#14 アリス・イン・バトルフィールド

 統合連合軍の管理する地図に存在しない日本の領地に潜水艦の《アデルフィア》が入港する。ここがガイが所属し、レディムーンが指揮を執る組織リターナーの秘密基地だ。

 表家業である運び屋としての仕事で預かった荷物を下ろし、続いて鹵獲した《ビシューMK2》と《ジーオッド》をトレーラーに乗せて格納庫へ移動。最後に担架に寝かせられたマコトにを検査室へと運んだ。


 それから三日後。


「んー……あぁ、もう駄目だ。マッサージでも行こうかしら?」

 レディムーンは自室で大量の書類にうんざりしながら、デスクの引き出しに隠したチラシをサングラスで視線を隠しながら恨めしそう見つめた。


「帰ってきて早々大変ですねぇ。海でノンビリしてる方がずっとリラックス出来るのに」

 革張りのソファーに座る大柄な女性、《アデルフィア》の艦長ステラ・シュテルンがカップに入った紅茶をスプーンで混ぜながらズズッと啜る。


「少なくともイデアルフロートの存在する海になんて行きたくなんてないわねぇ」

 立ち上がるレディムーンは部屋の窓を開けた。眼下には色とりどりの花が咲く花壇、遠くには緑が生い茂る山々の壮大な景色に癒される。


「よくわからんですね……奴等、本当に日本から独立するつもりなんです? そもそも四十八番目の県設立も日本政府が国の威信を示すためのものだったのに」

 元海軍のステラはイデアルフロートが出来るまでの間、周辺海域の警護任務に携わっていた過去を持つ。初めは小さかった人工島が日に日に拡大して要塞のなっていく様を見て、ステラの中にある疑問は増え続けていった。


「あの島の“ベース”となった組織の基地には隠された物がある。あの紅いSVを見た? あれが〈ダイナメタル〉純度百パーセントで作ったexSV……まずコレが一つ」

「大和県の産業を支える海底から発掘された特殊金属。それ以外にもです?」

「そうよ……オボロを先行して向かわせた甲斐があった。囮のお陰で私も色々と情報を手に入れた。間違いないのよ」

 レディムーンのデスクのパソコンに挿した二つのUSBメモリー。その中にはイデアルフロートに関する秘密データが隠されているが、まだ解析の途中である。


「囮任務なら言ってくれてもよかったのでは?」

「ガイにバレてしまうでしょ? あの子はスペシャルだから……オボロもね」

「彼を鍛えたのは私ですからね。それにしたってわからないのは彼女だ。初めて会った時から容姿が変わらない……何者なんです?」

「歳を取らないのは女としては羨ましいかぎりねぇ」

 ステラの問いに視線を逸らすレディムーン。


「いや、そうじゃなくて……そうでもあるが」

「なるべくなら、早めに決着を着けないといけない。イデアルフロート……いや、IDEALの連中め。真薙真で第二の彼を作ろうとしてるのか……」

 ぼそり呟くレディムーンの拳が震えていた。


「じゃあ尚更、私のアデルフィアに出番じゃないですか。その時はレディムーンも一緒に」

「……海の話はもういい。特に潜水艦なんて海の閉鎖空間とか、もうね」

「自分から言っといて……でも宇宙は良いんです?」

「宇宙は良いのよ。海がダメなの」

「はあ……自分とこの旗艦をそこまで言いますか?」

 やれやれ、とステラは呆れる。自ら勧んで彼女の元で艦長をやっているが、こういう困ったところはどうにか直らないものかと頭を悩ませる。


「この部屋だって景色が見えるのは全て山側、海は見えないわ」

「海から敵の強襲が来ないことを祈りますよ」

 ステラはレディムーンの分の紅茶も全て飲み干した。



 ◇◆◇◆◇



「はい、あーん」

「んあー」

「ふふふ、良くできましたぁ!」

「んふふー、おいしー!」

「…………」

「フン、子供を通り越して赤子だな?」

 午後二時。昼過ぎで利用する職員は疎らの食堂、その一角で騒がしくするマコトたち四人組が遅めの昼食を取っていた。ガイとオボロは軽めのハムサンドに対して、マコトの前には和洋中の料理が大量に並べられており、それを白衣の女性──軍医の蜜木檸檬(ミツキ・レモン)──がマコトに食べさせている。


