第五部(5、荒川岳、赤石岳)

  荒川岳、赤石岳 1978年夏


 婚約してからも二人は色々なコースにチャレンジし

た。今回のコースは、登山道の最初が川の中を遡行す

るものだ。日程は8月の夏休みに決定した。しかし、

台風の本州通過待ちをした為、出発が2日遅延してし

まった。

 前夜に名神高速に乗り出発、途中で仮眠を取り、中

央自動車道を経て、松川インターチェンジで降りる。

東へ向かい天竜川を渡り、国道152号線を南下して

大鹿小学校交差点を左折。小渋川沿を遡ると落石の多

い細い林道が続き、小渋温泉を過ぎると林道終点の湯

オレ沢が登山口である。

 宏幸が登山届の箱を覗き込むと、

「今日は一人だけ先行者がいるな」

 30分程歩くと釜沢橋から小渋川の遡行が始まる。

 明治時代に、かのウエストンも、20数回繰り返し

川を渡る遡行を行ったそうである。勿論川の中を歩く

のだから、登山靴はザックのサイドに仕舞い、地下足

袋に二人は履き替えた。

 ゴム長靴は足にフィットしないので、川中は歩き難

いと判断。また魚釣り用の鮎足袋も、選択枝の一つだ

ったが、価格面で地下足袋になったのだ。

 念の為にロープを腰に巻き最初の渡渉である。

「川幅は10m弱か・・。流れはそんなに速くないよ

うやな。杖を突きながら入るで」

「ゆっくりとね」

 宏幸は右足、左足と川向こうを向きながら入ったと

たん、

「うわっ・・」

と叫びながら水中に転倒してしまった。幸い深さが膝

上ぐらいだったのですぐ杖を突いて立ち直った。ザッ

クは今年新調したもので防水も効いており、中身を確

認するも、ビニール袋に入れておいたので大丈夫のよ

うである。

「すごい水圧や。川上に向きながら、横歩きで渡らん

とまた流されるわ」

 宏幸は先に渡りきり、荷物を置いて、由美子が渡る

コースの少し下流に再び入り、由美子と繋いだロープ

を握り、渡り終えるのを待った。

「怖かったわ、こんなのがあと20回以上続くのね」

「それに、登山道らしき目印が書いてないので、川を

渡る場所を探しながらやから、相当時間かかりそうや

な」

 こうして二人は渡渉を繰り返しながら、4時間余り

かけて無人の広河原小屋にたどりついた。時刻は11

時前だ。

「やったなぁ、ええ経験したわ。腹ペコや」

「でも、上りも下りも誰にも出会わなかったね」

「こんなコース、誰が好き好んで選ぶかいな。荒川岳

とか赤石岳は、たいがい静岡側からの入山がほとんど

や。それにしても腿から下が火照って熱いわ」

 腹拵えを済ませ、登山靴に履き替えた。

「地下足袋は、小屋に置いていこか。帰りにも使うし

な」

 そう言って、棚の上を見上げるや、古い靴が何足も

放り投げてあった。

「さあ、これからが正念場や。急登が4時間ほど続く

で」

 上り始めて30分、脚が冷えたせいか二人の足取り

が重いようだ。結局4時間半かけて、ほうほうの体で

大聖寺平着。ここからは、水平に巻いていけば30分

程で荒川小屋に着きそうである。

「あっ、貴方の嫌いな犬がいるよ。あの登山者と一緒

に登ってきたのね」

「そうやな。でもペット登山は控えて欲しいな。糞尿

に含まれる黴菌が、山の動物に与える影響で生態系が

狂うこともあるんや」

「でもあの登山者、かなりのお年寄りね。それに軽装

だし、どこから登ってきたのかしらね・・」

 宏幸は、犬を遠巻きに避けながら、

「西の空が曇ってきた。急ごう」

 荒川小屋に4時半頃着いて、受付を済ませ部屋に入

る。

うまく個室も取れた。

「北アルプスと違い、夏のピークでも小屋はゆったり

やな。ところで今夜のメニューは何やろう・・」

「さっき洗面所に行った時、食堂の前通ったらカレー

の匂いしてたよ」

「やっぱりな、山小屋の良し悪しは食事でわかるわ。

カレーが定番の小屋は、ランクダウンや」

「独断と偏見ね。私カレー結構好きよ」

「確かに、夏場の暑いときは刺激のある食べ物がいい

かも知れんが、それは平地での話しや。朝から水ばっ

かり飲んで、胃が弱っとる時に、油分の多いカレーな

んか食べたら、一発で胸焼けや」

「貴方は元々胃腸が弱いからよ」

 宏幸は胸焼けのでる前に胃腸薬を飲み、早めに寝に

就いた。10時頃やはり雷雨になった。

「雷怖いの。そっちへ行っていい・・」

「ええけど、何もせえへんで」

「いいのよ今夜は。傍にいてもらえるだけで安心して

眠れるはずよ」

「それにしても、風もきついな」


 朝も晴れていなかった。

「さあ、いよいよゴアテックス雨具の出番や」

「宏幸は、新しい登山用品には直ぐ飛びつくのね」

「革命的な機能や。雨具に採用されてからもう2年経

つが、よう売れているそうや」

「雨を通さず、湿気だけを追い出してくれるなんて、

よく考えたものね」

「風よけにも代用できるしな」

 荷物を小屋に置いて、アタックザックを背負い、3

時間程で荒川岳頂上(標高3141m=悪沢岳)であ

る。前岳手前のお花畑は日本最大級で、シナノキンバ

イやハクサンチドリ等が露にぬれそぼっていた。頂上

の景色は視界不良で何も見えない。

 荒川小屋に戻り昼食を摂り、大聖寺平からはガラガ

ラ斜面と砂交じりの急登を過ぎると、小赤石岳(30

81m)に着く。下って椹島分岐からハクサンイチゲ

を横に見ながら登りきると赤石岳(標高3120m)

