第五部(4、婚約)

  婚約 1978年春


 宏幸と由美子は、ようやく婚約した。しかし、その

前にひと悶着あった。

 ある日、由美子が宏幸の部屋に遊びにきて、何気な

く取り出した山渓の本の間から、由美子の知らない女

性と宏幸が写っている写真が見つかった。3年前に、

鈴代と比良山へスキーに行った時のものである。

「貴方、これなに・・」

 宏幸は、紅茶カップを持った手が一瞬止まった。

「そっ、それは、由美子と付き合うより以前の写真や。

6年ぐらい前かな・・」

 由美子は写真を裏返す。

「でも75の数字があるわ。これ何の数字なの・・」

「それはプリントした年の表示や。そやけど撮ったの

は72年ごろや。撮ったあとまだフィルムのコマが残

っていたんで、直ぐプリントでけへんだのや」

「写真好きの貴方が、三年も間空くかしら・・」

 由美子は追及を鋭く続けてくる。

「カメラが一眼レフとバカチョンの2台有って、たま

たま古いカメラをそのままにしておいたからや」

 苦しい言い訳のようだ。

「その人とはどうなったの・・」

「どうなったもこうなったもないがな。たまたま比良

山のスキー場で会うて、懐かしい再会やったんで、写

真撮っただけや」

「懐かしいって、どういう関係なのよ・・」

「単なる中学校時代の同級生や」

 中学校時代の卒業アルバムを出してきて由美子に見

せる。

「ほら、このお下げ髪の娘や」

「貴方の隣ね。その頃から付き合うてたの・・」

「たまたま隣になっただけやがな。それに、もし付き

おうてたら、恥ずかしいてこんなに堂々と隣へ行かへ

んがな」

「貴方って、いつからそんなに純情やったの・・」

「中学時代からも、品行方正で通ってたんやから」

「も、って何よ。いままでに怪しいとこばっかりや思

うけど」

「あんまり追求すんなよ」

「何いってんのよ。結婚するんだから、貴方のこと全

部知っておきたいのよ」

 仕方無く宏幸は過去の女性関係をしゃべらされた。

しかし、由美子と付き合いだしてからの、鈴代や裕子

との浮気は頑としてしゃべらなかった。

「結構お盛んでしたのね。でも正直に話してくれて有

難う」

 やっと推定無罪放免である。

 勿論由美子が帰った後に、過去の、いや現在浮気し

ている相手と写っている写真も、すべてネガを含めて

焼き捨てたのはいうまでも無い。

 そして、鈴代との付き合いは程ほどにして、裕子と

は別れることを決心した。


章末注記

(1)写真機の表現で、不適切な差別用語が含まれて

  いますが、当時は作者が意味もわからずに使った

  言葉ですのでそのままにしています。ご容赦くだ

  さい。



・・・荒川岳、赤石岳 1978年夏 に続く。

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