第三部(2、市議選)
大阪市議選 1973年秋
宏幸は次に、奈良学園前の、中学校増改築工事現場
に廻された。ここは大阪からの通勤圏内で、自宅から
通った。
現場監督は、他の現場の掛け持ち主任を含め、3人
しか配属されず、宏幸は、右肩にレベル、左肩にトラ
ンシットを担ぎ、校舎の端から端まで走り回る毎日が
続いた。
唯一の楽しみは、運動場の端っこで、昼休みに女子
中生が走り回るのを見ながら、弁当を食べることであ
る。
そして大阪では、前市長の汚職による辞職に伴い、
10月に告示される市長選挙の事前運動が始まった。
そして宏幸の地元の市会議員が市長選に廻った為に、
市議の補欠選挙も同時に行われることになったのであ
る。
9月のある日、宏幸は補欠選挙の立候補予定者の名
前を見て、
「えぇっ、谷町の黒田勘三郎って、鈴代の親父さんや
ないか。しかも日本協和党公認・・」
鈴代に連絡を取ると、
「高木君、だまっててごめん。うちのおとんは昔から
の党員なのよ。こういうことだからしばらく会えない
の。選挙終わったら詳しく話すわ」
で、電話は切れた。
補欠選挙の定員は2名で、三人が立候補。結局、黒
田勘三郎氏は、かろうじて二位当選を果たしたのであ
る。
とりあえずお祝いをと宏幸は鈴代に電話をすると、
大事な話があるから今夜会いたいと言う。
「当選おめでとう。先ずは乾杯しよか」
「おおきに。・・ハラワタに沁みわたるわ」
と鈴代はビールコップを一気に空けたので、宏幸は、
また満たしてやりながら、
「毎日マイク握って、大変やったやろ」
「喉やられて、ガラガラ声になったわ」
「そのほうがハスキーでええがな」
「ウグイスがガチョウに変身や」
「ところで、大事な話しってなんや・・」
「うちな、実はおとんから議員秘書やれ言われてんの
よ。ちょっと頑固者で、他に誰も秘書のなり手がない
のよ」
「市議クラスでも、秘書がいるのかいな・・」
「父は、いずれは国会も狙っているみたいなんよ。昨
日も祝賀会で、いずれは金バッチやと大風呂敷よ。だ
から今から秘書を用意しとくんやて」
「協和党員とは思えんなあ。ところで鈴代はどうする
んよ・・」
「父の言葉に従うわ。高木君には黙っていたけど、私
協和党青年同盟員なんよ」
「やっぱりな。最近やっと気付いたんや。俺って鈍感
やな」
「高木君は新左翼ね。大分前から知っていたわ」
「知っていて付き合ってたのかいな・・」
「そうよ、恋愛と政治は別よ。だって、うち高木君の
こと好きやから、しょうがないやな
いの。本当のこと言うと、中学三年で同じクラスにな
った時から気になっていたんよ。でも高木君は、学年
で貴方と1、2を争っていた、大山美穂ちゃんといい
関係やったでしょう。そやから遠くから羨ましがって
たの」
「鈴代が言うほどの関係やなかったんやけどなあ」
「そやかて、図書館で遅くまで二人でいたのを何回も
見かけたわ。その後も送って行ったりしてたわね」
「美しい十代の、青春の思い出や。そんなことより、
これから俺たちどうなるんやろな」
「今までどおりとは行かんけど、良ければこの関係は
続けようよ。山に花を見に行く時に、高木君が誘って
くれれば必ず行くわ」
「そやけど、親父さんが放さへんやろ・・」
「四六時中秘書やることは無いから。秘書になるにつ
いての条件を、おとんに言うわ」
「うまく行くやろか。そんならこっちから条件出すけ
どええか・・」
「高木君の条件、全部飲むわ」
「二人でいる時は、今後も政治の話はしないこと」
「わかってるわ」
「寝言でもだめやで」
こうして、二人の変な関係は長く続くのであった。
・・・再会 1973年冬 に続く。
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