であるが、ここも展望がきかない。

 直ぐ下の赤石岳避難小屋には4時過ぎ着。今夜も雷

雨である。明日は小渋から下りて、塩見岳を目指そう

としていたが、小屋の番人に相談すると、

「昨日から降り続いているので、小渋は水かさ増して

るはずです。危険だから静岡廻りで帰ったほう無難で

すよ」

と言われ、プランの組み直しである。問題は、湯オレ

沢の登山口に置いてある車まで、どの方法で戻るかで

ある。

 静岡側に下山し、バスを乗り継いで静岡市のビジネ

スホテルに泊まる。次の日は、鉄道で豊橋まで乗り、

そこからレンタカーを借りて国道151号を湯オレ沢

まで行き、宏幸の車は由美子が運転して帰り、レンタ

カーは宏幸が豊橋まで乗って戻り、そこから新幹線で

帰るという方法で考えがまとまった。

「宏幸の車は運転し慣れているし、高速道路を使えば

大丈夫よ」

 下山は二人とも足にきて、きつかったようだが、1

2時過ぎに椹島着。草薙第一ダムまで無料送迎バスに

乗り、後は静鉄バスで静岡駅まで乗った。


 次の日は、静岡から普行で、豊橋10時前着。レン

タカーを借りて11時出発。ところが国道151号線

は山道が多く、予定以上に時間を食い、湯オレ沢には

午後4時着。

 宏幸は、元来た道を帰るのは時間がかかりそうだと

思い、中央自動車道に乗る。しかし、恵那山トンネル

は対面車線で、盆休みもあって大渋滞。結局豊橋は9

時過ぎに着いた。おまけに新幹線もダダ遅れ状態だっ

た。

 宏幸は11時半頃帰宅したが。由美子は起きて待っ

ていた。

「無事帰れたようやな。車がちゃんと車庫に入いっと

る」

「当たり前よ。これでも免許取ってから9年間無事故

無違反よ。途中で、飯田のスーパーに寄ってから帰っ

たの」

「余裕やな。こっちは、恵那山トンネル前後が大渋滞

であせったわ。途中のサービスエリアからレンタカー

屋さんに、帰りが遅れる電話入れたので、店は閉まっ

ていても、鍵を隣の喫茶店に預ける事で済ましてくれ

たわ」


 後日、宏幸は最終日の行動を、時刻表とにらめっこ

して再度チェックしてみた。レンタカーを借りずに飯

田線に乗り、松川から湯オレ沢までタクシー、という

方法もあった。こちらのほうは、費用的には安上がり

でかつ早く帰れたようであった。そのことを由美子と

話していると電話が鳴った。

「こちらは飯田署の渡辺と言いますが、高木宏幸さん

おられますか・・」

 宏幸はドキッとした。先日の登山行の前後に、何処

かで交通違反でもしてたのかなと。

「私ですが・・」

「ちょっと、お尋ねしたい事が有りまして」

「どういうことでしょうか?」

「湯オレ沢で出された登山届のコース内容に拠ります

と、高木さんは、もう一人の方とご一緒に8月16日

は小渋を下って、湯オレ沢から帰られたことになって

いますが・・」

「ええ、そのつもりだったのですが、前日からの雨で

赤石小屋の番人さんから止めとけ言われて、椹島の方

に下りたんですわ。勿論、登山届は再度小屋で書きま

したけど。何かあったんですか・・」

「実は、小渋川の途中で仏さんが見つかりましてね。

18日に上りの登山者が見つけたんですよ。死因は水

死のようですが、外傷もありましてね。それで、いろ

いろの人に聞いてるんですよ」

「そうですか、お気の毒に。どんな人ですの・・」

「70歳代の男性です」

 宏幸は、まさかと思いながら、

「ひょっとして犬を連れた方ですか・・」

「そうです。発見された時に傍に犬がいましたので・

・どこで会われたんですか・・」

「いえ14日にですけど、大聖寺平と荒川岳の中間あ

たりで出会いましたわ。15日も大聖寺平あたりで犬

と一緒におられたので、たぶんあの人でしょう」

「そうでしょうね。どんな様子でしたか・・」

「私は犬が嫌いなんで、声もかけずに早足ですれ違っ

ただけで、顔なんかろくに見てませんよ」

「そうですか。いや、ご協力有難うございました」

 横で聞いていた由美子は、

「もしも私たちが小渋を下っていたら、第一発見者に

なっていたかも知れないね。そうなると、生きておら

れた可能性もあったのね」

「あくまで仮定の話や。それに、小渋を下って我々が

遭難していた、なんてこともありうるのや。静岡側に

下りたのは、正しい判断だと思うで。それにしても、

いろんな意味で登山届は必ず書いとくもんや。アリバ

イにもなるしな」

「そうよ、あなた。浮気する時も、ちゃんとアリバイ

工作しときなさいよ」

「そんなことできますかいな。ばれたらお終いや」

「怪しいもんよ、じゃ今年の5月半ばの平日に、連絡

取れなかった日があったしょう。どこ行ってたの?」

「えっ、そんなことあったかなぁ・・」


 そして、いろいろと有ったが、予定どうり二人は9

月に結婚式を挙げた。新居として、二人の通勤に便利

な京都市の山科で、中古マンションを購入した。



・・・三国山、赤坂山 1978年秋 に続く。

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