#23 目覚めて

 子供というのは残酷で、時に容赦ない。

 まだ幼ないがため善悪の分別がハッキリとついていないので、よく考えもせず言葉や行動に出てしまう。

 幼い頃のマコトもそうだった。

 同じ組の男の子達にパイロットである父のことを馬鹿にされ、つい手を出してしまったのである。


『あっちがパパをバカにするから……だって……だってパパは』

 軽く投げたつもりのクレヨンが男の子の目に入ってしまい救急車を呼ぶほどの大事になってしまった。

 幼いマコトは母親に頬を打たれ、後日、病院で男の子とその家族の前で無理矢理に頭を下げさせられる。

 結局、男の子が保育園に戻ることはなく、その後も二度と会うこともなかった。


『真ちゃん、まだ悪くないと思ってる?』

 先生が手製のロボ風ぬいぐるみをマコトに渡して尋ねる。


『うん』

 即答するマコトは貰ったぬいぐるみに顔を埋めた。子供に優しいオーガニックコットン製で、フワフワした手触りに心が癒されていく。


『そっかぁ。そうだよね、大好きなパパだもんね?』

『うん……』

 屈んでマコトの目線に合わせる先生は頭を撫でる。


『私は良いと思うよ。許せない事は許せないんだ! って言っても……でもさ真ちゃん。だからと言って気に入らないから相手を叩いちゃったら駄目なのよ』

『どうして?』

『それは理解してもらえてないから。えーと、そうだな……真ちゃんが先生の作ったぬいぐるみ嫌いだと言って、先生が真ちゃん叩いたら嫌な気持ちになるでしょ?』

『うん』

『だからね、先生は──』



 ◆◇◆◇◆



「……おはよ、サナちゃん」

 耳元で囁かれる声に反応してマコトの瞳が開かれる。目の前には壁、ではなく天井と一人の少女が映っていた。


「ん…………んぅ? トウ、コちゃん……?」

 マコトはすぐに学園の自室、自分がいつも寝ている二段ベッドの上だと理解する。だが、それよりも気になっていたのは目を開く直前まで見ていた光景のことだ。


「あ……れ……センセイは?」

「セン、セイ……何の先生? 宣誓? なんかムニャムニャ言ってたから面白くてずっと見てたよ私」

 クスクスと笑うトウコはベッドに上がりマコトの前に座る。


「夢……夢を、見てた」

「夢?」

「うん。なんだっけ…………私が幼稚園ぐらいの頃ってところまでは覚えてるんだけど……もう忘れちゃった」

 思い出そうと記憶を辿るも肝心な部分が記憶から消えてしまっていた。ぼんやりとモヤが掛かっていてハッキリと出てない。


「でもどうしてなのかな、すごく悲しいのっ……おかしいよね覚えてないのに。なにか大切なものを亡くした……気がして…………えへへ、変なのっ」

 自然と涙が次々と溢れた。何が悲しいのかすらわからないのに、マコトは服の袖で目を拭くも止めどなく頬を流れ落ちる。


「いいんだよ」

 トウコはマコトの涙を拭い、そっと抱き締めた。背中をポンポンと軽く叩いて子供をあやすかのようにしてマコトを落ち着かせる。


「サナちゃんは何も悪くない。全て夢の出来事だから、サナちゃんは何もしていない」

「……トウコちゃん…………?」

「ずっと心配したんだよ。急に島から居なくなって、いつの間にか本土の港に居たって聞いたからビックリしちゃったよ。それで何日もここで眠っていた」

 抱き締めていた腕を離すトウコ。今度は自分の額とマコトの額を引っ付け合わせた。


「SVで戦ってたんだってね? 生き残ったのはサナちゃんだけって凄いことじゃない。港は残念だけど敵を撃退したってことで許可なく島外に出た件についてはお咎め無しだって」

「そ、そうなんだ……」

「だけど、残念なのは仲頼さんだよね。サナちゃんと一緒に出掛けた日から行方知れず……きっと彼女は、もう」

 俯くトウコ。ナカライ・ヨシカの居場所についてマコトは知っているが良い淀んだ。

 別に告白してしまっても構わないのだが、きっとFREESがレディムーン達リターナーの基地を攻撃する。そうなるとヨシカに危険が及んでしまうと思い、この場は黙った。


「遺体があれば慈愛祭に、もしかしたらチャンスがあるかも知れないのにね」

「……ジアイサイ……あのイデアタワーの女神像から降り注ぐ光の雨。ずっと中止で、前回は五年も前なんだったっけ?」

 慈愛祭とは年末に行われるイデアルフロートの祭りで、来年を健康に過ごせるよう女神像へお祈りを捧げるイベントである。

 実際に身体の不調や重い病気が治ったと言う報告もあり、その日は女神の光を目当てに島外から観光客が百倍にも増え経済効果は計り知れない。

 だが、その不可解な現象を解明しようとする者、不可思議な力を我が物としようとする者、生命として不自然であり冒涜だと異を唱える者、などあらゆる企業、組織、国家から狙われている。

