#15 ビシュー改VSアマデウス

「弾は全て模擬弾。装甲にヒットするとシステムがダメージを計算してゼロになれば動かなくなる。先にコクピットブロックの破壊状態にするか、降参するかで勝敗を決める」

『降参なんてするはずないじゃないですか』

『……異論は、無し』

「それじゃ、サナナギ・マコト対アリス・アリア・マリアの模擬SV戦を始める、試合開始!」

 監視台の上に立つガイの合図と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

 戦闘フィールドとなる演習場はコンテナや分厚い鉄板で壁や遮蔽物が作られた簡素な物だ。しかし、至るところに傷や凹みが付いてあり、歴史のある年期の入ったコロシアムである。


『良いんですか? そんな旧式の訓練機なんかで戦いを挑むだなんて』

 アリスが煽る。彼女の機体は、いかにも鈍重そうな厚い装甲のSVだった。大きく出っ張った両肩にミサイルと側面にリニア式の機関砲が取り付けられている。

 紫のカラーリングをした機体の名を《アマデウス》と言う。マコトの乗る全長12mの《ビシューMk2》よりも少し大きい。


『んん……こういう一対一の場合、性能の差が絶対的な勝敗を分かつとは限らないよ?』

 飴玉を口の中で転がしながらマコトは眼前の相手を見据える。操作レバーを握る手が汗を掻いてないのが不思議だ。

 とても気持ちはリラックスしている。当然いつもの発作も起きないし《ジーオッド》と合体した時のように異様な気分を味わうこともない。全くの素でコクピットに鎮座している。


『歩く、走る、飛ぶ……当たり前のことが出来るんだ』

 通路を右へ左へ、コンテナの上へ登り下へ降りる、基礎的な挙動をする《ビシュー》の振動が心地よくさえ感じる。


『……そんで、この両腕に付いてる筒みたいなのは何コレ? パイルランス? パイルバンカー的な打突武器?』

 手の下から肘まで延びる謎兵器にマコトは困惑する。


『イイちゃんめ、あっちは腕に銃と剣が付いてるのに……私はこんなのかい』

『よそ見してる暇があるんですか!?』

 恨めしくて羨ましがっていると、颯爽と地面をホバー移動で滑るアリスの《アマデウス》が《ビシュー》の元へ接近。肩部リニアガンの砲口が連続して弾丸を吐き出す。


『あーぶなっ!』

 とっさのステップで《ビシュー》はコンテナの影に待避して、蜂の巣になる所をギリギリで弾丸を回避した。


『遠距離タイプか。余計に要らん武器じゃんこれぇ!?』

『逃がしません』

 加速する《アマデウス》は高く飛んだ。上空から対戦車ブレードを構える《ビシュー》が丸見えだった。


『ロックオン、完了』

 両肩の装甲ハッチが開かれる。小型のミサイルが計八発がコンテナに隠れる《ビシュー》に目掛けて飛んでいき、着弾した。模擬弾のため爆発はしないが、弾頭から吹き出た煙に触れてしまうとシステムが爆炎と認識して大ダメージは免れない。


『撃ち終わりの真下がガラ空きだって!』

『いつの間に……と言いたいところですが』

 先程までコンテナに居たはずの《ビシュー》は上空の《アマデウス》に向かってブレードを投げ飛ばす。だが、それを《アマデウス》の右腕に装備されたライフルの斉射で弾いた。ブレードに当たらなかった模擬ライフル弾は、そのまま《ビシュー》へと重力加速も加わって落ち進んでいく。


『まっず?!』

 防ぐ手だてがなくマコトは驚きのあまりレバーを離して顔を両腕で覆う。すると、操作していないのに《ビシュー》も同じ動きを取ろうとする。振った腕が高速落下する模擬ライフル弾に触れた。瞬間、コンマ何秒もの早さで紅い閃光が模擬ライフル弾を掻き消してしまう。


