第三部(1、尾瀬)

  尾瀬 1973年夏


 宏幸は、正月以来鈴代とはスキーに2回行った。し

かし、その度に鈴代は、スキーセットを家へは持ち帰

ろうとせず、必ず宏幸に預かっておいてくれと言う。

「親がうるさくて、スキーの道具なんか見せたら怒鳴

られるんよ」

「自分のお金で買うたんやろ。なんで内緒にせなあか

んのや」

「事情はまたゆっくり話しするわ」

「今時そんな親がいるやなんて・・」


 宏幸は、地元大阪の建設会社に就職した。希望職種

は設計だったが、かなえられずに現場監督になった。

この建設会社は、京阪電車や国鉄の受注が多く、最初

の職場は、東海道線米原駅の駅舎工事の現場である。

当然、通勤は難しかったので、飯場泊まりになった。

 休みも月2回程度で、超勤手当は稼げたが、鈴代と

の逢瀬が極端に減った。宏幸はその貴重な2回を、で

きるだけ鈴代との時間に充てた。世間では、徐々に週

休二日が浸透していき、鈴代の会社もそうなっていた

が、宏幸の会社は制度だけは有るものの、実態はひど

いもので、連休の取れないことに鈴代の不満が溜まり

だしていた。

 夕方になれば国鉄に乗りあわただしく帰る宏幸に、

鈴代はつい冗談めいて、

「つまんないな。浮気しちゃうぞ」

「そう言うなよ。今の米原駅の現場も、6月半ばに完

成するので、そのあとは連休取れるはずやから」

「じゃ許したげる。その時はハワイへ連れてってよ」

「山陰の羽合か」

「ワイキキビーチで寝そべって見たいのや」

「白浜のしらら浜ビーチやな。そこから少し南に行っ

た所に無料の露天風呂も在ったな」

「うち、白浜でええよ、貴方となら。ハワイはあとの

楽しみに取っておくわ」

 宏幸は、現場主任に3日の休みを願うと、あっさり

認められたので、行き先を、女の子があこがれる尾瀬

に変えた。


 大垣から東京方面への夜行普通列車が出ている。宏

幸は、学生時代に東京での政治闘争が有ると、よく利

用した。尾瀬に行く為には東京経由が便利とわかり、

この列車を利用することにした。その事を鈴代に話す

と、

「へぇえ、高木君て学生運動やってたの。今はどうな

の・・」

「今もあるセクトのシンパや。就職して活動はどうし

ても制限されとるけどな」

 鈴代は黙って考え込んで、心の中でつぶやく。

・・セクトって、高木君は新左翼なのかな、それとも

右翼なのかな。ちょっとまずいな。私のこと話してな

いし。もう少し様子を見ようかな・・


 6月半ばの木曜日の夜に、鈴代が米原駅に行き、二

人は出発した。

 翌朝の空模様は、梅雨で小雨模様だった。上野から

は急行で2時間半乗り、沼田に着く。更に東武バスに

乗り、2時間余りで終点が大清水である。

 ここからは広葉樹の林道歩きだが空はどんよりとし

ている。何とか夕方まで持って欲しいものだと宏幸は

思った。

 一ノ瀬で小休止を取り、橋を渡って左の登山道に入

り1時間余り、急坂を登り切り、ウグイスの鳴く三平

峠を越えれば、尾瀬沼や燧岳が樹間から見えてきた。

 そして、歩き始めて約3時間半で、ようやく長蔵小

屋に着いた。

 着くなり、小屋の前で売っている、冷やした飲み物

に二人の目が行った。

「半分ずつ飲もか。なにがええかな・・」

「三ツ矢サイダー」

「甘うて、炭酸の入ってるサイダーなんか飲んだら腹

膨れるで」

「別腹よ。疲れた時には甘いもんが一番」

「疲れていなくても、いつも甘いもん食べてるやない

か。それにしても太らんなあ」

「ほっといて」

 ベンチに腰を下ろして、二人でサイダーを交互に飲

んでいると、ベンチの横に切り株と掛矢が置いてある

のを、鈴代が見つけた。

