《第三話 月の影に集まる少女たち》

#13 FREES会議

 少女は夢を見ていた。


 母と幼い頃に亡くなった父と三人で遊園地に行った思い出の夢。

 メリーゴーランドの白馬へ一緒に乗る母と少女を、柵越しに父がビデオカメラで撮影している微笑ましい光景。

 だがそれは、決して本当にあった過去の出来事などではない。


 元々、少女にそんな思い出など無い、願望なのだ。


 母と父は仲が良くなかったし、小学生低学年の頃には別居状態だった。

 やがて離婚してしまい、その直後に父が事故で他界。

 父に付いていこうと少女は思っていたが仕方なく母と暮らすことになる。

 その時に名字を変えるかで揉め、慣れ親しんだものを今更になって変えたくないとゴネり少女は今も父の姓で名乗っている。


 十五歳になり、通う学校に関しても一悶着あった。

 本土から離れた人工島にあるSVパイロットを養成する学園。

 学費については特待生に選ばれ免除。だが、問題はそこじゃない。

 SVの学校という所である。

 こういった分野に母は関心が無いというか興味がない。父との不仲が原因で寧ろ嫌いであると言ってもいい。

 少女は懸命な説得を試みたが上手くいかず、最終的に母とは喧嘩別れのようになって家を出ていくことになった。


 後悔はしていない。

 逆に、見返してやるんだ、という気持ちの方が多い。


「…………見てろよ…………」

 まどろみの中で呟く。

 今は心の休息が先である。

 夢の中だけでも幸福を味わいたい。


「んぅ…………ふぁ~……」

 父の大きな胸の中に抱かれて、少女は安らいた。

 とても柔らかい二つの胸筋。


「……父さんは……母さんになったの…………?」

 肩に回される腕は男にしては細くプニプニしている。そして鼻を抜けるスッとした空気。まるで病院の診察室のような薬品の匂いがした。


「…………」

 少女サナナギ・マコトはゆっくりと目を開けると、まず肌色の谷間が視界に一杯に映り込んでいた。一瞬、尻かと思ったがよく見ればたわわに実った巨乳である。

 その持ち主、マコトを抱き締めるその人物は全く知らない女性だ。


「……可愛い……」

 思わず小学生並みの感想を漏らした。体格的にマコトより背が高く大人であるのだろうが、美人というよりかは少女っぽい愛らしさを持つ表情をしている。白衣を着ていることから医者か何かであることがわかった。それにしても胸元が開きすぎである。


「蜜木檸檬……ミツキ・レモン?」

 白衣のネームプレートに名前が書いてあったが、それ以上は彼女に関することは何もわからない。動こうにも見た目の細そうな腕とは裏腹に、ガッチリと強い力で体を掴まれ身動きが取れない。


「…………寝よう」

 状況がよくわからない。何が何だか知らないが取り合えずマコトは再び眠ることに決めた。蜜木檸檬という女性の柔らかな胸を借り、睡魔に誘われるまま瞳を閉じた。



 ◇◆◇◆◇



 雲ひとつ無い晴天。

 大海に囲まれた人工島。大和県イデアルフロートの中心、第1エリア・セントラルシティ。

 中央にそびえ立つイデアタワー最上階の会議室ではFREESの上級隊員による定期総会が開かれていた。

 各部隊の隊長が長いテーブルの指定された席に座る。


(……ここ、眩しいな)

 ゼナス・ドラグストが座る位置は丁度、窓から差し込む光が顔を直撃していた。顔面だけ日焼けするのを避けるため、隣の愛染恋太郎(アイゼン・レンタロウ)の座るはずだった席に、さりげなく移動する。彼曰く「トレーニングの方が忙しい」とのことでゼナスが後日、自分に報告しろと無茶を言ってきたのだ。


(まったく、それでも島の平和を守る騎士としての自覚はあるのだろうか)

 FREESは構成員一万人を越え、イデアルフロートの九つのエリアに九つの部隊がそれぞれ分かれて島の安心と安全を守っている。普段は各隊長との交流はないため、毎月の定期総会は貴重なのであるが、全員が揃うのは年末でも希なことだった。


「……第8エリアは以上でスヨ」

「第5、第6エリアも共に今月は特に異常ありません」

「はい御苦労様」

 非戦闘区域を任せられた隊長らが議長へ事務的に報告する。彼らもSV乗りであるが、この三つの地域は取り締まりが厳しくなっており、滅多なことが無い限り出撃は少ない。それでも部隊が存在するのは犯罪抑止力の為である。

