第三部(3、再会)

  再会 1973年冬


 卒業から8カ月ほど経ち、宏幸は、久しぶりに大学

時代の遊び仲間で、今度の正月休みにでも集まろうで

はないかと、浜田と付き合っていた福本由美子にも連

絡を取った。

 彼女は、京都の設計事務所に就職しており、

「久しぶりやな。就職してから山登りはご無沙汰かい

な・・」

「そうなの、うちの所長ったら人使いが荒くて、日曜

日もろくに取れないのよ」

「ところでどうなんよ、浜田とは進展したんか・・」

「へっへえぃ、別れちゃった。彼ったら結構野暮った

くて、つまんなかった」

「おいおい、そんなに簡単に言うなよ。結構ええ線行

くと思おてたのに・・」

「それより高木くんはどうなの、遠距離恋愛やってる

の。新幹線代もバカにならないでしょ」

「右に同じだよ、現在フリーハンド」

「何がフリーハンドなのよ。さっちゃんは、宏幸くん

にぞっこんだったのに。あんたが振ったんでしょ」

「あんまり追求してくれんなよ、今度会った時に話す

さかい」

「集まる話だけど、正月は佐賀に帰るの。だから私出

られないわ」

「そうか、だったら帰る前に一回会わへんか。京都へ

出て行くから」

「じゃ、三条河原町を西へ入った、リプトンという喫

茶店知ってるでしょう。30日に来られる?」

「知ってる。十字屋楽器の斜め向いやな」

「なんで詳しいのよ・・」

「学生時代に、よおフォークギターの弦買いに行って

たんや。昼飯もご馳走してや。12時頃行くよ」

「何言ってんのよ。うちの事務所は個人経営なのよ。

高木君の会社景気いいんでしょ。知ってんだから。た

くさんもらったボーナスで奮発しなさいよ」

「わかったよ。じゃ時間変更、夕方6時だ」

「帰りは大丈夫なの」

「大丈夫、四条河原町から阪急電車で、梅田行きの最

終は11時10分や。遅れたら由美ちゃんのアパート

だ」

「冗談はよしにしんしゃい」


 由美子は先に来ていた。宏幸の顔を見るなり、

「ニュースよ、香織が結婚するの。相手誰だと思う?」

「付きおうてた、1年先輩の、エーと薬学部の山本さ

んやなかったんかいな・・」

「違うの、田舎の福井へ帰って直ぐお見合いしたんだ

って。ところが相手はメガネ組合の会長の息子でね、

33歳よ。相手年食いすぎよ。私ならもっと遊びたい

わ」

「何か感じあうものがあったんやないの。人それぞれ

だよ」

「高木くんて結構醒めてんのね。学生運動やってた頃

の情熱はどこ行ったのよ。さっちゃんとのことも、そ

のへんが原因じゃないかな・・」

「そんなことないと思うけどなあ。まあええわ、それ

よりメシメシ」

「何が食べたい?」

「とりあえずビールが飲めて、由美ちゃんみたいな美

人が側にいれば何でもかまいません」

「そういうところが醒めてるって言うの。近くに味ビ

ルというお店があるの。そこなら何でもありよ」

 味ビルは、年末でもあり、混んでいた。

「冬はやっぱり鍋ね」

と、二人でつつきながら、学生時代の思い出に花を咲

かせた。

「さっちゃんのこと、まだ話してもらってないんだけ

ど・・」

「うん、でもここちょっと騒々しいし、場所変えよう

か。学生時代に見つけた、安いスナックが近くにある

んや。そこは、加茂川に向かってカウンターになって

いて、雰囲気ええとこなんよ」

 スナックはマスターひとりがやっている店で、女性

従業員はいなかった。

 結局、宏幸は佐知子のことは曖昧にしか話さなかっ

た。いや、話したくなかったのかも知れない。 

 卒業する1年ほど前、佐知子から、

「実家の工務店の経営が思わしくないのよ。下請けに

入った建設会社から不渡りつかまされて、父も、最近

じゃ金策ばっかりに走りまわっているの」

 相談とも愚痴ともいえない話を、何度か聞かされた

宏幸は、つい、

「あんまり暗い話ばっかりすんなよ」

と、言ってしまった。

 もっと親身に聞いてやるべきだったと後悔したが、

それ以後の二人の仲は徐々に冷えていった。だからこ

んな話をすれば、由美子からまた、醒めているの、冷

たい人ねと言われかねないと思って、話せなかったの

だ。

 やがて酔いも手伝い、宏幸は、

「一曲唄いまあす・・。♪ジェエト機飛んだ空たあか

く飛んだ、空たあかく飛んで壊れて落ちた、ジェエト

機飛ばすうな 飛ぶんならちゃんと飛べ」

 5年程前に、九州大学に米軍のファントムが墜落し

て、当時の学生間ではやった替え歌である。

「うまい編曲ね。ザブトンあげるわ」

「次唄いまあす・・。♪フランス犬の場合は、秋田犬

より小さい・・」

「それを歌うなら、フランシーヌの場合は、あまりに

もおばかさんでしょ」

「どうせ私はばかですよ」

「ちょっと高木くん、だいぶ酔ってきてるよ。もう帰

ろうよ」

 結局、二人はタクシーに乗り、下賀茂にある由美子

のアパートに向かったのである。車の中で酔った宏幸

から左手を握られると、由美子はやさしくその上に右

手を乗せていた。

・・私たち前からこうなる予感がしていたわ。いつか

らかしら・・思い出した。学生時代にみんなで行った

信州で、あの白樺湖の夜のことよ。

 夜中に目が醒めたら、佐知子がいなくて、ひょっと

したらって思い、好奇心半分で佐知子を探しにいった

時のことだわ。

 ボート乗り場あたりで、高木くんの声が聞こえたの

でそっと近づいてみると、佐知子が高木くんと手をつ

なぎながら、ボートからおりてきたのを見たとき、何

故か胸が締め付けられたわ。

 あの時の感情は何だったのかしら。衝撃、いや嫉妬

かも知れなかったのね。

 あの時からだわ。浜田君と付き合い出しても、彼の

話している内容をうわの空で聞いていて、怪訝そうに

睨らまれた時、私はやっぱり高木君のことが頭の隅に

あったのよ。

 先日、電話がかかってきた時も、何故か胸が高鳴っ

たわ・・

「このへんでいいですか、お客さん」

 タクシーの運転手の声で、浸っていた由美子の思い

出は中断された。そして、宏幸が四条河原町から大阪

行きの阪急電車に乗ったのは、翌朝11時の電車だっ

た。



・・・伊吹山 1974年春 に続く。

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