以上に増えないで欲しいよねェ?」
正直に言えば胡散臭すぎて信用ならない。だが、今のゼナスは何かにすがりたい気持ちもある。どうせ、しばらくは休むしかないのだから、この気味の悪い少女の戯言に付き合ってみるのも一興だろう。
「わかった。では、よろしく頼むよヤマダ・シアラくん」
「フフフ……こちらこそ、よろしくねゼナスお兄ちゃん?」
小悪魔のような笑みを浮かべてシアラはゼナスへ手を差し伸べた。
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