#16 決着

 時間無制限、一本勝負の模擬戦。

 開始から五分が過ぎた。両者一歩も引かぬ攻防戦に観衆は熱狂の声を上げる。

 リターナーの隊員たちで込み合う観戦席の中で、異彩を放つ二人組がマコト達の戦いを見ていた。


「向こうの緑SV、アリスを相手に中々粘るっスねー。君はどう見るっスかヤマブキ?」

 古い二つ折りの携帯電話のカメラで戦いの動画を撮影しながら、真っ赤なハチマキを額に巻く、やたらテンションの高い快活そうな少女が隣に座る黒服の少女に批評を聞く。


「……、……うーむ」

「ねぇヤマブキ、聞いてるっスかぁ? 生返事っスかぁ?」

「……、……アリスが押しているのは確かだが、緑のマシンの皮の下には何やら邪悪なモノを感じる。ただの量産機なんかではないぞ」

 妙な間を置き、長いマフラーで口元を隠すポニーテール少女はボソボソと小さな声で呟いた。


「えー?! それマジなんスか? 流石は忍者っスねー。オレもそんな洞察力が欲しいっス!」

「……、……ミナモよ、某は忍者じゃない。某は“追撃者”だった」

 やたらと声が大きいミナミノ・ミナモと、微動だにしない物静か過ぎるヤマブキはリターナーのSVパイロットである。アリスと並んで実力のある十代の若い操縦士二人組だ。


「なんスって? 聞こえんかったっス」

「……、……気にするな。試合を見てろ」

 ヤマブキは顔の間近に近付くミナモの頭を掴んで演習場の方へ、グイっと向けた。

 


 遠距離から右腕のマシンガンで狙い撃ちながら追うアリスの《アマデウス》と遮蔽物を上手く利用して逃げならマコトの《ビシュー》はライフルで攻撃する。

 電工掲示板に表示されてる二機の残りライフポイントは《アマデウス》が優勢。だが、エネルギーと武器の残段数では《ビシュー》の方が多い。

 

『逃げてばかりで、攻撃の手が緩まってますよ! やる気あるんですか?!』

 機体性能だけで言えば《アマデウス》の方が遥かに上なのに中々、決着がつかないことにアリスは苛立ちを隠せなかった。

 量産機のスペックなど知れている。性能差で《ビシュー》の勝ち目などあるはずがない。

 的確な弾道の予測、狙うタイミングは完璧のはずなのに、もう少しのところで攻撃が逸れてしまうのがアリスは不思議でしょうがなかった。


『有るに決まってるでしょ!? だから追ってくんな!』

 ダバダバと逃げる《ビシュー》は突き当たりを曲がる瞬間、後方へ模擬手榴弾をばら蒔いた。爆炎の変わりに爆煙が通路を覆い尽くす。


『……チッ、外すか』

 口の中の小さくなった飴玉を噛み砕いてコンソールを確認。レーダーに映る《アマデウス》の反応は生きていた。急に方向転換して進行ルートを変えたのだ。このままでは鉢合わせの形になるだろう。


『見た目は大きくてもスピードはアマデウスのが上です』

『あったり前でしょうが、こっちは訓練機だっつーのッ!!』

(外見はそうみたいですね。でも、ただのSVじゃない)

 高い塀の一本道に差し掛かる。ここで勝敗が分かれる一騎討ちになるか、マコトとアリスに緊張が走った。

 だが丸腰の《ビシュー》に攻撃の術は無い。アリスは《アマデウス》の全砲門も開放しようとした大変な事に気づく。


『弾切れですって……じゃあ近戦なら、このソードカッターで!』

 コンソールには“EMPTY”の文字。ならばと駆け出す《アマデウス》は左腕に装備されたカッターナイフの様な武装から刃が伸ばした。棒立ちの《ビシュー》に飛び掛かって鋭い尖端を突き出した。

