《第二話 真紅の鎧ジーオッド》

#07 買い物に行こう

 ──人の気持ちがわかる人になりなさい。


 これはガイの心に深く残っている言葉である。


 何時、何処で、誰に言われたのかは、もう忘れてしまった。


 なのにガイは、この言葉に従って二十年生きてきたのだ。


 そのせいで多くの人の心を傷付け、気味悪がられて来たというのにずっと教えを守っている。


 持って生まれた不思議な力。


 これまで役に立った、と思える事は一つも無い。


 ずっと孤独だったガイに手を差し伸べてくれたのは……オボロだった。



 ◆◇◆◇◆



 朝日が照らす海上を浮かぶ戦艦が一隻。

 リターナーの移動揚陸艦である《アデルフィア》が人工島イデアルフロートから数十キロ離れた沖に停まっていた。


 ガイの自室。

 乱雑に置かれた本が積まれた中で、毛布に包まりマットを敷いた床で寝息を立てるガイ。そこへ、


「……これ、起きろガイ。腹が減ったぞ!」

 突然の衝撃にガイは目を覚ます。見ると腹の上を巫女服を着た少女に馬乗りにされていた。


「テメェよぉ……俺は疲れてるんだ。寝かせろ」

「馬鹿め、お前に休む時間など無い。キリキリ働くんだぞ」

「たまにはテメェで作ってみろってんだ明治女」

「ギリ大正じゃ馬鹿タレめっ! この口か? この口かっ!」

 巫女服少女、オボロは両手でガイの頬を叩き、グリグリと揉みだした。

 ガイの朝は大体こんな感じである。

 朝の早い時間にオボロが嫌がらせのような起こし方で部屋に入ってくるのだ。

 彼女は唯一、ガイが心を読めない人物である。


「そうとも。女はミステリアスであるべきだ。そうは思わんか?」

 自称、不老不死の巫女オボロ。

 ガイが出会った頃から姿が全く変わらない謎の少女。

 ガイと同じく生命の気を感じる力を持っている、が微妙に違うらしい。


「ほら行くぞ。艦長が呼んでいるんだ」

 オボロに手を引かれガイは連れ出された。

 その様子は駄目な兄とシッカリ者の妹、と言った感じである。

 人が横を通るたびにクスクスと笑われてしまった。


「来たか? 昨日はよく眠れたか?」

 ブリッジに到着すると白い帽子とロングコートを着た、如何にも“艦長”と言った風貌の女性が出迎えた。


「目覚めが最悪な事を除けばな……」

「そうか、アッハッハッ!」

 豪快に笑うこの女性は《アデルフィア》の艦長ステラ・シュテルン。本名ではなく偽名だ。リターナーの構成員のほとんどはコードネームを付けられている。


「ガイと私ぐらいだな本名なのは」

「いいんだよ、そんなことは……シュテルン艦長、艦が進んでるようだが。もうオボロは助け出したし、思わぬ収穫はあった。これで帰れるんだろ?」

 ガイが訪ねる。リターナーの表向きは軍事運送会社ということになっている。堂々と艦の進路を島の港へ向かわせられるのは自由に出入りすることが出来る許可証があるからだ。


「総裁はガイを監視していたそうだ。お前、忘れ物があるみたいだぞ」 

「忘れ物? 総裁って……〈レディムーン〉が来てたのかよ?!」

 ガイは驚く。レディムーンとはリターナーを設立したリーダーのことだ。ガイにとって彼女は自分を拾ってくれた恩人である。


「今は中央のイデアタワーにいるらしい。上の奴等と話をしているそうだ」

「トップの人間が敵のアジトに直接に乗り込むやつがあるかねぇ?」

「そこでガイ。もう一回、島に行って、その“忘れ物”を取りに行ってくれないか?」

「あぁ?! またかよ?!」

「行ってくれるな?」

 シュテルン艦長は、にこやかに笑って見せる。が、その心の中では鬼のような見え隠れして絶対にノーとは言わせない凄味をガイは感じ取った。


「ついてってやる、安心しろよガイ」

「だから不安なんだろ……」

 女って外見と内面が一致しないから怖い。

 ガイは女性不信になりそうだった。

 



