第二部(5、藤原岳)

  藤原岳 1972年春


 鈴鹿山系は、太平洋側の山ながら、伊吹山方面から

吹いてくる季節風の影響で、冬の積雪は多い。そして

3月でも雪が降ることがある。又、西日本と東日本の

植物が混在することでも有名だ。宏幸は佐知子を車に

乗せ、今回は藤原岳を目指した。

 名阪国道走り、亀山から国道306号線を北上して

走る。菰野を抜けると藤原岳が見えてきた。

「まだ、雪が残っているのね」

「あれは、雪じゃないんや。山肌が白いのは、石灰岩

が露出しとるんや。3年程前までは、ここに鉱山があ

って、セメントを作っとったんや」

 大貝戸の登山口に車を止め歩き始める。杉植林の行

き届いた中の急斜面だが、ジグザクの登山道になって

おり、歩きやすい登山道である。

「結構花が見つかるなあ」

「ニリンソウね。こっちは・・」

「タチツボスミレや」

 木漏れ日しか落ちてこないので二人とも肌寒そうで

ある。5合目あたりから、やっと展望が利くようにな

る。

 八合目の聖宝寺コースとの合流点を過ぎると、セツ

ブンソウが現れた。そして次はフクジュソウが残雪の

間に見つかる。しかも群落で、白と黄色のコントラス

トになっている。

「春一番の笑顔を見た感じや」

「来たかいがあったわね」

と言いながら、佐知子が花に顔を近づける。

「花も葉っぱにも、触わらんほうがええよ」

「どうして・・」

「前に、毒を持っている花の種類を教えたやろ。もう

忘れたんかいな。根にはアドニンという猛毒があるん

や。花なら大丈夫いうて、天麩羅にして食べた人がお

ってな。幸い下痢ですんだけど」

 急登が終わると、藤原山荘が見えてくる。

「頂上近くの東斜面は、結構開けてるのね。冬はスキ

ーができそう」

「今でもできるんや」

「えぇ・・でも、リフトが無いじゃない」

「ここのスキー場は戦前からあったけど、何故だかリ

フトは作らなかったんや。だから最近は滑る人が、あ

んまりいなくなったようや」

 左へ行くと山頂(標高1140m)に着く。展望良

好な所である。

「伊勢湾が大きく見えるねえ」

「その向こう側に、かすかに知多半島もうかがえるな

あ」

 二人は、さっそく昼食の準備にかかる。ポリタンの

水をコッヘルに入れ、メタに乗せる。インスタントラ

ーメンを用意する。

「味噌味から塩味に変えたの・・」

「去年、新発売されたんや。こっちのほうが、あっさ

りしてるさかいな。ラーメンが煮えてきたから、刻み

葱を入れてくれるか」

「今回は、忘れなかったけん」

と言うや、佐知子は、刻んでいない20センチあまり

の物を出してきた。

「何や、分葱かいな」

「このまま放り込んで食べようよ」

「佐知子は、相変わらずズボラやな」

「合理的と言ってよ」

「白いとこ煮えるのに、時間かかるやないか」

「そうね」

と気にしていないようである。

 出来上がり、フウフウ言いながら交互に食べる。

「昼食すんだら天狗岩に行こうか。実はそっちの方が

高いんや」

 少し戻り西に進むと、また残雪の中にフクジュソウ

が群落を形成している。カレンフェルトが広がる台地

状の草原に着いたところ、北側の潅木の向こうに御池

岳が座している。南側に廻り込み、木立の中を進むと

天狗岩(標高1165m)に着く。

 風の声もなく温かな日和で、宏幸は羽織っていたセ

ーターを脱ぎ、三脚を立てる。

「ハイ、チーズ」

 帰りは裏登山道の聖宝寺コースを5分ほど進むが、

残雪が多く道もぬかるんでおり、

「引き返して元のコースを降りよう。足とられそうや

し、オーバーズボンも持ってきてないからな」

「そうね。それにこちら側は花が少なそうね」

 杉植林の登山道に戻るころ、先に歩く佐知子が、

「ここのジグザク道、下が見えているだけに面倒ね。

近道が所々についているから降りるよ」

「ショートカットはだめ。山が荒れるもとや」

 二人が西藤原駅前に戻ったのは3時過ぎだったが、

朝が早かったこともあり11時の昼食から大分経って

いる。

「おなか空いたけん、前の食堂に入ろうよ、宏幸」

「名物の、福寿草の天麩羅うどん食べよか・・」

「下痢止め持ってきていませんが・・」

「かけあい漫才がうもうなったな」


(参考文献)

アルペンガイド鈴鹿美濃 1992年版 山と渓谷社



・・・「萩津和野 1972年夏」に続く。  

  

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