#21 焦燥

「あ、ありがとうございました……」

「ここは貴方たちで最後です。さぁ、頑張って生きてください!」

「お若いの、すまないな」

「他の場所にも人が居ないか探してきますので、これで失礼します」

「おにいちゃん、がんばって」

「あぁ任せてくれ!」

 ココロ達が戦っている間にも倒壊した建物の瓦礫を退かしながら、ゼナス・ドラグストは逃げ遅れた人が居ないか港内を駆け回っていた。

 先程も子連れの女性と、足を怪我した老人を助けたばかりである。

 その時に皆に言われたのは、やはり「SVに乗って戦わないのか?」だった。

 自分もSVに乗って戦いに参加するべきだ、と思ってはいるが本来なら自宅謹慎をしなければならない身だ。

 一応、懐に忍ばせて持ってきている隊員専用の特別なIDカードを使えば、本人認証が無くてもFREESのSVは自由に搭乗できる。だが、それをすれば本部に自分が謹慎をしていないことがバレてしまうのだ。


「…………規則がなんだ、今は皆を救わなきゃいけない。その為には破ることだって」

 辺りを見渡すが全壊した《ゴラム》が野垂れ死んでばかりで、とても動かせる状態にはない。格納庫まで走ったとしても戦いに間に合うかもわからない。

 遠くの方では地響きの様な揺れと爆音が発せられてるのを聞いてゼナスは焦る。


「何処かに……SVは無いのか?! それにウサミさんは大丈夫なのだろうか」

 いてもたっても居られす格納庫の方へと走る。


 丁度そこではウサミの《ハーティア》とマコト達の《ジーオッドG》の戦闘が行われていた。


「こいつ抱き付くんじゃないわよ、マジで……ヤバイかも、ヤバイかも、これは」

 まるで蛇の脱け殻ように中身の液体が抜けたペラペラの手足を《ハーティア》の全身に巻き付けた《シュラウダ》は締め付けを更に強くしていく。


「なんとか相手のコクピットを潰せれば……!」

 手足を動かそうにも身動きが取れない。厚い装甲の《ハーティア》だったが次第に間接もヒビが入ったことにより逆方向に曲がり外れてしまう。完全に脱出も不可能な状況になった。


「ハッチも、あか……開かない?! いや、やだ……こんな所で死にたくはなんてないのにっ!?」

 押しても引いても蹴っても機体の外には出られず、半狂乱になったウサミ・ココロは目に涙を浮かべる。

 さらに絡み付く《シュラウダ》は《ハーティア》の頭部と胸部にあるメイン、サブのカメラを破壊。コクピットのスクリーンは砂嵐を流し、外の映像が全く伺えなくなった。

 ミシミシ、と外壁から聞こえる音にココロは恐怖に震え、全身から汗が吹き出る。


『なんなのよ、これぇ……暑い…………違っ……あぁつ、熱い!?』

 それは恐さだけでの発汗ではコクピット内に突然、異常な暑さがウサミを襲う。


「出して! 出しなさい!! 出せぇっ!! お願い、だから……ワタシには、やらなきゃいけないこと……がぁ……あっ……あ、る……っ!」

 ジワジワと焼き殺される、と言う嫌な妄想を脳裏に浮かべてウサミは喉が張り裂けるほど叫び、無茶苦茶に辺りを叩きまくった。


「あっ……誰か…………は……あぁ」

 だが、そんな事をしても両手に火傷を被い体力が奪われるだけで、何も意味は無い。

 地獄のような蒸し焼き状態のコクピットで肉体が沸騰していくの感じた。



 外では何が起きていたかと言うと、離れた場所に立つ《ジーオッドG》が《シュラウダ》から流れ出て、元に取り込もうと吸い込んでいる謎の液体に触れていた。

 多少、粘着性のある透明な液体は《ジーオッドG》が触れると一瞬にして沸騰する。だが、液体は気化せず超高温によりコンクリートが溶けるほどの熱を出しながらも《シュラウダ》の脚部の吸気口に吸い集められていく。


「良いのかよ……本当に。このままじゃ死ぬぞアレ」

「…………」

 ガイはマコトを呼ぶが返事はない。

 超高温の液体を取り込んだ事により《シュラウダ》は大きさに戻りつつあるが、それを通り越して風船のように膨らんできている。


「ジーオッド、お前がやらせているんだろう? そんな事をさせるために合体させたわけじゃないぞ!? マコトと、あのアイツは……いや、子供の知り合いだったとしてもだぞ?! そんな……」

