第四部(4、鴨川アベック)

  鴨川アベック 1976年春


 宏幸と裕子との何回目かのデートである。待合せは

三条河原町南西角の喫茶店フジヤで午後2時。宏幸が

5分前に着くと、もう裕子は来ていた。宏幸は、裕子

の膝上20センチ程の鶯色のミニスカートに目を細め

る。

 テーブルの上の、ストレートティはまだ口を付けて

いないようだ。ウエィトレスがやってきたので、

「同じものを」

 と、宏幸は注文を通す。昨晩練ったデートメニュー

を思い浮かべながら、

「映画、見に行こうか。晩歌が封切られたみたいや」

「私、原田康子さんの小説でも読んだわ。是非見たい

よ」

 主演は、宏幸がファンでもある秋吉久美子である。

 宏幸は、京都映画友の会に入っており、河原町蛸薬

師を西に入った所で鑑賞券を購入した。

「これでスタンプ4つや、あとひとつで会員価格で見

られるようになるんや」

「へえ、そんなことになってるの・・」

「はい、これ裕子さんの準会員証や。がんばってあと

4回見に行こか、一緒に」

 映画が終わり、次は新京極めぐりの予定である。し

ばらく行くと裕子が、

「高木さん、私行きたい所あるの。つきあってくれは

る」

「ええよ」

「実は、来週が父の誕生日なんよ。洋酒が好きやから

高島屋で買いたいの。見立てて欲しいのよ」

というわけで、五階の売り場に行き、適当なフランス

ワインを選んで包装してもらうと、

「次は、川村テーラーに行きたいわ」

「どこでもご一緒しまっせ」

 宏幸にとっては、そういって、行き先を決めてもら

ったほうが、あれこれ考えるより確かに楽である。と

ころが店に行くや、女性客で一杯である。宏幸は裕子

の後ろをついて回るのだが、女性客の間を縫っていく

ために、特有のにおいで頭がぼおとなり、ワインを持

たされた手も疲れてきたようだ。

 店の客は、若い女性だけでなく中年のおばちゃんも

多い。しかし、そのおばちゃん達の視線は、何故か商

品よりも、若い男性店員をチラチラ見ていることが多

い。二人連れの声が宏幸に聞こえてきた。

「今日は俊君としゃべれたわ」

「うちのお目当てのタア坊は休みやて。この前、休み

聞いときゃよかったわ」

・・何ともはや、この店に来る目的が・・

 結局、宏幸は1時間あまりも付き合わされて、辟易

ぎみになるも顔には出せない。

・・ここが辛抱のしどころや・・

とばかりに、笑顔を絶やさない。

「わがままばっかりでごめんなさい」

と言って、裕子は両手に買い物袋を提げている。時刻

はもう6時を回った。

「とりあえず食事に行こか。おいしいシチュウの店が

有るから・・」

 二人は四条通りを高島屋方面に引き返し、河原町を

北上。ローテゲバルトという店に入った。

「ここの、パイ包み焼きシチュウは、何回食べても飽

きひんのや。ぜひ賞味してえな」

 そして、食事と一緒に摂ったビールの酔いが、二人

を鴨川べりに誘い出した。桜の季節とは言え、夜は少

し冷えるようだ。

 左右のアベックの空きが5メートル程の所が有った

ので、中間に並んで座る。背面からの店明かりが薄く

二人を照らすが、隣のカップルの表情が判らない程度

の暗さである。

「こうやっていると、川のせせらぎだけが聞こえて、

二人っきりの世界やなぁ」

「私たち、鴨川アベックやってるのね」

「京都の風物詩と言われるほど有名になったもんや。

実は学生時代からやってみたかったんや」

「宏幸さんってもてるタイプだから、もおとおに経験

済や思てましたわ」

「学生時代は、数人で騒ぐことが多て、二人っきりで

静かな世界に浸ることって、案外少なかったんや」

 裕子の右肩に載せていた宏幸の右手が、いつの間に

か腰の辺りに廻っている。裕子は答えるように頭を宏

幸の肩に傾けたので、下からすくい上げるようにして

唇を合わせる。

 裕子のミニスカ膝から散った桜の花びらが、川面に

滑っていった。



・・・白馬三山 1976年夏 に続く。

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