「……食い過ぎだろ」

「どんどん食べてねぇ? 今はエネルギーを取らないと」

 マコトの口に次々と料理を放り込むレモン。まるでワンコ蕎麦のようなスピードでマコトは平らげ、皿の料理は全て無くなっていった。


「最後はイチゴパフェ」

「おい、マコト。お前、もう何とも無いんだろ? 檸檬も、コイツの母親代わりと言うか甘やかすのは止めろよ」

「うっさいわねぇ!? 君に呼び捨てとかお前とか呼ばれる覚えはないんだけど。蜜木さんはここで一番、私に優しくしてくれるし好きだよ、ねー?」

「レモンでいいよ、マコっちゃん?」

「……なっ?!」

 レモンに頭を撫でられると犬のように擦り寄るマコト。二人の間に生まれた奇妙な友情──愛情?──にガイは微妙な表情を浮かべる。


「ガイよ、まだまだお前も新密度が足りんようだな」

「オボちゃんもして欲しいぃ?」

「ガキ扱いはよせ蜜木。私はお前より遥かに年上なんだぞ?」

 頬を膨らませて不機嫌なオボロ。見た目だけなら巫女服を着た変わった女の子にしか見えない。レモンはマコト同様に頭を撫でようとするが、オボロは避けて頭を触れさせようとしない。


「それにしても女性ばかりね、ここ」

 マコトはふと周り見渡す。廊下を通る職員も、暇でお茶してる整備士も、料理を作る調理師も全て女性でガイ以外の男性は一度も見たことがない。


「あまり気分は良くない。女っつーのは本性を見せたがらない癖に相手の腹の探り合いをするからな。心が読める俺にはわかる」

「キモッ! そうだ……薬の時間だけども、あれ? 服のポッケにあったの、どこやったっけ?」

 体中をまさぐるマコト。そこへ肩にちょんちょんとつつくレモン。


「あっ、マコっちゃん! これを飲んでねぇ。ここにいる限りは私が処方したお薬をあげるよぉ」

 レモンはポーチから白い紙袋を取り出しマコトに手渡す。早速、中身を確認すると粉薬が出てきてマコトは露骨に嫌な顔をする。


「ゲッ、粉ぁ……」

「舌の上でゆっくり溶かしてねぇ?」

 キラキラとした眼差しで見つめるレモン。粉薬の入った小袋の縁を破くとマコトは躊躇なく口に放り込む。薬特有の苦さと、変に甘ったるい味が口一杯に広がる。


「ガイ。何処に居るんですか、ガイ!」

 突然、食堂の入口から少女の呼び声がして、その場の全員が一斉に振り向く。


「今日は演習付き合ってくれる約束ですよね!? いつまでごはん食べてるのです?!」

 つかつかとガイの方へ詰め寄る少女。大きな飾りで留めた黒髪ツインテールに、黒を基調としたベストとミニスカートの制服を着ている。


「あぁ? そんな約束したか?」

「ぐあぁ苦ぁー! んぐ……な、何この子?」

 薬を溶かしきってマコトがイチゴパフェのクリームを舐めながら尋ねる。


「アアアだ。ウチの最年少エースパイロット」

「アリス・アリア・マリアです! 誰がRPGの適当ネームですか」

 ガイの変な紹介にアリスは強く否定する。


「へぇ、こんな小さい子が?」

「貴女と歳は同じくらいか変わらないと思いますけど」

 あまり興味のないマコトにアリスは突っかかる。


「じゃ、いくつよ? 私は十六」

「十四歳です」

「はぁー中学生じゃんか。それでエース? 寧ろ、ここのパイロットらの練度を疑うわ」

 バカにしながら口直しのパフェを食べる手が止まらないマコト。これには聞いていたレモン以外の周りの人間が少しムッとした視線を向ける。


「マコトよ、見た目で判断するんじゃないぞ? そう言ってやられた奴は数多いるのだ。お前がいくら学園でパイロットの成績が良くても勝てんぞ」

 オボロの挑発に流石のマコトも黙ってはいられない。


「それじゃあ、お姉さんが実力を試してやろうじゃんか? どれどれ、シミュレータールームは何処にあるの」

 急いでパフェを丼飯を食べるかのように掻き込むマコト。


「何を言ってるんですか貴女? そんな物あるわけないじゃないですか」

「それなら何で戦うのさ?」

「そんなの実機に決まってます。当たり前でしょう」

「……」

 そろっと立ち去ろうとするマコトの襟をガイが摘まむ。力が強すぎたのかマコトは尻餅を突き床に倒れてしまった。


「痛ーっ! なにすんのッ!?」

 振り返り様に平手をお見舞いしようと右手を上げるがガイに掴まれて封じられた。


「逃げんなよマコトお姉さんよぉ。試してやるんじゃないのか?」

「いや、だってさぁ……私のビシューは」

「お前が寝てるとっくの昔に直してる。あのギャル女とウチの整備士がな」

「イイちゃんが?」

「どうするんです? やるんです? やらないんです?」

 アリスがマコトの目の前で仁王立ちして見下げる。そんな時、レモンから助け船が来た。


「マコっちゃん! はいこれ」

 渡されたのはビニールに包まれた飴玉だ。


「これは?」

「怖くなったら飲んで。絶対に効くから」

 頑張れ、と応援するレモン。それ以外、周りの視線がかなり痛い。


「ここで逃げたら女が廃る。やってやろうじゃない!」

 意を決してマコトは宣言する。半ばヤケクソだったのは言うまでもない。

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