 そして五年前から中止になった理由は、公式で発表はされていない。


「今年はやるの?」

「女神が起動したのは知ってる? あのセントラルシティの……マコトちゃんが居なくなった日」

「…………ゴメン、よく覚えていない」

「そっか……そろそろ午前の授業始まるよ。着替えて、手伝うよ」

「あ、うん。ありがとうトウコちゃん」

 二人はベッドから降り、急いで仕度をし教室に向かった。


 久しぶりに受ける授業は新鮮で、マコトは勉強熱心な方ではないが真面目に取り組んだ。

 蔑称ベイルアウターで数週間も行方を眩ませていた人間が帰ってきて、周りの生徒達の目は冷ややかなである。

 こういう時は別クラスのヨシカが毎回休み時間に来訪し、落ち込んだ気持ちを和らげてくれていた。今は代わりにトウコが相手をしてくれるが、トウコはトウコで他の生徒達とも分け隔てなく会話をするため、マコトと付きっきりではない。

 そこが少しジェラシーであり羨ましい、とマコトは感じていた。



 それから数日後。



 今日は週に一度のSVを使った実機訓練である。

 午後、昼食を終えたマコトたち生徒は演習場の格納庫に集まっていた。

 いつもなら教官役には学園エリア担当のFREES第三機動部隊隊長ゼナス・ドラグストが来ているはずだった。ギャラリーから鬱陶しい黄色い歓声が聞こえてこない。


「ゼナス隊長に代わって暫くは私が君達を受け持つ事になりました三番隊のフタバ・サツキと言いますちなみにOBですが先輩として厳しく指導していきますのでよろしくどうぞ」

 息継ぎのない独特な早い口調で喋っている杖を付いた迷彩服の少女、ゼナスの部下であるフタバ・サツキは自動で回る右目のメカニカルな眼帯で並んでいる訓練用パイロットスーツ姿の生徒達を見渡した。


(なんか変な人っぽいけど可愛くないか?)

(あぁ、それに胸がでか)

 発砲音が二回。こそこそと喋る男子生徒二人がその場にうずくまって倒れる。


「空気弾ですが痛いでしょう私語厳禁これだから男って嫌ですね全くもってあなた方はやる気を感じられないそこのフェンスの女子達ここはアイドルのコンサートじゃないです目障りです」

 空気銃(エアガン)の杖をバトンのようにクルクルと振り回すフタバ。生徒達は、この異様な少女に困惑と恐怖を抱いた。

 こんな奴ならばまだ死んだ鬼平教官のがマシであった、と少しだけ思う生徒達。


「私もまだリハビリが多少残ってまして本調子じゃないのですですので軽く誰か相手をしてくれませんかいないですか手を上げてください?」

 そういうフタバだったが誰も手を上げる者はいない。


「何ですあなた方それでもSVパイロットを志す人たちですか情けないなら私が勝手に選びますよそれじゃあ…………じゃあ……っ?!」

 品定めするフタバ。十数人の中から一人の少女を見付けると心臓がドクンと跳ねた。


「……あ……あっあなたはサナナギ・マコトさんねベ……ベイルアウターって言われてる」

 あれだけ早口だったフタバの言葉が詰まる。


「その呼び名は嫌いです」

 マコトはムッとした表情をした。


「ふ……ふんっあのゼナス隊長に気に入られているみたいですけど実力を私が見てあげますよ……ベイルアウトなんてこと私にするようでしたら内申書に悪く書いてやりますからね覚悟してください!」

「はぁ……わかりました」

 渋々マコトは了承して訓練機へと駆け出した。


「皆もちゃんと観るようにFREESの戦い方って奴をね!?」

 声だけは意気揚々と張り上げるフタバであったが、その心境はとても穏やかでは無かった。


(左目が熱い……それに右目に涙が…………コイツもしかしてアイ・オッドか……なら余計負けるわけにはいかない……カゲロウ様に失態は見せられないですっ!!)

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