第二部(7、上高地)

  上高地 1972年秋


 9月は台風シーズンである。登山家にとり、一番避

けなければならない気象条件なのだが、宏幸は少し甘

く見たようだった。

 台風が、東海から関東方面に近づいていることは判

っていたが、山登りではないので、佐知子へ連絡をと

り、延期していた上高地へ行く約束を実行しようとし

た。11日からの後期授業が始まれば、理科系の学部

では、なかなか平日の休みが取りにくい事もあったの

も理由の一つである。

 9月8日金曜日から二泊三日の旅である。国鉄で松

本まで乗り、松本電鉄に乗り換え、終点新島々からは

ボンネットバスに2時間程揺られて、二人が上高地バ

スターミナルに着いたのは午後3時頃であった。予約

しておいた五千尺ロッジは河童橋の向こう側だが、橋

の上に立つと岳沢は曇って見えない。ロッジは、9月

に入った事と台風接近ですいていた。


 次の日も小雨模様の天気だが、去年にパーティーで

来たときには、あわただしく通りすぎただけだったの

で、宏幸は今回はたっぷり時間をかけて上高地を知り

尽くそうと思った。

 まず梓川右岸を下り、ウエストン広場、田代池、大

正池と周る。

「カモが泳いでる。こっちへ来たわ」

「マガモやから、渡り鳥ではなく年中ここにいると、

ロッジの人が言うてたな」

「立ち枯れの木立が、写真で見た風景そのままね」

「これも年々倒れて流されていくそうや。いつかは無

くなるのやろな」

「焼岳も上のほうが見えないわね」

「天気が良ければ登るんやが」

 来た道を取って返し左岸を北上、小梨平に向かう。

「それにしても寒いね。セーター持ってきて良かった

わ」

「標高では1500メートルやから、京都より8度は

低いし、曇っているから余計寒く感じるのやろ」

「花はもう終りなの・・」

「いや、探せばアキノキリンソウや、サラシナショウ

マなんかは見つかる筈や」

 明神橋には11時頃着いた。見あげれば明神岳が見

えるはずだが、雲にかくれている。

 明神池を巡り、嘉門次小屋での昼食は、名物イワナ

の塩焼きである。

 帰路は、右岸のカラマツやシラカバの林道を歩く。

「風がでてきたな」

「やっぱり、台風こっちへ来るのかしら・・」

「ロッジに戻って天気予報聴こか・・」

 夜半から風雨が強くなりだした。佐知子は宏幸のベ

ッドの中で、

「台風は、東海沖をかすめ関東に向かうと言ってたけ

ど、どうなの・・」

「台風の北側にある前線を刺激して、雨はもっと多く

なるんと違うか」


 翌朝方には風雨も弱まり、朝食を済ませた頃には、

台風一過で急に天候が回復した。二人が9時過ぎに、

チェックアウトの為にフロントに行くと、

「釜トンネルの少しこちら側で土砂崩れが起き、通行

止めになりました。バスも運休です」

と告げられた。

「復旧の目処はどうですの・・」

「わかりませんが、今日明日はちょっと無理ではとの

警察からの情報です」

「どうする、宏幸」

 1泊2食で一人2000円の追加だが、二人とも、

そんなに何日分も持ち合わせが無い。

「どうしようもないやろ。こうなったら皿洗いでもし

て連泊しようか」

 宏幸が、宿の人に相談すると、

「こんな時です。お貸しいたします」

との返事。

「じたばたしてもしょうがない。天気もええこっちゃ

し、今日も散策しようか・・」

 ところが河童橋まで行き、岳沢を見上げると、佐知

子が声をあげた。

「ワァー、すごい景色。見て宏幸」

「西穂も奥穂も前穂も、全部見えるやないか。台風様

様や」

「もう一回、大正池も行きたいわ」

「大正池も明神池も何処でも行くで。なんやったら、

明日は徳沢園越えて横尾まででも足延ばそか・・」

 と宏幸は言ったものの、次の朝ロッジの主人から、

「復旧しましたよ、始発のバスは12時に出ます」

と言われた。宏幸は、現実を考えると、授業も気にな

るので、

「佐知子、やっぱり帰ろうか・・」

「どうしてよ、夕べ話してくれた、徳沢の氷壁の宿に

行く言ったでしょ」

「そうもいかんやろ。バス動くのやし、必修の授業も

待っとるがな」

「もう2度と来られないかも知れないのに。それに宏

幸との思い出ももっと作りたいのに」

「えっ・・、どういうことや」

「いつ言おうかと迷っていたけど、はっきり言うわ。

宏幸とはお別れしたいの」

「なんでや」

「前にも少し言ったけど、実家の経営が思わしくない

の」

「それと別れるのと、どう関係があるのや・・」

「だって宏幸、真剣に相談に乗ってくれないじゃない

の」

 佐知子の声が、だんだんと涙声に変ってきた。

「そんなこと言ったって、俺にどうしろ言うんや」

「そうやって、直ぐ開き直るのって大嫌いよ」

 こうして二人の関係は、上高地旅行から黄色信号が

点きだした。


(参考文献)

アルパインガイド 上高地槍穂高   1975年版

                   山と渓谷社

夏山JOY    1975年6月号他 山と渓谷社 

山と渓谷     1988年8月号他 山と渓谷社



・・・「平湯 1972年冬」に続く。   

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