 ◇◆◇◆◇



 大和アームズアカデミー学生寮の早朝。

 いつもならば朝の訓練時間なのだが、今日は校舎などの建物を修理、改装するために臨時休校である。

 マコトは制服のまま寝床である二段ベッドの上で眠っていた。

 歩き疲れもあり、休校と知って「今日は一日寝よう」と耳栓、アイマスクを装備。誰にも邪魔されない完全な睡眠の体制で挑んだ


「──。──っ! ────?」

 誰かがマコトの体を揺さぶっている。そのせいで起きてしまったが無視して寝ようと試みる。


「────!! ──? ────っ!?」

「………………なに?」

「サナちゃん、お客様ですわ」

 アイマスクと耳栓を外すと、マコトを起こしたのはルームメイトの黒須十子──トウコ──だった。二段ベッドの下から顔を出している。お嬢様育ちにも関わらず寝巻きに黒いジャージを着用している。それが安物ではなくブランド物だろう、というのは生地やロゴを見てマコトにもわかった。


「…………誰?」

「知らない。白衣の女の子だよ?」

「……」

 眠い目を擦りながらマコトは枕元の眼鏡を掛けて二段ベッドを降りた。フラフラした足取りでドアを開けると、サイズの合ってない大きめの白衣を着た背の低い少女が待ち構えていた。


「OHA! おーはァー! サナナナナギさん、おはしゃァーっす!」

 早朝の廊下に甲高い大声が反響する。マコトは慌てて少女の口を塞いだ。


「うるさっ……シアラちゃん、他の人がまだ寝てる時間だから静かに」

「んぐ、ぷはぁ……アイアイサァー!」

 白衣の少女、ヤマダ・シアラは手が全く出てない長い袖を上げて敬礼した。


「で、何?」

「サナナギさん、お薬を無くしたって聞いたからダディから預かってきたのだァ。はいこれ」

「ドクターYsに? それは朝からご苦労様」

 マコトはシアラから紙袋を受け取る。約一ヶ月分の錠剤が中に詰まっていた。


「無くさないでよ? ソレすっごく高いんだァ。保険は効かないぞ?」

「ありがとね。お父さんによろしく」

「おいっすーナギっち!」

 マコトへ更に来客が現れる。お洒落な服に身を包んだモデル体型のギャル風少女。

 

「イイちゃん」

 仲頼良華(イイちゃん)──ヨシカ──はマコトに詰め寄ると身体を触り始める。


「あっ、んやっ、ちょっと何っ?!」

 くすぐったさに悶えるマコト。


「大変だったねぇ。パラシュートが数十キロ先まで飛ばされたって聞いたぞ? 心配したんだからな」

「えっ? あぁ……まぁ、ね」

「でもウチが整備したナギっちのビシューが残骸も無いのは何でなん?」

「さ、さあ…………何ででしょ?」

 ヨシカの問いにマコトは何とかはぐらかした。


「あと薔薇騎士様がスゲー心配してたぞ? 私が早く駆けつけていればぁー、って。その割りに何か用があるとかで中央の本部の方に帰っちゃったけど」

「そうなんだぁ」

 一言挨拶しておきたかった、とマコトは残念な表情をする。


「あの薔薇騎士って顔良い癖に何か抜けてるよね? これだから細い男はダメね」

「はは、イイちゃんは筋肉好きだもんね」

「弾けろ筋肉! 飛び散れ汗! SVに轢かれても落ちてもビクともしない肉体派! だよねぇ」

 ヨシカはスマホの画面をマコトに見せる。それは昔の映画のポスターらしく、防弾チョッキを着た筋肉ムキムキのマッチョ男がポーズを決めている。


「ナギっち今日は、って言うかウチも休みなんだけど中央に買い物いこうよ、イデアタワー」

 島の中心地にあるイデアタワーは大和県ことイデアルフロートのシンボルタワーだ。国内外から観光客が押し寄せ、周辺はレジャーやショッピングなど何でもありの歓楽街となっている。


「んー、まぁいいよ。トウコちゃんはどうする?」

 マコトは振り返ってドアの隙間からこちらを除くトウコに問いかけた。


「私は別の用事がありますので……サナちゃん楽しんで来て」

「そう……シアラちゃんは?」

「ボクは研究があるので失敬するのじゃァ!」

 そう言ってシアラは高笑いをしながら猛スピードで退散した。


「…………じゃ、待ってて用意するから」

「あいよっ!」

 友達と外に買物なんて何年振りだろうか。

 逸る気持ちを押さえながらマコトは大急ぎで外出の支度をした。

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