#08 セントラルシティ

 大和県、イデアルフロートの治安維持を司る特殊警察機構。

 その名をFREES。

 一部、アングラ雑誌の記事では組織のトップである伽藍童馬(ガラン・ドウマ)が島を牛耳る為の私設部隊だ、と報じられている。

 大和県知事を差し置いて、島の顔としてメディア露出への多いガランだが、根も葉もない噂はあっても地位を失脚するような決定的スキャンダルは一度も無い。

 これに一番、怒りを露にしているのは伽藍本人ではなくFREES第三機動部隊隊長のゼナス・ドラグストだ。ゼナスは組織の誰よりもガランの事を心酔している。幼少の頃、両親がガランと交流があったのが切っ掛けで何度か遊んでもらったこともある。

 ゼナスにとってガランは憧れであり目標なのだ。

 彼を馬鹿にする者をゼナスは許さない。


「……腐ってますよね。うちのトップって」

 ゼナスは椅子から転げ落ちた。

 とある廃ビルの一室、埃だらけの何もない小部屋。

 服に付いた埃を払うゼナスと窓から外を覗く少女が一人。


「ゲーホゴホ! ふ、フタバ君、君と言う奴は!」

「それ以上は近付かないで不快です死にたいですか?」

 ライフルのスコープで覗いたままの体勢で、迷彩服にメカニカルな眼帯を付けた少女は、詰め寄ってくるゼナスの足元をサイレンサー付きの拳銃で撃った。


「危ないっ! ……フタバ・サツキ! 君と言う人は目上に対する態度がなってないんじゃないか? それでも君は私の部下か?!」

「部下ですよ部下だから今与えられた任務を遂行中なんじゃないですか」

 独特の早いテンポで捲し立てる少女、双葉五月(フタバ・サツキ)はゼナスが率いる第三機動部隊の諜報員兼スナイパーである。

 年齢は十九歳。

 FREESに入ってまだ二年ほどの若手だが、その実力は総裁ガランも買っているほどの優秀な人物だ。


「今日非番だったんですよ折角オシャレしたのに台無しですよどう責任取ってくれるんですかお給料今日の分二倍請求します」

「フタバ君、それについては本当に済まないと思っている」

 深々と頭を下げるゼナス。だが、フタバは振り向きもしない。


「だが、このセントラルシティに潜伏している敵を、どうしても見つけなければならない。街の平和の為にも協力してほしい」

 まだ頭を上げないゼナスを横目でチラッと見るフタバ。

 長い沈黙。


「…………いいですよね隊長はテレビにも出てる有名人ですから一声かければ言うこと聞いてくれる女の子のファンが集まってくるから困らないですよね私はそうはいかないですよ」

 フタバはポケットから折り畳まれた一枚のメモ用紙をゼナスに投げる。


「買い物リストです私にお願いします」

「これは…………食べ物はまだしも、女物のを服を買えと?」

「お金はちゃんと払いますからお願いしますよ私は場所を移動しますのでトレーラー使いますよじゃアデュー」

 ギターケースにライフルを仕舞ってフタバはそそくさと部屋を出ていった。


「………………」

 一人、部屋にポツンも残されたゼナスだったが、こんなことは初めてではないので苦ではない。彼女が散らかしたゴミを掃除してゼナスは部屋の戸締まりを確認すると廃ビルを後にした。



 ◇◆◇◆◇



 セントラルシティはイデアタワーを中心に街全体を巨大なドームで包まれている。

 空を見上げればミサイル爆撃にも耐えられる強化ガラスで出来た天上が一面に張り巡らされていた。その一部は飲食店や化粧品の宣伝CMを映し出す巨大なスクリーンになっている。


