#06 ベイルアウターとリターナー

 人工島イデアルフロートの中央にそびえ立つイデアタワー最上階。

 島が一望できる絶景の場所だと言うのに窓も無く、モニターや間接照明の明かりだけが照らす薄暗い部屋。長いテーブルを七人の男女が囲んで会議を行っていた。



【パーソナルデータ】

 被検体№0108

 真薙真(サナナギ・マコト)十六歳

 身長155㎝

 体重47㎏

 血液型B

 アレルギー無し。

 生まれは──県の真芯市出身。

 好きな食べ物:皿うどん、焼きビーフン、麻婆春雨

 特技:一輪車

 シミュレーターでの成績はA判定。

 実機での搭乗訓練はD判定。

 志望動機:父親が元SVパイロット。弱気で頼りない自分をパイロットになって変えたい。そして父以上の存在を目指す。



 彼らに配られた端末ディスプレイには数時間前の監視カメラに撮された《ジーオッドB》と《スレンディア》の戦いの映像、そしてパイロットであるマコトに関するデータが映し出されていた。


「何処からか情報が漏れたのか? テロリストは何処の勢力の奴等か?!」

「敵のSVなんですが、照合の結果これは尾張イレブンの改造機体であるとわかりました」

「消滅せし技術を使ったvSV……それでアレを動かせたのは真薙の……皮肉なものですね」

「しかし《GoD/D》の行方は? アレを作るのにどれだけの予算を使ったか……頭部をだけでも億単位も掛かったんだぞ!?」

「予算の方を言うならアカデミーの被害も」

 騒ぐ五人。彼らは島の管理や運営を司る各分野の代表たちだ。皆、一様に煩く喚き散らしている。


「静粛に」

 テーブル一番奥の議長席に座る男、伽藍童馬(ガランドウマ)の一声で一同は黙る。筋肉質な体にピッタリとしたスーツで、デザインカットの坊主頭。いかつい金縁のサングラスを装着したガランは全員の顔色を伺うと、にこやかに笑って見せる。


「計画の第一段階はクリアしたことですし、次のフェイズへの準備をしましょう。お金のアレコレに関しては、ここでは無しにしましょう?」

 物腰柔らかな口調でガランが言う。


「皆の気持ちが……人類全てが共存しあわなければ“来るべき最厄”に立ち向かう事は出来ない。問題は今では無く未来です」

「ですが、《GoD/D》が持ち出されてしまっては……」

「それも想定済みです。それにFREESの偵察機を向かわせていますから御安心を」

「……総司令の貴方が言うのなら、信じましょう」

「ありがとうございます」

 ガランは陳謝して頭を下げた。


「いやぁ、しかし凄いですなexSVと言うのは。流石はロボットの大国日本」

「でもSVの存在が諸外国から疎まれ続けている理由なのは変わらん」

「核を持っていないんだ。ロボットの百や千、防衛の為にあっても恨まれる言われはない。それに全てが戦いの道具では無いぞ」

「2015年を境に日本は敗戦国から勝戦国へ」

「もっとも相手は宇宙人だがね? それも、もう半世紀近くなる」

 人類共通の驚異であった《模造獣》は完全に駆逐した。敵が去った世界は平和の道を歩むのだった、とお話のようにいかないのが現実である。

 協力関係にあったとしても一時的な所が多った。戦いで身に付けた技術は矛先を隣人に向け、自分を誇示する為にチラつかせる。そうした事で世界の緊張状態は《模造獣》以前よりも緊迫した状況に陥っていた。


「今、人類は試されている。この戦いを乗り越えた先に待つモノ、それに立ち向かう為にもサナナギ・マコト君には頑張って貰いたい」

 モニターに授業を受けるマコトの静止画をスライドショーで映し出すガラン。


「GA因子の被検体は彼女だけではないのでしょう? 成績の良い被検体なら他にもいるはずでは」

「マシンが選んだ、と言うのが一番ですよ。あの《GoD/D》は意思を持つ」

「機械が……意思ですか?」

「そうだよねドクター?」

 ガランは左隣の席に座る人物に向いた。


「ドクター……ドクターYs、聞いているのですか?!」

 右隣の男が正面の人物に声をかける。

 それは大人だらけの会議室には似つかわしくない白衣を着た子供であった。先程からずっと腕組をして頷いているだけで会話に混ざろうともしなかった。


「ん……あぁ聴いてるよ、新曲をさァ」

 丁度、曲の終わりだったため、イヤホンを外して顔を上げる。


「虹浦セイルって知らない? 虹浦セイル。年齢が三十を越えて未だにアイドル名乗ってるとか……なんてバカにしちゃいけないよ。むしろ今の方が艷があって素敵だってボクは思うなァ? 今回の新曲“鋼鉄のユングフラウ”はセイルさんの集大成とも言える熱いラブソングでさァ!」

 聞かれてもいない事をYsは目を輝かせながら早口で語り始める。


(これが本当になのか? 変な子供にしか見えないが……)

(しっ! 聞こえますよ)