 膨張する《シュラウダ》の特殊繊維で出来た装甲の表面も湯気が立ち込め、挙動もおかしいが《ハーティア》のことは離さない。

 よく観察して見ると、掴んだ腕が溶けて張り付いてしまい離すことが出来なくなっていたのだ。


「マコト、今すぐ止めろ。聞きたくない……声が、苦しんでいるアイツの声が、聞こえないのかよ!」

 頭の中に流れて響く声を聞いてガイが苦しむ。ここまでの恐怖と苦痛な叫びを聞いたのは人生で二度目だ。


「聞いてんのかよぉ、止めろォマコトォォォォーッ!!」

「……っ……!」

 絶叫に近い声を上げるガイ。すると突然、機体の合体が解除シーケンスに移行して《ジーオッド》と《ゴラム》が分離を始める。それと同時に限界が来てしまった《シュラウダ》が膨張に耐えきれず木っ端微塵に爆発した。力が解除され温度が下がった熱湯が吹き出して、周囲の建物火災を静めていく。


「…………ちっ、FREESの援軍か」

 海の向こうから大型SV輸送飛行艇が近づいてくる。ガイは《ジーオッド》で《ゴラム》を誰かに見られないように建物の影に倒して、林道を低空で移動しながら退散する。


「マコト、これでお前とはサヨナラだ。元気でやれよ……それと……………すまなかった」

 格好をつけてマコトを助けたはずが間違いだったのかも知れない。ガイに取って相手のパイロットはリターナーの敵だ。だが、それを言えばマコトもイデアルフロートの人間である。そして今、自分が乗っている機体だって敵の設計したマシンなのだ。


「いいように利用されてるのか……どっちにだ?」

 正しいことが何なのかガイはわからなくなる。

 それと全身が汗だくで今すぐにでもシャワーを浴びて、今日のことは全て忘れてしまいたかった。



 戦いの終わりに気付かず、さ迷うゼナスが一機の《ゴラム》を発見する。


「あのSVは……まだ使える、いや生きているのかパイロット?」

 ほとんど無傷の状態で倒壊したコンビニに寄りかかっていた。ゼナスは一目散にコクピットへと駆け出し、緊急用の手動開閉スイッチでロックを解除しハッチを開ける。


「…………君は、サナナギ・マコト!? どうして君が?!」

 驚いたゼナス。中に居たのはセントラルシティの一件以降、行方不明になっていたはずアカデミーの生徒であるマコトだった。意識を失ってはいるが特に怪我は見られない。


「君も戦ってくれていたのか……すまない。君はベイルアウト癖を我慢してたと言うのに私という人間は」

 渡航記録も無く、なぜ彼女が本州でSVに乗っていたのか、それは島に帰ってからにでも聞くとして、無事で生きていたことにゼナスは安心する。


「救難信号を出しておくぞ………そうだ、宇佐美さんは?!」

 いつの間にか戦闘の音が止んでいることに今更になって気付くゼナス。きっと彼女が勝利したのだ、と周囲を見渡すとピンク色のSVを見つけた。新品だった装甲はボロボロになってはいたが、悠然とそこに立ち尽くすしている。


「宇佐美さん! やりましたね、お手柄ですよ……いや、これだけの被害があっては素直に喜べるものじゃないですけど。民間人は全て救出しました、これも宇佐美さんが戦ってくれたお陰です。私の代わりに、ありがとうございます!」

 ゼナスは手を振って《ハーティア》に駆け寄る。

 しかし《ハーティア》からの反応は無く静かだった。


「もしかして中から開けられないんですか?! 待ってください、今こちらから自分がやりますので」

 透かさず《ハーティア》によじ登るゼナスは先程の《ゴラム》と同じように緊急用開閉スイッチを押すがハッチは開かない。


「駄目か……何かこじ開けられそうなモノは無いか?」

 地面に降りて瓦礫の中に埋まっていた鋼鉄の棒をコンクリートから無理矢理に引き抜き、再び《ハーティア》に登ってハッチの隙間に差し込む。


「……せーのっ!!」

 たった一人の救出作業。右から左から、テコの原理で何度も力を入れて繰り返し行う内に、ようやく《ハーティア》のハッチは開かれる。


「宇佐……美、さっ…………」

 ゼナスは絶句する。

 変わり果てたウサミの姿を見て、喉の奥から込み上げてくるものを吐き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る