「ながオボロ、宛があって歩いてるのかよ。ここは煩すぎる……オエッ」

 ガイは人混みが嫌いだ。行き交う人々の声と心の声が二重に聞こえ、非常に耳障りで吐き気を催してくる。


「モグモグ……んー黙れ。あんまりキョロキョロするなよ? お上りさんの田舎者だと思われるぞ」

 すっかり観光気分で街を満喫するオボロ。服を新調し、手には売店で買ったクレープが握られている。


「あれも食べたい! あれも食べるぞ!」

「もう何件目だっつーよ馬鹿。俺達の目的はレディムーンの」

「先に行ってるぞ?! 遅れるな!」

 道行く人を掻き分けてオボロは走り出す。


「待てって! おい、置いていくな! オボロ!」

 既に目視ではオボロの菅田を確認することができない。オボロの気で位置を特定しようにも人が多すぎて集中できなかった。

 はぐれるのは不味い、と焦りながらガイも後を追う。人にぶつかろうが構いはしない。とにかく進む。


「……おい!」

 ガイの肩が誰かとぶつかった。2mはある巨漢の“いかにも”一般的な職業じゃない風体の男が、急ぎ足のガイの腕をがっちり掴む。


「急いでる、退いてくれ」

「人に失礼があったら謝れって教わらなかったか?」

「生憎、学校には行っていない……手を離してくれないか?」

 互いに睨み合う。巨漢男の取り巻き達も現れてガイの胸ぐらを掴む。


「いい度胸してんなっ!?」

「テメェ口の聞き方には気を付けろォ!!」

 取り巻きの唾がガイの顔に飛ぶ。これには流石に我慢が出来ず、ガイは取り巻きの足を引っ掻けてコンクリートの床へ転ばせた。


「だから俺は人を探してるんだ。邪魔しないでくれないか」

 口調は穏やかだがガイの眼光が鋭くなる。なるべく騒ぎを起こしたくなかったが仕方がない。


「……覚悟は出来てるんだろうな?」

 巨漢男のこめかみに浮き上がる。言動と感情が一致している者ほどやり辛い相手はいない。取り巻き達が今にも飛びかかってきそうでガイも構えを取る。その時、後ろで場違いな黄色い声が上がった。


「きゃー薔薇騎士様よー!」

「ゼナス様ぁっ!」

 まるでモーゼの十戒のように人が左右に別れると、腕に〈FREES〉の文字が入った白い制服を着る金髪の青年がやって来た。


「そこの君達、争いは止めたまえ! 街の風紀を乱す者は、このFREES第三機動部隊隊長ゼナス・ドラグストが許さない!」

 ヒーローでも現れたかのような歓声が鳴り響く。ガイには一体何が起こっているのかさっぱりだったが、巨漢男の表情がみるみる変わっていくのが分かる。


「ふんっ……顔が良いからって偉そうに。お前ら行くぞ、そこを退け邪魔だ!」

「へい、待ってくだせえ!」

 巨漢男達はばつが悪くなると踵を返して早々に退散していく。ただの言い合いに割って入っただけなのに、ゼナスは観衆から称賛され一躍、注目の的になった。


「何だコレ……? 古くさいコントか何かか?」

 ガイはキョトンとした顔をして、サイン攻めに会うゼナスと逃げる巨漢男達を交互に見た。


「君、怪我は無いかい?」

 ようやくファンから解放されたゼナスが握手を求めた。


「……これは?」

「あぁすまない職業病だ。それにしても、ああいう輩がウロウロしているのとは……ここも警備を強化しなくてはな」

「なぁアンタ、FREESの人って事だよな?」

「私を知らないのかい? そうか、他県から観光かな? そうとも第三機動部隊ゼナス・ドラグストと聞けば知らない人はいないよ……と自分で言うものじゃないか」

 照れ笑いのゼナスを、ガイはじっと見つめる 。


「アンタがFREESの…………そうか」

「名刺をあげよう。困ったことがあったらココに」

「じゃあ、これが俺の挨拶だッ!」

 警戒心ゼロ。ガイはここぞとばかりにゼナスの腹部に拳を叩き込んだ。


「なっ……?」

「おっと、触れるのはNGだよ」

 ガイの拳は、いつ間にかゼナスの手で受け止められている。割りと本気の力で確実に無防備な隙を狙ったはずなのに、とガイは驚愕。そんなゼナスは怒るでもなく、逆に微笑んだ。


「何でわかった?」

「こういうのには馴れているからね。今回は許すけど、次は逮捕するからね。私は用がある。とても急いでいるんだ」

「急ぐ用? 女のパシりの癖にか?」

「何? 何故ソレを知ってる!?」

 今度はゼナスの方が知られてはいけないことを見抜かれ驚く。


「えー?! 騎士様って彼女持ちだったの?」

「これはスクープだな……拡散」

 ガイとゼナスをやり取りをずっと見ていた人達がざわめきだす。


「違う! それは誤解なんだ?! 彼女は私の部下だが、そういう間柄じゃないっ!」

「でも傷の彼に聞かれて動揺してましたよね?」

「そこの所はどうなんですか?!」

 弁解するゼナスだったが、質問攻めは止まらない。中にはショックで泣き出す女もいた。


「くっ……傷の君ぃ!!」

 叫ぶゼナス。

 それと同時に遠くで突然、爆発が起こり人々は騒然とする。


「煙……あそこは……イデアタワーが?!」

「…………レディムーン、そこにいるのか」

 強い気を感じて、ガイは黒煙の上がる方向へ駆け出した。

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