『あ……れ? まぐれ?』

 攻撃が外れたと思うマコトと、確実に狙い撃ったはずなのに無傷の《ビシュー》に困惑するアリスと《アマデウス》はズシン、と地面をヒビ割れさせて着陸する。


『…………何でか知らないですけど、やりますねサナギさん』

『誰が羽化前だ!?』

 観衆のリターナー隊員たちも何だかわからなかったが、ともかく大盛り上がり見せる演習場。

 いつの間にかレディムーンやステラ艦長、他のリターナーSV隊のパイロットも固唾を飲んでマコトとアリスの戦いを見守っていた。


 だが、人込み溢れるそこから一人、そろりそろりと立ち去る紅白の影が格納庫に向かっていく。


「……どうだ相見? これが何か、わかりそうか?」

 巫女服の少女オボロは作業台に腰掛け休憩していた初老の男性整備員に声を掛けた。アイミと呼ばれた男は老人とは思えないきびきびとした動きで立ち上がり、オボロの元へ進む。


「あぁ、まぁ何となく察しがつくわな。設計思想がアイツとよく似ておるな」

 SV用の固定ハンガーに吊るされた手足の無い紅いSVを二人は見上げた。時折、瞳が紅、蒼、とチカチカ点灯を繰り返しているが、機体が独りでに動き出すことはなかった。


「型式番号GG‐O‐D/D……《ジーオッド》……こいつ自身はゴッドグレイツと名乗っているそうだが、どういう訳だろう」

「ガーディアン・オブ・デスティニー/ドゥーム……神なる偉大たち、か。さっぱりわからんネーミングセンスだな」

「横文字は苦手だ」

「かつてのGA01とは違う。これはヒトの手によって造られたマシンなのは確かだ。だが、この力はどこから来る?」


「アイミのおやっさーん! 向こうの機体のメンテ終わりましたぁ!」

「おう、ご苦労だな」

「ん? やぁ、オボロっち。こんな所に来るなんて珍しいね」

「良華か……お前はマコトの応援に行かなくてもいいのか?」

 現れたのは顔を黒く汚した作業服のギャル少女こと仲頼良華(ヨシカ)だった。体の暑さを逃がすため袖を捲り、胸元を開け、手団扇で自分を仰いでいる。


「本気を出せばナギっちは強いからね。一年の頃はもう学生SV乗りの中じゃブイブイ言わせてたよ」

「それがいつの頃からか……と言うわけか」

「そそそそ。シミュレーターなら学年トップなのに実機に乗れないんじゃダメじゃん! って言ってるのにちっとも聞かないんだよ」

「何がマコトをそこまでさせたんだろうな?」

「過去は語らない……そんなミステリアスな所に、ウチは惹かれるんだよねぇ」

 気持ち悪い雰囲気をヨシカから感じ取ったが、オボロはスルーすることにした。


「お前みたいなやつ以外に友達は居ないのかい」

「居ると思うけど、学課が違うからウチとその子は友達じゃない……あと、そうだ、ナギっちがおかしくなってからちょくちょく会いに来る子がいるよ」

「ほう、そいつはどんなのだ?」

「片目が髪で隠れてて名前はヤマダ・シアラって小さな女の子。小学生くらいなのかなぁ」

 その名前を聞いてアイミが反応する。


「ヤマダ・アラ……?」

「シアラね。ナギっちがワイズとか何とか言う医者の娘だったか、から貰う薬をよく届けに来る子。そもそも何であんな子が学園に出入り出来るのか謎だわね。てか個人情報喋りすぎぃ!?」

 ベラベラとマシンガンのように煩く声を上げるヨシカとは対照的に、アイミの表情は複雑さを増していく。


「……」

「どうした相見?」

「いや……だが、そんなはずはない」

 何かブツブツと呟きながらアイミはフラフラと何処かへ行ってしまった。その場に残されるオボロとヨシカは《ジーオッド》を見詰める。


「オボロっち」

「何だ?」

「オボロっちはSV乗らないの?」

「機械人形に乗るのは好まん……飛行機は好きだがな」

「だったらさ、いい考えがあるんだけど……耳を貸して」

 ごそごそと耳打ちする。


「……ここのデータ見て思いついたんだ。ナギっちの力になって欲しい」

「ふむ、レディムーンに掛け合ってやろう。面白いことになってきたぞ」

 二人はクスクスを笑い合い、演習場へマコトの応援に行くのだった。

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