#12 慈愛の女神
「……ゴーイデア、慈愛の光を……」
各所で火災が起こる悲惨な現場に《女神SV》が舞い降りる。両手を天に掲げると指先から幾つもの淡い光の玉が溢れだし、火の手が上がる所へと降り注いだ。
すると光が触れた瞬間に燃え盛る火が消え去り、それと同時に溶解した壁や地面が何事もなかったかのように綺麗さっぱり修復されていく。
「あれが動くのを見たのは何年前だったか? いい気分はしないな」
コクピットの外から愛染恋一郎は苦虫を噛み締めた表情で《女神SV》の光のシャワーを浴びる。不思議と全身の力が吹き飛んでしまうくらい体が楽になったのを感じる。
『隊長! ご無事でしたか?!』
部下たちの《ゴラム》が愛染の《ゴラム改》の周りを囲む。どれも先程に《ジーオッドB》の攻撃を受けて撃墜された者ばかりだ。
『狂奏の女神像……あれってSVだったんですね。動いているところを始めて見た』
『建物が元に戻っていく。一体どんな技術なんです?』
イデアルタワーの頂上にそびえ立つ、街のシンボルである女神の像。通称“狂奏の女神”と呼ばれるイデアルフロートの守り神である。
『それより隊長、あの赤いSVを追わなくていいんですか!?』
「ん……あぁ、さっき通信が入ったんだ。今は第三部隊のフタバがマークしているってな……それよりもと言ったな? お前ら! 全員鍛え直しだ、覚悟しておけ!!」
『えぇ?! 隊長が俺がやるから下がれと言ったんじゃ……』
「鍛え直しは俺だって含むんだよ。だから黙って俺に付いてこいっ!!」
◇◆◇◆◇
「お帰り、ゴーイデア」
全ての修復を終えて《女神SV》こと《ゴーイデア》は飛び立つ。ドーム天井の専用ゲートを潜って、地上700メートルの高さを誇るイデアルタワー頂上の台座へ帰還する。そこに拍手をして出迎えにやって来た一人の人物。FREES総指令官の伽藍童馬(ガラン・ドウマ)だ。
「いやあ、お見事だったよ。数年ぶりの起動だったが問題なく飛べたようだね。流石に向こうもまだ完全体じゃあないから逃げてしまったが、今回はこれでいいんじゃあないかな?」
強風の中に一人で喋りだすガラン。ゆっくりと《ゴーイデア》が台座に着陸すると再び両手を天に掲げるポーズをして静止、元の女神像へ戻った。
「非常に丁寧だ。先代よりも街に愛があるからこそ成せる技なんだと感じるよ」
「……そんなことはありませんわ」
「謙遜することはないよ。流石は黒須エレクトロニクスのご令嬢」
「昔の話です。今はただの何処にでもいる女の子です」
「いや君はFREESの一番隊隊長、黒須十子さんだ」
女神の中から純白な制服を身に纏う長い黒髪の少女、トウコがゆっくりと台座の階段を降りてきた。
「表向きは空席です。私は肩書きなど……頑張っていらっしゃるのは副隊長の方ですから」
「カゲロウ君か……気まぐれな奴だからね。今日のもどこかで戦いを見物しているんだろう。全く、仕事をしない困った人だよ」
「そうですね」
トウコとガランは笑いあった。親と娘ほど年齢が離れている二人だが実際、親以上に幼い頃からの付き合いは長い。
「ところで彼女、真薙真のことだが」
「あぁ、サナちゃんの……真薙真という方はとても素敵な女の子ですわ。でも、まだ本当の彼女の実力はこんなものではありません。サナちゃんはスペシャルなんです」
マコトのことを聞かれて、ゆったりとしたトウコの口調が少し早くなる。
「ず、随分と評価しているのだな」
「好きですから」
恥ずかしげもなく言ってみせるトウコだった。
◇◆◇◆◇
マコト達を載せた高速飛行艇は海岸線に向かって飛び続ける。その飛行艇は日本のSVメーカーであるトヨトミインダストリーの輸送艇だった。
「ありがとうねドラゴン。面倒なことに巻き込んでしまって」
操縦席の通信機で会話をするレディムーン。そのモニター画面には龍を象ったトヨトミインダストリーのマークとサウンドオンリーの文字が表示されている。
『何を仰る月……いや、レディムーン殿。何年ぶりかの再会……顔を見れないのが残念ではありますけど、こうして音声だけでも私は涙が出るほど嬉しいんです』
