#03 ウォーニング

 夜、校舎から一キロほど離れた女子学生寮の一室。

 扉に掛けられた名前のタグは二つ。


【真薙 真】

【黒須 十子】


 マコトは夕方を学食で済ませたら直ぐに部屋へ戻り、明かりを消し二段ベッドの上で寝ていた。

 あれからずっと気分がイライラし、首の後ろが少し腫れ上がり熱い。

 うなじに触れていると手首に当たる頬のカサつきが気になって仕方がなかった。

 昼間のボディクリームを顔にも塗ってもらえばよかった、と思いつつマコトは枕元のピルケースを掴む。これよ実験の副作用のせいで地味に嫌なのが肌荒れである。


「……そうか、補充してないな」

 ケースの中身は空。薔薇の騎士様ことゼナス・ドラグストから頂いた薬は貰った紙袋に入れっぱなしだった。マコトは起き上がり、ベッドを降りて薬を置いたはずの自分の机を探す。


「あれ…………あれ? 無い、薬が……無いっ?」

 急いでマコトは部屋の電気を点ける。引き出しを開け、椅子を退けて机の下や棚の隙間などを隅々まで探したが見当たらない。


「いつだ……?」

 薬を受け取り、それを部屋へ置きに行ってから午後の授業。共同のシャワー室が使えなかったので部屋へ浴びに戻る。十子と一緒にシミュレータールームで訓練。そして夕食。ふて寝。

 シャワーの時に袋はあったのか、急いでいたのでよく覚えていない。

 泥棒か。服用時間しか表記していない謎の薬を盗む泥棒とは。


「うーん……あぁ……ああぁーもうっ!!」

 あれこれ考えると余計に首筋が熱く、痛く、痒い。

 こういう時、もしもの自体が起きた場合の連絡先に電話するように言われている。マコトは携帯電話を電源を入れてアドレス帳にある〈DrYs〉へ電話を掛けた。


「…………うっ?!」

 突然、鋭い痛みが体を駆け巡りマコトは携帯電話を落とした。まるで下から何かに突き上げられたような感覚。


「何……下に、誰か居る?」

 足元に何かが蠢いている。

 マコトの部屋があるのは一階だった。



 ◇◆◇◆◇



 左目に傷跡を持つ男は道に迷っていた。

 ある目的で輸送業者の車に紛れ、学園の内部に侵入したまではよかったが、探している人物が一向に見つからない。


「こっちでもねぇ……広すぎんだろココ。本当に学校かよ」

 上手く職員や生徒の目を盗み、探し始めてもう数時間は経っている。非常食に用意していたビーフジャーキーも底をついた。


「…………駄目だ、アイツの“気”が遠くなっている。寝てんのか?」

 目標の人物の反応がある下へ、下へと降りていったのはいいが、いつまで潜っても終わりのない地下に軽い恐怖を覚える。

 腕時計で時刻を確認すると午後の七時を過ぎていた。

 傷の青年の学園に侵入を開始した時間が昼の十二時頃であるから、少なくとも目標の寝ているわけでは無いが夕食と言う訳でも無いだろう。

 そもそも捕らえられているのだから自由など無いのは当たり前だ。

 微かに感じる波動は徐々に小さくなっていた。それが自分との距離が離れているせいからなのか、生命の活動が弱まっているからなのかはわからない。何にしても急がないといけないのだ。

