#02 マコト、頑張る

 ──誇れる自分になりたい。誰だってそうでしょ?


 ──昨日よりも素敵な明日の自分になれるのなら、今日の自分は何だってする。


 ──21世紀も半分が過ぎ、人類の発展は目覚ましいのよ。


 ──こんなに進歩した時代だからこそ人の欲望は限界を知らず、更に先を欲する。


 ──私が欲しいモノは、鎧の様に頑丈な鋼鉄の体と心。


 ──それさえあれば、弱い外見を隠して大手を降って歩いていけるはず。


 ──何か文句ある?



 ◆◇◆◇◆



 西暦2057年。

 季節は桜が咲き乱れる春。

 ここは海上に作られた四十八番目の都道府県であり日本の新たな首都、大和県。

 別名、イデアルフロートと呼ばれる巨大な人工の島である。

 そこにはパイロットを目指す若者が集まる学園、大和アームズアカデミーがあった。

 巨大ロボット産業が目覚ましく発展した日本。

 災害救助や土地開拓、建築作業からモータースポーツまであらゆる分野に日本の開発した搭乗型人型機動戦略機械〈SV(サーヴァント)〉が活躍していた。

 若者たちは今日もパイロットになるため日夜努力している。


 広い敷地の一画で桜の花弁が舞う風を身体に受けながら、真薙真(サナナギ・マコト)は悠然と空を舞っていた。

 お花のパッチワークだらけのパラシュートは満開に開き、今日も正常に作動している。別に今は点検をしている訳ではない。


 脱出したのだ。と言っても実戦ではなく演習でなのだ。

 下方にはマコトが搭乗していた訓練用のSVである《ビシューMk2》がペイントライフルを構えたポーズのまま横に倒されていた。

 対戦相手──白く塗装された《ビシュー》──はイデアルフロート一のパイロットである“薔薇の騎士様”だと言うのに勿体無い事をしてしまった、と後悔する。


「怒ってるかな……怒ってるよね?」

 パラシュートの高度が下がるにつれて、観客の女生徒達からブーイングの対空砲が浮遊するマコトを容赦なく貫いた。


「しょうがないじゃんさ……」

 ずっとピーピーと叫ぶ下の彼女達を見ないように顔を背けるマコト。それにしても良い天気だ、と景色を眺めた。

 360度の大パノラマ、しかし見える建物は全て学園内の建物。その中で一番高いのはスペースシャトルの発射台だ。人工島と言うだけあって地下にも施設があるのだが、マコトが卒業するまでに全部を見て回る事は無いだろう。


「……ん……あれは?」

 ふと向いた方向に見えるは整備工場だ。その裏手口に停車した大型トレーラーに見知らぬSVが載せられているのが一瞬だけ見えた。


 あれは何だろう、と気を取られている時には既にマコトの身体は受け身に失敗、茂みへと突っ込んでしまう。


「パラシュートが引っ掛かったぁー誰か助けてぇぇーっ!」 



 ◇◆◇◆◇



 時計は正午を刻み、校内に昼休みを告げるチャイムが響き渡った。

 午前の授業が終わり解放された生徒達が活気づく。


「へぁ~」

「サナちゃん行儀悪いよ?」

「んぅ~」

 机の下で足を思いきり開いていると隣の席に座る少女が注意する。日本人形の様に端正な面持ちに艶やかな黒い長髪、見るからに高貴な家の人間なんだとわかる。


「怪我は大丈夫なの?」

 そう言われてマコトは手足の袖口を捲って見せる。痣どころか掠り傷一つも無かった。


「ぶつけたけどね。治り早いんよ私は」

「一応、クリームだけ塗っとこ? これね、肌に良いんだって」

 黒髪少女はマコトの手足にペタペタとスキンケアクリームを薄く塗っていく。


「あんがとぉ…………それでさぁ、行かなきゃ駄目?」

「それはそうでしょうね。呼ばれているのに行かないのは失礼ですわ」

「だよねぇ……へぁ~。私、アイツ嫌い」

 机にしがみつくマコトを黒髪少女は何とか引き剥がす。マコトは根負けしてしょうがなく立ち上がり、足取り重く目的地へと歩いていった。


「ベイルアウターよ」

「ベイルアウターだぜ」

「おい、ベイルアウター!」

 教室を通る度、生徒達に声を掛けられるがマコトは無視して進む。

 彼らが一様に言うベイルアウトとは“緊急脱出”の意味。

 つまりは〈弱腰の逃亡女〉と揶揄されているのだ。

 驚くことにマコトのシミュレーターでの成績は悪くない。むしろ学年一位の成績だ。

 実機を使った訓練だけ、マコトの病気は発動してしまう。

 別に閉所恐怖症の気はないのだが、ここ一ヶ月は特に酷かった。

 昼休みで食堂や購買部に長蛇の列を作る時間だと言うのに、恨めしそうにスルーしながらマコトは生徒指導室に入っていった。


「ほ、ほら……相手が薔薇騎士様ですし当然の結果ですよ? 相手がいけないです。いやぁ自分とは格の違いがありましてですねぇ」

 入室するやいなやボサボサの頭を掻きながらマコトは正面に座る男に言い訳をする。


「…………言いたいことは、それだけか?」

 ここ大和アームズアカデミーの鬼教官と恐れられている鬼平半兵が唸る様に言う。この小声から入るゆっくりした喋り方は怒鳴る噴火の前触れだ。


「いいか!? お前が無意味に出すパラシュートの再設置に幾ら時間と金が掛かるか考えた事があるのか、しかも木に引っ掛かけてボロボロで交換だ! ただでさえ整備班が出払っていると言うのに今月に入って何回目だっ! 訓練生風情の貴様は面倒事を増やしやがってぇぇぇあぁーっ!」