「確かに、ドクターは見た目が子供かもしれない。だけど、その頭脳は人類の宝。今後の戦いになくてはならない存在なのです」

「ガランし・れ・え! ボクの“イデア・プラン”はボクだけのモノだよん?」

 Ysはガランに飛び付き丸太のような太股の上に座る。他の者たちは「何て怖いもの知らずだ」といった表情をする。


「人間には帰省本能がある。ボクの《ゴッドグレイツ》も“お姉ちゃん”も必ず帰ってくる。その時が楽しみだなァ!」

 ガランの大きな手で頭を撫でられながらYsは満面の笑みを浮かべた。



 ◇◆◇◆◇



 酷い揺れを感じてマコトは目を覚ました。

 体の節々が痛いのに何処か清々しい気分なのは何故だろうか、と起き上がる。


「あ、痛ッ!」

 天井に頭をぶつける。マコトはコクピットに居た。コンソールの時計を見ると夜中の三時を過ぎている。痛む頭を擦りながらマコトは、いつの間にかハッチが開いているコクピットから出た。

 ここは開発が手付かずのエリアでライトも無く、作りかけの建物が放置されている場所だった。


「……気味の悪い」

 マコトは自分の機体を見上げる。

 ぼんやりと思い出される奇妙な感覚。《ビシュー》の頭部から覆い被さるようにして一回り大きい真紅のマシンが装着されている。そのデザインはまるで悪魔のようで、今は角飾りが折り畳まれ眠りについている。


「いつまで待たせる気だ? ここまで女を待たせるとは、最近の男と言うのはなっておらんな……夜更かしは肌に良くないんだぞ?」

「お前の言う最近ってのは何十年前からの話だよ?」

 声のする方にマコトはそろりと近付く。小型戦闘機の下で幼い少女と怪しい男が会話をしている。しかも、少女は病院で着るような薄い検査用の服を纏い怪訝そうな顔をしている。


(事案発生!)

 寝ぼけ眼のマコトに眠る正義感が体を動かした。対暴徒用のゴム弾拳銃を懐から取り出して男の背後にゆっくりと近付く。


「動かな……いでッ!?」

 背中に銃口を向けた瞬間、その腕を男に掴まれマコトは宙を舞う。気がついたら仰向けに倒れていた。


「気が駄々漏れなんだよ。近付くなら気配を消せ……ってマコトかよ?」

 左目に傷がある男、ガイはマコトの手を引っ張り上げて立ち上がらせる。


「痛い痛い! もっと丁寧に起こしなさいよ!」

「そうだぞガイ。レディの扱いがなっとらんな」

「…………オボロはオールドレディだけどな……」

 ボソッと呟くガイの足を、少女オボロはしゃがんで意図も容易く持ち上げて頭部から叩きつけるように転ばせた。


「─────ッッ!!!!」

 声にならない声を発してガイは地面にのた打ち回る。


「オボロだ。こう見えて戦前の生まれだが気にしないでくれ。こっちの阿呆はガイだ」

「あっどうも……サナナギ・マコトです」

 握手する二人。オボロは両手で確りとマコトの手を包み込んだ。


「突然だがマコト、一緒に来てくれないか?」

「はい…………ん……へ?」

 マコトは目が点になった。


「簡単に言うとだな、ここは悪の巣窟だ。特にフリーなんちゃらとか言う連中は世界征服を企んでおる。そいつらを打倒する為にアレ……“赤兜”のマシンを操れるお前が必要なのだ」

 手を握るオボロの力が強くなる。何を言っているのかマコトにはさっぱりだった。


「……俺達は“リターナー”と呼ばれる、まぁ言わば反政府組織って所だな。とにかくだな、FREESもイデアルフロートもヤバイ奴等だ。お前は洗脳教育をされている。だから俺達と」

 ガイもオボロが握るマコトの手に自分の手を置こうとする。


「ふざけないで!」

 マコトは二人の手を降り解いて背を向けた。


「…………帰る」

「おい待てよマコト。お前だって見ただろ? 学校の敷地から出てきたSV、パイロットは教官だよな? それが攻撃を仕掛けてきたんだぞ。おかしいと思わないのか?」

「おかしいのは貴方達の方じゃない? 何で、名乗ってもいないのに私の名前を知ってるの?」

 気持ちが悪い、と露骨な表情を見せるマコト。


「それはだな、俺の力であって……」

「洗脳教育? バカ言わないで! 彼処には私が選んで入ったの。私が、そう……全部、決めたの。貴方にとやかく言われる筋合いは無い!」

 激昂するマコトの声が建物に反響する。ガイは彼女の中にある何かを察して、それ以上は黙った。


「待て。ここから戻るにはかなり遠いぞ? せめて近くまで連れてってやる」

「いい、歩いて帰る。そのビシューはもう貴方達にあげるから」

「しかしだな」

「ついてこないでっ!」

 怒鳴るマコトの背中を二人は見送るしか出来ずに立ち尽くした。

 暗い閑散とした廃墟を感だけを頼りにマコトは歩き続ける。


(何が帰還者(リターナー)よ、バカにして……)

 夜が明け、夜が暮れ。彼女が学園に辿り着いたのは目覚めた時間と同じ、夜中の三時を回っていた。

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