 大和県は日本で唯一、民間人のSV使用が自由化されている。

 他県から来た人間は必要だが、県民は運転免許証を取る必要はなく子供でも操作可能。しかし、それによって引き起こした事件や事故などの損害は全て自己責任だ。

 そして、大和県民が他県や海外でSVを使用するは別途、免許証の取得が必要となる。イデアルフロートの中でも持っていた方が就職するのに得なので免許証を持っている人は少なくはない。

 このイデアルフロートでは第3エリアの大和アームズアカデミーに通う学生のみ、三年の教育期間を経て卒業者にはSV免許証が発行される。


「港と民間、工場エリアは何もない……奴等は学園とセントラルの二つを狙ったと言うわけでスネ」

「バイパーレッグの残党ッてことはよォ、やっぱり例の紅いSV絡みってことか。アンタは側にいたんだろう?!」

 第4エリア・四番隊隊長の青年、木更津鬼叉羅(キサラヅ・キサラ)がゼナスを指差す。


「それが……格納庫を攻撃されて出撃に戸惑ってしまいまして……後ろ姿を少しだけしか確認できませんでした」

「はァあ、自分の管轄なクセに見てませんでしたーッ! とか笑えるぜ。さすがはアイドル白薔薇の騎士様は余裕だァねぇ?! この中じゃ唯一、日本人じゃないから」

 席を立ち上がり、嫌みったらしくキサラが罵倒する。


「ゼナスクンはいいのよ。森でサバゲーばっかやってるキサラクンと違って仕事はやってるから、ココロはよくわかってる」

 妙に声の甲高い小さな女性、第7エリアの七番隊隊長こと宇佐美心(ウサミ・ココロ)がゼナスを擁護した。


「ちなみにココロの空港エリアは特に怪しい人物の入国はなかったでしたよ?」

「るッせーぞアラサーだかアラフォー! 引ッ込んでろ!」

「シックスティーン!!」

「あぁ五月蝿い五月蝿い……ちょっとお前ら少しだまってな」

 上座に座る女性の議長、第一エリアの副隊長である陽炎(ヤン・イェン)がやる気無さそうになだめる。


「宇佐美の年齢がどうこうなら私はどうなるんだぁ……あぁ、木更津? あと私も純粋な日本人じゃあないぞ」

「あッ…………いや、その……」

 気だるい口調ながら凄みのある眼光を向ける陽炎。あれだけ威勢の良かったキサラは気圧されてしまい黙って席に座る。


「さっすがカゲロウチャンね。私たちのリーダーだけあるわ」

「はぁ……で、ゼナス。紅いSVについてだが、大和アームズの実験と関係はあるのか?」

「それは、確かに非人道的ではありますが、あくまであれはパイロットの育成計画です。それ以外は特に何も」

「お前の管轄だろう? 上の奴等に口止めでもされているのか?」

「伽藍総司令はそんな事をする人ではありません! このイデアルフロートの事を第一に考えています。あのような危険なSVの開発なんて……」

 本当にゼナスは何も関与していない。学園の構造は把握しているはずだった。だが、あの戦闘の後に発見した地下区画をゼナスは初めて知ったのだ。


「もしかすると、この中に裏切り者がいるかモネ」

 ボソッと呟いたのは第8エリアの隊長、丑三刻太郎(ウシミツ・コクタロウ)。不気味な雰囲気を醸し出す眼鏡の男の発言が周りをざわつかせる。


「ゼナスのヤローがそうなのか?! まさかバイパーレッグのヤツラと」

「別に彼がそうだとは言ってなイサ。少なくとも紅いSVを作った人間とバイパーレッグの残党は繋がりが無いと言エル。見せてもらった監視カメラの映像を見るに敵対してるようだかラネ」

「こっちで作ったSVなら私たちの味方じゃないのウシミツチャン?」

「それだとセントラルでの戦闘に説明がつかナイ……僕はアレが奪われたんじゃないかと睨んデル。僕らの中で誰が紅いSVを作ったかは分からないけど、それをリークした人間がいるというのは確かダヨ」

 不穏な空気が流れる会議室。


「……その変にしておけ」

 陽炎の一声が空気を変える。


「ゼナス、お前はしばらく謹慎しておけ。メディアにも出るな、家で大人しくしておけ」

「議長!? それでは学園が」

「復興作業でどっちにしろ、しばらく休校だろ。余計な勘繰りをされたくないなら今は耐えろ。出ずっぱりで休みもないんだろ?」

「は……はぁ」

「よし、今日は解散。また来月な」

 そそくさと荷物を片付けて陽炎は会議室を出ると、他の隊員たちも続々と部屋から退室する。

 ゼナスは悔しさのあまりしばらく立ち上がれなかった。

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