 だが、


『……くっ……』

 眼前、数センチのところで止まる刃。なんと《ビシュー》が片手で握り、受け止めていた。その左手の間から煙が立ち込める。


『な、何なんです、コレ?! 刃が溶かされてます!?』

 真っ赤に熱を帯びていく《ビシュー》の掌が掴んだカッター刃を握り潰すように溶断する。


『……待ってよビシュー、久しぶりなんだから楽しませてよ……!』

 右腕のパイルランスの杭が白煙を上げると《アマデウス》に向かって振りかぶる。

 圧縮された空気で押し出された杭が飛び出し《アマデウス》の左肩を破壊して、さらに数メートルほど吹き飛ばした。


『きゃぁぁぁぁぁっ!? 肩の、ダメージポイント……じゃなくって、模擬戦とは言え格闘武器で本気を出すなんて!』

『……あんたもやったんだから、そんなの知ったことか……!』

 攻守は逆転し、今度はマコトが攻めいる番だった。標準の模擬弾ライフルを、ここぞとばかりに《アマデウス》に浴びせる。


『この衝撃……も、模擬弾なのに何で?!』

 叩きつけられる実弾のような衝撃音にアリスは恐怖する。這いずりながらも必死に逃げる《アマデウス》だったが右肩が、左足が、次々と機能停止に陥っていた。

 いつの間にか逃げ場の無い袋小路に追いやられてしまう。アリスは後ろで聞こえる《ビシュー》のゆっくりとした足音に振り向けなかった。向こうも弾切れでライフルは捨てている。


(降参……そんなの駄目。だって、私はリターナーの……それにガイが見ているのに)

 負けることはプライドが許さない。だが、既にアリスの勝ちは無かった。機体が思うように動かせない。

 捨て身の一撃に賭けるのか、大人しく負けを認めるか。

 アリスの手が震える。


(震える?)

 そもそもこれは実践ではないのだ。なのに感じる背筋が凍るほどの恐怖感は何処から来るのか。

 真後ろ。振り向くと一つ眼のカメラアイと視線がぶつかった。


『やられ』

 アリスの呼吸が止まる。これまでの人生が走馬灯のように見えるほどの長い一瞬を体験する。

 その時だった。


「だ……だぁぁぁぁめだぁぁぁぁぁーっ!!」

 誰かの絶叫が木霊する。アリスは驚いて機体の視界を上に向けた。

 大空を舞うパラシュート。突然、動きを止めた《ビシュー》からマコトが射出されていた。


「ぬあー我ぁ慢できないっ! 暑いっ怖いっ降参んんんっ!!」

 空中で手足をバタバタしながら意味不明なことを言うマコトを見て、アリスは目を白黒させて唖然する。


「勝負あり! 勝者アリス!」

 審判ガイの勝者宣言

 まさかの結末、トンだ番狂わせに観衆からは大ブーイング。熱狂の勢いは盛り下がっていき皆、呆れて持ち場に帰っていった。


『な、何なんです……バカにしてるんですかぁーッ?!』

 コクピットから飛び出したアリスは浮遊するマコトに向かって怒りの叫び上げた。



 まだ観戦席に残っていた一部の人たち。


「やっぱり、まだ効果が薄いのかしら? 分析を急がないとね」

 ミツキ・レモンは白衣のポケットからメモとペンを取り出して何やら計算を始める。



「あの訓練機にあんな装備が隠されていたなんて……どうかされたのですかレディムーン?」

「いや、少しデジャブがな」

 目を通した資料には記載されてない《ビシュー》の機能に驚くステラ・シュテルン艦長と、キョロキョロと辺りを見回すレディムーン。


「来るわけがないか……」

 レディムーンの頭の中に十数年前の懐かしい光景が過った。



「あわわ、マジヤバっスぉ!? アリス殺されるかと思ったっスね……ヤバ怖っス!!」

「……、……あのパイロット、只者か……それとも……えぇい、離れんかバカタレ!」

 どさくさに紛れて強く抱き付いてきたミナモの顔を叩くヤマブキ。



「ただのバカだな」

「うん、いつもより高く上がってるね。ちょっとスプリングが強すぎたかなぁ?」

 呆れるオボロと巨大なハートのアップリケが付けられたパラシュートを見てヨシカは満足げな表情をした。



「勝負に勝ったが、試合に負けたってわけか。お前はそれでいいのかマコト?」

 演習場一帯を見渡せる審判台から戦いを眺めていたガイは踵を返し、落胆の声を漏らし出口の階段を降りる。



 そして空のマコトは左目を押さえていた。


「痛っ……血が、出てる」

 右目からは涙が止めどなく溢れる。

 そこでマコトの視界はブラックアウト。意識を失い、パラシュートは風に流されていくのだった。

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