第三部(8、御池岳)

  御池岳 1975年春


 名神高速を関が原で降り、南下して、冬期は閉鎖さ

れていた国道306を滋賀県境まで行くと、鞍掛峠が

ある。二人は、この南側にある、鈴鹿山系第一の高さ

を持つ御池岳に登ることになった。

 鞍掛トンネルの両側に駐車場があるが、広いほうの

滋賀県側に駐車する。

「昔、この山にスキー場作る話が有ったんやそうや」

「名古屋方面からだと便利そうね」

「何らかの理由で計画は中止になったんで、この美し

い自然が残ったんや」

 ツツジの咲き始めた鞍掛峠に上り、南に行くと、サ

サ原の登山道脇に咲いている、カタクリの花を宏幸が

先に見つけた。

「森の妖精と言われるとおりや」

「薄紫が綺麗ね」

 御池岳は、本当は一週間前に登る予定だったが、雨

で今日に延期したのだった。

「晴れて良かったね。私の日頃の行いが良いからよ」

と、先に由美子が言う。

「じゃ、先週の雨はどういうこっちゃ」

「宏幸くんの日頃の行いが悪いからよ」

 宏幸は返す言葉につまった。

「結構紫外線きついで。日焼止め塗ったか・・」

「まだ5月初めよ」

「日本では、5月から8月が紫外線のピークや。そや

けど6月から7月は、梅雨があるから気にせんでもよ

いが、5月は地温が低いので、つい油断してしまうの

や」

「そうなの。色白美人は気を付けなくっちゃね」

「もっとも、気い付けなあかん年は過ぎとると思う

が・・」

「ケンのある言葉ね」

 そうこう話しているうちに、草原の広場の真ん中に

ある、鈴北岳(標高1182m)に着いた。展望がよ

く、琵琶湖まで見える。

 ここから緩やかに下れば、カレンフェルトや窪地に

水が溜まったドリーネが散らばる高原になる。このド

リーネから御池岳が命名されたようである。

「別名、鈴鹿の雲の平と呼ばれているそうや」

「雲の平って・・」

「北アルプスにあって、最後の楽園と呼ばれている所

や」

 苔むす日本庭園を横切り、真の谷分岐から南下すれ

ば、御池岳の最高峰丸山(標高1247m)に着く。

ここもカルスト台地で、オオイタヤツメイゲツの潅木

と、カレンフェルトが散在する所であるだ。木々はま

だ葉を付けておらず、展望は良い。

「山口の秋吉台みたいやな」

「いつ行ったの・・」

 宏幸は、鈴代と行った時は未だ由美子と付き合う前

だったが、色々と詮索されるのも鬱陶しいと思い、

「高校の修学旅行や。その時の写真あったはずや。今

度見せるわ」

 宏幸は、修学旅行が山口と九州で、本当に行ってい

るから安心している。

「お昼ご飯にしようよ。私はカップヌードルにするけ

ど、宏幸くんも同じでいい?」

「いや、カップヌードルは味が濃くて辛いからやめと

くわ。その点、袋麺はスープが別袋に入っているから

調節できて便利や」

「相変わらず、薄味が好きなのね」

 風もなく穏やかな日で、湯を沸かすにも苦労せず、

あつあつラーメンで体が暖まるようである。

「帰りに、寄り道しようか?」

「どこ行くの?」

「河内の風穴言うて、秋吉洞みたいな洞窟が近くにあ

るんや」

 駐車場に戻り、国道306を滋賀県側の多賀町に下

り、久徳の交差点を、北東に霊山方面に15分程上る

と、駐車場に着いた。そこから徒歩で行く。

 入り口は小さく、屈んで一人ずつ入ると、中は広大

なホールになっているが、鍾乳石はあまり見当たらな

い。

「ここは余り知られていないが、秋吉洞に次いで大き

いそうや。未だに発見されていない洞窟も数知れずあ

るとかで、秋吉洞より大きいかも知れん言われとる所

や。昔、この風穴に犬を放したら、何カ月か後に三重

県側にその犬が出てきたちゅう話もあるそうや」

「未知の洞窟もあるなんて、ロマンね。私も発見でき

るかしら」

「迷路みたいな所やけど、紐で繋いで行ったら、どこ

までもいけるかもな。カップヌードルの30個入りを

背負ていくか・・。三重県でお湯沸かして待っている

わ」


(参考文献)

アルペンガイド鈴鹿美濃 1992年版 山と渓谷社



  第3部 完

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