第五部(7、高見山)

  高見山 1978年冬


 京都から、真直ぐに国道24号線を南下、奈良の郡

山から西名阪自動車道、名阪国道経由、針インターか

ら国道369号線などで更に南下、大宇陀町から伊勢

街道を東へ向かうと、三重県境に高見山(標高124

9m)が有る。


 宏幸と由美子は、1月の最終水曜日である25日、

まだ明けやらぬ時間に山科を出発。伊勢街道に入るや

いなや、雪は降っていないが道路が凍結している所も

あるので、途中でタイヤチェーンを着ける。

「慎重に運転してね」

「雪道は走りやすいが、凍ってる道は横滑りに気ぃつ

けなならんからな」

 杉谷トンネル手前から、旧道の峠道にそれて登り出

すと雪道に変わる。高見峠の駐車場は10台以上のス

ペースがあるが、平日でまだ1台も止まっていない。

「一番乗りね」

「なるべく日当たりが良さそうな所に駐めるよ」

と言っても、晴れるかどうかはわからない。

 充分なストレッチ体操を行い、上下セパレートの雨

合羽を着てアイゼンも着け、10時過ぎに出発する。

 潅木が続く階段道を、木々が白く飾られているのを

眺めながらゆっくりと登る。約1時間で頂上である。

 海老の尻尾は少し溶け始めているが、曇量は5割程

度で360度見晴らしがきく。台高山脈や大峰山系の

山容も良くわかる。

「案外早く登れたね」

「3月の辛夷(コブシ)に始まり、アセビ、躑躅、紫

陽花と続き、秋もブナの紅葉が綺麗で、ハイキング気

分で手軽に登れるから人気の山や。そしてこの山は、

近畿のマッターホルンと呼ばれてもいるのや」

「マッターホルンか・・ピラミダラスな山を例えたの

ね。と言うことは、他にも何とかのマッターホルンと

呼ばれる山があるのね。調べてきたでしょう」

「お見通しやな。知っている山では槍ガ岳が日本のマ

ッターホルン、鎌ガ岳が鈴鹿のマッターホ・・おっ地

震や」

 雪を被った木々もざわめき、雪煙をあげた。

「大分揺れたわね。震度どれくらいかしら・・」

「この辺りは、地震の巣が有って、ほらこの南の高見

トンネル付近を中央構造線が東西に通ってるのや」

「中央構造線・・何なの、国鉄の路線の名前?」

「中央線の支線・・違うっちゅうねん」

「フォッサマグナの塩尻辺りから別れて、四国の真中

を通って伸びていく線ね」

「知っているやないか・・」

 少し風が出てきたので、早めに峠まで戻り昼食であ

る。魔法瓶に入れてきた温かいコーンスープとカツサ

ンドでお腹を満たす。

「帰りはどこかの温泉に入りたいなぁ・・」

 宏幸は、周辺の観光地図を取り出す。

「南に行くと有るな。洞川温泉、湯泉地温泉、十津川

温泉か・・」

「大台が原の近くに有る、小処温泉はどうして飛ばす

のよ・・」

「ここはやめとこう」

「どうしてよ?」

「あんまり設備が良くないのや」

「よく知ってるのね、前に行ったこと有るの?」

「いや・・そのう、親が前に行ったこと有るのを聞い

たのや」

「貴方は嘘をつくのが下手ね。すぐ詰まるから。誰と

行ったか、正直に言いなさいよ」

 口が裂けても言えない。

「何なら今夜身体に聞いてみましようか・・」

「何するつもりや。この間みたいな中途半端でお預け

かいな。お代官様、それだけはご勘弁を」


章末注記

(1)国鉄=日本国有鉄道(JNR)は、1987年

  に民営化で、日本国民鉄道になる予定だったが、

  一説では、国民をないがしろにしたので、日本諸

  鉄道(JR)になった。



・・・宮之浦 1979年春 に続く。

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