スピーカーからドラゴンと呼ばれた男のすすり泣く声が聞こえている。
『どうぞご自由に! とは、あまり言い辛いですが輸送艇はお好きに……前のように困ったことがあれば何時でも何でも協力しますから!』
ドラゴンの発言に輸送艇の操縦士が困った顔をする。
急に見知らぬSVに取り付かれ「新手のハイジャックか」と戦々恐々していたら、会社の一部の人間しか知らない暗号通信で上層部の人間と会話をしだす。すると音声オンリーで顔の分からないドラゴンなる人物と通信相手が交代し「一時的に輸送艇をレディムーンに借せ」などと言い出したのだ。
『パイロットの君。特別経費はしっかり払うから安心したまえハッハッハ』
「は、はぁ」
高笑いするドラゴンに操縦士は生返事をする。いつもの飛行ルートから大きく外れしまい、いつFREESに見つかり検挙されてしまうのだろうか、と操縦士は恐怖しかなかった。
「ドラゴン、もうこれっきりよ。貴方の力は借りないわ」
きっぱりとレディムーンは断っておく。
「今の私は新月……照らす光にはなれない」
『お互い立場上、無理は言えないですもんね。あと時に……いいえ、何でもないですよ? それでは次の機会があれば食事にで』
レディムーンは会話の途中で通信の強制終了ボタンを押した。
「運転手さん安全運転でお願いね?」
操縦士の肩をぽんぽんと叩き、レディムーンは操縦席を出ていくと後部の貨物室へ向かった。
沢山のSV用武器やパーツの入ったコンテナに混じり《ジーオッドB》が窮屈そうに座り込んでいた。マコト達はまだ機体の中で待機させている。
「vSV……紅き鎧のジーオッド。鎧を装う真(マコト)の少女……」
レディムーンはマコトの上着のポケットから拝借した半透明なプラスチックの薬ケースの中を覗いた。見るからに健康に悪そうなカラーリングをした錠剤やカプセルが何錠か入られている。
「この手のを使うは今も昔も変わらないか……でも調べてみる価値はありそうね」
自分の服の中に薬ケースを仕舞った瞬間、輸送艇内に衝撃が走った。縦横に激しく揺れて、固定が甘かった一部のコンテナが滑って壁に激突する。
「追手か。案外、早かったみたいね」
輸送艇の数百メートル後方、切り立った崖から右腕に大きな砲身を装着しているSV、狙撃型の《ビシュー・ガンナー》が狙っていた。
「……確実に狙ったはずなのに外した軌道が反れたなんてことはありえないありえるはずがない……」
息継ぎのしない独特の口調でパイロット双葉五月(フタバ・サツキ)は、もう一度狙いを定めてトリガーを引く。
超高速で飛ぶ虹色のエネルギー弾は通常ではありえない“直線的”ではなく、上下左右前後にと“不規則”な動きを取りながら飛んでいく。
「……これは仕事仕事なんで……」
狙うは輸送艇の先頭部分。エネルギー弾が真上に位置取ると操縦席へ向かうように急速落下する。だが、突然に何処からか現れた謎の大きな左の《緋色の巨腕》にエネルギー弾は握り潰されてしまった。
「……ちっ次弾装填こんなのカゲロウ様に叱られるたかが腕一本相手に負けるわけな」
すると《緋色の巨腕》は握り潰したと思われたエネルギー弾を《ビシュー・ガンナー》へと投げ返した。エネルギー弾は一回り大きく紅い光を放ち、その速度は発射した時のものよりも早い。視覚による反応速度が常人の数倍優れているフタバですら目で追うことはできず、紅いエネルギー弾が《ビシュー・ガンナー》の右腕に付いた砲身を見事に破壊した。
破壊の爆発は凄まじく、機体のボディ右側は外からコクピットが見えるくらいに穴が開く。フタバは腕や額から血を流していたが、幸運にも重症は避けられた。
「……さっきから鬱陶しい。そんな目で、私を見るな……」
貨物室の《ジーオッドB》の中、マコトは頭を抱えて何かに怯えるように体を震わせながら泣いていた。
「うぅっ……私は、ベイルアウターじゃない……っ!」
えずきながら頻りに呟くマコト。そんな彼女をヨシカはぎゅっと抱き締めて、
「大丈夫。ナギっちは頑張ったよ」
と、優しく頭を撫でた。
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