 傷の青年は意識を研ぎ澄ませて慎重に気を辿りながら歩いていく。


「ん? 違うぞ……混じっている。それも二つ?」

 上の方から突然、目標の人物とは違う気の流れを感知する。


 先程から傷の青年が言う“気”とは普通の人間から出るモノではない。特殊な電波のような、並みの生命エネルギー波とは異なる未知のモノだ。

 傷の青年は生まれながらにして、それを感じる事が出来る体質である。自分の気を感じ取る事は出来ないが他人の気を感じる事は出来る。

 目標の人物も特別な気を持っているが、上から来る二つの気は傷の青年が今まで感じた事の無い“不自然”な気だった。


「今は関係ない、無視だ」

 目標の人物を気を慎重に読んで、傷の青年は先へと進む。

 監視カメラと通行人を警戒しながら長い通路を歩き続ける事を三十分。ようやく目的地の部屋の前まで辿り着いた。

 警戒しながらドアをゆっくり開いて中に入る。薄暗くて分かりにくいが靴音の反響で広い部屋だと察知した。


「来たか……待ちくたびれたぞ、ガイ」

 そこに居たのは十歳前後の幼い少女だった。検査着のような薄手の服を身に纏い、座布団を敷いた台車の上に正座していた。


「オボロ、捕まっていたんじゃ?」

「捕まっていた? フフフ……一体、何の話をしておるのだ? こんなにもピンピンしていると言うのに」

 オボロと呼ばれる少女が不敵に笑う。見た目とは裏腹に、その表情や仕草は早熟した女性のようだった。


「寂しかったのか? よしよし、こっちに来い。いつものように頭を撫でてやる」

「ば、バカ! だってお前……ここの奴等に」

「小僧、見くびってもらっては困るぞ。そんな事よりもアレを見ろ」

 傷の青年、ガイはオボロの指差す方向を見上げた。


「んだよ、コレ……」

 その大きな紅いマシンは手足、胴体が無く胸と頭だけしかなかった。なのにSV用の固定ハンガーに宙ぶらりんで吊るされていた。その頭部がガイには一瞬、睨んだ様にも見えて背筋がゾッとした。


「vSV……ヴァニシング・サーヴァントと呼ばれている。十一年前に消滅した機体を不完全だが復元したモノだ」

「十年前のヴァニシング?」

 二人が紅いSVを訝しげに眺めていると、突如けたたましいサイレンが鳴り響いた。とっさにガイはオボロを抱えて物陰に隠れる。


「警報? もしかしてバレたのか!」

「ガイ、アレに乗れ。敵が来るぞ……」



 ◇◆◇◆◇



 学園の敷地にSVに乗ったテロリストが侵入したらしい、と格納庫へ走るマコトは親友の十子から聞く。

 鬼平の一存で正規兵ではなく訓練生達が駆り出される事になったのだ。

 これしきの事が対処できなくてどうする、と無茶苦茶な事を言ったらしい。


「……死んだら、どうしてくれるんだよ……」

「お前は大丈夫だろう?! だがな、もしベイルアウトしてみろ? 即刻退学だからな」

 つまり死ね、と鬼平はマコトへ言いたいのだ。

 戦闘に駆り出されるパイロット訓練生は鬼平の独断と偏見で選ばれた五人。マコトと比べれば優秀な生徒ばかりだ。彼らがマコトへ向ける気の毒な視線が痛い。


「さぁ行けっ! 日頃の成果を俺に見せてみろ!」

「「「「はい!」」」」

「……あい」

「駆け足!」

 鬼平が号令を出し、優秀な四人はそれぞれの自分の機体へ走る。その後ろをマコトはちんたら、ノロノロと歩いていく。睨み付ける鬼平など気にしない。

 各訓練機のSVはトヨトミインダストリー製である《ビシューMk2》だ。一世代前の機体であるが現役でも使われている拡張性に優れたマシンである。

 整備士達がSV専用ライフルを実弾に込めている間にマコトは機体のハッチを開き、コクピットへ搭乗する。


「ナギっち、パラシュートの補修は終わってるよん!」

 ギャル風の整備士がマコトが乗るコクピットを覗き込む。体にフィットした作業服がとてもグラマラスである。


「イイちゃん、それ皮肉?」

 相手の目を見ずにボソッと呟くマコト。


「なぁにナギっち、もしかして……あの日なん? もぉ、イライラする気持ちも分かるけどさぁ、ウチらはパイロットを無事に帰還させる事がお仕事よ? ウチはナギっち大好きだから絶対に帰ってきて欲しいわけ。ナギっちのお陰で脱出装置のデータ取れてメチャ嬉しいよ?」

 イイちゃんこと仲頼良華(ナカライ・ヨシカ)は感謝のつもりで言っていた。だが、ナーバスになっているマコトは、それが悪口なのだと勘違いして受け取ってしまう。


「シミュレーターの感覚でやれば……ゲーム感覚……コンピュータ…………早く退いてよっ!」

「あいあい。あっ、これあげるね!」

 閉まるハッチの隙間に良華は棒付きキャンディを投げ込む。


「頑張れっ!」

「ん…………揺れない……揺れてない…………現実じゃないっ!」

 マコトの病気──ベイルアウト癖──は本来ならば相手と対峙した時に起こる。それがもう発病している。

 マコトは気を紛らわすために足元に落ちたキャンディをしゃぶると、幾分か心に落ち着きを取り戻すのだった。

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