 自分は演習の授業を他の教官に任せて出なかった癖によく言う、とマコトは心の中で愚痴る。そんな男の説教などマコトは覚える気はない。

 右から左、左から右へと受け流す。

 ランチタイムが終わりそうでも続く鬼平の地獄のノンストップ説教を、突如として止める人物が指導室に現れた。


「それぐらいにしてやって欲しい」

 鬼平とツーテンポ遅れてマコトが振り替えり、その人物を見てぎょっとした。


「プレッシャーを与えてしまった私が悪い。彼女の機体は私の専属メカニックが責任を持つ」

 白の軍服に身を包む如何にも某アイドル事務所に所属してそうな金髪の好青年が頭を深々と下げた。謝罪のポーズ一つ取っても纏っているオーラで一般人の物と違って見える。


「あ、え? いやぁ、ドラグスト様がそんな事をする必要はありません! それもこれも悪いのはウチの生徒でして」

「いや、気まぐれに演習を手伝うなどと言った私の責任だ。このゼナス・ドラグスト、演習とは言えSV戦で手加減は出来なかった!」

 先程までの怒号は何処へやら、鬼平は低姿勢で対応するがゼナスは譲らない。


「自分の指導が足らんのがいけないので、ドラグスト様はもう」

「だがしかし、一度面倒を見ると決めたからには最後までやるのが男だ。彼女は私が預かる。君に誇れる立派なパイロットにして見せよう!」

「あ、ちょっ、ちょっと?!」

 やり取りをぼんやり見ていたマコトは、興奮したゼナスに無理矢理に手を引っ張られる。

 説教から逃げれるラッキー、と思いながらも目をパチクリさせながらゼナスに指導室から連れ出されてしまった。鬼平は呆然と立ち尽くす。


「………………ちっ、混血野郎が。今に見ていろよ」

 我に返り、鬼平は行き場の失った怒りを壁へ思い切り蹴りつけた。



 ◇◆◇◆◇



「ここまで来れば良いだろう」

 マコトとゼナスがやって来たのは校舎の屋上だ。広いアカデミーの敷地を一望できる絶景スポットだ。春の爽やかで心地いい風が頬を撫でる。


「…………あれ、無い……?」

「どうかしたのかいサナナギ・マコト?」

「い、いえ! 何でもありません!」

 と言いつつ服のポケットをまさぐりながらマコトは誤魔化した。


「そうか、ならいいんだ」

 額の汗を拭いながらゼナスが微笑む。その端正に整った横顔をマコトは思わずじっと見つめる。


「私はゼナス様と同じ、いつかFREESに入りたいと思ってます!」

 FREESとは学園に通うパイロット達の憧れである島の防衛組織だ。成績優秀なトップクラスの人間、エリートしか入ることの許されないのである。


「我々は島の人々の自由を守る組織だ。だが、最近は自由すぎる奴が多い……民間人のSV所有の自由化が認められているとは言え」

「でもアメリカだって一般家庭で銃を持ってます。あくまで防衛目的ですけど」

「日本だってそうさ。けど、いくらSV発祥の国とはいえな……」

 何だか話が逸れてしまっているのを二人は感じた。話題を変えようと先に動いたのはゼナスだった。


「そうだ……君をここに連れ出したのは用があるんだよ」

 告白、と一瞬だけ期待したが脆くも崩れた。


「コレを渡すように頼まれていたんだ」

 ゼナスは上着の内側から小さな白い紙袋を取り出すとマコトに渡した。マコトはチラリと中身を確認する。プラスチックの包装シート一枚に錠剤が十錠×六枚だ。


「一ヶ月分で一日二錠を水無しで飲むこと。もし症状が何も無ければ飲まなくても構わないそうだ」

「あっ……ありがとう、ございます」

「GA因子と言うモノ、私は気に入らない。人体改造による肉体の強化など」

 これは表だって集められている計画ではない。

 公にはなっていない学園の企画する人工的なエースパイロットの育成計画。ゼナスも一関係者ではあるが、その内容の全貌は知らされてはいなかった。


「お陰でパイロットとしての能力が上がった気がします。普通の人は緊急脱出の加速で体に掛かるGに、そう何度も耐えられるもんじゃないらしいみたいで」

 非合法の危ない事ではないんだ、と必死に釈明しながらマコトは元気に笑って見せる。


「君はそこまでして何故パイロットを目指す?」

 質問するゼナス。彼女に関する事は学園のデータベースから調べは付いてる。特に問題は無さそうな一般家庭の出身で、親戚にも目立って気になる人物はいなかった。


「誰からも、そして自分が誇れる自分になりたい。強さが欲しいんです」

「それは心が、と言う意味でSVに?」

「外見的にも……みたいな? そんな可愛くないですもん私。鉄の体を纏えば皆、対等ですよ」

 表情が陰るマコト。色々と事情があるのだ。


「それならばベイルアウトするのを止めた方がいい。何かしらの副作用のせいなのか?」

「ですね。せっかく選ばれたのに、落ちこぼれじゃ意味無いですよね。…………結果が出なかったら一学期でアカデミー止めますから。それじゃっ薬ありがとうございます。騎士様とこんな近くで喋れて嬉しかったです」

 ぺこり、と一礼してマコトは立ち去る。その後ろでゼナスはマコトが見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。

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