「何に使うんやろ・・」

「缶つぶしや。空缶を小そうしてから埋めるんやて、

登山者が言うてたな」

「埋めるって、国立公園内でやってもええの・・」

「大規模にやったら、お上からお咎め受けるんやろ

な。けどここ東京電力の私有地やし、どうなんやろ

な。そう言や、去年の夏に東北の月山頂上の神社の私

有地で、燃えるもんも燃えないもんも一緒くたにして

山焼きやった後、そのまま埋めとったんで検挙された

いう噂があったな」

 夕食のメニューはアジのフライとキャベツ大盛であ

る。

「味噌汁は赤やな。ちょっと遠慮しとくわ」

「関東風やから仕方ないじゃないん」

「この赤黒い色は食欲沸かん。それに結構辛そうや」

「山で好き嫌い言ってたら、生きて行かれへんよ」

 結局、宏幸は残した。

 部屋に戻り、荷物の整理を終えて、二人とも横にな

る。

「貴方は他にも好き嫌い有るのか教えてよ」

「そうやな、鈴代の怒った顔が嫌いやな」

「何言うてるのよ、食べ物の話よ」

「ちょっと姉さんぶるとこは好きやな」

「ええかげんにしときや。もう寝る」


 次の日は早起きをして、二人して朝食前に大江湿原

へ行く。朝もやの中で、

「ミズバショウ発見」

「写真で見るより、美しい形やね」

「白いガクみたいなもんに包まれ、しっかり立ってる

なあ」

「良おく見ると、小さな緑色の花が集まっているんや

ね」

 今日は、梅雨の晴れ間が期待できそうだと宏幸は感

じた。

 朝食を終え出発。浅湖湿原を右に、尾瀬沼を左に見

て沼尻を越えれば川になる。

「あっ、イタチ・・」

「オコジョや。立ち止まって両足立ちしたな」

「かいらしなぁ」

「可愛いらしい割には、獰猛なんやで」

「どうしてよ・・」

「自分よりも大きい、雷鳥や野兎を食べるんや」

「えぇ、そうなん。信じられへんわ」

 樹林を抜け、白砂峠を越えると、下り坂が長く長く

続くが、次の樹林帯を抜けると、山小屋が立ち並ぶ下

田代十字路である。

 ここからは花の宝庫尾瀬ヶ原で、正面に至仏山(標

高2228m)が見える。尾瀬に多く咲く、リュウキ

ンカやミツガシワなどが見つけられる。

「尾瀬は秋まで色んな花が咲くんや」

「来月は何が咲くん?」

「チングルマにタテヤマリンドウ。そして朝に通った

大江湿原ではニッコウキスゲの大群落や」

「8月は・・」

「サワギキョウとヤマトリカブトや。そして9月下旬

から草もみじが始まる」

 上田代から振り返れば、霧も晴れて燧岳が姿を現し

てきた。

 二人は、尾瀬ガ原を堪能して、鳩待峠からはバスで

沼田に行く予定だったが、東洋のナイアガラ、吹割滝

に立ち寄る。そして、更にバスで10分余りの老神温

泉に1泊することにした。

「秋にもまた尾瀬に来たいわね」

「9月になれば、今の混雑がウソのように無くなるか

ら、静かな山旅が出来そうや」

「そうなれば、木道で昼寝が出来るわね」

「今度は、至仏山か燧岳を登ることにしようや」

「燧岳って尾瀬沼の北の山ね。頂上が二つ有ったね」

「沼田から北に行った、あの有名な谷川岳も、頂上が

二つ有るんやけど、そういうのを、二つの耳と書く双

耳峰言うんや」

と、言いながら宏幸は布団の中で、

「鈴代のここも双耳峰や。登るで」

 明日も、梅雨の中休みが続くようである。


(参考文献)

アルパインガイド 尾瀬桧枝岐    1979年版  

                   山と渓谷社

夏山JOY    1975年6月号他 山と渓谷社 



・・・大阪市議選 1973年秋 に続く

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