第六部(7、社内旅行)

  社内旅行 1981年冬


 宏幸の職場は支店単位で毎年社内旅行が行われる。

今年は冬の北海道に決まった。初日は伊丹から千歳に

飛び、支笏洞爺などを観光の後札幌に宿泊、2日目、

3日目がフリーで、4日に帰るという行程である。宏

幸はフリーの2日間とも、テイネオリンピアにスキー

三昧の予定をしている。以前にジャルのスキーツアー

でここに来た時から、もう一度パウダースノーで思い

っきり滑ってみたいと思っていたからだ。

 行きの飛行機の中で紀子からは、

「私も仲間に入れてよ」

「ええけど、15人くらいの団体やで」

「女の子も多いのでしょ」

「そやな、5人はいるかな。そやからくっ付くなよ」

「わかっている。私そんなにうまくないから初心者コ

ースで一人で遊んでいるわ。でも時々見にきてね」

 宏幸は、いじらしい言葉であると感じるが、

「そうやな」

と曖昧にしか答えられない。

・・昼日中から、職場の皆にばれるような事できます

かいな。気の利かん娘やな・・

と目で返すが、紀子は嬉しそうにしている。


 旅行の初日の夜のみが、全員での宴会が行われる。

ホテルのレストランで冬の北海道料理を堪能し、宴会

が跳ねる前に宏幸はそっと抜け出し、直美との待ち合

わせ場所に先に行った。

 待つこと10分、どうやら直美も抜け出して来た。

「美穂さんがトイレに行った隙にうまく抜け出したの

よ」

「まだ8時過ぎや。大通り公園に行き、まずテレビ塔

に上がろか」

二人は、東の端まで行き、テレビ塔のエレベーターで

上がる。

「綺麗な夜景ね」

「ここからだと、丸山公園の明かりまでようわかるな

あ」

 いつのまにか宏幸の右手が、直美の右肩に置かれて

いる。

 二人は20分程眺めたあと下に降り、再び大通りに

出て西へ歩き出す。

 雪祭りを一週間後に控え、そろそろ出来かけの像や

建物がある。人通りも多いが、二人は自然と手をつな

ぎ合う。少しお酒が入っているせいか手の温もりが伝

わってくる。フラッシュを焚き写真を撮っている人も

いる。宏幸は、気のせいか、こちらに向かってもフラ

ッシュが焚かれたように感じたが、薄暗くて誰だか判

らなかった。

 念の為、宏幸は直美の手を引いて大通り公園から離

れ南へ下り、暗がりに身を潜めた。

「どうしたの高木さん」

「気のせいかも知れんが、誰かに見られたように感じ

たんや」

 二人は大通りを見透かすように少し身をかがめる。

いつの間にか頬が触れ合いそうな距離まで近づいてい

た。

 5分程経った。何気なくお互いを見つめ、どちらか

らとも無くニヤリとする。

「大丈夫のようやな」

 宏幸はもう一度大通りに目を移し、また直美の顔を

見るといつの間にか目を閉じ、少し上向き加減で待ち

受けていたように思われたので、唇を重ねた。

 その後二人はライトアップされた時計台を周り、道

庁まで足を伸ばしたりして北国の夜を満喫した。

「いつまでも、貴方とこうして歩いていたいわ」

「♪なごりがのこる・・」

と、宏幸が口ずさむと、直美も後を続ける。舟木一夫

の歌である。

「♪ふたりで あるく きたぐにのまち・・」

「一晩中歩き続けよか。でもちょいと疲れてやいませ

んか」

「うん。少し休みたいわね」

 見上げると札幌東急インの前である。二人はロビー

を通りラウンジへ入った。窓際のテーブルに着き、甘

いめのカクテルで口を湿らせる。思い出の札幌の夜は

更けていく。

 二人は、11時半頃に自分たちのホテルへ帰りつい

た。男性社員は7階、女性社員は8階で、それぞれは

二人部屋で、直美の同部屋は美穂である。宏幸は部屋

の前まで送ろうとしたが、

「ここでいいわ、見つかったら大変だから」

 二人はもう一度8階のエレベーター前で短い口付け

を交わし、おやすみを言った。

 直美はキーカードを差込み、ドアーをそっと開ける

と、実穂はシャワーを浴びていた。しばらくして、実

穂がバスルームからバスタオルで頭を拭きながら出て

きた。もちろん素っ裸である。

「あら、帰っていたの。先にお風呂使ったわよ」

 実穂はそのまままた頭を拭き続けると、胸が大きく

揺れだす。

「実穂さんってDカップかしら。うらやましいわ」

「何言ってるのよ、重いだけよ。でもこれで一度男を

窒息させてやりたいもんね。ところで直美ちゃんは、

今夜はどなたとお過ごしでしたの」

「えぇ、ちょっと」

「お安くないわね。首の横にキスマーク付いてるよ」

「うそっ」

と、浴室入り口横の姿見を覗き込む。

「高木さんよね。あの人奥さんいるの知ってるでしょ

う。程ほどにするのね」

「わかっているわ。でも・・・」

「さあさあ、貴方もシャワー浴びて男のにおいを消し

てきなさい。ゆっくりと可愛がってあげるから」

「いやな実穂さん」

と言いながら、直美は紫色のラムセーターとジーンズ

をベッドに脱ぎ捨て、浴室に消えた。

 実穂と直美の狂態が始まる頃、宏幸は由美子と紀子

の二人から攻められている夢の中にいた。


 宏幸は、直美との付き合いは1年ほど続いた。もち

ろん紀子とは水木に会い、直美とは平日が逢瀬と決め

たので、紀子にも直美にもばれずにすんだ。

 その1年程経ったある土曜日の朝、事務所から出が

けに、直美から、

「高木さん。話があるから今夜時間をくださいな」

「いいよ、じゃいつものところで」

と、宏幸は軽く答えたが、

「いえすぐ済みますから事務所で」

 えっ、紀子とのことがばれたのかなと宏幸は一瞬思

ったが、

・・・そんな筈はない。慎重にやっていたのだから。

でもフロントにいる実穂の方が、最近では何となく気

付いたんではないのかな。事務室での直美との密やか

な会話中に実穂が入室してきて、気まずい感じを与え

たことが何回かあったしな。実穂の線から紀子に伝わ

ることも有りうる・・・

 その日、宏幸は仕事中なるも気もそぞろだった。そ

してその夜、いきなり、

「私結婚するんです」

と言われた時は、彼にとっては大きな衝撃を感じた。

「実は前の職場で知り合った人がいて、その人とは私

の浮気ごころが原因で一旦別れたんですけど、その人

からは、『君は必ず僕のもとへ帰ってくる。待ってい

るから』との言葉が忘れられずに・・」

 そして、

「貴方も紀子さんとはうまくやってくださいよ」

と言われたときは、宏幸は言葉が返せなかった。



・・・エピローグ に続く。

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